王子の再訪
ウルフズベン王子に紹介された後も、ローザはその邸で暮らす様に言われた。それと共に、お見合の予定を知らされる。
本当に、お見合するんだ、とローザは思った。
ローザに父親と思えと言った男性が、本当にローザの幸せを考えているとは、ローザにはまだ思えていない。
それは男性がダメルの命を危険に曝す権力を持っていたり、ローザの都合を全く聞かずにピオニー王国に連れて来させたり、父親と思えと言う言い方をされたりした事が理由だった。
それなのでお見合も、ローザの幸せとは関係ない何らかの理由があるとローザは思っている。
そもそも本当にお見合をさせるのだとしても、それならなんの為にローザをここに連れて来たのか分からない。
喚んでおいて直ぐに嫁に出すってどう言う事?貴族の結婚は家同士の繋がりを求める為らしいけれど、結婚相手が平民でも同じ考え方なの?バラローズ家への思いなんてないから、嫁いだ先で実家の為の働きを期待されても困るけど?
そんな風に、お見合の日が近付くに連れて、ローザは段々とやさぐれて行った。
ただし、結婚相手がどんな男でも嫁ぎ先がどんな家でも、ダメルの命が人質に取られたら、ローザは自分が拒否できない事を知っている。
今のローザの僅かな希望は、男性の口からダメルの名が出ていない事だ。
忘れている事はないかも知れないけれど、このままダメルを利用する場面が来ないで欲しいとローザは願っていた。
お見合を待つ日々を過ごしていたら、ウルフズベン王子が訪ねて来るとの報せがローザに届く。
その報せと共に男性からは、前回会った時の話を踏まえて王子に対応する様にとの命令が届いた。男性は今回は同席しないと言う。
何しに来るのだろう?
「ロザリーゼ殿。また会えて嬉しいよ」
笑みを浮かべながら近付いて来る王子に、ローザは頭を下げた。
「ようこそおいで下さいました。再びお目に掛かる事が出来まして、大変光栄に御座います」
頭を下げていると王子の靴先がローザの視界に入る。そして王子からローザには、特に続きの言葉が掛からない。
頭を上げても良い筈だけれど、無言で目の前に立たれているのは、相手が王子である事もあって、ローザには少し怖かった。
でもこのまま、顔を見ないで済ませられる筈もない。
ローザが顔を上げると、眉尻を下げた王子の表情が見えた。
「あの、ウルフズベン殿下?いかがなさいましたか?」
悲しげにも見える王子の表情に理由が一つしか思い付かず、ローザはもう一度頭を下げた。
「申し訳御座いません。わたくしは何か不調法な事を行ってしまいましたのでしょうか?」
自分の所作の何かが王子が憐れむ程だったのかと思い、ローザは頭を下げたまま、王子を見掛けてから今までの自分の言動を思い起こしてみる。
しかしそうではなかった様で、王子が少し湿った声で弁明した。
「違うのだ、ロザリーゼ殿。その、本当にリゼにそっくりだと思って、それなのに態度はリゼとは違い、やはりリゼではないのだと思ったら頭が真っ白になってしまい、言葉が出なかっただけなのだ。だから頭を上げてくれ」
頭を上げたところで王子に何と返したら良いのか、ローザには分からない。分からないけれど王子に求められたら、頭を上げる以外にはない。
ローザは先程の王子の表情を真似る事を意識しながら頭を上げた。
「君はやはり・・・いや、済まない。忘れてくれ」
目を閉じて頭を小さく左右に振りながらそう言うと、王子は目を開けてローザに微笑みを向ける。ローザは了解を示す体で、頭を少し下げて顔を伏せた。
今回は父親と言う男性がいないので、代わりに使用人達が傍に控える。王子とローザを二人きりにしない為だ。
ローザは王子に席を勧めて自分も座り、使用人にお茶を淹れて貰った。
そして王子とローザの間には会話がない。お茶が淹れ終わって使用人が少し離れても、二人の間で会話が始まらなかった。
ローザからは王子に話がない。訪ねて来る事を望んだのは王子だし、ローザが思い付く言葉は王子の用件を尋ねるものだけだ。
ただ、訪ねて来たばかりの王子に直ぐに用件を訊くなど、早く帰らせたいのかと受け取られてしまうので口には出来ない。
もちろんローザは王子には早く帰って欲しい。やる事がなくて暇だけれど、王子との会話は暇潰しには出来そうにないし。
ローザは王子にお茶を勧めた後は、王子がカップを持ったままお茶の水面を眺めている姿をただ眺めた。
静な時間が流れているけれど、ローザの気持ちは全く落ち着かない。
王子はお茶に口を付けないまま、カップをテーブルに置いた。そして視線を上げてローザを見る。
「ロザリーゼ殿」
「はい」
何を言われるかの心配より、状況が動いた事がローザは嬉しかった。王子に向けた表情が自然と柔らかくなる。
「本当に、声も似ている」
話が進むかと思ったら、ローザには返事のし難い事を王子は言った。だがローザが言葉を探している内に、王子は話を続ける。
「ロザリーゼ殿は、本当にロザリーゼ・ノバラーではないのだな?」
「・・・はい」
ロザリーゼ・ロッソ・バラローズとしての自覚も薄いけれど、取り敢えずローザはロザリーゼ・ノバラーだった事はない。
「いや、何度も済まない。他の人と間違われるのは、良い気はしないだろう」
「・・・いえ」
「あの日ここで私が出会ったのは、リゼではなく、ロザリーゼ殿だったのだな」
「あの、その事ですが、わたくしは覚えて御座いませんで」
「え?私を見て逃げたのは、ロザリーゼ殿ではないのか?」
「いえ、あの、逃げてしまいました事は謝罪致します。申し訳御座いませんでした」
「うん?私だったかどうか、覚えていないと言う話か?」
「いえ。殿下にお目に掛かったかどうかもそうですが、ここでその様な出来事があったのかどうかも、わたくしは覚えてはいないのです」
正しくは「知らない」だけれど、知らない事は覚えていない事にする様にと、ローザは男性から指示されていた。
「その、殿下に覚えて頂いておりますのに、誠に申し訳御座いません」
そう言って、座ったままだけれど、ローザは低く頭を下げる。ローザは嘘を吐いている訳だし、王子に対して申し訳ないと思っているのは本当だった。
この嘘に付いてどの様な意味があるのか、その理由に付いてはローザには分からなかった。
王子が声を掛けた誰かが逃げたのは本当なのだろう。そしてそれはロザリーゼ・ノバラーだったと思われる。男性はそれがローザだったのだとは嘘を吐くのに、ローザがロザリーゼ・ノバラーではないのだと本当の事を言う。
ローザをロザリーゼ・ノバラーではないと言うのなら、ここで王子と出会ったのもロザリーゼ・ノバラーで良いのではないかとローザには思えた。そうすればローザは王子の相手などしなくて済むのだし。
「ロザリーゼ殿はリゼではないから、私とリゼが一緒に過ごした様々な時間も、ロザリーゼ殿は知らないのだろう?」
「はい」
「リゼの、ロザリーゼ・ノバラーの事も知らないのだろうか?」
「はい。存じません」
「それでは私の事は?」
「え?・・・あの、国王陛下の御長男だと」
「それは先日、父君が君に伝えていたね」
「はい」
「他には?私の事は?」
「あの、御名前はウルフズベン・アコナイト・モンクスフード・ピオニー様だと」
「・・・そうか。覚えて貰えて嬉しいよ。他には?」
「ええと、その、多分わたくしよりは年上でいらっしゃるかと」
「それは今見て考えたのだね?」
「あの・・・はい」
「・・・そうか・・・私は君の父君が、私と君を親しくさせたいのかと思っていたんだ。それを目的に君と引き合わせたのかと。だけど父君は、私の事を何も君に教えていないのだね?」
「・・・はい」
考えてみたら失礼な話だ。知り合ったのにその人に付いて何も知らないままだなんて、興味を持っていないと言っている様なものだ。実際にローザに王子への興味がない事は置いておいても。
「そうか。そこもリゼとは違うのだな」
そう言うと王子は寂しそうに笑みを漏らす。
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