20話 ジェットコースター
城の通行手形の欠片を五つ集めると道化のドラゴンが現れ、最後の試練はジェットコースターだと僕達に告げた。不承不承でジェットコースターに向かうと再び道化のドラゴンが現れ、ジェットコースターのレーンを走って10周するのが試練だと告げる。何もかも狂っているとしか思えない。
「ワタル。この道の上を走るのは理解したくないけど理解したわ」
アレシアさんの美しい顔が心底嫌そうに歪んでいる。本気で理解したくないんだな。僕もまったくの同意見だ。
「何度も聞いて悪いのだけど、そのジェットコースターというのはとてつもない速度で走るのよね?」
「はい。とてつもない速度で走ります」
「私達の足でも到底逃げられないくらいの速度なの?」
どうだろう? アレシアさん達の早さも人間を辞めているレベルではある。偶に瞬間移動した? と思うこともあるからジェットコースターより遅いとは言いきれない。
「アレシアさん達がどのくらいの速度で走れるのかは知りませんが、最低でもガレット号の最高速度くらいの速さと、それを維持して10周するスタミナが必要だと思います」
「無理ね」
あっ、無理なんだ。なんだか少し安心した。
「あと、とても疑問に思うことがあるのだけど……」
「なんでしょう?」
まあ、アレシアさんの視線を追えば言いたいことは理解できるのだが、一応礼儀として聞いておこう。
「あの道がグルっと一周している部分はどういうことなのかしら。あれじゃあ落ちちゃうから走れないわよね?」
やっぱりか。そう思うのも当然だと思う。
「残念ながら凄い速度で走れば、走れちゃったりします」
「本当に?」
「本当です」
「そう……諦める?」
「諦めましょう」
コテンと首を傾げるアレシアさんがとても可愛らしい。結婚してください。
「アレシアもワタルもおふざけはその辺にしておきなさい。こんな変なダンジョンをこのまま放置しておく訳にもいかないでしょ。この島が滅んだ原因かもしれないのよ」
ドロテアさんの言い分が正しいのは認めるが、僕はふざけてはいない。本気で諦めたいし、結婚してほしい。
「ごめんごめん、あまりにも面倒だから現実逃避していたわ。今回は失敗を前提にして、情報を集めながらどうにかすることにしましょう」
僕は本気だったのだが、アレシアさんはふざけていたようだ。ちょっと悲しい。
まあ、この島が滅んだ原因かもしれないというのは賛成だから、僕も嫌だけど頑張るしかないか。
こんな狂ったダンジョンが島に存在しているのは、とてつもなく不安だ。
「ですが、情報を集めると言っても、どうやるんですか?」
「脱出を前提に挑戦するしかないのだけど、逃亡阻止の結界が怖いわね。今までの結界はどれも破れそうだったけど、今回の試練は特別扱いみたいだから結界も特別に強化されている可能性があるわ」
イルマさんが悩みながらも応えてくれる。
なるほど、今までクリアしたアトラクション全部に逃亡を阻止する結界があったけど、調べて全部破れそうだという結論になっていたから気にしていなかった。
でも、最後の試練ってことで丈夫になっている可能性があるのか。
このダンジョン、嫌がらせに全力を傾けているようなところがあるから、むしろ強化されていない方が不自然な気がする。
そうなると迂闊に挑戦する訳にはいかないな。中に入ったら出られませんでは洒落にならない。
「ワタルの船の結界が使えれば簡単なのだけど……無理よね」
ドロテアさんの言うとおり、無理だろう。コーヒーカップでの経験を踏まえて観覧車の試練の時には出入口になるようにゴムボートを設置した。
予想通り試練が始まる前に観覧車にも結界が出現し、そしてゴムボートの結界がその結界をはじき返した。
それで済めば万々歳だったのだけど、結界を張るのを失敗した場合試練が始まらないという面倒なシステムになっていた。
他のアトラクションもすべて同じ結果だったから、このアトラクションだけ違うというのは有り得ないだろう。
他にも、パイレーツなブランコでハイダウェイ号を設置してブランコを止めたら失格になってしまった。
試練ということで最低限クリアしなければいけないルールがあるのだろう。
「ゴムボートを設置していても弾かれるまでは作動しているんですから、その間に調べられませんか?」
「後から魔力を注いで結界を強化というパターンもあるから、ちょっと難しいのよね」
「でもイルマ、それだといくら調べても安心できないってことになるんじゃないですか?」
ダンジョンだし休眠明けと言ってもそれなりに魔力は持っているよね?
「そうでもないわ。これだけ大きなアトラクションを囲む結界なんだもの、追加で魔力を注ぐにしても大きすぎて強化されるのに時間が掛かるわ。最初が問題ないのなら強化される前に破ることができるのよ」
なるほど。強化の前兆さえ見逃さなければ大丈夫ということか。
「それで、結局どうすればいいんでしょう?」
聞いた感じだと、詰んでいる気がする。
「まあ、正攻法が駄目なら力づくしかないわよね。ワタル、頼んだわよ」
アレシアさん、正攻法が駄目なら普通は抜け道を探すと思います。
「いざとなったら船召喚で結界を壊すということですか?」
「ええ。いくら頑丈な結界でもフェリーや豪華客船には耐えられないわ。最悪の場合はお願いね」
「あくまでも最悪の場合はですね」
無茶をしたらダンジョンからしっぺ返しを食うらしいし、普通の攻撃でなんとかしたならともかく、巨大な船で無理矢理結界を破壊したらダンジョンがどう反応するか分からなくて怖い。
「あくまでも最悪の場合よ」
「分かりました」
しっぺ返しは怖いがこのダンジョン嫌いだし、豪華客船を召喚して施設を壊すことに躊躇いはない。
いざとなったら今までのストレスも含めて全力でぶつけてやろう。シャトー号とクリス号の連続召喚とか素敵かもしれない。
「じゃあ、細かい打ち合わせをするわよ」
おっと、豪華客船がジェットコースターを押しつぶすのを想像して楽しくなっていたけど、あくまでも最終手段。
リスクを増やさないためにも、普通にクリアするのが重要だ。真面目に打ち合わせに参加しよう。
***
「お金が足りません」
「へ?」
打ち合わせも終わり、様子見ではあるが試練に挑戦しようということでスタートボタンを押すと、意味が分からない言葉が返ってきた。
どういうこと?
……コイン投入口に×5と書いてある。
どうやらこのアトラクションは他のアトラクションの五倍の料金が必要らしい。
……そろそろキレて良いのではないだろうか?
このダンジョンどういうつもり?
ドロップアイテムで金銀に加えてレアな金属まで出せるんだから、こんなところで地味に稼がなくてもよくない?
ヘタレでビビりな僕でも、そろそろ怒るよ? 金額も銀貨五枚って地味に高いし……。
「ワタル。どうかした?」
「……いえ、なんでもありません。では、始めますね」
内心でイライラがマックスになりながらも、追加で銀貨を入れてスタートボタンを押す。ここで施設に蹴りを入れられない性格だから、ビビりなんだろうな。
「みんな、気を引き締めて。ドロテア、マリーナ頼んだわよ!」
スタートボタンを押すと結界が作動し、同時にコミカルな音楽と共にどこからかゴトンゴトンという音が聞こえ始めた。
今回はスピードが重要ということで、マリーナさんとドロテアさんが中に入っている。
マリーナさんは全部のアトラクションでフル稼働だから、少し疲労が心配だ。精神的な面で。
「予想通り結界は強化されているわね」
作動した結界を調べていたイルマさんが、難しい顔で報告に戻ってきた。
やっぱり結界が強化されていたらしい。まあ料金も五倍になっていたことだし、不思議なことではないな。
「破れそうなの?」
「微妙ね。破れるのは破れるのよ。でも、私達全員で何度か集中して攻撃する必要があるわ。緊急事態や追加で強化された場合、間に合わないわね」
「そう……ワタル、打ち合わせ通りに頼むわね。いざという時には遠慮しないでやっちゃって」
「分かりました」
打ち合わせ通りと言っても、アレシアさん達の指示、もしくは僕やイネス、フェリシアが危ないと思った時に結界をぶち壊す。
シンプルだけど状況判断が微妙に難しい。あの人達、僕が危ないと思っても、涼しい顔をして切り抜けたりするんだよな……。
まあ、僕の判断が微妙なことも伝えてあるし、その上で頼まれたんだから危ないと思ったら遠慮せずに豪華客船をぶちかまそう。
僕が注意すべきは、ドロテアさんとマリーナさんを巻き込まないようにするだけだ。
「なんだか醜悪ね。とても遊具を参考にしているとは思えないわ」
「同感です」
「でも、初めて見る魔物ね。興味深いわ」
ゴトンゴトンと音を立てながら、ゆっくり急勾配になっているレールを登る車体がみえてきた。
アレシアさんの言うとおり、なんだかとても醜悪だ。まあ、僕とアレシアさんでは気になっている部分は違うと思うけど……。
ジェットコースターの車体自体は、カラフルながらも流線形なデザインで悪くない。
問題はその車体に乗っている物体だ。あれがこの試練の敵なのだろうが、趣味が悪いとしか言えない。
イルマさんの反応を見るに、このダンジョン特有の魔物ということになるのだろう。他の場所で出現しないのは僕としてはとてもありがたい。
魔物の外見はモコモコしていて、どこかで見たことがあるような動物の特徴を備えている。
要するにテーマパークのマスコットという位置づけなのだろう。それだけ見れば可愛いと言えなくもない。
ぬいぐるみが大好きなクラレッタさんなら大喜びしてもおかしくない外見だ。
ただし、それは各々が持っている武器を受け入れられればだ。
なぜか敵は趣味が悪い武器を持っている。
敵なんだから武器を持つのは構わないし、そこまでこのダンジョンに優しさなんて期待しない。
ただ、武器の趣味がひたすらに悪い。剣や大剣、槍はまあ良いだろう、弓も当然だ。
なんか毒っぽい液体が滴っている気がしないでもないが、この際置いておこう。
死神が持っているような鎌も、毒っぽい物が武器に滴っている現状では受け入れよう。
ただ、他の奴等は駄目だ。なんで釘バットに鉄パイプ、バールのような物をわざわざ装備しているんだよ。どこの暴走族ですか?
普通に剣とか槍の方が強いだろ!
あと、マスコットの着ぐるみのようだから仕方がないのかもしれないけど、虚無な笑顔を微塵も変化させずにこちらを見るのを止めて。
趣味の悪い武器と相まって、非常に気持ちが悪い!
読んでくださってありがとうございます。




