結論
顔を蹙めて苦しそうにも見えるウルフズベン王子に向けて、ローザに父親だと思えと言った男性が更に言葉を重ねる。
「殿下の婚約者となれば、やがては王妃となったかも知れない。当然この国で女性のトップとなるのですから、多い魔力量や高い魔法の才能が求められます。ロザリーゼ・ノバラー殿はその要求に真摯に応えようとなさっていたのでしょう」
男性は言葉を切り、ゆっくりと呼吸をした。そして王子が何も返さないので、男性は結論を口にする。
「ロザリーゼに対して殿下がどの様なお気持ちでいるのかは、全く関係がありません。殿下のお気持ちを勝手に推測する者が出て来て、ロザリーゼに魔力が無い事を知った時に、ロザリーゼがどの様な扱いを受けるのか、それを考えて頂きたいとわたくしは思っているのです」
「いや、私は」
「分かっております」
男性に言葉を遮られ、王子は何度か唇を小さく開閉させるが、結局は閉じた。
男性はまたゆっくりと一つ呼吸をしてから口を開く。
「良好な関係を築いていた婚約を解消し、ロザリーゼ・ノバラー殿を選んだ殿下の強いお気持ちが直ぐに消える事がない事も、このロザリーゼが殿下のお心の傷を癒やす助けになるかも知れない事も、聡明な殿下がロザリーゼ・ノバラー殿へ向けていた気持ちをただ見た目と名前が同じだけのこのロザリーゼに向けるなど考えられない事も、わたくしも分かってはいるのです。ですがこの子の父親としては、この子の幸せに影が落ちる様な不安は全て取り除きたい。殿下にその積もりがなくても、勝手に殿下のお気持ちを履き違える粗忽者に、この子の幸せを邪魔されたくはないのです」
王子が短く二回、息を吸った。
「いや、侯爵。侯爵の言う事は分かるし、私もそう思う。そしてロザリーゼ殿が辛い思いをする事は私も望まないし、回りの者にも間違いが起こらない様に厳命する」
「・・・命じるからどうだというのですか?殿下?」
「厳命し遵守させるから、その、もう何度か、ロザリーゼ殿と会う事を許しては貰えないだろうか?」
「何の為にでしょうか?」
男性の声が冷たく響く。王子はまた短く息を吸い、唇を僅かに動かしながら言葉を探した。
「その、私の気持ちを整理すると言ってしまえば自分勝手な話なのだが、私が決心をする為に侯爵にも協力をして欲しい」
そう言って王子は冷たい目をしている男性と見詰め合う。
「ロザリーゼ殿には迷惑を掛けないし負担も掛けない。ロザリーゼ殿と会う機会を充分に貰えるのであれば、それほど期間も必要ないと約束しよう。どうだろうか?」
「殿下。回りの者に間違えのない様になさると仰いましたが、ロザリーゼの縁談相手は殿下とは直接は関係のない者です。殿下の手の届く範囲を殿下にどうにかして頂いても、それだけでは既に遅いのです」
男性の真剣な表情を受けて、王子は顔を蹙める。
「それは、しかし」
「最愛の人を亡くされて、殿下がどれ程お辛いのか、わたくしにも分かる積もりではおります。わたくしもこのロザリーゼに何かがあったら、どれ程辛いものか」
「侯爵・・・」
「そして殿下のお心を癒やす事が出来れば、それが延いてはどれだけこの国の為になるのか。わたくしも爵位を授かった身ですので、それも理解出来ている積もりではおります」
「侯爵」
「ですが殿下の隣に立てば、ロザリーゼには王妃の資格がない事が常に付き纏います。常に突き付けられます。その様な気持ちが殿下にもロザリーゼにもあろうともなかろうとも、殿下の婚約者になどならずとも、ただパーティーでエスコートされるだけでも、ロザリーゼには勝手に欠格者の烙印が押され、後ろ指を指され続けるのです」
「侯爵・・・」
「殿下がロザリーゼを利用するとしても、ロザリーゼをどこかに閉じ込めて御自分の気持ちを癒やす為だけに使う積もりなど、殿下にはないとわたくしは思っております」
「当然だ。当たり前ではないか」
「では殿下は一体、何をロザリーゼに望むのですか?」
「・・・私は・・・」
「ただ一緒に茶を飲むだけで良いのですか?他には会話ですか?公の場への同伴は絶対に求めませんか?その辺りの線引きをはっきりと示して下さい。そして殿下のお心の傷が癒えるまでは、ロザリーゼには縁談が無理なのは御理解頂けますね?」
「それは、しかし・・・」
「ロザリーゼの縁談を調える為には、殿下の寵愛がロザリーゼに向いてなどいない事を示していただく事が、今となっては必要となってしまいました。その為には殿下のお心が癒やされて、ロザリーゼと会う事がなくなってから、更に期間が必要になると言う事です」
「それは、しかし」
「その事に対して、ロザリーゼには何の利益もありません」
「いや、侯爵」
「ロザリーゼが男であれば、殿下のお側に仕える栄誉をいただく事も出来るでしょう。ですがロザリーゼ・ノバラー殿とそっくりなロザリーゼが殿下の傍に仕えては、二人の間に何もないと考えさせる事など不可能でしかありません」
「それは、しかし」
「だからと言って、ロズワルドや我が家に目を掛けて頂きたい訳ではありません。我々はロザリーゼを犠牲にしてまでその様な事を望んでなどおらず、わたくしが父親として望むのは、ただロザリーゼが幸せになる事なのです」
「侯爵・・・」
「ロザリーゼ」
「はい」
男性から突然呼ばれ、ローザの声は裏返り気味に擦れた。
いえ、ちゃんと話は聞いておりましたよ?
「お前は殿下が好きか?」
思わずローザは目を見開く。
「良い。良かった」
男性が微笑みを向けるが、ローザには何が良いのか分からない。
男性は表情を消した顔を王子に向けた。
「殿下。今のでお分かりと思いますが、ロザリーゼは殿下をお慕いしたりなど致してはおりません」
「いや、それは」
「どうやら殿下もロザリーゼの態度から、感じていらっしゃった様ですね」
「それは、ロザリーゼ殿に会うのはまだ今日で四度目だし、分かっている」
四度目?ローザは小首を傾げた。それに気付いた王子はローザに苦笑を向ける。
「一度目は逃げられたから、会った内には入らないかも知れないな」
声を掛けられたと言う話の事かとローザは納得して小さくて肯いた。ローザは経験していないのだから、カウントしていなくても仕方がない。
「ロザリーゼは殿下を意識してはおりません」
「話らしい話をしたのは前回のみだし、私に興味を持っていない事は良く分かっている」
ローザは肯きそうになり、首に力を入れて頭を固定した。
「ですが殿下と会い続けている内に、殿下の魅力に囚われるかも知れません」
ローザは思わず男性を振り向く。
「そうなってしまったら、この子は良縁に出会う機会を失っただけではなく、この子を幸せにしてくれる相手との時間を奪われただけでは済まず、殿下のお心が癒やされてこの子が必要なくなり殿下の下を辞去する時に、心に深い傷を負う事になるでしょう」
凄い空想力、とローザは男性を評価した。
男性はローザの頭に手を載せた。ローザは慌てて防御魔法を調整する。少し油断をしていた。
そして男性はローザの頭を押し下げ、その表情を隠す様にローザを俯かせる。
「殿下。実は正直に申しますと、この子の縁談はとても難航しております。魔力が無くても良いと言ってくれていた家は、軒並み及び腰になってしまいました。わたくしはこの子の父親としてこの子の幸せを願っておりますが、わたくしはこの家の当主でもあります。我が家の将来に影を落とす様な条件では、この子を嫁がせる事は出来ません」
「まあ、そうだな」
「現状で既に手詰まりの感が御座いますので、殿下も一つ、この子の幸せの為に何か、考えては頂けないでしょうか?」
「ロザリーゼ殿の為に・・・」
「はい。もし今のこの子に手に入れられる結婚よりも幸せになる事が出来るのであれば、殿下へのお役目が済んだ後は結婚をさせずに、領地で静かに暮らす事もこの子の為に選ぶ事が出来ます」
「・・・そうか」
「はい。殿下。わたくしはこの子が殿下のお心を癒やす事が出来るのであれば、それはとても名誉な事だとは知っております。たとえ癒やしたのが結局は他の女性であっても、そのお役目に一度就いたと言う事は、わたくしにも取っても我が家に取っても、とても誇らしい事でしょう」
「・・・そうか」
「ですが父親としてはどうしても、家の名誉などよりは、この子の幸せを望んでしまうのです」
「・・・そうだろうな」
「わたくしも引き続きこの子の縁談を探しますが、殿下。殿下がお忙しい事は存じておりますが、この子の幸せに付いて、考えてみては頂けないでしょうか?」
「・・・そうだな。分かった」
「ありがとう御座います、殿下」
そう言って男性が頭を下げるので、頭を押さえられたままだったローザも頭を深く下げた。
しかしローザには結局結論がどうなったのか、自分を中心とした話だった筈なのに、良く分からなかった。
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