最後の納品
ダメルは薬師の下に別れの挨拶に来ていた。
「これが最後の納品かい」
「はい。今日で終わりです」
そう言ってダメルは薬草を薬師に渡す。
薬師は薬草の状態を確認しながら、ダメルを見ずに話し掛けた。
「家は売れたのかい?」
「まあ、何とか」
「安いからって買っていたけれど、結局は損をしたろう?」
「家賃を払う事を考えたらそんな事はありませんよ。買い値より高く売れましたし」
「高くって、あの頃からどれだけ物価が上がっているのか、計算しているんだろうね?」
薬師にそう問われて、ダメルは口元に微笑みを浮かべて返す。薬師はダメルを見ずに、返事がない事に詰まらなそうに鼻を鳴らした。
「まあ良いさ。あの騒動のお陰でギルドもダンジョンも立ち入り禁止で、ギルドは領主に管理責任を問われて査察を受けてるし、この街じゃ冒険者は仕事にならないからね」
「でも発端は冒険者だったらしいですけれど、その後騒ぎを大きくしたのは領民達だったと聞きましたけれどね」
「領民も調べるだろうけど、領主としてはギルドに介入する良い口実になったろうからね」
「ダンジョン封鎖も脈絡は分からないですし」
「ダメルにはダンジョンは関係ないだろうけれど」
「ないわけではないですよ?」
「でも踏ん切りを付けるにはちょうど良かったんじゃないか?」
「そうですね」
「これでようやく旅立ちか。長かったね」
「ニオラさんには本当にお世話になりました」
「本当だよ。ほら、これが今日の代金だ」
「ありがとうございます」
「ダメルがいなければとっくに引退出来たのに」
「それは、でも、本当にニオラさんも店を止めるのですか?」
「止めるしかないだろう?」
そう言いながら薬師は、ダメルが納品した薬草をすり潰し始める。
「でもそうしたら、この街の冒険者は困るでしょうね」
「本当に私が止めて困る様なら、ちゃんとした薬草を納品しただろうさ。どいつもこいつも薬にならない様なものばかり、わざと選んでいたとしか思えないよ」
薬師は語調を荒くしたが、作業の手は丁寧なままだった。
「私も最初の頃は良く怒られましたね」
「本当だよ。クズばかり選んで納品して」
「選んだ訳ではないですけれど」
「でもダメルの最初って言うのは、凄く期間が短かった」
「ありがとうございます。ニオラさんの指導のお陰でローザを育てられました。ローザを置いてダンジョンに入る訳にもいきませんでしたし」
「だから止めとけば良かったんだよ、あんな恩知らず。育てたりしないで、捨てるなり孤児院に入れるなりすりゃあ良かったんだ」
「そう言う訳にはいきませんよ」
「養女に欲しいと言うやつもいたんだろう?」
「ですが魂胆が分かりますから」
「まともな相手もいたじゃないか」
「まともって言っても、政略結婚の道具にするだけではないですか」
「それでもダメルがこんなに長く、構う必要はなかったと思うけどね」
薬師にそう言われて、ダメルの口元が歪む。
「・・・ローザは母親に付いて行きました」
「だから、それが恩知らずだって言っているんだよ。聞いてるよ。挨拶もなかったんだろう?」
「それは詰まり、ローザとの生活が必要だったのは、私の方だったと言う事です」
「そんな訳があるかい」
「いいえ。ローザの夢って、お姫様になる事だったんですよ。それを私が叶えてあげるのは難しかった。でもローザの本当の両親のところなら、お姫様に近い暮らしが出来る筈ですから」
薬師がまた詰まらなそうに鼻を鳴らす。
「今まで放って置いて、急に取り戻しに来たんだ。ダメルにも分かっているんだろう?どう考えたってローザに用意されているのはまさに政略結婚じゃないか」
「ですが私と旅に出ても、侯爵家が用意する程の縁談は難しいかも知れませんから」
「侯爵家?」
薬師が手を止めて顔を上げた。
「ローザの父親は侯爵家の人間なのかい?」
「そうらしいです」
「そうらしいって、それならその侯爵家から、養育費を取れば良いじゃないか。積み立ててた金だって、持って行かれてしまったんだろう?」
「あれはでも、ローザの為に貯めた金ですし、不正に引き出したのはローザではありませんよ?」
「ギルドの職員と母親がグルになったんだろう?職員は金を貰ってないからギルドは弁償しないなんてふざけんじゃないよ。元はと言えば私が辛い体に鞭打って作った薬を売って稼いだ金じゃないか」
そう言うと薬師はまた手許に視線を落とし、作業を再開する。
「ニオラさんに薬草を売った代金だけではありませんけれど」
「分かってるよ。でも私の金が多いだろう?」
「それはそうですけれど、それを言ったら元は冒険者達が稼いだ金が、薬代としてニオラさんに支払われていた訳ですし」
「そんな事も分かってるんだよ、うるさいね。これでお別れだって言うのに、ぐずぐず言うんじゃないよ」
ダメルはまた口元に微笑みを浮かべた。
「これでニオラさんの声が聞こえなくなるのは寂しいですね」
薬師は目の端でダメルを見て、また直ぐに視線を戻す。
「そう言いながらニヤけているじゃないか」
「店を止めた後はどうするのです?王都ですか?」
「あんなところ、真っ当な人間が住む場所じゃないよ」
「それでは専属薬師ですか?良く訪ねて来ている人達がいますよね?」
「・・・良く見ているね。まあ、誘われてるけれど、ただ薬を作るだけじゃなくて、学生を育てろなんて無茶を言ってくるから、もう少し考えるよ。このまま止めてお終いでも良いんだし」
「貯め込んでいますものね?」
「・・・そんなとこまで見てるのかい?」
「いえ、当てずっぽうです」
「ふん。やなやつだね、お前は」
薬師はまた目の端だけでダメルを見た。
「スミマセン」
「ニヤけやがって。で?ダメルはどうするんだい?冒険者を続けるのかい?」
「どうしましょうね。ニオラさんの薬が手に入らなくなるし、止め時かも知れませんよね」
「え?」
薬師は手を止め、顔を上げる。
「・・・もしかして、目的なく旅をする積もりかい?余所のダンジョンに行くとかじゃなくて」
「・・・そうですね。ローザを預かる前は目的があったのですけれど、ローザと暮らすようになって目的が変わって」
「どんな目的だったか知らないけど、それがなくなってるって事かい?」
「そうですね」
「それなのに旅に出るのかい?」
「ええ、まあ」
「それって・・・この街にいると、ローザを思い出すからかい?」
「・・・そうかも、知れません」
薬師は小さく息を吐いた。
「お前は本当にダメおやじだね」
そう言うと薬師はまた作業に戻る。
ダメルは変わらずに、口元に微笑みを浮かべていた。
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