第5話
退院を五日後に控えた午後、木村が見舞いに来た。
「お、歩いてるじゃないっすか」
病室のドアから顔を出した木村は、杖をついてベッドと窓のあいだを往復している佐伯を見て、目を丸くした。
木村はパイプ椅子に座って、コンビニの袋をベッド脇の台に置いた。
入院してから、課長からは一度花が届いたが、なんだかんだ見舞いに来たのは木村だけだった。
調子がよくて、窓口でおいしいところを持っていって、先に主任になったやつ。
……かわいいところもあるじゃねえか、と思わなくもなかった。
「窓口、どうなってる」
「いやー、それが」
木村は頭をかいた。
「応援で、税務課から人が来てくれてるんすけど。手続きの順番とか、どの書類がどこにあるとか、全然わかんないみたいで。昨日なんか、住民票の窓口に四十分待ちの列できてました」
「……マジか」
「佐伯さんいないと、意外と回らないんすよね。困ったことに」
木村は笑いながら、コンビニの袋の口をいじった。
佐伯は杖を壁に立てかけて、ベッドの端に腰を下ろした。
「……来週、退院はする。でも、戻れるのは一か月半くらい先だって」
「マジすか……」
木村は、本気でがっかりした顔をした。
「主任なんだから、なんとかしろよ」
「無理っすよー」
木村はそれから、面会時間ぎりぎりまで窓口の愚痴をこぼして、帰っていった。
︙
その夜、パイプ椅子に女神が座っていた。顔を見るのは、数日ぶりだった。
「……久しぶりですね」
「繁忙期でして。転生希望の方が、最近多いんです」
女神は少し疲れた顔で笑った。
「来週、退院だそうですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
女神は、空欄のままの報告書を見下ろした。
「退院されたら、私がこちらに伺う理由もなくなります。生死の境にいらっしゃらない方は、担当外ですので」
「理由の欄は、結局空欄のままでしたけど」
女神は、困ったように少し笑った。
女神は報告書をファイルにしまって、立ち上がった。
「お大事になさってください、佐伯さん」
「……どうも」
瞬きをすると、パイプ椅子には誰もいなかった。
佐伯は、しばらくその椅子を眺めてから、布団をかぶった。
ーーー
退院の日は、よく晴れていた。
佐伯は左手で杖をつきながら、ひとりでタクシーに乗った。
アパートの部屋は、事故の日の朝のまま止まっていた。
流しには出しっぱなしのマグカップ。床には脱ぎっぱなしの靴下。冷蔵庫を開けると、賞味期限を一か月過ぎた牛乳が入っていた。
佐伯は牛乳を流しに捨てて、ベッドに倒れ込もうとして、肋骨のことを思い出した。体をひねらないように横を向いて、そっと横になった。
「……ただいま」




