ローザとダメル
着古した長袖シャツとズボンで使い古した剣とナイフを腰に差し、急所を守る為に革を当てた薄手のジャケットを着て、ローザは草原に立つ。
靴だけは特注でかなり高かったらしいのだが、実用一辺倒な作りで目立たない。それに今は足下が草深くて、そもそも靴は隠れて見えなかった。
服装は地味ではあるけれど、ローザの髪はとても艶やかで、化粧をしていない肌は輝き、母親そっくりだと言われる容貌と、貴族の血が流れていると自称していた母親よりも上品な所作で、かなり目立つ存在ではあった。
幼い頃、母親が貴族の血を引くと言っていた事を知ってから、王子様がいつか自分を迎えに来る事をローザは夢見ていた。
それなのでその日に備えて、ローザはダメルを相手にお姫様ごっこで練習をしていたのだ。
王子様に出会った時に恥ずかしくない様に、礼儀作法や所作やマナーをローザは真剣にダメルから学んだ。言葉遣いもだ。
しかしその所為で、ローザは同世代の子達から益々浮いてしまっていた。
今はもう王子様が迎えに来る事はないと理解しているけれど、それでも自分が周囲に馴染めない理由として、自分は特別なのだから仕方がないのだとの言い訳が、ローザの心の一部を支えていた。
ローザだって年頃なのだし、他の娘達の様に化粧にも興味がある。ダメルに内緒で買った口紅をこっそりと付ける事もある。ダメルは気付かなかった様だけれど。
しかし清浄魔法を使うと汚れと共に化粧も香料も落ちてしまう。血や泥が付いたらローザが使わなくても、気付いたダメルが清浄魔法を使ってしまうからダメなのだ。口紅には気付かなくても。
その目立つ容貌に地味な服装のローザは、立ったまま自分の気配は防御魔法で包んで消し、そして目を瞑って魔獣の気配を探知魔法で探っていた。
魔獣と言っても草原にいるのは小型だし、ダンジョンの魔獣と違って普段は人を襲う事が少ない。
それなのでローザの目的は討伐ではなく、魔石と肉を集める為の単なる狩りだった。
特注品の靴の底から地面の僅かな振動が伝わるが、それよりも先にローザは魔獣が使う土魔法の魔力が漏れている事に気付いていた。
その魔獣は一匹のみで、周囲には仲間がいない。
ローザは魔獣の魔石の位置を探り当てると、魔力を漏らさない様に抑えながらその魔石に向けて魔法を放つ。そして気配を消したまま素早く歩み寄り、土魔法を使って魔獣を土から掘り出すと、ナイフで止めを刺した。
魔獣を浮遊魔法で空中に浮かせながら、掘り出した穴に水魔法で血を落とす。血抜きが終わるとローザは魔獣を浮かせたまま解体し、魔石と肉を取ってそれぞれの袋にしまい、それ以外を穴に埋めた。
そして地面を這って近付いて来ていた別の獲物の、魔石を狙って再び魔法を放つ。
素早く歩み寄るとローザは、その魔獣の止めも刺して解体をした。
その後も何頭かの魔獣を狩り、袋が一杯になった所でローザはダメルの元に戻る。
ダメルも気配を消しているので見付けにくいが、薬草の近くにいる筈だ。
ローザは魔法で周囲の薬草を探し、その傍に不自然に気配がない場所を見付けると、気配を消したままそこに向かった。
「ダメル」
「終わったのかい?」
「ええ」
「じゃあ帰ろうか」
そう言って立ち上がったダメルにローザは、序でに採った薬草を差し出す。目を隠している前髪の隙間からダメルはその薬草の状態を確かめると小さく肯いて、自分の採取した薬草が入っている籠にローザが採った薬草も入れた。
そしてダメルはローザに口元で作る微笑みを向ける。
「ローザにはもう、私が教える事はないみたいだね」
「じゃあ」
「ダンジョンは駄目だけれどね」
「もう!何でよ!」
「ほらほら、大きな声を出さない」
「子供だってダンジョンに入っているのよ?」
「余所は余所。家は家」
「せめて冒険者登録だけでも」
「登録をしたら結局は、ノルマの為にダンジョンに入らなくてはならないって教えただろう?」
「でもダメルは入らないじゃない」
「こうやってローザが手伝ってくれているからね。私一人ではダンジョンに入らずにノルマを熟すのは難しいって、ローザも分かっているだろう?」
それはローザも分かっているけれど、ローザが不満に思っているのはそこではない。
不満を顔に表すローザに、ダメルの口元は変わらずに微笑みを作っている。
「その様な顔をしては駄目だよ。それも分かっているだろう?」
「普段はしないわよ。今はダメルと二人きりだから」
「それでも駄目だよ。誰がどこから見ているのか分からないのだから、隙を見せてはいけないよ」
ローザは表情を消して、けれどダメルの言葉に納得した訳ではない。
「私も冒険者になればもっと早くお金が貯まるのに」
「後少しだから、その必要はないよ」
「その後少しってどれくらいなの?」
「後少しは後少しだよ。後少しで旅の費用が貯まる。それまでの辛抱だよ」
そう言うとダメルは気配を消したまま歩き出した。会話を打ち切られたローザは気持ちが収まらず、ダメルの後を追わずにその場を動かない。
少し先で立ち止まって振り返ったダメルは、ローザに向けて手を伸ばした。
「ほら、おいで。帰ろう」
そう言って口元を綻ばすダメルに向けてローザは歩き出す。そしてダメルを追い越して、ローザはダメルより先を進んだ。
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