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第四話 怖いのは、私も

 川べりで話をした翌日から、凛が少し変わった。


 変わった、というより、少しだけ素になった感じがした。


 完璧な笑顔じゃなくて、もう少し崩れた顔をするようになった。授業中に欠伸をしたり、弁当のおかずが気に入らないときに小声で文句を言ったり。そういう小さなことが増えた。


 判定が変わったわけじゃない。感情の言葉はまだ判定不能だ。


 でも、整える間が少し短くなった気がした。


 私はその変化に気づきながら、特に何も言わなかった。言わなくていいと思っていた。


 その日の朝、凛がいつも通り隣に座った。


「おはよう」

「おはよう」

「ひかり、今日元気ない顔してる」

「してない」

「してる。目が死んでる」

「失礼だな」

「本当のことだから」


 判定。


 本当だった。


 確かに今朝は少し眠れなかった。四時頃に目が覚めて、そのまま朝になった。


「昨日あまり眠れなかった」

「なんで」

「色々考えてた」

「何を」


 少し間が空いた。


「凛のこと」


 言ってから、少し口が軽すぎたかもしれないと思った。


 凛が少し目を丸くした。


「私のこと?」

「昨日の話を整理してた。判定不能の理由が少しわかった気がして」

「そっか」


 判定。


 判定不能だった。


 そっか、という一言もわからない。でも、表情は少し柔らかかった。


「凛に聞いていい」

「どうぞ」

「昨日話してくれたこと、後悔してない?」


 凛が少し間を置いた。


「してない」


 判定。


 本当だった。


 透明な反応だった。


「そっか」

「ひかりが聞いてくれたから話せた。ひかり以外には話したことなかったから」


 判定。


 本当だった。


 また透明だった。最近、凛の言葉で透明な反応が増えてきた気がする。


「ひかり以外には、って、もえやなつにも言ってないの」

「言ってない。なんか、うまく言葉にできなくて」

「私には言えたのに」

「ひかりには全部バレるから、隠す意味がない気がして」


 判定。


 判定不能だった。


 また感情が乗った部分はわからない。でも、隠す意味がない、という言葉の背景はわかった気がした。


「それ、楽になった?」

「少し。なんか、下ろした感じがした」


 判定。


 本当だった。


 ホームルームが始まった。


 私は先生の話を聞きながら、昨日の夜考えていたことを思い出していた。


 凛の判定不能の理由がわかった。本音と怖さが混ざっているから、どちらにも判定されない。


 でも、もう一つ気になっていることがあった。


 私自身のことだ。


 凛が判定不能だから興味を持った。そこまでは最初からわかっていた。でも最近、それだけじゃない気がしていた。


 判定不能じゃなくても、凛のそばにいたいと思っている。


 その気持ちが何なのかが、眠れなかった理由だった。


 昼休みになった。


 今日はもえとなつが用事があるとかで、二人だけだった。


 凛が弁当を広げながら言った。


「ひかり、今日はあんこのおかずある?」

「ない。なんで」

「昨日もえが言ってたんだよね。ひかりの弁当、彩りがきれいって」

「もえが見てたの?」

「気になってたみたい。手作りって言ったら驚いてた」

「別に普通だけど」

「普通じゃないよ。毎日作るって大変じゃない?」

「習慣だから大変とは思わない」


 凛が私の弁当をちらっと見た。


「今日も綺麗だね」


 判定。


 判定不能だった。


「ありがとう」

「ひかりって料理好きなの?」

「嫌いじゃない。無心でできるから」

「無心で?」

「切ったり炒めたりしてると、他のこと考えなくていいから」

「他のことって」

「人の言葉とか」


 凛が少し静かになった。


「スキルのこと、ずっと意識してるんだ」

「無意識にはなってるけど、完全に切れるわけじゃないから」

「しんどいね」

「慣れた」

「慣れたのと、しんどくないのは違うよ」


 判定。


 判定不能だった。


 でも、その言葉の意味は伝わった。


「そうかもね」

「料理してるとき、スキル動かないの?」

「動かない。言葉が来ないから」

「じゃあ料理が一番楽な時間なんだ」

「そういうことになる」


 凛がしばらく考えてから言った。


「私と一緒にいるときはどう?」

「どう、というのは」

「楽? それとも疲れる?」


 私は少し考えた。


「判定不能だから、全部見えるわけじゃない。だから、他の人より疲れない」

「それだけ?」

「それだけじゃないかもしれないけど、言葉にするのが難しい」


 凛が少し笑った。


「ひかりって、正直だよね」

「言ったでしょ、嘘をつく方が面倒だから」

「うん。それが好きだよ」


 判定。


 判定不能だった。


 また。


 私は弁当のおかずを食べながら、少し考えた。


 言葉にするのが難しい、と言った。本当にそうだ。凛のそばにいると楽という話をしたけど、楽だけじ

ゃない。


 なんか、もっと別の何かがある。


「凛」

「なに?」

「一個聞いていい」

「どうぞ」

「怖い、って昨日言ってたじゃん。また同じことが起きるのが怖いって」

「うん」

「今も怖い?」


 凛が少し間を置いた。


「今も、少し怖い」


 判定。


 本当だった。


「そっか」

「ひかりには言えるけど、全体的に、まだ怖い部分がある」

「全部すぐに消えなくていいと思う」

「ひかりはそういうこと言ってくれるよね」

「本当のことだから」


 凛が少し私を見た。


「ひかりは、怖いと思うことないの?」


 逆に聞かれた。


 私は少し考えた。


「ある」

「何が怖い?」

「人を信じること」


 凛が黙って聞いていた。


「スキルで全部見えると思ってたのに、凛は判定不能だった。それが最初は混乱した。わからないということが、怖かった」

「今は?」

「今も少し怖い。でも、それより知りたいという気持ちの方が大きくなってる」


 凛が静かに聞いていた。


「知りたい、って私のこと?」

「そう」

「なんで」

「わからないから。わからないのに、そばにいたいと思ってる。その理由が知りたい」


 言ってしまってから、少し顔が熱くなった。


 凛が少し目を細めた。


「ひかり、それって」

「言わなくていい」

「言っていい?」

「まだいい」


 凛が少し笑った。


「わかった。でも、ひかりが怖いと思ってること、私も一緒だよ」

「どういう意味」

「信じることが怖い、ってひかりが言ったじゃん。私もそう。怖いけど、ひかりのそばにいたい。その理由は、たぶんひかりが考えてることと同じだと思う」


 判定。


 判定不能だった。


 でも今日は、判定不能でも何かが伝わってきた気がした。


 怖いけど、そばにいたい。


 それは私も同じだ。


「ひかり」

「なに」

「放課後、また川べり行かない?」

「いいよ」


 判定。


 判定不能。


 また感情の言葉はわからなかった。


 でも、行きたいと思っているのは私自身の感情だから、判定は関係なかった。


 放課後、並んで学校を出た。


 川べりに向かう道は昨日と同じだけど、今日は少し空気が違う気がした。昨日は凛がいろいろ話してく

れた。今日は私が少し話してしまった。


 お互いに、少しずつ出している。


 川べりに出ると、今日も夕方の光がきれいだった。


 昨日座ったベンチに、また並んで座った。


「ひかり、さっきの話」

「どれ」

「そばにいたい理由が知りたいって言ってたじゃん」

「言った」

「わかった?」

「まだはっきりとは」

「そっか」


 凛が水面を見た。


「私はね、わかってると思う」

「凛は」

「うん。ひかりのそばにいたい理由」


 判定。


 判定不能だった。


「でも怖い?」

「怖い。また同じことになったら、って思うと」

「また同じことになるかどうか、私にはわからない」

「うん」

「でも、凛が昨日話してくれたとき、引かなかったでしょ」


 凛が少し私を見た。


「引かなかった」

「だから今も引かないと思う。たぶん」

「たぶん、ってところが正直だね」

「確信は持てないから」

「確信持てないのに言ってくれるんだ」

「嘘をつく方が失礼だと思うから」


 凛が少し笑った。


 素に近い、崩れた笑い方だった。


「ひかりって、変なところで優しいよね」

「変なところで、って何」

「普通に優しいんじゃなくて、本当のことを言う形で優しい」


 判定。


 判定不能だった。


 でも、なんか、その言葉の意味はわかった気がした。


 私は水面を見た。


 オレンジの光が水に揺れていた。


「凛」

「なに」

「私、人を信じるのが苦手って言ったじゃん」

「うん」

「凛のこと、少し信じてると思う」

「少し?」

「少し。でも、それが私には大きい」


 凛が黙った。


 しばらく水の音だけがした。


「ひかり」

「なに」

「私もね、ひかりのことを信じてると思う」


 判定。


 本当だった。


 透明な反応が来た。


 また感情の言葉で透明が来た。最近、この瞬間が増えてきた。凛の中で何かが変わってきているのかもしれない。


「それ、本当だね」


 私が言ったら、凛が少し目を丸くした。


「判定出た?」

「出た」

「初めて?」

「感情の言葉で透明なのは、最近少し出てきた」

「そっか」


 凛が少し考えてから言った。


「変わってきてるのかな、私」

「変わってきてると思う」

「ひかりのおかげかも」


 判定。


 判定不能だった。


 また感情が混ざると判定不能になる。でも、それでよかった。


 全部わかる必要はない。


 凛がわからないから、ここにいる。全部わかってしまったら、こうして並んで座っていなかったかもしれない。


「凛、一個だけ言っていい」

「どうぞ」

「判定不能でも、嘘じゃないのはわかる。それだけはずっとそうだった」

「うん」

「だから凛の言葉は、信じてる」


 凛が少し間を置いた。


 それから、静かに言った。


「ありがとう」


 判定。


 本当だった。


 透明だった。


 ありがとうという言葉が、ちゃんと本当だった。


 私は水面を見たまま、少し息を吐いた。


 怖い、と思っていた。人を信じることが怖かった。全部見えてしまうから、見えた分だけ傷ついてきた。


 でも凛は全部見えない。見えないまま、それでも少しずつ信じてきた。


 信じることが怖いのは凛も同じで、怖いけどそばにいたいと思っているのも同じで。


 お互いに怖がりながら、でもここにいる。


 それが今は、悪くないと思っていた。


「そろそろ帰ろうか」

「うん」


 立ち上がって、歩き始めた。


 今日も来るときより距離が近かった。


 凛が歩きながら、ふいに言った。


「ひかり」

「なに」

「また明日ね」


 判定。


 本当だった。


 透明な反応だった。


 また明日という言葉が本当だった。


「うん、また明日」


 私も本当のことを言った。


 また明日、会いたかった。

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