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街の住民

 ローザの住む街は、大きく四つの区域に分かれている。

 一つは領主の派遣した代官や富裕層が住む北区。北区からは王都にまで繋がる街道が出ている。

 もう一つは商人や職人が多く住む東区。こちらからも街道が出ていて、その先は隣の領地にまで繋がっていた。

 ダンジョンに面していて冒険者が多く暮らすのは南区。ダンジョンを囲む城壁は二重に設けられている。

 そして草原に面した西区。ここはあまり店も家もなく、人通りもまばらだけれど治安が悪い訳ではない。単に誰も用がないから近付かない場所というだけだった。

 この四つの地域を囲んでそれぞれ城壁が建ち、夜には門が施錠されるのだが、西区だけは夜でも草原に繋がる門が閉められる事はない。どうせだれも通らないから、と言う訳だ。

 ローザとダメルはその西区の、数少ない家の一つに住んでいる。閉められる事のない門の直ぐ近くに、ぽつんと建つ家だ。


「じゃあ私はニオラの所に行って来るから」


 ダメルは薬草の入った籠を持って、家から出ようとする。


「待って。私も一緒に行くわ」


 ローザの言葉にダメルは口元に微笑み浮かべ、魔石の入った袋を掲げた。


「序でにギルドにも寄る積もりだけれど」

「私も買い物があるから」


 そう言って外に出ようとするローザと玄関のドアの間にダメルが立つ。


「私が買って来るよ。メモに書いてくれれば」

「自分で選びたいの」

「でもローザ?昨日も搦まれたのだろう?」

「あの人達がダメルに搦むかも知れないでしょう?」

「余所から来た冒険者だって言っていたじゃないか。私の事は知らないよ」

「誰かにダメルの事も聞いているかも知れないじゃない。ダメルが一人で行ったら危ないから」

「心配してくれるのは嬉しいけれど・・・」


 ローザと一緒に行けば搦まれる確率は上がるとはダメルは思ったけれど、ローザが人の心配を出来る人間に育った事は嬉しかったし、ローザに搦んだ冒険者達をそのままにしておくのも良い気分ではなかった。


「・・・分かったよ。でも、いざとなったら直ぐに逃げるからね?」

「はい」


 肯くローザの頭を撫でながら、ダメルも口元を綻ばせて肯いた。



 南区に入る城門を潜り抜けると直ぐに、ダメルとローザを子供達が指差した。


「あっ!」

「ローザ!」


 そして子供達は二人の傍まで走り寄り、距離を置いた所で立ち止まって声を揃える。


「ローザの父ちゃん!ダメおやじ!」


 そう言うと子供達は歓声を上げながら逃げていった。

 それを遠巻きにニヤニヤと眺めていた男達をローザは睨む。ダメルはローザの腕に手を掛けた。


「魔法は駄目だよ?」


 ローザは振り向いてダメルを睨む。


「分かっているわ」

「それとその顔も駄目だ」


 そう言うダメルは口元に微笑みを浮かべていた。


「ダメルがそうやってニコニコしているから、あの子達やあの人達に馬鹿にされるのではないの」

「馬鹿にされても彼等には害はないから」

「ああ言う心根は充分に害悪よ」

「それは本人達に取ってであって、私達には関係ないだろう?」


 そう言うとダメルは歩き出す。

 ニヤニヤしていた男達は、ダメルとローザにも聞こえる様に笑い声を立てた。その様子を見ていた女達は口々に、ローザに聞こえるか聞こえないかの声でローザ達の悪口を言う。


 ローザの母親は貴族の血を引く事を鼻に掛け、街の女達を馬鹿にしていたけれど、街の女達からも馬鹿にされていた。

 ローザの母は金や権力を持つ男と直ぐに恋人や愛人になったし、二股やそれ以上の付き合いをする時もあった。

 それなので夫や恋人を盗られた女性だけではなく、貞節な夫を持つ女性達ももちろんの事、結果として客を奪われた歓楽街の女性達からも、ローザの母は嫌われ恨まれ憎まれていた。

 ローザの母の恋人だった男達は、ローザの母に他の恋人が出来た後もローザの母の事は悪くは言わなかったのだけれど、それはそうなってもローザの母と緩く関係が続いていたからだ。しかしその様に男に緩いローザの母に相手にされる事がなかった男達はやはり、ローザの母の事を憎んだし恨んだ。


 街中のあちらこちらで嫌われていたローザの母が置いていったローザには、その母への残された恨みが向けられていた。

 手を上げられたりはされないけれど、意地の悪い態度を取られたり、母親の悪口を言われたり、馬鹿にされたりし続けている。

 気付いたダメルがその都度ローザを庇うけれど、ローザの母にローザと共に捨てられたダメル自身も、街の人間達からは馬鹿にされている。ローザを庇うダメルには、ローザより酷い言葉が投げ付けられる事も多かった。


 街の大人からも子供からも馬鹿にされながらローザは育ったけれど、ダメルが大切に育てた為に、ローザの性根は曲がらずに済んでいた。

 ただし当然なのだけれど、ローザやダメルの事を馬鹿にする街の人間達をローザはとても嫌っていた。


 そしてローザの母を嫌っていた人々に育てられた子供達は、ローザと同じ様に年頃になっている。


 年頃男子達は容姿に優れるローザに憧れを抱く様になっていた。

 ローザの母親の話は聞いていたから、少し優しくすればローザを自分のものに出来ると考えるのだけれど、ローザは誰にも隙を見せない。言葉を掛けるチャンスがまずないし、ローザは誰が何をしてみせても興味を見せない。ダメルと二人、人気(ひとけ)の少ない西区に住んでいて、たまに南区に姿を見せるだけのローザは、年頃男子達には神秘的にさえ感じられた。

 そのローザと仲良くなりたいけれど、年頃男子は中々近寄る事が出来ない。そしてやっと声を掛けられる様になった頃には、年頃男子達は皆充分に気持ちを拗らせていて、捻くれた言葉や態度しか表せない様になっていた。

 そんな男子達をローザが相手にしないのは、ローザの対人経験値の低さもあるけれど、これまでの関係性が原因であるのは確かだった。


 年頃女子達は容姿に優れるローザに嫌悪感を抱いていた。

 近くに住みながら自分達のコミュニティに属さない、忘れた頃に姿を表す異物だし邪魔者だ。気になる男子が中々振り向かず、ローザを馬鹿にしながらもローザに気持ちを向けていたりするのが分かればなおさらだ。自分の好きな男子がそうではなくても、友達の好きな相手がそうであれば、ローザは敵に認定された。

 ただし男子達の前でローザの悪口を言っても、自分の評価が落ちるだけなのは分かっているので、男子達の前ではローザの母とダメルの事しか口に出さない。

 ローザの悪口は男子のいない所で、年頃女子同士や自分の家族相手に存分に言い合ったり、直接ローザに向けて言ったりしていた。


 そんな状況の中で新たに育って来たまだ小さな子供達は、当然ローザを馬鹿にしているし、ダメルの事も馬鹿にしていた。

 そして余所から流れて来た冒険者達は、子供に馬鹿にされているダメルを見れば自分達もダメルを見下すし、ローザに甘い言葉を掛けて自分のものにしようとする。

 それなのでローザは余所者に搦まれる事が多いのだけれど、それを見てローザに良いところを見せるチャンスだと思った年頃男子達は余所者に突っ掛かる。それを切っ掛けに余所から来た冒険者と地元住民との間には亀裂が入ったりしていた。

 そしてローザを守ろうとした年頃男子とそれを良く思わない年頃女子達との間にも距離が出来、年頃女子の中には余所者と親密になる者も出始めて、その事に年頃女子達の親も干渉したりする。

 この様な理由で、冒険者が集まる南区では、あちらこちらで揉め事が起こる様になっていた。


 それらで溜まった鬱憤が向かう先は、当然の様にダメルとローザだった。

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