後の状況
少し間が開いたけれどその後からは、ウルフズベン王子は頻繁にローザの下を訪ねて来る様になった。
どれくらい頻繁かと言うと、基本は一日置きで三日以上は間を開けなかったし、日に二回来る時もある。
ただし一回の訪問時間は短くて、ローザが淹れたお茶を一杯飲んだら直ぐに帰る感じであった。
通り掛かりに休憩して行くのに、ここはちょうど良いのかしら?
そんな風にローザは思っていたから、王子がかなり無理をしていた事には気付いていなかった。
「あの、殿下?」
「何だろうか?ロザリーゼ殿」
「殿下はお仕事がかなりお忙しいと聞いたのですが、本当でしょうか?」
王子は言葉に詰まる。忙しいと言うと仕事が出来ない様に受け取られるかも知れないし、忙しくないと言うと暇潰しに来ていると思われるかも知れない。
「殿下に移動の序でに立ち寄って頂くのは結構なのですが、お忙しいのでしたらわたくしにも出来る事があるかと思いまして」
ローザの言葉に王子の表情が緩む。
「出来る事とは?」
「この邸は結構奥に御座いますので、門の傍で殿下をお迎えすれば、時間の短縮になるかと考えました」
「門の傍で私を待っていてくれるのかい?」
「はい。殿下は野営をなさったりすると仰っていましたよね?」
「野営?軍の視察をした時の話だね?」
「はい。ですので門の傍に野営の様に天幕を張って、そちらでお茶を淹れて休憩なさって頂ければ、かなり時間を短縮出来る事になります」
とんでもない事を言われたと王子は思った。
「いや、だが、私は急に来たりするだろう?結局はロザリーゼ殿が天幕に来るまでにも、時間が掛かるのではないかな?」
「私は予め天幕でお待ち致します」
「え?天幕で?私がいつ来るかも分からないのに?」
「急とは仰いますがいつも先触れを頂いておりますので、それからの移動でも間に合いますし、わたくしには暇が御座いますから、日中の居場所を天幕にする事も可能です」
「ロザリーゼ殿。気持ちはとても嬉しいけれど、その様な事は侯爵が許さないと思うよ」
「父は殿下が求めるのであれば、一日中天幕にいても良いと申しておりました」
「いや、ロザリーゼ殿の気持ちは嬉しいが、止めておこう」
「そうですか」
「ああ。ロザリーゼ殿が体調を崩しでもしたら大変だ」
日中は草原で魔獣狩りをしていたローザに取っては、天幕の中で座って待つなど何ともなかった。却って一日中室内にいる事の方がストレスが溜まる。
しかし王子はその様な事を知る由もない。
王子からすると、王子が求めればやって良いと言うのは、ローザの父親に試されているのに違いないと感じていた。
「ロザリーゼ殿には暇があるのか?」
「はい」
「授業を受けるなど、忙しいのではないのだろうか?」
「礼儀作法とダンスは先生が代わりましたので、それらは基礎から教え直して頂いておりますが、他の授業はレポートを提出するだけですので、時間の融通は利きます」
「礼儀作法とか、難しくはないかい?」
「シチュエーションのパターンが増えましたので、以前の先生に習っていたのよりは多少」
「多少?ロザリーゼ殿はかなりのみこみが良いとは聞いたけれど、多少程度なのかい?」
「はい」
シチュエーションの数で言えば、お姫様ごっこの方が多かった。
ダンスは踵が高い靴に慣れていなくて苦戦をしているのだが、出自を隠す為にその事は王子には秘密にする様にと、父親と思うようにと言った男性からローザは命じられていた。
「そうなのか。ロザリーゼ殿は時間に余裕があるのだね」
「はい」
王子の前では授業が簡単である様に振る舞う事も、ローザは父親と言う男性から命じられている。
そして今のところは実際に、ローザは踵の高さ以外には苦労をしていない。全てはお姫様ごっこのお陰である。
「それならロザリーゼ殿?王宮に来るかい?」
「何の為にでしょうか?」
王子の息が一瞬詰まる。
これまでの貴族の令嬢達は王子に王宮に誘われて、何の為かなどと訊いて来る事などなかった。王子に誘われると言う事は令嬢に取っては気持ちが高揚する出来事だったし、王宮に入った事があると言うのは貴族に取ってのステータスになる。
「ロザリーゼ殿が授業を王宮で受けてくれるなら、移動時間をほとんど必要とせずに私はロザリーゼ殿の淹れてくれるお茶が飲めるし、ロザリーゼ殿がいる部屋の傍を通り掛かった時には、僅かな時間でもロザリーゼ殿の顔を見られるだろう?」
「そうですね」
ローザはなるほどと思った。
王子の亡くなった婚約者は、ローザとそっくりだったと言う。ローザの顔を見る事が、王子の心の傷を癒やす事にどうやら繋がるらしいとローザは受け取っていた。
大切な人にもう会えない辛さは、ローザは分かる積もりでいた。
それなので王子の癒しの役に立つのなら、王宮に行っても構わないとローザは思う。
「分かりました。父と先生方に相談してみます」
王宮に興味を見せず、王子への好意も薄そうなローザの口から前向きな発言が出た事に、王子は少し驚いた。
「ロザリーゼ殿自身は良いのかい?」
「はい。構いません」
行きたい、是非、とは言われないところが、ローザとの距離を王子に感じさせる。
「侯爵は許すだろうか?」
「分かりません。殿下の事を心配してはおりますが、わたくしの事も心配しますので」
父親と言う男性は、最近は良くローザの下に顔を出し、王子の様子をローザに尋ねている。そして王子の心を癒やす様にとローザに命じていた。
ただし父親と言う男性は王子との話し合いの席では、ローザが王子の隣に立つとローザは非難されると言う事も言っていた。
本当にローザの事を心配しているのかどうか、相変わらずローザには分からなかったけれど、王子に対してはローザを心配しているとの立場を取るだろうとローザは思っている。
「・・・いや。私から侯爵にお願いをしてみよう」
「分かりました」
躊躇いも見せずにローザがあっさりと王子に任せた事に、王子は行き詰まり感を覚えていた。ローザが王子に興味を持っていない証拠に思えるし、親しくなる為の手掛かりや足掛かりを与えて貰えない様に感じるのだ。
「ロザリーゼ殿自身は、王宮に来る事は構わないのだね?」
「はい」
王子との関係を誤解されれば、悪口を言われたり馬鹿にされたりすると言うのは聞いた。しかしそれはダメルの娘として育った街で、母親に捨てられた者として散々されて来た事だ。
そして父親と言う男性からは王子を癒やす様に言われているし、忙しい王子に時間の余裕や顔を見せる機会を与えられるのであれば、ローザは求められた事には応じる積もりだ。暇でもあるし。
それに父親と言う男性に逆らえば、ダメルの命が危ないかも知れないし。
ただ、王子の心の傷を癒やすと言う事は、難しいとローザは思っている。
体の怪我と違って心の傷は目に見えないし、ローザの魔法でも検知出来ない。ローザの使える簡単な治癒魔法も、心の傷には届かない。それなので治ったかどうか、治って来ているのか悪化してはいないのかも分からない。
王子の心の傷が癒えるまで、結婚させられなくて済むのは良いけれど、終わりが見えないのはそれはそれで辛くなるかも知れないと、先の事を考える時にはローザの気持ちは少し重くなった。
そして、ローザが王宮に滞在すると言う案は、父親と言う男性に却下された。
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