9話 えっ、なんで?
グレートワームが地上に出た瞬間に倒してしまおうと試みたが、残念なことに失敗してしまった。しかもなんの影響かグレートワームが地中で動かなくなってしまった。動かないのならしょうがないので、カーラさんを探しに出発することにする。
ブロロロロとエンジン音を響かせながら、ゆっくりグレートワームの体内を進む。
一刻も早くカーラさんを探し出したいが、何が起こるか分からないので慎重な行動が必要だからだ。
砂地になっている部分や肉壁そのままな部分を慎重に走り、ゆっくりお尻側に向かう。
それにしてもお尻側か……体内から脱出する場合は排泄物と一緒にってことになるのかな?
それはそれで酷く屈辱的な気がするんだけど……あっ、地中で排泄されたら、僕達は砂の中に放りだされることになるのか。
それはそれでピンチだ。
まあどうやって脱出するかも大切だけど、先にカーラさんを見つけてからだよね。脱出方法は合流してみんなで考えよう。
「カーラー」
「カーラさーん」
ときおり大声でカーラさんを呼びながら進むが、今のところ反応はない。
内心では焦りが募り嫌な想像が頭をよぎるが、慌てたら助けられる物も助けられない。どこかのドラマで聞いたようなセリフを思い浮かべながら冷静さを保つ。
「カーラさーん」
(さんづけはだめ)
「えっ? いま、何か聞こえませんでしたか?」
僕の呼び声にツッコミが入った気がする。普段はのんびりしているカーラさんだけど、なぜか敬称には厳しかった。
だからなんとなく願いを込めながらさん付けをしていたのだけど、それに対する答えが返ってきたような気がした。
幻聴じゃないよね?
「聞こえた。カーラの声」
「私も聞こえたわ」
「ご主人様、私も聞こえました」
『……かーら、いた……』
マリーナさん、イネス、フェリシア、にも声が聞こえたなら幻聴じゃないだろう。
でも疑問が一つ。僕の頭の上で興奮したようにポヨンポヨンしているリムも聞こえたの?
あれ? そもそもリムはどうやって音を聞いているんだろう? スライムだから音の振動を全身で感じているのか?
気にはなるがまずはカーラさんの救出が優先だな。
若干スピードをあげながらも慎重にパル号を進ませる。合間にカーラさんを大声で呼ぶと、段々ハッキリと声が聞こえるようになった。どうやら無事なようだ。
ライトに照らされた視界の先に巨大な物体が見えてきた。
「……あれはルーラー?」
砂漠の危険地帯で最初に襲ってきた魔物、ルーラー。
あいつを倒した瞬間にグレートワームに呑み込まれたんだけど、そうか、僕達だけじゃなくルーラーも一緒に呑み込まれていたのか。
巨大なルーラーとパル号を一息で呑み込む口、どれだけ巨大なんだよと思うが、体内をパル号で走れる時点で規格外な大きさだった。
「動いた?」
ルーラーを見ながらグレートワームの巨大さに遠い目をしていると、ルーラーの羽が動いたのが見えた。
一瞬ルーラーが生きていたかと考えたが、どう見てもルーラーは死んでいる。ということは……ドキドキしながら動いている部分に注目すると、羽の隙間からピョコンとカーラさんの顔が飛び出した。
良かった、生きてる。
「カーラさーん」
大喜びでカーラさんに向かってパル号を走らせる。僕の呼びかけに、さん付けは駄目、とお叱りが返ってきたが、それすらも嬉しい。
「カーラさん……血まみれ! カカカ、カーラさん、だだ大丈夫なんですか!」
えっ、血まみれになるほどの大怪我。どうしよう、こんな時に限ってクラレッタさんとは別行動だよ。
えーっと、とりあえず治療しないと。リムならなんとかできるかな?
「カーラさん、降りてこられますか? あぅ、でも怪我しているなら動いたらだめですよね。今行きますから安静にしていてください! イネス、フェリシア、マリーナさん、どうすれば!」
急いでカーラさんが居る場所の一番近くにパル号を止め、ルーラーの上に居るカーラさんに呼びかける。
「ワタル。私は大丈夫、今降りるから落ち着いて。あと、さんは付けたら駄目」
「へ? 自分で降りてこられるんですか?」
こっちは焦りに焦っているのに、カーラさんの声は妙にのんびりしている。大怪我しているんじゃないの?
「うん、大丈夫。今から飛び降りるから、後ろを空けて。あとワタルは目をつぶる」
「なんで目をつぶらないといけないんですか?」
意味が分からない。
「いいから早く。あっ、汚れるけどごめんね」
「よく分かりませんが分かりました。目をつむります。あと、汚れはどうにでもなるので気にしないでください」
船召喚は汚れても送還して念じれば新品同様になるから問題はない。
目をつぶっていると、ドスンと後部座席で音がした。思わず目を開けるとそこには……血にまみれたカーラさんの怪しくも輝かしい裸体が……。
「カーラさん、なんで裸?」
「ワタル、見たら駄目!」
「ご主人様、目をつむって前を向いていてください!」
「ごめんなさい!」
謝って目をつむったまま前を向く。どういうこと? なんで裸? 意味が分からない。でも、とても素晴らしい物が見えた。
目をつむると浮かんでくるカーラさんの裸体。忘れないように脳裏に焼き付けておこう。
「ご主人様、パル号の隣に温泉が入ったゴムボートを召喚して。あっ、横以外見たら駄目よ。それと、終わったらまた目をつむること」
「分かった」
イネスに言われて隣に温泉が入ったゴムボートを召喚するが、なんだか釈然としない。
イネスもフェリシアもマリーナさんもリムも騒いでいないから、カーラさんは大丈夫なのだろうが、なんで血まみれなのか、なんで裸なのかサッパリ分からない。説明を求む。
……あっ、見たら駄目だから目をつむっているが、別に質問するのはOKだよね。隣からざぶざぶと水音が聞こえてきた。カーラさんが温泉に入ったらしい。
ものすごく、とてつもなく、空前絶後なくらいに覗きたいが、こういう緊急事態での悪行は命に係わるし、評価も地の底まで落ちてしまう。ここはおとなしくしておくのが真っ当な判断だろう。
「えーっと、カーラ、状況を説明してもらってもいいですか? 大丈夫なんですよね?」
とりあえず話を聞こう。カーラさんがなぜ裸だったのかがとても気になる。
***
カーラさんから話を聞いた。えっ? マジで? という内容もあったが、おおむね納得できる内容だった。
僕達がグレートワームに呑み込まれた瞬間、カーラさんはパル号から投げ出されてしまったそうだ。
そして一緒に呑み込まれたルーラーと一緒に、グレートワームの奥まで呑み込まれていった。
そして裸だった理由。
結構洒落にならない理由だった。
僕達は結界に守られて知らなかったが、内壁のドロッとした体液、消化液だったらしい。
グレートワームも魔物とはいえ食事をするのだから、食べた物を消化するのは生き物としては当然のおこない。
結界に身を守られていないカーラさんは、当然消化液まみれになった。
装備を通り越し服まで消化液でべちょべちょになったカーラさんは、ヒリヒリしてきたので服を全部脱いだのだそうだ。
それでも体についてしまった消化液は取れない。手持ちの水筒で顔を洗い他はどうしようと考えた時に、ルーラーが目についた。
そうだ、ルーラーの血で体を洗えば消化液はなんとかなるかも? そう思ったのだそうだ。
それがカーラさんが血まみれだった理由。理解はできるが実行した精神力が凄い。
その後、消化液を避けるために、まだ消化液から逃れられていたルーラの体と羽の間に身を潜めて救援を待っていたらしい。
カーラさんがのんびりした声で僕達と逸れたあとの行動を説明してくれたが、かなり危険な状態だったように思う。
まあ、そのカーラさんは現在は温泉で体と装備を洗った後に、新しい服に着替えて冷たいジュースを飲んでご機嫌だから、結果的に助かったのだからよしとしよう。
「えーっと、それでどうやって脱出しましょう?」
カーラさんと合流してようやく落ち着いたので、これからのことを考えないといけない。
いくつか脱出パターンは考えられるが、どれも不確定な要素をはらんでいて微妙なんだよね。
正直、グレートワームを殺すだけなら簡単だ。でも、場所が砂の中なのが脱出を難しくしている。
体内で豪華客船を召喚。グレートワームを突き破りながら外に出るのが可能な気もするけど、水の中ならともかく砂の中にも召喚できるのだろうか?
下手に召喚してとんでもないことになったら責任が取れないから、実行するのが怖いという問題がある。
続いて体内で大暴れする方法。
グレートワームを殺さないように体内から攻撃すれば、痛みでグレートワームは大暴れすると思う。
それで混乱して地上に出てくれれば儲けものなんだけど……大暴れするグレートワームの体内も当然大荒れになるだろうし、地上に出るならいいが更に地中深くに潜られたら最悪だ。
なんとかなりそうな気もするが、どうにも決定打に欠ける感じだ。
「ねえご主人様、どうするか考える前に、とりあえずルーラーを解体して確保しない? 全部溶けちゃうわよ?」
僕が悩んでいると、イネスが予想外の作業を提案してきた。
「別に放っておいてもいいんじゃない?」
ルーラーよりも脱出が優先だと思う。
たしかに珍しい魔物だし、持って帰ってカミーユさんに渡せば大喜びしてくれるだろう。
でも、すでに消化液まみれだし、ルーラー素材が必要なら新しく別のルーラーを狩った方がいいだろう。
「でも、せっかく倒したのにグレートワームに横取りされるかと思うと気にくわないのよね。せめて魔石だけでも取りましょうよ」
なるほど、単純に横取りされることがムカつくのか。
「イネスの気持ちも分からないでもないけど、ここはグレートワームの体内だからいつ何が起こるか分からない。脱出を優先しよう」
ルーラーを解体している間に、グレートワームが動き出したら最悪だ。
「んー、まあしょうがないかしら。じゃあさっさと脱出しましょう」
うん、だからその方法を話し合おうって提案したんだけどね。
読んでくださってありがとうございます。




