御対面
縁談に対して心の準備が出来ていなかったとは言え、どの様な相手なのか全く確認せずにいた事に、ローザは翌朝気付いた。
一人の男性に会わせると言われたけれど、男性だとは範囲が広すぎる。男性と言うなら成人しているイメージだけれど、赤ちゃんだって男性と言えば男性だ。
いや、下は良い。結婚相手として赤ちゃんを連れて来る筈がない。
問題は上だ。一旦男性と呼ばれるに相応しい年齢になったら、それ以降はたとえ何歳になっても男性は男性だ。
そもそも男性に会わせると言われたけれど、縁談とは言われてはいない。
そう考えるとそれ程構える必要はないのかも知れない。
ただ、先々代侯爵夫人が晩年を過ごした邸で暮らす様に言われ、ここでその男性に会わせる意味が分からなくなる。
お見合だとしても、意味は良く分からないけれど。
授業もなくなり、防御魔法の練習以外やる事がなくて暇なローザは、そんな風に、落ち着かない気分で過ごしていた。
そこに御主人様が訪ねて来る。
「明日、ある方をお連れする」
男性はそう言った。
ある方とかお連れするとか、侯爵である男性がその様な言葉を使う相手なんて、嫌な予感しかしない。
御主人様より格が上とかじゃなくて、御主人様より年齢が上の尊敬できる素敵な方であります様に。
ローザは心の中でそう唱えた。
「お前はその方の事を覚えていない」
何を言っているの?とローザの眉根が寄る。誰だか教えられていないのに、覚えているもいないもない。
「その方が何を仰っても、知らない、分からないで通す様に」
「何を仰ってもとは、常識的な事もでしょうか?」
「貴族の常識なら分からない振りをしても良い」
貴族の常識に付いて、ローザは自信が無かった。それなので結局、何を分からない振りをすれば良いのか分からない。
「逆に、何なら知っている事にして良いのですか?」
そのローザの質問に、男性の眉間に皺が寄る。
「何なら知っているのだ?」
「え?小さい魔獣の狩り方とか、あと薬草の見分け方とか採取の仕方とか」
ローザの口調がつい素に戻っていたけれど、男性はそれには気付かず、しかし眉間の皺を深くした。
「冒険者に育てられたのだったな。平民の知識は忘れろ」
「・・・はい」
それはそうだろうとは思うけれど、忘れろは無理な命令だ。
「礼儀作法は知っていて良い。貴族としてのだぞ?」
「はい」
「所作とか、そうだ。教師に習った事だな。それらは知っていて良い」
「・・・はい」
教師に習ったのかダメルに習ったのか境界が曖昧で、ローザは少し自信が無かった。
「お前はこれまでほとんどの期間を領地で暮らしていて、社交も学業もして来なかった。勉強や知識は家庭教師に習っただけだ。いいな?」
「え?あの、学業は習っていない事に?」
「ああ、いや。学業と言ったのは、学校に通っていない事を指す。貴族の子弟は王都の学院に通うが、お前は魔力が無いから、領地で魔力を増やす訓練をしていた事にする」
「・・・はい」
確かに男性に比べたら、自分の魔力なんてない様なものだけれど、無いわけではないのだと思って、ローザは素直には肯けない。
「取り敢えず、知らぬ存ぜぬで切り抜けろ」
「・・・はい」
切り抜けろと言う言葉は困難がある事を示しているとしか思えず、ローザは肯くのが嫌だった。
「それと、私の事は父親と思う様に」
「はい」
父親と思う様にと言われ、男性も父親としての自覚がないのだろうとローザは感じる。同意と言うか共感が出来て、ローザはこれには確りと肯いて返した。
翌日。
この邸に初めて来た日に男性にお茶を淹れた部屋に、ローザは喚び出される。
この部屋の窓側がテラスに続いていて、そのまま庭に出られる様になっている事に、この邸で暮らしている内にローザは気付いた。
今も使用人用の入口から入り、使用人用の控え室で声が掛かるのを待っている。
ローザに父親と思う様にと言った男性が部屋に入って来た。
出番かとローザは思ったけれど、男性は一人だけでまだローザに声を掛けない。
少し待つと、別の人物が使用人に案内されて入室して来た。
「内密に私を喚ぶとは、何の話だろうか?侯爵?」
「良くいらっしゃって下さいました。殿下」
男性が殿下と言った。格が上の方だった事にローザの体に少し力が入る。それに声の感じからして、相手は少し不愉快そうだ。
「侯爵も忙しい筈だ」
「話は直ぐに済ませますが、その前に茶を召し上がって下さい」
男性が振り向いて、控えているローザに合図を送る。
「お茶をいただく時間くらいはあるが」
そう言いながら殿下と呼ばれた人物は、男性に勧められて席に着く。そしてワゴンを押して近付いたローザをチラ見して二度見して席から立った。
「リゼ」
殿下は目を大きく見開き小声で呟く。
「リゼ!」
殿下は目を細め叫ぶとローザに飛び付こうとするが、それを予想していて間に体を入れた男性と、ローザが咄嗟に盾にしたワゴンとに阻まれる。ワゴンに打つかった男性のズボンにお湯が少し掛かり、ローザは急いで湯温を下げると共に蒸発させた。
その時に咄嗟に防御魔法を弱めたけれど、男性の魔力も殿下と呼ばれた人物の魔力も通らなかったので、ローザは取り敢えず安心をする。
「殿下。紹介致します」
男性が殿下と呼ばれた人物からローザの姿を隠しながらそう告げた。
「これはわたくしの娘です」
「娘?」
男性は殿下の視線を遮ったまま、ローザを振り向く。
「殿下に挨拶をしなさい」
そう言うと男性は立ち位置をずらす。
ローザは殿下と目が合った。
「初めまして。ロザリーゼ・」
「リゼ!」
「違います殿下」
再び男性が殿下とローザの間に入る。
「これはわたくしの娘です。ロザリーゼ・ノバラー殿ではありません」
「いやどう見てもリゼじゃないか!」
殿下のその言葉に男性はわざとらしく溜め息を吐いた。
「リゼと仰るのは殿下の恋人であった」
「婚約者だ!」
「・・・婚約者であったロザリーゼ・ノバラー殿の事ですよね?」
「もちろんだ」
「これはわたくしの娘で、殿下の婚約者、ロザリーゼ・ノバラー殿ではありません」
「・・・どう言う事だ?」
男性は再び立ち位置をずらす。
ローザと再び目の合った殿下は眉根を寄せていた。その表情に釣られない様に、ローザは微笑みを殿下に向ける。
「殿下に挨拶を」
「はい、お父様」
男性がローザを娘だと強調していたので、ローザは気を利かせてお父様と呼んでみた。
「改めまして、御挨拶申し上げます。ロザリーゼ・ロッソ・バラローズと申します。初めまして、殿下」
「これは・・・」
さっき男性にこれと言われたのは分かるけれど、殿下からもこれと言われてローザは、殿下と自分との立場の違いを感じる。
「・・・つまり?」
「わたくしの娘、ロザリーゼです」
「リゼが生きていたと言う事だな?侯爵?」
リゼと呼ばれた事はないし、死んだ覚えもないローザは、男性が知らぬ存ぜぬで通せと言った理由が分かった気がした。
28




