12話 美味しくて危険
光の神様の平穏を守るためにアンコウを提供したら、あやふやな漫画知識でアンコウの解体に挑むことになった。色々と不安なことも多かったが、あやふやな漫画知識を美食神様が形にしてくれたことでなんとかすることができた。新鮮なあん肝は美味しい。
「身は凄く美味しいですし、このポン酢にあん肝を溶かした物で食べるとたんぱくで繊細な味に濃厚さが加わり天にも昇る心地なのですが…………」
光の神様がアンコウ鍋のアンコウの身を食べて喜びつつも言葉を途切れさせる。
言葉が途切れた理由は光の神様の視線から丸分かりなのだが、それ以前に神様が天にも昇るという表現はどうなのだろう?
普通に帰宅なのでは?
「分かります。身はとても美味しいですし、航さんが勧める物にハズレがないのは理解できるのですが躊躇ってしまいますよね。あと、お野菜もとても美味しいです」
光の神様の言葉に森の女神様が続く。
森の女神様の視線の向きも光の神様と同じだ。
そして、正直、僕も同じ気持ちだ。
あと、お野菜が美味しいのは良いお野菜にアンコウの出汁が絡んでいるからですね。
「ふふ、見た目が独特だから仕方がないわね。でも、航の故郷の料理だもの、食べない選択肢はないわ」
戸惑う三人をしり目に、美食神様が先陣を切る。
なんかふぐ料理を披露してから、もともと高かった地球の料理の株が、更に右肩上がりで急上昇した気がする。
毒にも果敢に挑んだ民族の料理ということで、下駄どころか高下駄、いや、竹馬くらい履かせてもらっている気がする。
「これは胃袋ね。コリコリした食感が楽しいわ。皮はプルプルね。美容食材としての価値も高いらしいし、女性に嬉しい食材ね。こちらはヒレ、ゼラチン質だけど味わいも深く繊細な鍋のスープを含んでじんわりと温まるわ」
僕達がアンコウ鍋の見た目に躊躇している中、美食神様が次々にアンコウの各種部位を品評していく。強い。
「あら、これは航お勧めのアンコウの頬肉ね」
いや、お勧めというか、魚の頬肉は美味しいって漫画知識でインストールされていたから言ってみただけで、アンコウの頬肉がそれに当てはまるかどうかは未知だってちゃんと言ったはず。
「んん! 柔らかいけど他の身よりかしっかり弾力があるわね。そして味が濃いわ」
アンコウ鍋のちょっと戸惑う見た目も、目の前で楽しそうに食べられてしまうと興味が勝ってしまう物で……次々とお鍋に箸が伸びる。
「ふー、おじやも美味しいわ」
「そうですね。最初は戸惑いましたけど、どの部位にも良いところがあって驚きました」
「ええ、私は特に頬のお肉が気に入りました」
鍋の〆にアンコウと野菜の出汁がたっぷりのスープに卵とご飯を投入し、おじやを堪能した。
三女神様も満足された様子で、のんびりとお茶をすすっている。
ふっふっふっ、確かに普通ならこれで〆になるだろう。
だがしかし、今回に限っては違う。本番はこれからだ。
「皆様、お楽しみはこれからですよ」
僕がパチンと指を弾くと、四匹のサポラビがそれぞれある物を運んできた。
「航、これは?」
今回の献立は僕と美食神様で決めた物だ。だけど僕は美食神様にもサプライズをしたかったのでコッソリと準備しておいたのだ。
「あん肝の輪切りですね。ポン酢と紅葉卸とネギで少しずつお召し上がりください。お酒は辛口の日本酒を用意しております」
美食神様が蒸してくれたあん肝。それを単純に輪切りにして調味料を添えただけ、だがしかし、このシンプルなあん肝に辛口の日本酒を合わせると、最強のコンビに変身する……と漫画で言っていた気がする。
見本を見せるように僕はあん肝を少し箸にとり、その濃厚な旨みを堪能した後にクイっと日本酒で流し込む。
「あぁ……最高だ……」
見本を見せるだけのつもりだったのに、素で感動してしまった。
あれだ、これは駄目な奴だ。
様々な漫画で酸いも甘いも噛み分けたサラリーマンのおじさん方が、あん肝で一杯やっている姿が描かれていたが、それも納得の組み合わせ。
若輩者の僕でさえこの感動だ。仕事で疲れた体にこの組み合わせをぶち込んだら、そりゃベロンベロンだよ。
千鳥足で迷子になり駅のホームや路上で爆睡すら当然と思えてしまうこの罪深き組み合わせ。
僕は異世界にとんでもない物を伝道してしまったのではなかろうか?
僕のマネをして目を見開いて驚く女神様方を見て思う。今夜は長くなりそうだ……。
***
「ゔゔゔー。あ゛ー、死ぬ、死んでしまう…………」
目が覚めると最悪な現実がお出迎えしてくれた。
喉が渇き体が重く吐き気を催し、頭がガンガンと痛みを訴えかけてくる。
そう、二日酔いだ。
「日本酒は残り辛いって誰かが言っていたのに、嘘をつかれた。酷い嘘をつかれた。ゔゔ、痛い……」
思わず恨み言を漏らすが、自分の声すら頭に響き撃沈する。
駄目だ、あん肝は駄目だ。
お酒が進み過ぎて体に悪い。しかも美食神様が、これはお酒の温度を変えた方が楽しめるわね、なんて悪魔の発想をしてしまう物だから、冷酒からぬる燗、熱燗まで加わり、飽きが来ることなく朝方まで飲み続けてしまった。
あと、やっぱり僕はサポラビに恨まれている。
いくら立派なあん肝でも所詮は輪切りなのだからチビチビと味わっていてもいずれは尽きてしまうのが当然。
なのにあいつら、素晴らしく良いタイミングでお代わりを持ってきてしまうものだから、そりゃあ宴会も続いてしまうよ。
しかも、どこから手に入れたのかお漬物まで添えて持ってきた。まあ、どこからもくそもプールに召喚しっぱなしの屋形船からだろうけど、問題はそこではない。
ポン酢でさっぱりしているとはいえ、あん肝は濃厚だ。でも、そこにサッパリした塩気と楽しい歯ごたえのお漬物が加わったらどうなるかなんて言うまでもない。
やはり、あれはサポラビ達の暗殺作戦だったに違いない。
だが、残念だったな、僕は生き残ったぞ。
頭痛に胸焼けに吐き気など、様々な傷を負ってしまったが、それでも僕は生きている。
サポラビ、知っているか? 生き残ってさえいれば勝ちという言葉がある。つまり僕は勝者ということだ。
「うぐっ」
普段だとなんとも思わないノックの音が頭を痛打する。
この船に滞在しているのは僕とサポラビを除けば女神様方しかいない。つまりノックをしているのは女神様である可能性が高い。
ベッドで丸まっていたい欲望を振り払い、気合でドアに向かう。
「あ゛、光の神様、お゛はようございまず……」
ドアを開けるとそこに居たのは光の神様だった。その美しさだけで僕の体をむしばむ苦痛の何割かを減らしてくれた気がする。
「おはようございます航さん。やはり体調が悪そうですね」
「あ゛はは……申し訳ありまぜん」
「私達にとっても素晴らしく楽しい時間でしたから気にしなくても大丈夫ですよ。そしてこれは楽しい時間のお礼です」
光の神様が僕の額に優しく手を当ててくださる。凄いお礼だ。全ての苦労が報われ……ん? 体が温かい光に包まれ……。
「ふわー……」
温かさに包まれつつも体内から悪い物が全て浄化されていくこの感覚、温泉と違ってダイレクトに浄化されていくような……あれ? 文字通りダイレクトに浄化されているのでは?
光に包まれると同時に体中で主張しまくっていた不調が、根こそぎ取り払われていく。この感覚は爽快でまるで生まれ変わっているようにすら感じる。
「これで大丈夫ですね」
「ありがとうございます光の神様。辛かったのですが、嘘みたいに元気になりました」
「ふふ、でも、無理はいけませんよ。不調の原因を浄化しただけですので、体の疲労すべてが抜けた訳ではありません」
「そうなんですか?」
あ、そういえば喉の渇きは癒されていないし、体も少し重く感じる。なるほど、昨日の僕は洒落にならないほど飲んでいたらしい。
体からアルコールが抜けるだけであの爽快感。逆に言えばそうなるほど体内にアルコールを蓄えていたということだ。
「今日はお休みにしましたから、航さんもゆっくり部屋で休んでください」
「え? でも、美食神様と約束があるのですが……」
そしてそれに光の神様も問答無用で巻き込まれる予定です。
「ああ、それでしたら朝から元気な美食神が部屋に来たので、明日に回しておきました」
あれだけ飲んだのに美食神様って朝から元気いっぱいだったんだな。
そしてそんな元気な美食神様が僕の部屋に突撃していないということは、僕の体調を心配してくれた光の神様が阻止してくれたということだろう。
美食神様との行動は幸せなイベントだけど、今日に関しては光の神様に感謝しかない。
どうせなら万全の体調で美食神様と向き合いたいもんね。
「では、ゆっくり体を休めてくださいね」
光の神様が部屋にも入らずに去って行ってしまった。凄く残念だが、光の神様の心遣いを無駄にしないようにゆっくり休ませてもらおう。
部屋に戻り、スポーツドリンクを取り出し一気飲みする。
「最っ高に美味い!」
体に水分がいきわたり、細胞が喜んでいるのを感じる。
「ふいー」
そっか、今日はお休みか。
時計を見ると午前十一時だった。遅めの起床だが、朝方まで飲んでいたことを考えると早い目覚めだろう。
ん? そういえば僕はどうやって部屋に戻ったんだ。というか宴会がどうやって終わったかすら記憶にないのだが?
一瞬、女神様方が僕を優しく運んでくれた、なんて妄想が頭をよぎったが、冷静な僕がサポラビに運ばれた可能性が高いと訴えかけてくる。
……まあ、誰に運ばれていようと記憶がないなら同じだ。
そんなことよりも今日の休日をどう考えるかだ。
七日しかない女神様方との貴重な時間。その中の一日が無駄に潰れることになる。
そんなもったいないことはできない。
できないのだが……光の神様の心遣いを無駄にすることもできない。
…………よし、夜まではしっかり体を休めよう。
で、晩御飯は一人は寂しいと駄々をこねてでも女神様方とご一緒させてもらうことにしよう。なんて素晴らしい思いつき、やはり僕は天才なのだと思う。
読んでいただきありがとうございます。




