王子の準備
ローザに父親と思う様にと言った男性は、ローザが王宮に通う事は却下したし、社交の場にウルフズベン王子と参加する事を許さない事は改めて念押しした。
しかし王子の心の傷を癒やす様にと、これも改めて念を押したし、王子との関係性を詳しくローザから訊き出すと、王子と親しくなる様にとローザに新たに命じた。
ローザは同年代の王子と、どうやったら親しくなれるのか分からない。
そもそも年代に関わらず、ローザには親しい人間はダメルしかいなかった。ダメル以外で唯一多少の関わりがあったのが薬師だったが、親しい間柄などではなく、ローザは薬師から嫌われていると思っていたし、話す時も怖いと感じて苦手だった。
どうやったら親しくなれるのか、ローザはそれを考え始めると、そもそも親しいって何だろう?と疑問が浮かぶ。
緊張しない事?悪口を言わない事?しかしそれなら既に王子は、ローザの前で緊張をしている様には見えないし、ローザに悪口を言ったり意地悪をしたりしていない。しかしこれは親しいのとは何か違う様にはローザも思っている。
私はダメルと親しかったけど、私がダメルに感じる様な事を王子が私に感じてくれれば良いのよね?
そう考えて、ローザはダメルに感じていた事を思い出す。
ダメルといると安心できたし、ダメルにはもっとしっかりして欲しかったし、前髪を切っていつも目を見せて欲しかったし、ダンジョンに連れて行って欲しかったし、早く旅に連れて行って欲しかった。
さすがに要望ばかりだと気付いて、ローザは一人笑みを漏らす。
そうすると詰まり、殿下に安心して貰えれば、親しくなったと言う事ね。
そう考えてローザはふと気付く。
ダメルは私といて安心だった?
ダメルから見たら私は親しかった?
ダメルから見たら自分は娘だったと思い出し、親しいも何もないかとローザは結論を出した。
けれどそうすると、親しくなるとは?
父親だと言う男性には王子と親しくなる様にと言われたが、王子が自分に親しくなるのではなく、もしかしたら自分が王子に親しくなる事を求められているのではないかとローザは思い付く。
そうすると詰まり、私が求められたのは、殿下に安心する事?
でも殿下に安心する方法は?どうしたら殿下に安心出来るの?
育ての親ではない王子に対して安心するイメージが湧かなかったローザは、安心する事以外に親しいと言う状態がきっとあるのだろうと考えて、父親と言う男性に具体的な事を尋ねてみる事にした。
「何を言っているのだ、ロザリーゼ。男女が親しくなるなど、どうなるか決まっているではないか」
男女が親しくなると言われれば、年頃のローザはさすがに分かった。しかしダメルとローザも男女と言えば男女なのだから、決まっているとは言えないとローザは思う。言わないけれど。
そして男女として王子と親しくなる為には、どうしたら良いのか分からない。
「その様な事、自分で考えろ」
男性は具体的な手段を伝える事なく、突き放す様にローザにそう言って帰ってしまった。
王子を癒やせとの命令に付いては意味が分かる。王子の心に傷が残っていると、今後のこの国に影響があると言っていた。そして王子の亡くなった婚約者に似ているローザだからこそ、傷を癒やす事が出来る部分もあるだろう。
しかし親しくなれと言うのは何故だろう?何の意味がある?男女として仲が良くなるとは言っても平民の場合とは違うだろうし、貴族は夫婦や婚約者ではない男女が二人きりになる事も咎められる。そう教わった。
自分で考えろと言う事は、自分の思う通りにしろと言う事よね。
そう自分で考えてローザは、取り敢えず貴族の令嬢らしく、王子とは節度を持って接する事にした。詰まりはこれまで通りだ。
今も出会う前に比べたら、王子と普通に話しているなど、親しいと言えばいえるし。
この様な訳で特に何が変わる事もなく、時間を作って王子がローザの下を訪ね、ローザの淹れたお茶を飲んで帰って行く日々が続いた。
しかしある日、王子がローザに告げる。
「しばらくロザリーゼ殿の下に来られなくなる」
「そうですか」
躊躇いなく受け入れて肯くローザの様子は王子の想像通りだったけれど、王子はやはりがっかりしてしまう。
ローザは王子が悲しい様な寂しい様な表情をした事には気付き、王子が亡くなった婚約者の事を考えているのかと思った。
墓参りだろうか?墓地が遠い?もしかしたら時間を作る為に、仕事を前倒しにして忙しい?
「もしかしたら殿下?お疲れでしょうか?お忙しいのですよね?」
「いや、そう言う訳ではない。暇ではないが、疲れていると言う程ではない」
「そうですか」
「なんだ?ロザリーゼ殿?心配してくれるのか?」
「はい」
心配して欲しい気持ちを素直には口に出来ず、冗談めかして言った王子は、ローザに素直に肯かれて照れた。
「いや、新しい仕事を任されて、色々と考える事が多くて、まあ、疲れたと言うか緊張すると言うか、その様な感じだ」
「そうですか」
「ああ。ミスをすれば部下を危険に曝すし、私の失敗が部下の命に直接関わる様な事がこれまではなかったからな」
王子の言葉にローザは驚く。
「え?部下の方が危険な任務に着くのですか?」
もし部下が死んでしまう様な事があれば、王子の心の傷が広がるかも知れない。
ローザが不安を顔に浮かべた事に、王子は少し慌てた。
「いや、危険はあるが、失敗しなければ問題ない。私も同行するし、何かあってもその場で新たに命令する事が出来るから、大丈夫だ」
「殿下も?大丈夫なのですか?」
更にローザが驚き、更に不安そうな表情をするので、王子も更に慌てる。
「いや、大丈夫だ。大失敗をいくつも重ねなければ命に関わる事はないし、治療魔法が使える者も同行するから、怪我ならその場で治せる」
「そうですか。でも、危険ではあるのですね」
ローザに心配される事が王子には嬉しかった。不安は取り除いて上げたいが、心配はして欲しい。
「大丈夫だ。私も部下も魔獣を相手にする訓練は積んでいる」
ローザが目を見開く。
「魔獣?魔獣を狩るのですか?」
「あ、ああ」
ローザの声にいつもより力が入っていて、王子は戸惑った。
貴族の令嬢なら魔獣を怖がるものだ。そう王子は思っていたけれど、ローザの様子が怖がってのものなのか判断付かない。
「どの様な魔獣なのですか?」
「それは色々だが」
魔獣に付いて説明しても令嬢には分からないだろうと思い、王子は小首を傾げた。
「ロザリーゼ殿は魔獣に興味があるのか?」
「あっ、その・・・魔導具の材料になったりしますので」
ローザは自分が貴族令嬢である事を思い出す。今の自分は冒険者の娘ではないのだ。
そして王子は、魔導具の事か、と納得した。
魔導具は魔法が使えない人にも魔法が使える道具だ。魔力のないロザリーゼが興味を持っているのは当然だ。
「なるほどな。ダンジョンには」
「ダンジョン?!」
更に目を見開き僅かに頬も染め声の調子も高くなったローザに、王子は少し体を退いた。
「あ、ああ」
「殿下はダンジョンに行くのですか?」
「ああ。近い内に王都のダンジョンの責任者を拝命する事になって、その最初の仕事としてダンジョンの査察をする事になる。その為の準備に入るので、しばらくはロザリーゼ殿の下には来られないのだ」
「わたくしも連れて行って下さい」
「・・・え?」
興奮気味だったローザが打って変わって真剣な表情で要望するので、王子はとても驚いた。今までは王子の話を聞くだけの事が多かったローザが、自分から何かを王子に求めたのは初めてだ。
「連れて行くとは、ダンジョンにだろうか?」
「はい」
「いや、その様な事は侯爵が許さないだろう?」
「父が許せば連れて行って下さいますか?」
「いや、だが、侯爵が許す訳はないじゃないか」
「父が許したら連れて行って下さいますね?」
「いや、だが」
「分かりました。先ずは父の許可を取ります。その後改めて、殿下にお願いをさせて頂きます」
「いや、しかし、ダンジョンは危険なところで」
「存じております」
「何が起こるか分からないし」
「存じております」
「命の危険もある」
「大失敗がいくつも重ならなければ問題はないのですよね?」
「いや、そうは言ったけれど」
「わたくしもそう思いますし、準備も大切だと思います。ですので殿下のなさる準備にも訓練にも参加させて下さい。その上で連れて行けないと殿下が判断なさったら、わたくしは殿下の決定に従います。ですがせめて、挑戦させて頂けないでしょうか?」
いつもと違うローザの雰囲気と迫力に、王子は気圧される。
「その、侯爵が許可をしたらだぞ?」
「はい」
「私が判断したらだからな?」
「はい」
その肯く様子も、いつもの何事も躊躇無く受け入れる時の返事とは違い、王子は本当のロザリーゼを見た気がして嬉しく感じたし、一緒にダンジョンに入る事が楽しみにも感じてしまっていた。
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