7話 穏やかな時間
虎ふぐのフルコース。前菜を好印象で終え、いよいよ本番に突入。唐揚げに感動し、ヒレ酒の旨さに仰天し、王道の〝てっちり〟を堪能し、〆の雑炊に心を奪われた。女神様方に喜んでいただくため虎ふぐのフルコースだったが、僕にとっても最高の時間だった。
「航、スタッフ任命をお願い」
〆の雑炊が終わり、幸せな沈黙を体感しながら最後にアイスクリームを食べながらまったりしていると、美食神様が動き出した。
……スタッフ任命をすると、おそらくというか間違いなく美食神様は今日一日この船から出てこないだろう。
それは少し寂しいが、美食神様が調理した料理の大半は僕のところに回ってくるという利点もある。
まだ時間はたっぷりあるし、まずは美食神様に満足してもらってからの調理道具自慢、そしてこの世界のアンコウや巨大虎ふぐに繋げていくのが良いだろう。
そして美食神様が厨房に籠っている間に、光の神様と森の女神様を全力でおもてなしできるという利点もある。
今回はいつもよりもたっぷりと時間があるとはいえ、無駄にするには貴重すぎる時間だからね。効率的に行動しないと。
「分かりました」
改めて美食神様をスタッフに任命すると、目を瞑って固まる美食神様。虎ふぐのフルコースを体験したからこそ実感できる知識を再確認しているのだろう。
知識をしっかりと確認した後に、厨房に籠って知識をしっかりと体に染み込ませるはずだ。
これで美食神様については問題ないな。少し不安なのは、このまま滞在期間が終わるまで厨房から出てこないことだが、まあ、他にも目玉があるから大丈夫だろう。
「美食神様は厨房に向かわれますよね?」
「ええ、作った料理の回収はお願いしてもいいかしら?」
「はい、定期的に受け取りに来ますね」
美食神様は冷めたら味が落ちる物は僕が回収に行った時に調理してくれるから、こまめに顔を出さないとな。
まあ、僕が顔を出すのが遅れても、下ごしらえや冷蔵庫で保存できる物やスープ系にシフトして調理の手は止まらないのだけど。
美食神様は僕の言葉に頷いて、ウキウキした様子で厨房に向かっていった。楽しそうで何よりだ。
「光の神様と森の女神様はこの後どうされますか?」
まだまだ時間があるとはいえ、一人になると寂しいのでご一緒できる選択をしてくれたら嬉しいな。
「そうですね、幸せな時間を過ごさせていただきましたし、今から騒がしいイベントは違う気がしますね。森の女神はどう思いますか?」
「そうですね、では、私が滞在している部屋で三名でゆっくりお茶にしませんか? 航さんに気を利かせていただいていて、観葉植物が沢山配置されていて落ち着きますよ?」
おお、観葉植物をモロに増やしたから分かりやすいとはいえ、心遣いに気が付いてくれるととても嬉しいな。そして光の神様と森の女神様とのお茶会も嬉しい。
「それはいいですね。航さんはそれで構いませんか?」
「はい、ご一緒させていただけたら嬉しいです」
最高のお誘いに断わる選択肢なんてあるはずがない。相手は女神様なのだから、ある意味、スーパースターとのお茶会に招かれるよりもレアだ。
「では決まりですね。森の女神の部屋に行きましょうか」
光の神様の決定で僕達は森の女神様の部屋に向かう。
「まあ、これはこれで素敵ですね。私が滞在している部屋には温泉や私の好物が沢山置かれていました。本当に航さんは私達の好みに合わせて配慮してくれて、とても感謝しています」
金色の缶ビールを沢山置いておいたのが良かったのですね。
「ええ、光の神の言うとおりです。航さん、素敵な空間と時間をありがとうございます」
気に入って頂けて良かったです。森とまではいかないが、庭園並みに植物が増えているので、やり過ぎかと少し心配してはいた。
「いえいえ、喜んでいただけたなら幸いです」
大袈裟なくらい褒めてくれる光の神様と森の女神様の言葉に喜びつつも、全てを真に受けることはせずに受け取っておく。
なんたって女神様だからね。チートな船召喚を活用した部屋だと言っても、神様の部屋には敵わないはずだ。
だって、神様だ。科学的な品物はともかくとして、それ以外のインテリアなんかは一品物の最高級で揃えられているに決まっている。
謙遜しつつ部屋の中に入り、豪華なソファーに腰を掛ける。
謙遜はしていても、部屋のコーディネートに自信はある。
趣味の合う合わないはあると思うが、部屋の至る所に観葉植物が配置されていながら、部屋としての落ち着きを失っていないところが秀逸だと僕も思う。すべてはサポラビ達の功績なのだが。
天井や壁にも観賞植物を配置したり吊り下げたりと、お洒落な部屋の写真でそういう方法は知っていたが、僕では実行しようとすら思わないコーディネートをサポラビ達は実践してくれた。
最初、その知識はどこから? と疑問に思ったが、元々サポラビ達に備え付けられていた船召喚の知識に加え、図書室の園芸本をフル活用して部屋を整えてくれた。
サポラビって本当に優秀なんだよね。
ここまで真剣に仕えてもらっているのに、いつまでも怖がってばかりではダメだと思わなくもない。
思うところは多々あれど、僕としても歩み寄る努力をしなければならないだろう。
でも、歩み寄ると言ってもね、相手は僕が撲殺した上で食べるか売り払うかした角兎の魂なんだよね。
一応、襲われたからと言い訳もできるが、お金の為にわざわざ狙われに行っていたことも間違いがなく、圧倒的な加害者である僕が歩み寄るというのも変な話でもある。
……まあ、本音は分からないがサポラビ達も表面上は気にしているそぶりを見せないし、僕も二十歳を超えた大人なのだから、大人らしいお付き合いをしながら徐々に距離を詰めていくことにしよう。
光の神様と森の女神様との楽しい時間が始まる前なのに、サポラビとの仲の進展を考えることになるとは……今は全力でお茶会を楽しむことに集中しよう。
「僕は紅茶に合わせるならシンプルで小麦の味が分かるお菓子が好きですね」
サポラビに関しては方向性を軽く決めて後回しにし、お茶菓子には何が良いかと楽しそうに話し合っている二柱の会話に参加する。
複雑な味わいのお菓子だと、紅茶の良さとお菓子の良さを理解できないから小麦菓子推しな訳じゃないからね?
***
「それで、私にもかなり自由にできる時間が生まれたのですよ」
紅茶を飲みつつ、光の神様が喜びが隠せない様子で報告してくれる。
お茶会はとてもまったりしつつ、和やかな時が流れている。
その要因はやはり創造神様。
今までだとストレス解消でお茶会の席は愚痴大会になり、愚痴と同時に不満も高まり飲み物がお茶からアルコールに変わっていき、女神様方が乱れることはないものの雰囲気は殺伐としたものになる。
あれだ、気軽な同僚だけの飲み会の席で、気に入らない上司に対するガチの不満を漏らすような感じだ。想像だけど。
そんなストレスの原因である創造神様を様々な要因で大人しくさせることに成功し、光の神様を筆頭に神様方のストレスが激減した。
創造神様が大人しくなること、その対応の最前線に居た光の神様が一番恩恵を受けるのも当然で、愚痴が漏れることもなくアルコールに逃げることもなく穏やかなお茶会が生まれたという訳だ。
女神様方の穏やかなお茶会の時間すら奪う神。それが創造神様なんだね。
「おっと、そろそろ夕食の時間ですね。何かリクエストはありますか?」
穏やかで楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、気が付いたら窓の外から夕陽が差し込んでいた。
特に嬉しいイベントが起こるなんてことはなかったが、光の神様と森の女神様と穏やかな時間が過ごせたというだけで御褒美なのは間違いない。
創造神様関連で沢山褒められたので、話半分に受け取りながらもとても気持ちよく過ごせた。
女神様方が滞在される一週間、何もイベントが起こらないのは寂しいが、休暇の導入と考えると悪くない時間だった。
気分が良くなると気持ちも解放されるはずだし、残りの時間が楽しみだ。
「そうですね、航さん、美食神はまだ料理を続けているんですよね?」
「はい、光の神様。僕が様子を見に行くと毎回楽しそうに料理を作り続けていました。間違いなく今も料理を続けていると思います」
楽しいお茶会だったが、僕が美食神様を忘れる訳もなく、合間に料理の回収を兼ねて美食神様のところに顔を出していた。
美食神様にとって、毒のある食材を命懸けで美食の域に高めたふぐ料理に凄まじい刺激を受けたらしく、興奮が抑えきれない様子で料理を続けていた。
このおかげで僕は美食神様の大量の手料理と、楽し気で美しく色っぽい美食神様の姿をたっぷりと堪能できた。
おそらく美食神様はふぐ料理に関する知識を今日中に身に染み込ませるんじゃないかな?
マスターするまではいかないだろうが、知識を身に染み込ませれば後は個人で修練できるから、明日あたりには落ち着くだろう。
その辺りのタイミングで僕の新しい調理道具達のお披露目と、この世界のアンコウと虎ふぐを提供して一緒に楽しく料理をするんだ。
「そうですか。では、美食神の邪魔をするのも悪いですし、お茶菓子でそれなりにお腹も膨れています。どこかのバーで軽めの夕食というのはいかがですか?」
おお、お洒落な提案。
お茶会からのバーの流れに違和感がないこともないが、遮る物のない海に夕日が沈む光景を見ながら、お洒落なカクテルでお洒落な軽食を楽しむお洒落な時間はとてもお洒落だと思う。
凄くお洒落という言葉を繰り返した気がするが、それだけお洒落な時間ということだ。
光の神様の提案に森の女神様も頷いたので、当然僕も頷く。
問題はどこのバーに行くかだが、別に一軒に限定する必要はないし、最初は海が良く見えるテラス席があるバーを提案しよう。
むふふ、ここからは大人の時間だ。
読んでいただきありがとうございます。




