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132話



 ハロルドの捜索隊の結成はエリカ達が到着した当日にメンバー及び捜索ルートが決まり、その翌日には早速捜索が開始される運びとなった。

 とはいえハロルドが巻き込まれたとされる崩落は大規模で、直径だけでも数十メートル、深さは百メートルを超えるほどのものだ。ところどころには未だ燃え続ける家屋などもあり、さすがに直滑降で最深部まで到達するというのは危険極まりない。

 そうなると取れる手段は限られてくる。そこで選択されたのが崩落の影響が少なかった坑道を通っての下降である。


 まだ生きている坑道の中を、警戒しながら捜索隊は進んでいく。このルートで進めば崩落最深部のちょうど半分辺りまで下降できることは事前に騎士団員が確認を取っていたようだ。

 崩落の影響でこの坑道が崩れる可能性もあるためかなり危険な行動ではあったが、それ以外に取れる選択肢もないのだから迷っていられない。坑道内の壁には事前調査で踏み入った団員が等間隔でランタンが設置していたようで視界に困ることはなく、モンスターの残党にも遭遇することなく歩みを進めていく。

 そして数時間をかけて、ようやく捜索隊は崩落跡の内部に到達した。


「ここのどこかにハロルド様が……」


 逸る気持ちをなんとか抑え込んで、エリカは一歩を踏み出す。崩落上部に比べると傾斜はなだらかになっていて足場の確保もできる程度にはなっている。

 だが、これだけ大規模な崩落跡から人一人を見つけるというのは相当な困難となるだろう。


「では予定通り二組に別れよう。足元と頭上からの落下物……そして何者かの強襲には充分警戒を払ってくれ」


 念を押すようなフィンセントの言葉。それは昨晩彼から伝えられた情報に起因する。

 本来であればここバーストンにはコーディーも派遣されているはずであった。しかし彼の姿はなくその消息も不明。

 事態はそれだけに留まらず、コーディー以外の団員も十名近く同じように消息不明になっていることが確認されたというのだ。

 これが何を意味するかまでは分からないが、不穏を感じ取ったフィンセントは捜索中に何者かの介入を警戒するべきだと判断した。


 友人のコーディーが消息不明となればフィンセントとしても気が気ではないのだろうが、それを表に出すことはなく指揮を執っている。

 さすがというべきか、彼のそういった姿勢にはエリカとしても頭の下がる思いでもあった。


 そんなことを考えつつも開始されたハロルドの捜索は、足場が不安定なこともあってそう易々とは進まない。

 つぶさに足元を確認しながら捜索しなければいけないのはもちろん、不意の襲撃を警戒してある程度は固まって動く必要があったため効率もそこまで良いとは言えないからだ。

 とはいえこの捜索自体が速きを尊んだ結果であり、これ以上安全を無視するのも難しい。

 それに事前の情報では崩落に巻き込まれた“人間”はハロルドだけだと聞いてはいたが……


「だ、団長!モンスターです!」


 坑道から大量に現れたというモンスターの残党がいないわけではないのだ。

 崩落跡に繋がっている無数の坑道。その一つから三体のモンスターが飛びかかって襲いくる――前に水の矢で打ち抜かれる。


 矢の正体は『水翔扇』、エリカが得意とする弓矢による術技だ。

 扇状に射出された三本の水の矢は、それぞれが正確に急所を射抜いていた。モンスター発見の報告から討伐までものの数秒である。


「うっそぉ……」


 アイリーンを始め、エリカの実力を知らない者は目を丸くする。事前に説明されたとはいえ、絵に描いたような令嬢という雰囲気からその強さは想像できなかったのだろう。

 最も得意とするところは魔法だが、弓の腕前も折り紙付きだ。


「素晴らしい弓術だ」


「ありがとうございます」


 フィンセントからの称賛に、エリカは淡々とそう返した。

 その表情は引き締まったままで、そこに称賛に対する喜びやモンスターを倒した気の緩みは一切なかった。普段の穏やかなエリカを知る者から見れば、どれだけ思い詰めているかは一目瞭然である。

 エリカ自身もそれを自覚していたが、どれだけ焦燥を抑え込んでもこれ以上平静を取り繕うのは難しかった。むしろここにハロルドがいるかもしれない、一刻を争うような事態で助けを待っているかもしれないと思えば思うほど焦燥感は膨らんでゆく。


 それでもエリカは先走らずに周囲と足並みを揃え、モンスターなどの敵襲に警戒し、ハロルド以外の人間が巻き込まれている可能性も考慮しながらの慎重な捜索を続ける。

 そして捜索を続けること二時間近く。突如として“ソレ”がエリカ達の眼前に現れた。


「だ、団長!こちらに扉があります!」


 シドがそう声を上げる。

 崩れた家屋の残骸、その陰に隠れていたのは明らかに地上の物ではなく、坑道の内部に続いていくかのような扉だった。見た目はなんの変哲もないものだが、だからこそ今の状況では異物のようにしか思えない。


「これは一体……」


 どこへと続く扉なのか。その答えは中に入らなければ知る由もないことだが、明らかに普通ではないその扉を開くのは少し躊躇われた。

 その考えはエリカ以外も同様だったようで、全員が扉を前にして固唾を飲む。

 それでも確認しないわけにもいかず、フィンセントがゆっくりと手を伸ばしてドアノブに手を掛ける。それを軽くひねると予想に反してノブはあっさりと回った。


「……鍵はかかっていないようだな」


 フィンセントが目配せで団員に何か指示を出す。恐らくは扉を開いた瞬間の敵襲や罠の類に対応するためだろう。何が起きても対処できるよう、エリカも警戒と緊張感を高める。

 一呼吸の間を置いて、ついに扉が開かれた。その先に広がっていたのは坑道のような作りとはまるで違う、明確に人工物であろうもので構成された通路だった。


 壁や天井に灯りのようなものはなく、地下深くに造られているのだから窓も存在しない。

 それでも通路の奥の方まで視界が確保されているのは、壁や床の建材の一部がわずかに発光しているからだった。


「これって……光石?」


 ここまでの旅路で洞窟や遺跡などで度々目にすることのあった自然発光する石の名前を口にするライナー。確かに似たような光り方をする光石もあったとエリカも記憶している。


「感触的には石って感じじゃないけどなぁ……」


 シドが発光している壁をぺたぺたと触りながら唸る。

 光石とは異なる、発光する何らかの素材。未知のものなのか、一般的に知られていないだけで存在しているものなのか。気になるところではあるが、重要なのはそこではない。


「いかがしますか?フィンセント団長」


 このまま通路を進むか、崩落跡での捜索を続けるか。もしくは二手に分かれるか。どれを選んでもリスクは避けられないだけに判断は難しい。


「少しいいか?」


 考えを巡らせているフィンセントが言葉を発するより先に、ウェントスが声を上げた。判断材料になるかは分からないが、と前置きしてから話し出す。


「似たようなものを奴の研究所で目にした記憶がある」


「奴、というのはまさか……」


「ああ、ユストゥスのことだ。私達を管理していた場所の一部に使われていたものと同じもののように見える」


 その言葉を肯定するように、彼の隣ではリリウムも一生懸命頷いている。


「つまりここはユストゥス博士に関係する施設の可能性が高いということですね」


 胸の内に湧き上がる感情は驚きではなく、やはりそうなのかという納得。

 目的も手段も不明ではあるが、判明している状況証拠からしてモンスターの大群による襲撃も、そしてこの町の大規模な崩落も、ユストゥスが関与していると見てまず間違いないのだろう。

 果たしてその目的はハロルドの殺害なのか、それとも全く別の狙いがあるのか。

 そこまで考えたところで、先ほどのウェントスの言葉が引っ掛かった。彼はこの発光する素材を、ユストゥスが自分達を“管理”していた研究所で見たと言った。

 仮にこの崩落がハロルドを狙って起こしたもので、ハロルドにも彼らと同様の実験や改造を施すことを目的とした仕掛けだったとしたら?それを実現できる手段がユストゥスにあるのであれば、ただ単に殺してしまうよりは使い勝手の良い駒として手元で管理しておいた方が実用的だろう。


 そしてそれが意味するところは、ウェントスやリリウムから聞いた悍しい行為の数々にハロルドも晒される恐れがあるということだ。


(焦ってはダメ。緊急事態だからこそ、冷静な思考を保たなければ)


 心を急かすような焦燥を、大きな息と共に吐き出す。思えば以前にも似たようなことがあった。

 ベルティスの森の一件でハロルドが処刑されそうになった時も、彼を助けるため自分にできることは何でもやろうとしていた。当時のエリカには今と比べるとできることなどそう多くはなかったが、コーディーからの言葉もあって焦燥感に飲み込まれず手を尽くすことができた。

 今こうしてなんとか冷静でいられるのはその時の経験があるからだろう。


「……二手に分かれよう。リスクはあるが今は一刻を争う事態と見るべきだ」


「ならば私はこの施設の中へ」


「中の構造や危険性が不明な以上は、騎士団以外の立ち入りは避けたいところだが……」


「先遣に人を送る時間がないのですから少数精鋭で向かうのが最善でしょう」


「ああ、その通りだ」


 フィンセントにも立場や考えがあるのはエリカとしてもよく分かる。特にエリカ自身の『貴族の一人娘』という立場を踏まえれば同行させたくないというのが本音のはずだ。

 だが安全策を取る時間がない以上、危険性が不明なのであれば最も生存率の高いメンバーで臨むのも合理的な判断の一つである。


 若干押し切るような形にはなってしまったが、結局施設の中に突入するのはエリカ、フィンセント、そしてライナーの三人ということになった。

 残りのメンバーには崩落跡での捜索を続けてもらう。とはいえそちらでも何か動きがあればすぐに報せを出す必要があるし、そうなれば彼らも危険を承知で中に踏み込まなければいけないのだから、命懸けなのはどちらも変わらない。


「では行きましょう」


 意を決して中に踏み入る。

 三人分の足音が、薄暗い通路に反響する。通路を構成する壁や床の大半は石造りだが、ところどころにある発光する部分はシドが言っていたように光石とは異なる材質であった。


「そういえばこれってなんの施設なんだろ?」


 警戒しながら進んでいる最中、ふとライナーがそんな疑問を口にした。


「博士が関係しているなら何かしらの研究施設なのかもしれない」


「こんな怪しいところでやってる研究なんて、絶対まともじゃない気が……」


「何が現れても動じないよう、覚悟を決めておく必要があるかもしれません」


 相手が相手なだけにまるで予測していないものが現れてもおかしくない。想定ができない、未知というのはそれだけ恐ろしい。

 それ故に足取りは慎重にならざるを得ず、数十メートルの距離を進むだけでもかなりの時間を要する。それでも進み続けているとようやく通路の終わりが見えてきた。

 そこにあったのはさらに下へと降る階段だった。幅としては人ひとり分ほどの小さなもので、階段その先からはここまでの通路とはまた異なる光が漏れ出ているのが見えた。

 間違いなくそこに何かがある。


 息を殺し、可能な限り物音を立てないように一段ずつ降りていく。そうして辿り着いたのは目を疑うような白亜の空間だった。床も、壁面も、そびえ立つ柱も全てが白く輝く。

 ここまでの薄暗い通路とは完全に異なる雰囲気であり、その美しさは現実味の薄い光景のようにすら感じられた。

 そんな白亜の空間は円形になっていて、直径でいえば数十メートルはゆうに超えるだろう。階段の反対側の壁には重厚さを感じられる強大な扉があり、ドーム状になっている天井を見上げればそこには巨大な水晶群がまるでシャンデリアのようにキラキラと輝きを放っていた。


「すっげー……」


 ライナーが感嘆の声を口にする。

 だがエリカはそんな光景を前にして、とある書物の内容を思い出していた。それは古代文明が残したとされる遺跡にまつわるものだ。

 いくつかの遺跡の最深部には、純白の光石で満たされた空間があること。それを有する遺跡自体は数が少ないらしいが、少なくともここはそれに該当するのだろう。そして何よりも忘れてはならないのが、そんな美しい空間には侵入者を排除するための番人が存在する、という言葉も書き連ねられていたことだ。


「ライナー、下がってください」


 そうエリカが呼びかけるのと同時に、白亜の空間にゴゴゴゴ、という地響きのような低い音が鳴り始めた。

 そしてその音に呼応して何かに罅が入る、不穏な音も聞こえてくる。その音の正体は頭上にあった。


「上だ!何かが落ちてくるぞ!」


「うわあああっ!?」


 ふらふらと中央付近に近づいていたライナーが慌てて後退する。そのおかげでライナーも含め全員が無事だったが、落下してきたのは水晶だけではなかった。

 とてつもない轟音と衝撃。それを発生させたのは砕けた水晶群の中から降ってきた三メートルほどの金属のような球体。


 その球体はガシャガシャと音を立てながら変形を始める。球体の内部に格納されていたらしい二本の腕と八本の足。自然と進化の過程で生まれた生物ではなく、人工的に造られたであろうモンスターの姿がそこにはあった。


「あ、コイツ!もしかしてヒューゴがどっかの遺跡で戦ったって言ってたやつか⁉︎」


 ヒューゴはライナー達の仲間になる前は冒険者をしていた。ならば彼がこのモンスターと戦った経験があっても不思議ではない。


「遺跡……なるほど、もしかするとあれがクラストオーブか」


「アレをご存じなのですね」


「話には聞いたことがある。いくつかの遺跡の最深部には、そこを守護するモンスターがいると」


 その正体こそがあの球体型のモンスターなのだろう。クラストオーブという名は聞いたこともないが、極めて人工的な姿であるにも関わらずその赤い眼光には明確な敵意が宿っているように感じられる。


「つまり先に進むためにはコイツを倒すしかないってことか!」


「まあそれが一番速やかな方法だろう」


 ライナーとフィンセントが剣を構え、エリカも弓を引き絞る。


「戦闘の指揮はお任せいたします、フィンセント団長」


 その言葉が意外だったのか、フィンセントは一瞬だけ目を丸くした。

 エリカからすればこの場で最も強く、かつ戦闘における状況判断を的確に下せるのは彼だろうと考えてのことだ。一瞬の躊躇いののち、しっかりとその意図を汲んだらしいフィンセントは騎士団団長としての顔付きに戻る。


「ああ、任された。では――押し通らせてもらおうか」




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― 新着の感想 ―
更新!待ってました。 ハロルドとエリカの再会が楽しみです。
今頃更新に気が付いた(・–・;)ゞ ハロルドとエリカの再会や如何に?! ハロルドの孤独な闘いがはやく報われてほしい
更新お待ちしておりました!ありがとうございますほんとに!!今後もご無理はなさらないで下さい
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