縁談と婚約破棄
ウルフズベン王子が静かに嗚咽を漏らす。
父親と思えとローザに言った男性に指示されて、ローザはお茶を淹れ直す為に立ち上がり、ワゴンを押して控え室に戻す。
王子の姿を思い出しながら、ローザは気の毒に思っていた。
王子が男性から聞かされたローザの生い立ちや現状は噓っぱち。それを王子は信じてしまった様だ。
そして王子は婚約者を亡くしいて、その婚約者とそっくりだと言うローザとこうして知り会ったが、婚約者が生きていたと思ったら別人だったのだ。
父親と思えと言う男性が何を考えているのか分からないけれど、何も考えていないとしても、もう少しウルフズベン王子の気持ちを考えて上げて欲しいとローザは思った。
新たにお茶の用意をしてローザはテーブルまで戻り、冷めたお茶の代わりを淹れ直して、ウルフズベン王子の前に置く。
それを切っ掛けに、王子は顔を上げた。
「ありがとう」
少し腫れぼったく見える目を細めて糸目にして、王子は微笑みをローザに向ける。
ローザは何か返すべきかと思ったけれど、声を出すと少し震えてしまいそうな予感を喉に感じて、取り敢えず会釈だけを王子に返した。
それは良いのだけれど、その後どう振る舞ったら良いのか分からずにまごまごとして、ローザは挙動不審になる。それなので男性に隣に座る様に指示されて、席に着けた事でローザはほっとした。
しかしその様子は王子に見られていた。
「本当に、社交と言うか、人と接する事にロザリーゼ殿は慣れていない様だね」
確かにローザは貴族相手や増してや王子相手など慣れてはいないけれど、その感想を本人を前に口にする王子に、先程までの同情していた気持ちが、ローザの中からどこかに行ってしまう。
「だが侯爵?ロザリーゼ殿を私に紹介するのが、何故このタイミングなのだ?」
「それはロザリーゼの縁談を進めるにあたり、もしロザリーゼの容姿に付いて噂が広がりでもしますと、ウルフズベン殿下に在らぬ疑いを抱かれるかも知れないと考えたからです」
つい先程、まさに疑っていた王子は顔を蹙めた。
「いや、それでも今ではなく、もっと早く、それこそリゼが生きている内に教えておいてくれていたら、私が間違える事などなかっただろう?」
「ウルフズベン殿下の寵愛を受けるロザリーゼ・ノバラー殿とそっくりだと言う容姿で、名前も同じであるロザリーゼを殿下に紹介するのに良いタイミングなど、わたくしには分かりません」
「それは、まあ、何もなくても魂胆を探られそうだし、そうなのかも知れないが、だが話だけでもしておいて貰えたら良かったのだ」
「ですが先程も申しました通り、この子は貴族には嫁げません。そして本来でしたら既に、婚約をさせていてもおかしくない年齢です。しかしこの子が余計な騒動に巻き込まれない様に、ウルフズベン殿下がロザリーゼ・ノバラー殿と結婚するのを待ってから、縁談を進める積もりでおりました」
「余計な騒動って、それならなおさら早くに教えてくれておくべきだろう?」
「この子がロザリーゼ・ノバラー殿に似ている様だと気付いたのは、殿下の婚約破棄の件で、ロザリーゼ・ノバラー殿の容姿が噂に上ってからです」
婚約破棄の言葉に、ローザがピクリと反応する。
ロザリーゼ・ノバラーの事は婚約者だと王子は言っていた。そう言えば男性は最初、ロザリーゼ・ノバラーの事を王子の恋人と言った。それを王子が婚約者だと訂正したのだ。
つまり王子はロザリーゼ・ノバラーに一方的に婚約破棄されたの?とローザは思ってしまってから、興味が顔に出てしまわない様にと少し慌てる。
「いや、だが、ロズワルドはその前に、リゼに会った事があった筈だ」
「ロズワルドは王都で、ロザリーゼは領地で、二人は別々に育ちました。双子ではありますが、あまり互いの事を知りません」
「そんな事が、あり得るのか?」
「はい。それにそもそもロズワルドもロザリーゼもわたくしもロッソです」
「うん?いや、確かに色は似ているが」
「いいえ、殿下。似ているのではなく、わたくしと二人は髪と瞳は同じ色なのです」
「あ、いや、分かった。確かに同じ色だが、それがどうしたと言うのだ?」
「ロッソはどうしても人を見る時にまず、相手がロッソかロッソでないかで判断します。ロザリーゼ・ノバラー殿はロッソではなかった。その時点でロズワルドはロザリーゼ・ノバラー殿とロザリーゼを似ているとは思わなかったでしょうし、わたくしがロザリーゼ・ノバラー殿を見掛けたとしても同じ判断をした事でしょう」
凄い事を言っている、とローザは思った。その説だとローザも人をロッソかロッソでないかで判断している事になってしまう。
もし王子が色味の似た人達を連れて来て試したらどうする積もりだろう?とローザは不安に感じた。
自分はもちろんロッソかどうか当てられない自信があるが、そもそもこの男性がロッソ判断を出来ると言う事もローザは信じる気にはなれない。
「そんな、その様な事があり得るのか?」
どうやら王子も同じ気持ちだと思って思わず肯きそうになって、ローザは口に手を当てて小さく咳払いをして誤魔化した。
しかし男性は自信がある様子で肯く。
「あります。当然です」
その言い切る様子に王子が退き下がる。
「そうか」
「はい」
低めの声で男性が応えて肯くと、王子も肯いて返した。
「それで侯爵?こうしてロザリーゼ殿を紹介してくれたと言う事は、私にロザリーゼ殿とこれからも会う様にとの誘いなのだろうか?」
「いいえ違います、殿下」
男性は首を小さく何度も左右に振る。
「ロザリーゼはこれから平民との縁談を進めます。その為に、これまではありませんでしたが、これからは王都を出歩く事もあるでしょう。それですのでもし見掛ける事があっても、ロザリーゼ・ノバラー殿ではないと御認識頂きたいのと、どなたかから情報が入っても、このロザリーゼの事だと考えて頂きたいと思います」
「・・・あくまで私に勘違いをさせない為だと言うのだな?」
「はい。わたくしも人の親です。魔力はありませんが、ロザリーゼはわたくしに取っては可愛い娘です。いえ、魔力がなく、貴族に嫁がせてやれない分、ロザリーゼには幸せになって欲しいとさえ思っています。その為には僅かなトラブルの可能性も排除したいと思うのです」
「それは、私がトラブルを起こす可能性があると言う事が言いたいのか?」
「今の殿下の御様子を見せて頂きましたので、その様には思ってはおりません」
「今朝までは思っていたのだな?」
「はい」
「ふっ」
王子は苦笑を漏らした。
「子供の為だからと、何でも正直に言えば良いと言うものではないだろう?」
「はい。ですが貴族の中にはトラブルを生み出したり、トラブルを大きくしたりする者もおります。その芽を摘む為にも、殿下には真実を知っておいて頂きたいと思いました」
「娘の為にか」
「はい」
再び王子が苦笑するが、ローザも釣られそうになる。ローザには男性が言う娘とは自分の事だとは思えず、ロザリーゼと呼ばれる人が更にもう一人いる様にも感じられていた。
「この子はたまたま容姿がロザリーゼ・ノバラー殿に似ているだけで、たまたま名前が同じだけで御座います。この子には何の罪も落ち度も御座いません。魔力が無いのもこの子の所為では御座いません。それですのでわたくしは、ただこの子に幸せになって欲しいだけなのです」
ローザは少し顔を伏せる。感情を隠した積もりだけれど、表情に表れてしまう事を恐れていた。
幸せを願うと言うけれど、ここにはローザの思い描ける幸せはない。危険からダメルを守る為に、ローザはここにいるだけだ。
連れ戻したりしないであのまま忘れていてくれれば自分は幸せだったのにと思うと、ローザは目と鼻の奥が熱くなった。
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