将来
「私は私から逃げた女性の事が気になって、ほら?私は王子だろう?だから普通は女性は私と親しくなろうとするのだよ」
自分が逃げた訳ではないけれど色々と申し訳なくて、ローザはウルフズベン王子に謝ってしまいたかった。
しかし今ここで謝ってしまうと、王子と親しくなりたい訳ではないと認める事になってしまう。父親と言う男性がいないこの場でそれを認めてしまうと、ローザにはその後を自分でフォロー出来る気がしない。
それなのでローザは謝る事を我慢して、代わりに顔を少し伏せた。
「それなので、それが誰だったのか、聞こえた名前を手掛かりに探させたんだ。そうして間違えてリゼと、私はロザリーゼ・ノバラーと出会ったのさ」
王子も顔を少し伏せて、テーブルの上のカップを見る。
「リゼと会った時、リゼは既に私の事を色々と知っていた。他の女性達と同じ様にね。私の好みも色々と調べていた様で、何度か会ううちに、リゼは色々としてくれたんだよ。リゼの家は格が低かったので裕福ではなかったけれど、お金を掛けずに色々と工夫したり手を掛けたりしてくれたのさ。それが私には新鮮で、貰い慣れた高級品より、プレゼントの品が手作りだったりした事に、私はとても心を動かされたんだ」
ローザはそれは分かる気がして、幼い頃にローザが描いた絵や紙で作ったメダルをダメルが大切にしてくれていた事を思い出した。
「しかし・・・君に成り済まして私に近付いていたのだとすると」
「いえ、殿下?」
ローザは思わず王子の話に口を挟み、それが失礼な事であると気が付いて、思わず顔から血の気が引く。
しかし思わず口を挟んでしまったのは、嘘で事実を誤認してしまった王子の話を聞いていられなかったからだし、このまま話の先を聞く事もローザは嫌だった。
「わたくしはその日の事を覚えておりません。わたくしに声を掛けた方が、殿下とは別の方の可能性が御座います」
「・・・その者は君に声を掛けて、私はリゼに声を掛けたと言うのかい?」
「はい」
「たまたま同じ日に、たまたま同じ場所で?」
「ロザリーゼ・ノバラー殿とわたくしの容姿と名前が同じだったのですから、もう一つ二つ偶然が重なっていてもおかしくは御座いません」
王子は目を見開き、そして笑い始める。
「確かに、ロザリーゼ殿の、言う通りかも、知れないな」
笑いを漏らしながらそう言うと、王子は目元を拭った。
「いや、ロザリーゼ殿。君は面白いな」
そう言ってまた王子は笑う。
ローザはどうして良いか分からずに、ただ曖昧な笑みを浮かべていた。
「ロザリーゼ殿は見合いをするそうだな」
「・・・はい」
「相手は平民だと」
「はい」
ウルフズベン王子は躰を少し前に倒し、ローザを見詰めた。
「君はそれで良いのか?」
「・・・はい」
良いも悪いもない。
「質問を間違えたな。君はそれを望むのか?」
会った事もない相手との縁談など、望む筈がない。ただ相手の事は何一つ知らないので、嫌がり難くいのはある。
そしてローザが望むのは、ダメルを巻き込まない事だ。父親と言う男性にローザが逆らって、ダメルに何かがあったりしたら、後悔などでは済まないだろう。
そう言う意味なら、男性の用意した縁談を無事に進める事は、ローザは望んでいると言える。
「・・・はい」
「何故だ?」
ダメルの為などとは言えない。ダメルに恩を返すとかそう言うのでもない。
「君は貴族として生まれたのに、平民に嫁ぐ事に抵抗はないのか?」
貴族として生まれた自覚はないし、貴族として育ってもない。
平民にと言うか、知らない相手に嫁ぐのなんてもちろん嫌だけれど、それは相手が貴族であっても同じ事だ。
「相手の方が貴族だからとか平民だからとか、そう言う事はありません」
「それは、誰でも構わないと言う事か?」
「はい」
ローザには選択権はないのだ。相手に誰を用意されても、それに従う以外はない。
選んで良いなら結婚などしたくない。ダメルの所に戻りたい。
いや戻る前に、冒険者登録をしてしまって、ダンジョンにもちょっと入ってみて、既成事実を積み上げてから、ダメルの所に戻りたい。
その時のダメルの様子を想像して、ローザの表情が柔らかくなる。
「君は相手の男を好きなのか?」
「・・・はい?」
「どこが良いのだ?」
「あ、いえ、違います」
「違う?」
「はい。何故その様な、私がお相手を好きかとの話になるのですか?」
「・・・そうだな?・・・いや、その、うん。リゼは私が好みだと言ってくれていた。付き合い始める前から私には惹かれていたと。それなのでリゼに良く似たロザリーゼ殿の好みも、リゼと同じなのだろうかとは疑問に思った」
「・・・そう、ですか」
「ああ」
「あの、私はまだ、お見合のお相手に会った事が御座いません」
「相手は王都で暮らしていたから、と言う事か」
「そうなのですか?」
「うん?違うのか?」
「いえ。殿下はわたくしのお見合相手の事を御存知なのですか?」
「いや、知らないぞ?名前と年齢くらいしか知らない。職業や年収は調べられてあったし、思想に問題がない事も確認済みだがそれだけだ。女性問題は見付けられなかったし、将来性にも文句を付けるほどではなかった」
「どの様な方なのでしょうか?」
選択肢はないとは言え、ローザも相手に興味がない訳ではない。
「どの様なとは、容姿か?」
「容姿も気にはなりますが、そもそもどの様な方なのかと」
「うん?ロザリーゼ殿は知らないのか?」
「はい」
「見合いの相手の事を?」
「はい」
「侯爵はロザリーゼ殿に、相手の事を伝えていないのか?」
「はい」
「釣書は?」
「・・・釣書とはなんでしょうか?」
「いや何って、見合い相手の情報が書かれた資料だ。身上書とかプロフィールとか言っているかも知れないが、そう言うものは渡されていないのか?」
「はい」
「いや、はいって・・・ロザリーゼ殿は自分で調べようともしなかったのだな?」
「・・・はい」
馬鹿にされているのかと感じてローザの眉根は寄り、声は少し低くなった。
「いや、だが、自分の将来が掛かっているのだぞ?相手の事が気になりはしなかったのか?」
「そうは仰っても、わたくしには選択権はありません。父が選んだお相手とお見合いをして、お相手がわたくしを選んで下さったら結ばれるだけです」
ローザの気持ちがつい声に籠もってしまい、ローザの言葉に不愉快さが滲む。その事にはローザも気付いて、王子に対するには不適切だったかと少し慌てた。
「将来と仰られましても、どの様な将来が待っているのか、わたくしには見当が付きません」
「いや、だからこそ、より良い将来を目指すのではないか」
「そのより良い将来と言うものが、わたくしに取っては何がより良いのか分かりません。わたくしには想像が出来ないのです」
相手が誰だか分からないのもあるけれど、とローザは思ったけれど、それを王子に言っても仕方がない。
そもそも相手のプロフィールが分かっても、冒険者になる事を目標にして来たローザには、相手がどの様に暮らしていて、そこに自分がどの様に加われる事が出来るのかなど、全く分からない。
その目指していた冒険者に付いても、ダメルが他の冒険者達とは違う暮らしをしていたのは知っているけれど、他の冒険者がどうやって暮らしているのかは想像が付かないから、お見合相手が冒険者だったとしても、やはりローザは自分の将来を想像出来なかった。
言葉を返さない王子にじっと見詰められて、ローザは自分が失敗したかと思う。でもどうすれば成功したのか、どうすれば成功なのかが分からない。
取り敢えず、王子との遣り取りを頭の中で振り返ってみて、父親と言う男性に命じられた通り、前回を踏まえて話を出来ている事は確認できたので、ローザはどうするか考える事を止めた。
王子がまだ口を付けていないうちにお茶が冷めてしまった事に気付いて、ローザは使用人にお茶を淹れ直す様に頼む。
「ロザリーゼ殿。前回の様に君が淹れてくれないか?」
そう言われてローザは、今日の自分は王子から見たら、失敗していなかったのかも知れないと思った。
もし王子の不興を買っていたら、ローザが淹れたお茶を飲む事を望んだりはしないだろう。
「はい」
微笑んでローザは肯いて席を立つ。
そして王子がお茶を淹れるだけ淹れさせて飲まない選択をするかも知れないと気付き、それならそれでも良いやと考えて、ローザは不安を切り捨てた。
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