11話 俄か知識
美食神様にこの世界の虎ふぐを見せると、テンションマックスでハグの御褒美を頂いてしまった。それだけで苦労が報われた気がしたのだが、その虎ふぐを調理するために光の神様を巻き込もうとする美食神様を止める必要が出てしまった。
「そうね、光の神にとって今は大切な時間だったわね」
光の神様のところに突撃しようとする美食神様をなんとか止めることに成功した。
今は落ち着いて殊勝なことを言っているが、人魚の国の魚介類をお見せしてアンコウの美味しさを熱弁して興味を引くことに成功できていなければ、光の神様の大切な時間は美食神様に破壊されていた可能性が高い。
「はい、邪魔をしてはいけません」
「ふー……落ち着いたわ。航、ありがとう」
「いえ、僕も出すタイミングが悪かったと思っているので大丈夫です」
猫に鰹節を見せびらかして待てを強要しているようなものだからな。まあ、猫が鰹節に夢中な姿を実際には見たことがないんだけど。
「それで、僕のお勧めはこの魚なんですけど、美食神様はどう思われますか?」
「ああ、アンコウね。人魚の国ではあまり人気がない魚だけど、航のお勧めなの?」
人魚の国で販売していただけあって、アンコウは食材として知られているんだな。まあ、それはアンコウが言語理解で翻訳できている時点である程度は分かっていたけど。
「見た目が良くないから人気がないのかもしれないですね。でも、僕の故郷では美味しい魚として人気があるんですよ」
「あら? 航の故郷で人気なら期待できるわね」
そうでしょうそうでしょう。なにせふぐの毒すら克服した真面目で誠実な国ですからね。決して食い意地が張っていて頭がおかしい訳ではありません。
「はい、それに調理法……というか解体方法も独特で面白いんですよ。ただ、ふんわりとした知識しかないので、実践は美食神様のセンスに期待するしかないのですが……」
アンコウの吊るし切り。漫画で見ただけだからマジでふんわりした知識しかない。
アンコウを発見してから、船の図書室で色々と調べはしていたのだが、さすがにアンコウの吊るし切りの手順を発見することはできなかった。
でも、だからこそ勝機があると思っている。
「アンコウの特殊な解体方法?」
食いついた。
まあ、確実に食いつくのは予想していたけどね。猫に木天蓼レベルで確実だと理解していた。
美食神様が特殊な調理法に興味を示さない訳がない。
「はい。失敗するかもしれませんが挑戦してみませんか?」
「もちろん挑戦するわ。どうすればいいの?」
即断。この様子だと準備をしている間中ソワソワしている気がする。準備も独特だし、美食神様には準備から体験してもらうか。
「えーっと、悪いけどサポラビはバケツに海水を汲んできて、それで美食神様はこのS字フックでアンコウを吊るしてください」
漫画ではたしか海水でアンコウのお腹を膨らませていたんだよな。水でも良いかもしれないが、念のために漫画通りにしておこう。でも、遠い記憶だから海水だったかもあやふやなんだよな。不安で仕方がない。
「魚を吊るすの? 本当に変わった解体をするのね。分かったわ……航、このフックはどこに引っ掛ければいいの? 口? シッポ?」
「えーっと、口に引っ掛けてください」
口から海水を入れるんだから頭が上になるように口にフックを掛けるのは当然だよね? 不安だけど、この辺りは間違っていないはずだ・
「上あごと下あご、どちらに掛ければいいのかしら?」
……そこまでは知らないし、覚えていない。フックや吊り台まで準備してこれならなんとかなると思っていたけど、想像以上に難しいかもしれない。
やはり漫画知識だけだと限界があるか。
「……えーっと、固い方に刺した方が良いと思います」
アンコウは骨がほとんどなく柔らかすぎて普通に捌くのが難しいから吊るし切りという技法が生まれた。つまりフックを差す部分は固いはず。名推理だ。たぶん。
「なら下顎ね」
おお、やっぱり固い部分があったらしい。もしかして僕って名探偵の素質があったのかもしれない。
「吊るしたら、口に海水を流し込んで体を膨らませてください」
「面白いわね。柔らかい体に海水を入れることで膨らませて、包丁が通りやすいようにするのね」
「その通りです」
さすが美食神様。一を聞いて十を知っている。
「でも、航のオリハルコンの包丁なら、この柔らかい体も普通に捌けるんじゃないかしら?」
なんですと?
…………ふ、不可能ではない気がしないでもない……いや、違う……と思う。
「たしか、捌いたとしても自身の身の重さで潰れてしまうことがあるような……」
「ああ、捌きやすくすると同時に身崩れを防ぐ役割があるのね。勉強になるわ」
美食神様にそんなに感心されると怖くなってくる。ここまでも手探りでしかなく、そしてこれからはもっと手探りなんだよね。
「その通りです。次は皮を剥ぎます。皮に切れ目を入れて、そこから手で引きはがすのですが、美食神様はどのあたりに切れ目を入れるとよいか分かりますか?」
不安でしょうがないから、選択は美食神様にお任せする。だって美食の神様なんだから僕が勘で決めるよりか百倍マシなはずだ。
「そうねえ……この頭の付け根当たりかしら?」
「では、そこでお願いします」
アンコウの頭の付け根がどこかすら分かんないけどね。
「分かったわ」
美食神様がスッと包丁を入れて皮を切る。なるほど、あそこが頭の付け根なのか。
「あとは皮を引きはがせばいい……はずなのですが、できそうですか?」
「そうねえ……うん、身離れも良さそうだし、可能だと思うわ。でも、先にヒレをとった方がやりやすそうね」
「では、それでお願いします」
ヒレをどうするのかとか漫画に描いてあったっけ? でもまあ、美食神様が言うのであれば間違いないだろう。
美食神様がスパスパとヒレを落としていく。さすがの包丁さばきだ。
「じゃあ皮を剥ぐわね」
「はい」
身離れとか意味が分からないのでお任せだ。無責任なことを考えていると、美食神様が皮を引きはがした。
それほど力を入れているように見えないのに綺麗に剥がれていく皮。ちょっと気持ちよさそうだ。
「えっと、皮も美味しいらしいので、こちらに入れておいてください」
用意しておいたボウルを美食神様に差し出す。
「このぬるぬるとした皮を食べるの?」
美食神様がビックリしているが、僕も同じ気持ちだ。
「えーっと伝聞でしか知らないのですが、アンコウは骨以外全部美味しい……らしいです」
皮が剥がれて魚っぽくなりはしたが、それでもまだまだグロイ。
「へー、面白い魚なのね」
僕の言葉を聞いて美食神様のテンションが明らかに上がる。
「次はお腹を割いて内臓を取り出すんだと思います。アンコウの肝は相当美味しいので丁寧にお願いします」
「相当美味しいのね。任せておきなさい」
美食神様がスパッとお腹を開けると、押し込められていたであろう臭気がぶわっと広がる。
え? 吐きそう。
僕が引きまくっているのに、美食神様は平気で作業を続けていく。解体慣れしているんだろうな。僕には無理だ。すでにアンコウを食べるのが怖くなっている。
「これが肝ね。凄く立派だわ。航、これは洗うのよね?」
え? 肝って洗う物なの?
「分からないです。なんで洗うんですか?」
「薄皮をとったり体液や血は臭みの原因になるから洗った方が良いと思うのだけど……」
「では洗いましょう」
よく分からないが臭みの排除は大切だ。あ、洗うのは僕がやるべきだよね。
覚悟を決めていると肝が入れられたボウルをサポラビが持って行って。洗ってくれるらしい。
……サポラビを好きになってしまうかもしれない。
そんなことを考えていると、美食神様が凄いペースで解体を始めた。
どうやらここまでくるとアドバイスは必要ないらしく、迷うことなくスパスパと切り分けていく。
そこで出てきた胃や腸もサポラビが洗ってくれた。好きを通り越して惚れてしまいそうだ。
***
「まあ、今日もお鍋なんですね」
「本当ですね。でも、魚がふぐとは違うようですね」
美食神様と森の女神様の言葉で鍋が続いていることを思いだす。あれ? 明日この世界のトラフグを捌いたらまた鍋になるのでは?
……まあ、美味しいから良いか。晩御飯以外は普通に豪華客船のメニューにすれば、飽きるということもないだろう。
普通の僕なら全力で他のメニューを用意するのだが、明日はふぐの解体ねと、凄まじい笑顔で美食神様に言われているから僕にはどうにもできない。
「ふふ、私も初めてなのだけど、航が美味しいお魚だって言っていたから期待していいはずよ」
ちょっと、美食神様、ハードルを上げないでください。
「え、ええ、美味しいはずです。まずはお刺身から試してみましょう」
これ以上会話が続くと墓穴を掘りそうなので食事を始める。
「あら、航さん、その茶色いのをソースに溶かすんですか?」
「あ、はい。あん肝といって、アンコウの中でも特に美味しいのが肝なんです。そのまま食べても良いのですが、こうやって醤油に溶かすのも美味しいんです」
あん肝はサポラビが丁寧に洗ってくれた後に、美食神様に蒸してもらっている。
「へえ、あれだけ柔らかい身なのに、食感はコリコリとしているのね。味は淡泊だけど悪くないわ」
美食神様が何も浸けずアンコウのお刺身を食べて感想を教えてくれる。よし、僕はあん肝醤油をつけよう。
淡泊な味わいなんて僕には理解できない。
「ふわっ……こんなに濃厚なんですね……」
スーパーのアンコウの刺身を肝醤油で食べたことがあるが、それと比べても段違いに濃厚でクリーミーな味。
これは鮮度が影響しているのか? それともこの世界のアンコウが特別なのか? どちらか分からないがすさまじく美味しいということだけは理解できるので問題ない。
「まあ!」
「これは!」
「素晴らしいわ!」
狙ってのことではないと思うが、あん肝を味わった驚きの言葉が文章みたいになっている。
それだけ美味しいと思ってくれたのであれば、アンコウを仕入れた甲斐があったというものだ。
読んでいただきありがとうございます。




