6話 おかわり
ついに三女神様方をお迎えして始まったハッピーウイーク、その記念すべき最初の接待メニューに虎ふぐのフルコースを選択した。まだ虎ふぐの皮とお刺身しか食べていないのだが、美食神様の強い興味と、光の神様と森の女神様の喜ぶ姿も見られて順調ではある。
目の前でカチャカチャとヒレ酒の準備をするサポラビを若干緊張しながら見つめる。
別に立候補までしたサポラビを信じられない訳ではないのだが、デフォルメされている感じだがウサギの手で作業している姿を見ると、それ、持てるの? という疑問と失敗してしまいそうな緊張感に襲われる。
創造神様が余計な気を回さないで普通のスタッフ、もしくはバニーガールにしてくれていたらこんな不安に襲われることはなかったのにと思うと、元々低かった創造神様に対する信頼が、更に下がっていく。
もう創造神様に対する信頼は地下に潜りまくりで温泉が湧きだしそうな勢いだ。
僕の不安にもかかわらず、サポラビは器用にお酒と道具を並べる。あの、ウサギの手、どういう仕組みなんだろう?
それにしても少し面白いな。
お盆に置かれているのは、枡に入ったちょっと厚めの蓋つき湯飲み? 中には温められたお酒が入っているようだ。
その横に小皿に盛られた二枚のふぐヒレ。既に焙られているようで、香ばしい香りが僕の鼻にまで届く。
それと、マッチとその残骸を入れるための灰皿かな?
サポラビがお酒に二枚のふぐヒレを投入し、蓋をかぶせる。サポラビが動きを止めジッと蓋をした器を見つめている。どうやら少し待つようだ。ヒレの味がお酒にいきわたるのを待つ時間かな?
二分から三分ほど待つと、サポラビが器の蓋を外し、素早くマッチを点火し、その火をお酒に近づけると、ポッと器のお酒にも火がつく。
三秒ほど待ってそこに再度蓋をかぶせるサポラビ。そして蓋をしたままの器をそっと美食神様の前に押し出す。
ふぐのヒレ酒という凄く和っぽいお酒を提供しているはずなのに、一流バーテンダーのような仕草が少しカッコいい。ウサギなのに……。
「もう味わっていいのかしら?」
美食神様の問いかけにコクリと頷くサポラビ。なんだこの緊張感。
美食神様が枡ごと器を手に取り、そっと蓋を外す。
「素晴らしく芳醇な香り。なるほど、火を灯すことで表面のアルコールを飛ばし、この香りを引き出したのね」
なるほど、正解かどうかは知らないが、火を灯すのにはそんな理由があるのか。演出だと思っていた。
香りを堪能した美食神様が、器に口をつける。そのまま目を瞑り固まる美食神様。
「ふーー。まさか魚のヒレを焼いただけの物をお酒に浸すだけで、これほど味に違いが出るとは予想外だったわ。辛めの日本酒にヒレの香ばしさと、出汁といっても過言ではない強い旨味が溶け合い、この単体のお酒が美食と表現できるポテンシャルを発揮している」
……よく分からないが、凄く美味しいというのは美食神様の表情から伝わってくる。
「……サポラビ。光の神様と森の女神様、そして僕にもヒレ酒をお願い」
コクリと頷くサポラビ。
美食神様のあんな表情を見てしまうと一刻でも早く味わいたくなるが、なんとか自制して光の神様と森の女神様のヒレ酒を先に用意させる。
スッと僕の目の前に虎ふぐのヒレ酒が差し出される。時間にして五分程度しか待っていないはずなのだが、光の神様と森の女神様もうっとりとした表情でふぐのヒレ酒を堪能されていたので、待ち時間が凄まじく長く感じた。
器に手を伸ばし、蓋を外すと美食神様の言ったように芳醇な香りが僕の鼻孔をくすぐる。もう少し香りの余韻を楽しむべきなのだろうが、焦らされて我慢できないので器に口をつける。
…………美味しい。
いや、本当にそれしか言葉が無い。だって全部美食神様達が先に言っちゃったんだもん。
僕だってヒレから出汁が出ていることくらい分かるよ? でも、美食神様達の食レポを越えることができないので沈黙を保つしかない。
まあいいか。僕はこの美味しい虎ふぐのヒレ酒を楽しむことに全力を注ごう。
「ん? ああ、次のメニューか。うん、お願い」
熱燗にした日本酒が回り気持ちよくなっていると、サポラビがまたメニューを指示した。
楽しみにしていた虎ふぐの唐揚げが頭から抜けてしまうほど楽しんでしまった。虎ふぐのヒレ酒、大人たちが大喜びしていた理由も分かる、納得の美味しさだね。
そして運ばれてきた虎ふぐの唐揚げ。
これは見ただけで分かる。美味しいやつだ。
カラッと小麦色に揚がった唐揚げが、早く食べろと僕に訴えかけてくる。
「ふわー。カリッとした衣の歯ごたえ、中の虎ふぐの身はプリっとしているのかと思っていたけど、それだけではなくふわふわとした食感もある。そして味付けはシンプルな塩コショウ、その奥からふぐの繊細な旨みが口の中に広がって……最高に美味しい」
「ふふ、本当に美味しそうに食べるわね」
虎ふぐの唐揚げの味に陶酔していたが、美食神様の声で現実に引き戻される。
顔を上げると、三女神様方の視線が僕に集中している。いかん、酔いの影響と唐揚げの魅力にホストとしての役割をすっかり忘れていた。
「すみません、一人で楽しんでしまって……」
「いいのよ。航のその姿で、この唐揚げの魅力が全部伝わってきたわ」
「そうですね、間違いなく美味しいと確信できます」
「ええ、美食神と光の神の言うとおりですね」
三女神様が微笑ましい物を見る目でフォローしてくれる。助かる。助かるが役割を放棄したのは事実なので、再度謝罪して三女神様に虎ふぐの唐揚げを勧める。
「ああ、これは航が夢中になるのも分かる味ね」
「ええ、しかもこれ、ヒレ酒と抜群の相性です」
「あら、そうなの? 私も試してみましょう」
虎ふぐの唐揚げに喜ぶ三女神様。うん、凄く色っぽくて美しくて魅力的だ。
「……えーっと、今回はいいかな? 次のメニューをお願い」
サポラビがまたメニューを出してきたので、唐揚げのお代わりかと思ったら、そこにはふぐの白子が……普通であれば追撃で白子を出すのもアリかもしれないが、僕の精神はすでにかなり満足してしまっている。
ここで白子で追撃されてしまったら、この後のメニューを堪能する前に撃沈されてしまいそうなので、独断で今回は取りやめた。
白子は次の機会の目玉として取っておくことにしよう。
僕が白子をパスしたので、次に運ばれてくるのはてっちり。
鍋が運ばれてきて、サポラビがテキパキと鍋の準備をしてくれる。虎ふぐ料理といえばてっちりだよね。
ヒレ酒と唐揚げだけで天にも昇る気持ちだったけど、やはりふぐ料理といったら一番に思い浮かぶのはこの〝てっちり〟だろう。
王道中の王道だけに期待が高まるが、僕自身は数回だが〝てっちり〟は食べたことがあるので、女神様方のリアクションに対する興味の方が強い。
僕が思考している間に完成したらしく、サポラビが素早く取り皿に取り分けて配膳してくれる。優秀だ。
取り皿にはメインである虎ふぐが二切れとお豆腐に長ネギ、シイタケ、白菜、ニンジンが綺麗に並べられている。やはりサポラビは優秀だ。
「鍋にすると唐揚げとはまた違った一面を見せてくれるのね。唐揚げはふわっとした印象が強かったのだけど、こちらはぷりぷりとした身の弾力が強調されて素晴らしいわ。繊細な味もこちらの方が分かりやすいし、虎ふぐを楽しむと考えるなら、唐揚げよりも鍋に軍配が上がるかしら?」
僕としてはインパクト抜群な唐揚げが凄いと思ったが、美食神様の意見は違うようだ。
インパクトではなく本質を重視……深いな。
光の神様と森の女神様も楽しそうに味わってくれているので、僕も鍋に手を付ける。
……美食神様が言ったとおりぷりぷりとした食感と虎ふぐの繊細な旨みが口の中に広がる。うん、子供の頃は分かりやすいすき焼きとかしゃぶしゃぶの方がふぐよりも美味しいと思っていたが、舌が大人になったということなのか、虎ふぐの美味しさを実感する。
なにより、虎ふぐから出た出汁が絡んだ野菜やキノコ、そして豆腐が抜群に美味しい。
野菜と豆腐の味を理解できる僕の舌は、やはり大人になったのだろう。それでもハンバーグとかトンカツとか、子供が大好きなメニューも大好きなんだけどね。
ぷりぷりとした虎ふぐの身を堪能し、合間に虎ふぐのヒレ酒を啜るという贅沢な時間を過ごし、最後の〆の時間がやってきた。
そう、雑炊だ。
一度濾して綺麗にしたスープが沸騰したら、そこに洗ってぬめりをとったご飯を投入。
蓋をして弱火でご飯が温まるのを待つ。
鍋からクツクツと音がしはじめ、蒸気の穴から上品な香りが広がると、サポラビが溶き卵を投入し長ネギを散らし、そして再び蓋を閉じる。
今まさに溶かれた卵が虎ふぐの出汁と混ざり合いながら掻き玉になっているのだと想像すると、思わずつばを飲み込んでしまう。
パカリとサポラビが鍋の蓋を開けると、出汁が出ていますよと訴えかけてくる薄い黄金色のスープとお米、その上に広がる黄金の掻き玉と綺麗な長ネギの緑。
冬の鍋の〆の定番である雑炊。珍しくもない光景なはずなのだが、僕は下手な芸術作品よりも上だと思う。まあ、そもそも芸術が分からないんだけどね。
サポラビがその美しい光景に木匙を差し込み破壊してしまうが、僕は文句を言うことが無い。
芸術は確かに素晴らしいが、僕は見るだけで満足できる感性を持ち合わせていないので、実際に食べたいからだ。
手元に来た雑炊に添えられたポン酢を少しだけかけて啜る。ホストの役目がどうのこうのと頭をよぎったが、今回は心配ない。
なぜなら女神様方も既に僕と同じ行動をとっているからだ。
「はふーー……」
熱々の雑炊の熱を逃すように大きく息を吐く。
最高だ。虎ふぐの出汁が美味しいのは言うまでもない。そこに美味しいお米と美味しい卵が適切なバランスで加わりアクセントとしてネギまで参加して不味い訳がないよね、という当たり前の話しだ。
「「「「おかわり!」」」」
奇しくも四名の言葉が重なる。
美食神様ですら食レポを忘れてお代わりを求める。今回のお食事会の成功は間違いないな。
最後は駆け足になってしまいました。
ふぐのヒレ酒の時点で長くなり、このまま続けるとあと二話くらいふぐの話を書いていそうな気がしたので無理矢理纏めました。不格好になって申し訳ありません。
読んでいただきありがとうございます。




