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第三話 混ざっている理由

 凛と一緒に昼ごはんを食べるようになって、二週間が経った。


 毎日来る。


 毎朝隣に座って、昼は弁当を並べて、放課後はたまに寄り道する。気づいたらそういうリズムができていた。


 もえとなつも混ざることが増えた。四人で食べるときは賑やかで、私はほとんど聞き役だけど、それが案外悪くなかった。もえとなつはよく喋るけど嘘が少ない子たちで、一緒にいても疲れなかった。


 問題は凛だ。


 相変わらず判定不能が続いていた。


 毎日凛の言葉を判定しながら、少しずつ法則が見えてきていた。


 事実の話は透明。感情の話は判定不能。そこまでは先週わかった。


 もう一つ気づいたことがある。


 凛は、感情を話すとき、少しだけ間を置く。


 ほんの一瞬だ。普通の人なら気づかないくらいの間。でも私はスキルのせいで人の言葉を細かく観察する癖がついているから、気づいた。


 凛が感情の言葉を言う前に、何かを考えている。選んでいるのかもしれない。何を言うか、どう言うかを。


 その日の昼休み、四人でいたときのことだった。


 もえが「最近好きな人いる?」という話題を出した。


「なつはどうなの」

「いないよー。強いて言えば二組の村田くんが気になるくらい」

「気になるって好きじゃないの?」

「まだわかんない感じ」

「凛は?」


 もえが凛に向いた。


 凛が少し笑った。


「いるよ」


 判定。


 判定不能。


 私はそれを聞きながら、弁当の卵焼きを口に入れた。


「えっ誰!?」

「内緒」

「えー教えてよ。クラスにいる人?」

「まあね」


 判定。


 判定不能。


「男子?」

「内緒って言った」


 もえとなつが「えーー」と声を揃えた。凛は笑ってごまかしていた。


 私はその間ずっと弁当を食べていた。


 クラスにいる人、という部分も判定不能だった。本当かどうかわからない。


「ひかりは?」


 なつが私に向いた。


「いない」

「本当に?」

「本当に」


 判定。


 自分の言葉には判定が動かないけど、嘘じゃないのはわかる。本当にいない。


「ひかりって、好きな人できたことある?」

「ない」

「なんで」

「人と距離を置いて生きてきたから」

「なんか、達観してる」

「達観じゃなくて疲れてる」


 もえとなつが笑った。


 その後話題が変わって、昼休みが終わった。


 午後の授業が始まる前、凛が小声で言った。


「ひかり、放課後時間ある?」

「ある」

「一緒に帰らない?」

「いいよ」


 判定。


 判定不能。


 また。


 放課後、二人で学校を出た。


 いつも通り駅の方向に歩き始めたけど、凛が「ちょっと遠回りしてもいい?」と言い出した。


「どこに行きたいの」

「川べりの道。夕方きれいなんだよね」

「行ったことある?」

「何回か。一人で行くのは少し寂しくて」


 判定。


 本当だった。


 一人で行くのは寂しい、という部分は透明だった。珍しく感情の言葉で判定が出た。


「……そっか」


 川べりに出ると、確かにきれいだった。夕方の光が水面に反射して、橋の影が長く伸びていた。


 並んで歩きながら、凛が静かに言った。


「ひかり、さっきの話」

「さっきって」

「好きな人の話」

「聞いてた」

「ひかり、人と距離を置いて生きてきたって言ってたじゃん」

「言った」

「スキルのせいで?」

「それが一番の理由」


 凛が少し間を置いた。


「全部見えちゃうの、しんどくない?」

「しんどい。だから人と関わらない方が楽だった」

「過去形なんだ」

「今は少し違うかもしれないから」


 凛が私を見た。


「少し違う、って」

「凛のせいだと思う」


 凛がまた私を見た。今度はもう少し真剣な目で。


「判定不能だから、見えない部分がある。見えない部分があるから、知りたいと思う。そういうことだと思う」

「私が判定不能だから、ひかりが近づいてきてるってこと?」

「そうなる」


 凛が少し笑った。でもその笑顔はいつもより少し複雑な感じがした。


「変な理由だね」

「自分でもそう思う」

「でも、嫌じゃないよ」


 判定。


 判定不能。


 また感情の言葉でわからない。


 川べりのベンチがあった。凛が「座ろう」と言ったから、並んで座った。


 水の音がしていた。


 しばらく二人とも黙っていた。


 凛が川を見ながら、静かに口を開いた。


「ひかり、一個聞いていい」

「なに」

「本音と嘘が混ざってる状態って、どういうことだと思う」

「どういうこと、というのは」

「自分の気持ちなのに、本当かどうかわからない状態ってあると思う?」


 私は少し考えた。


「ある、と思う。自分の感情がちゃんとわかってないとき、とか」

「それ以外は?」

「本音を出すのが怖くて、表面だけ整えてしまうとき、とか」


 凛が少し動いた気がした。


「怖い、か」

「そういう経験あるの?」


 しばらく間があった。


「あるよ」


 判定。


 本当だった。


 今度は透明だった。珍しく、感情が乗っているのに透明だった。


「中学のとき」


 凛が川を見たまま続けた。


「仲のいい子がいてね。なんでも話せる子で、一緒にいると楽しかった」

「うん」

「その子に、好きって言ったことがある」


 判定。


 本当だった。


「そしたら、その子が引いた」

「引いた?」

「気持ち悪いって言われた。次の日から無視された」


 私は何も言えなかった。


「それから、クラス全体に広まって。しばらくしたら収まったけど、その間がしんどくて」

「そっか」

「それからかな。気持ちをそのまま出すのが怖くなった」


 凛が少し笑った。でも、いつもの完璧な笑顔とは違った。


「だから明るくしてたら、完璧な子ってイメージになって。それはそれで楽だったんだよね。本音を出さなくていいから」


 判定。


 本当だった。


 さっきからずっと透明な反応が続いていた。


 凛が本当のことを話している。


「それが、判定不能の理由かな」


 凛が静かに言った。


「好きって言いたいけど、また同じことが起きたら怖い。でも気持ちはある。本音と、怖さが混ざってる状態」

「それで判定不能になる」

「そうなんじゃないかな。私には確認できないけど」


 私は凛の横顔を見た。


 川の光が当たっていて、少し目が細くなっていた。


「凛、その子のこと、今も引きずってるの?」

「引きずってはないと思う。ただ、癖になった。感情を出す前に一回整える癖が」

「整える、というのは」

「本当に出していいか確認してから出す、みたいな感じ。無意識にやってる」


 一瞬間を置く、というのはそれだったんだ。


「だから言葉が出てくる前に少し間があるんだね」


 凛が私を見た。


「気づいてたの?」

「観察癖があるから」

「そっか。ひかりには全部バレてるんだね」

「全部じゃないよ。判定不能だから」


 凛が少し笑った。


「そうか。私の気持ちはひかりにもわからないんだ」

「今日の話は、割とわかった気がするけど」

「どこまでわかった?」

「好きって気持ちと、怖いって気持ちが同時にある。だから判定不能になる。そういうことかなって」


 凛が少し間を置いた。


「……正解かも」


 判定。


 本当だった。


 初めて、凛の感情の言葉が透明になった。


 正解かも、という言葉が本当だった。


「凛」

「なに」

「話してくれてありがとう」

「なんで急に」

「聞かせてもらえると思ってなかったから」


 凛が少し視線を外した。


「ひかりには、話せると思ったんだよね」

「なんで」

「スキルのこと話してくれたから。ひかりも、人に言えないことを話してくれたじゃん」

「そっか」

「お互いさまだと思って」


 判定。


 判定不能だった。


 またわからない。でも今は、わからなくても不安じゃなかった。


 ここまで話してくれた。それだけでわかることがある。


「ひかり」

「なに」

「私、また好きって言ってもいい?」


 判定。


 判定不能。


 また。


 でも今は、この判定不能の意味が少しだけわかった気がした。


 怖いけど、言いたい。その両方が混ざっているから判定不能になる。


「言っていいよ」

「好き」


 判定。


 判定不能。


 本当でも嘘でもない。でも、嘘じゃない。


「ありがとう」


 凛が少し目を丸くした。


「受け取ってくれたの?」

「判定不能でも、嘘じゃないのはわかるから」

「判定不能でもいいの?」

「今は、いい」


 凛が少しだけ笑った。


 今日一番、素に近い笑顔だった。


 完璧な笑顔じゃなくて、少し崩れた、でもそっちの方が本物に近い感じの。


 私はそれを見て、なんか、胸のあたりがじわっとした。


 これが何かは、まだわからない。


 でも、悪くないと思った。


 日が暮れてきた。


 水面の光がオレンジになった。


「そろそろ帰ろうか」

「うん」


 立ち上がって、並んで歩き始めた。


 来るときより少しだけ距離が近い気がした。


 凛が歩きながら小さく言った。


「また来ようよ、ここ」


 判定。


 本当だった。


 珍しく透明な反応が来た。


「また来よう」


 凛が少し顔を向けた。


 私も少し向いた。


 どちらも何も言わなかった。


 でも、なんか、それで十分だった。

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