第2話
「けっこうです、帰らせてください」
女神が言い終わるより先に、佐伯の口が動いていた。
「――え?」
佐伯はパンフレットを押し返した。女神は目をぱちくりさせた。
「あ、あの……差し支えなければ、理由をお聞かせいただけますか?」
「理由?」
佐伯の声が、少し大きくなった。
「人の人生を勝手に読み上げて、『おつらかったですね』って。俺の三十四年、何だと思ってるんですか。泣いて喜ぶとでも思いました?」
「い、いえ、皆さん大体お喜びになるので……」
「皆さんって、電車で転生もの読んでるおっさんとかですか。」
「そ、そういう方もいらっしゃいますが……」
佐伯はパンフレットを指でつついた。
「俺、ゲームでも裏技とか使わない派なんですよ。最初から最強って、糞つまらないです。ちょっと不便なくらいのほうが、面白いし、やりがいもあるんで。」
「それに、俺の人生に俺が文句言うのはいいんです。でも、他人に言われる筋合いはないです。迷惑です」
「め、迷惑……」
女神は、生まれて初めて聞いた言葉のように繰り返した。
佐伯は大きく息を吐いて、白い部屋を見回した。
「出口、どこですか」
「……あ、あちらです」
佐伯は振り返らずに歩いていった。
一人残された女神は、ファイルの空欄を見つめてつぶやいた。
「理由の欄、なんて書けばいいの……」
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目を開けると、白い天井があった。
さっきの部屋とは違う、少し黄ばんだ白だった。
体を動かそうとして、佐伯はうめいた。脇腹に鈍い痛みが走り、右手首はギプスで固められていた。息を吸うたびに肋骨がきしむ。
全治三か月。医者はそう言った。
窓の外では、知らない誰かが洗濯物を取り込んでいた。
「……全属性魔法」
ぽつりとつぶやいてから、佐伯は顔をしかめた。
せめて回復魔法くらいはもらっておけばよかったかもしれない。
三日後、木村が見舞いに来た。
「佐伯さん、生きてますー?」
病室のドアから顔だけ出して、木村は言った。手にはコンビニの袋を提げていた。
「見ればわかるだろ」
「よかったっす。課長も心配してましたよ。あ、これ、プリンです。」
木村は袋をベッド脇の台に置いて、パイプ椅子に座った。
「そういえば佐伯さん、誰が救急車呼んだか知ってます?」
「知らない。通りすがりの人だろ」
「あのじいさんですよ。身分証の」
佐伯は、木村の顔を見た。
「家があの交差点の近くらしいんすよ。倒れてる佐伯さん見つけて、救急車呼んで。そのとき、道に佐伯さんの職員証が落ちてたらしくて」
「……職員証」
「で、次の日の朝イチで、市役所に電話くれたんすよ。『窓口の兄ちゃんがトラックにはねられた』って。名前より先に顔で気付いたらしいっす」
佐伯は黙った。
一度も目を合わせなかったくせに。
「あと、伝言です」
木村は、ちょっと笑いをこらえるような顔をした。
「『身分証ってのは大事なもんだな』だそうです」
あのジジイ、今度窓口に来たら、なんて言ってやろう。




