関係
ダメルが自分の父親ではないと、ローザの母親を自称する女性は告げた。
それはローザには到底受け入れる事は出来ない話だった。
そしてショックのあまりローザの気が緩んでしまう。
ローザは口を押さえた。
「止めて」
「え?」
「馬車を止めて下さい」
「止める訳にはいかないわ。急いでいると」
止められない理由を聞く必要がないローザは、馬車のドアを開けて外に飛び出す。ドアに鍵は掛かっていなかったので、壊さずに済んだ。
王都に向かう街道沿いの、つい昨日までダメルと調査をしていた草原に、ローザは落ちて転がる。とっさに防御魔法を掛けていたから怪我はないが、今はそれどころではない。
ローザは屈み込むと、草の上に戻した。
ローザが落ちた場所から、大分先で馬車が止まる。
女性は馬車から降りると、ローザに向かって小走りでゆっくりと近付いて来て、息を切らして途中で休み、荒い息のまままた小走りでローザに近付いた。
「なにを、やっているの、あぶないじゃない」
呼吸の間に切れ切れにそう言って、女性は荒い息を繰り返す。そしてローザの目の前の草の上を見ると、顔を酷く蹙めた。
「なに?・・・戻したの?・・・馬車に酔ったの?」
馬車に酔った訳ではなかったけれど、胃がむかついたのは確かだった。
「もう。馬車は一台しかないのだから、中で戻したりしないでよね」
そう言うと女性はローザの腕を引っ張る。
「ほら、立って。急がないとならないと言ったでしょう?」
そう言えば、急ぐ理由を聞いていない。ダメルがどうなったのかの説明もまだ受けていない。
「それだけ戻したら、もう出ないわよね?ほら、先を急ぎましょう」
そう言って引っ張られるのに合わせてローザは立ち上がる。そして魔法で口の中に水を生成すると、口を漱いで吐き出した。
「もう!汚いわね!跳ねさせないでよ!」
女性はそう言ってローザから離れる。ローザは女性に背を向けて、二度三度と口を漱いだ。
「変な臭いをさせないでよね」
女性はローザを置いて、馬車に向けて歩き出す。
ローザはこのまま街に帰りたいけれど、ダメルの情報は女性から訊き出したかった。
かなりの時間を掛けて女性が馬車に戻り、ローザはその後を付いて歩いて来た。
先に馬車に乗り込んだ女性は、馬車の全ての窓を全開にする。
そしてローザには自分から離れた位置に座る様に命じた。
「馬車に乗った事がなかったのかも知れないけれど、こんな具合ではこれからの生活が送れませんからね」
確かにローザは数える程度しか馬車には乗った事がない。しかし今戻したのは別の理由だった。
その理由の一つが、女性が漏らす魔力だった。
魔力が強いと漏らす魔力も多くなる。上位の冒険者ほど、魔力を漏らしているものだった。
そして女性は貴族の血を引くと言っていただけあって、上位の冒険者に匹敵する量の魔力を漏らしていた。
ダメルが本当の父親ではないと言われたショックで、普段ローザが自分の回りに巡らせている防御魔法が緩み、女性の魔力を至近距離で浴びてしまっていた。
ダメルに知られたら笑われてしまうわよね。
ローザはそう思うと胸に痛みを覚えたけれど、笑われない様にする為に、防御魔法をいつもより強く掛ける事にした。
そのお陰で周囲を探知する精度は落ちるけれど、ローザはもう二度と女性の魔力で酔ったりしたくはなかった。
「ダメルの事を教えて貰えますか?」
ローザの言葉に女性は目を細める。
「何が訊きたいの?」
「あなたはダメルとどの様な関係だったのですか?」
「いやねえ」
そう言って女性は顔を蹙めた。
ダメルとの関係が口にする事も嫌なのかと、女性に対するローザの気持ちが冷える。
「お母様と呼びなさい」
「・・・お母様?」
「そうよ」
言われてみれば、ローザの母親を自称しているのだから、それが本当なら女性は母親だし、ローザがお母様と呼んでもおかしくはない。
しかしローザには自分が女性の子供だと言う自覚はない。女性の子供かどうかよりダメルの子供でないのかどうかの方が、ローザに取っては重要な問題だった。
しかし女性はローザが疑問形で呼んだ事には気付かずに、満足そうに微笑む。
「ダメルとの関係なんて、あってないようなものよ」
「え?・・・それなのにダメルは私を育ててくれたの?」
ローザの口調が思わず崩れるが、女性は気にしていない様に、ただ肯いた。
「ダメルならローザをちゃんと育てると思ったのよ。私の思った通りだったでしょう?」
そう言って女性は口角を上げる。
「教養は足りていないみたいだけれど、他の男に任せたら、ここまで育たなかったでしょうから。ダメルに任せて正解だったわ」
「何の関係もないのにダメルは、私を引き取ったの?」
「その様な訳はないでしょう?ダメルがいくらお人好しでも、心当たりがあったからローザを娘として育てたのではないの」
「え?そうするとあなたとダメルは」
「お母様よ」
大切なところだ。こんな事で立ち止まってはいられない。そう考えてローザは、街の人々になんと言われても昨日までは憧れを持っていた言葉だけれど、これは単なる呼び掛けの為の単語だと自分に言い聞かせて納得させた。
「お母様とダメルは恋人だったの?」
「あの様なむさ苦しい男、私の恋人の訳がないでしょう?私がお酒に酔ったところにダメルが無理矢理関係を持ったのよ」
確かにダメルはむさ苦しいと言われても仕方がない程、前髪が長くて顔の半分が隠れている。しかしローザが傍から見上げた時に見える目は、いつもとても優しそうだった。
そのダメルが女性を酔わせて無理矢理関係を持つなどとはローザには思えない。
ローザは自分を育ててくれたダメルの他に、別のダメルと言う男がいたのに違いないと直感した。
そのもう一人のダメルは女性にだらしがなくて、女性にローザを押し付けられたけれどろくに面倒も見なかったので、本物のダメルが気の毒に思ってローザを引き取って育ててくれたのだ。
そう考えればローザも、女性の話に多少は納得が出来た。
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