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《深海の夜明け》⑥

 

 俺のドローを挟まず、シオンのユニットが起き上がった。

 今度は、ネヴロスもグラシエルも動ける。

 シオンは二枚引き、ファクターを一枚置いた。

 これで十六枚。七枚を起こしたまま、そのままバトルへ進む。


 ホルダーは、まだシオンのターンを示していた。こちらの山札は、手を伸ばせる場所に浮いている。だが、次の一枚を引く番は来ない。

 手札の端を親指で押し揃え、向こうの場へ目を戻す。

 知っていた能力でも、目の前でやられると腹が立つ。さっきまで横を向いていた巨体が、もう全部こっちを見てやがる。


「全員で、アタックするよ」


 七体。

 パワーは18、13、7、7、7、7、3。

 六十二点。

 俺のライフ表示は、49だ。

 俺は手札から、一枚を抜いた。


(まあとりあえず、まずはこいつが通るかどうかだ)


「《妖精の帳》! 深海魚がこのターン与えるダメージを、すべて軽減しますわ!」

「2コスト。《深淵への沈没》。帳を打ち消すよ」


 広がりかけた布が、海の底へ引かれた。

 シオンは山札からの配置を見送った。残る三枚を、ここでは減らさない。

 帳は解決していない。魚も止まらず、カードも引けない。

 このまま六十二点を受ければ、ライフは尽きる。


(まぁ、通らんわな。さてどうするか。)

 

 俺はホルダーに手をかざし、三枚のエクシードを眺める。

 まず目に入ったのは<再誕>エクシードの《物語は終わらない》だ。

 これで、十五点取り戻せば、ライフ2が残る。

 だが、残るだけだ。

 《物語は終わらない》にはドローもついている。だが、残り少ない山札から三枚引いても、底に沈んだ妨害札には届かない。

 何より、《深海の夜明け》で、シオンは手札を補充している。しかも手に入れたのは、過去に埋めた、今必要なカードだ。


 仮に、《物語は終わらない》で生き残ったとして。

 そのあと王子でエラを戻し、糸で衣装を拾う。その手順は、今の手札でも組める。

 だが、王子を出すところでまず躓く。

 あの手札には見えていないユニット打ち消し、《浮上の阻止》が二枚あってもおかしくない。

 しかも、その後に残ってるであろうもう一枚の防御札——三枚目の《ネレヴァスの潮流》を黙らせる一枚まで要る。

 生き残った。それで? という訳だ。


 あの手札を貫くのに必要なエクシードは、《物語は終わらない》でも、切り札の《リミットレス・シンデレラ》でもない。


 レッカが何かを言いかけ、やめた。

 リツは口を結び、俺の手元を見ている。

 世話役は、まだ凍ったまま。エラは除外領域。

 盆を持つ男の足元に白い氷が張りつき、こちらへ向いた肩さえ動かなかった。ブロックに回せるユニットは、いない。

 倍以上まで増やしたライフが、次の自分のターンを待つ前に尽きようとしていた。


(そりゃ、多少じゃないわな)

 笑いかけて、唇がうまく動かなかった。


 俺は墓地へ目を落とした。

 シオンの墓地と、表向きのファクターも確かめる。帳を消せるカウンターは、まだ一枚見えていない。

 その一枚が、どこにあるか。

 伏せた手札からは分からない。山札は残り三枚。そこにあってくれれば、今この攻撃をしのぐ余地はある。


 勝つために必要な三枚は、俺の墓地に揃っていた。

 今沈められた帳。その隣の静寂。もっと下の、途中で手放した王子。

 帳で今の攻撃をしのぐ。静寂で次のターンの返し札を止め、王子にはエラを迎えてもらう。衣装を拾う糸は、もう手元にある。

 使う順番を考えながら、三枚の位置へ指を滑らせた。


(祈らせてもらうぞ)


 二度目の帳まで消されれば、それまでだ。

 崖っぷちの賭け。このエクシードにオールインするしかない。


「エクシード、ディサイド!」


 俺の前に、本のホログラムが現れてページが開かれた。

 その上へ浮かんだ一枚を、掴み取る。

 カードの角が、強張った指先へ当たった。

 折るなよ、俺。こういうときほど、丁寧に扱え。


「涙の跡に、花を咲かせましょう! 零れた願いも、満開の笑顔に辿り着く!」


 カードを高らかに掲げ、その名を呼ぶ。


「その想いは、幸せへの道を繋ぐ! リベレーション――《ハッピーエンドへの祈り》!」


 水面の下から、小さな緑の灯が浮かんだ。

 シオンの指が止まる。


「《妖精の帳》、《舞踏会の静寂》、《姫を探す王子》! この三枚を手札へ。眠っているファクター一枚も、アクティブにしますわ!」


 十三枚のファクターが、すべて縦に揃う。

 墓地から戻った三枚を手札へ収め、薄布の絵を一番手前へ揃えた。

 拾ったばかりの一枚を、そのまま差し出す。


「もう一度、《妖精の帳》! そのお魚には、おとなしくしていただきますわよ!」


 シオンが手札を見た。

 俺は、その指から目を離せなかった。

 青紫の瞳が、一度だけこちらへ上がる。俺も視線を返した。カードを抜くのか、抜かないのか。

 今度は、札を抜かなかった。


「……通すよ」

「では、一枚ドローですわ!」


 十八点にまで肥大した深海魚が、薄い帳を押し広げる。

 布は破れず、魚の輪郭から力だけが抜けていった。

 残る六体は止まらない。

 四十四点。


 白い竜の翼が広がり、冷たい光が頭の上を掃いた。その下をウツボが進み、海面が重なった巨体の影で埋まる。

 吹雪の向こうに、シオンの姿が霞んだ。

 俺は目を閉じず、ライフ表示を見ていた。

 帳に包まれた魚の脇を、巨体が抜ける。槍の光が散り、最後にネヴロスの影が視界を覆う。

 数字が下がっていく。

 10を切る。

 そこで、止まった。


 5。


 残ると、数えていた。

 それでも、実際に表示が止まるまで、手札を握った指を緩められなかった。


「……五点だ。よし、まだ終わってねえ!」


 レッカが、俺より先に息を吐いた。

 俺はまだ、吐けなかった。

 手札の王子を見て、ヴェールを見て、今引いた《夜会支度の魔法使い》を見た。

 墓地にいる、最初の魔法使いへ視線が落ちた。

 あいつがウツボの七点を受け止めていなければ、この表示は0を割っていた。

 次の一枚を引く仕事は、もう頼めなくなった。それでも、俺を次のターンまで運んでくれた。

 新しく来た魔法使いを、墓地の同じ帽子と見比べる。


(今度は、勝たせてもらうぞ)


 俺は帽子の絵から目を離し、手札を握り直した。


「第二ビルド。2コストで《鎖眠の海獣》」


 起きていた表向きの三枚のうち、二枚が横を向く。

 攻撃を終えたウツボの前へ、鎖を引きずる獣が這い出した。

 4/6。次はこちらが攻める番になることも、忘れてはいない。

 七体を走らせたあとに、もう一体立てる。攻撃をしのがれたからといって、空いた海を明け渡す気はないらしい。


 エンドフェイズ。シオンは薄くなった山札を見て、《ネレヴァス》の起動を見送った。王国で一枚だけ引き、手札から一枚を海底へ沈める。

 裏向きは十枚。魚は19/21へ育ち、巫女が眠った二枚を起こす。アクティブは五枚になった。

 山札は、残り二枚。

 最後の返しを探しながら、次に引くぶんも残している。

 シオンの指は、やはり乱れなかった。


「ラストターンだね。どうぞ、メイ」


 攻撃を終えた七体は横を向き、出たばかりの海獣だけが立っている。

 シオンのライフは20。手札は四枚。

 ファクターは十七枚。そのうち五枚は起きたままだ。

 こちらの手札は七枚。

 ライフは5。祈りで拾った王子と静寂、帳が連れてきた魔法使いを、手札の中で並べ直す。


 海の向こうで、シオンがこちらを待っていた。

 十三枚のファクターは、全部起きている。

 使う札を手前へ寄せ、俺はようやく、デッキへ手を伸ばした。


「ええ。ここからは、わたくしのターンですわ!」


 声に出してみると、今度は指までちゃんと動いた。


 ---



 《ハッピーエンドへの祈り》

 フェイブルーン/エクシード

 あなたの墓地の「フェイブルーン」カード3枚までを手札に加える。その後、ファクターを2枚までアクティブにする。

 ―

 どうか、ここまでの涙にも、笑って振り返れる日が来ますように。


 ---


 《封海の巨獣、ネヴロス》青・6F/4C

 ネレヴァス/レジェンド・ユニット[ネヴロス]/海獣

 "貫通"、"守護2"

 あなたの裏向きのファクターが6枚以上あるならば、このカードをプレイするためのコストは0になる。

 あなたの裏向きのファクターを2枚破棄する:相手のユニット1体を対象とし、持ち主のデッキの一番下に置く。この能力は同名のカード全体で各ターンに1回だけ起動できる。

 7/7

 ―

 鎖が鳴るたび、海の底に新たな影が増えていく。


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