《深海の夜明け》⑦
世話役は、まだ起きない。
足元を覆う氷を一度見て、俺は薄くなったデッキへ手を伸ばした。
妨害札はまだ山札の下。追加の妨害は望めない。
二枚を引いて確かめる。《仕立ての魔法》。そして、三枚目の《姫を探す王子》。
これで手札は王子が三人に、コサージュ、魔法使い、糸、ヴェール、仕立て。そして、祈りで拾った静寂。全部で九枚だ。
山札は残り七枚。
ファクターは置かない。
十三枚すべてが起きている。祈りが残してくれたアクティブだ。
シオンのファクターは十七枚。うち五枚が起きている。手札は四枚だ。その前では、海獣が鎖を引いている。
俺は手札を揃え、回収した静寂へ指を添えた。
「ティアラをスリープして1コスト! まずは《舞踏会の静寂》ですわ!」
「2コスト。《虚像への否定》。静寂を打ち消して、一枚引く」
白い光が、青い水へ沈んだ。
支払いに使った裏向きの二枚が、横を向いている。
シオンが引いた札を手札へ収める。山札は、あと一枚になった。
「あら、最後の一枚で引けましたのね」
「なんとかね」
「ターンの終わりに王国で引いた、あの一枚ってわかるのか?」
レッカがシオンの手札を指す。リツは小さく頷いた。
「そう。さっき《妖精の帳》を止められたなら、そこで勝負は終わっていた。だからあれは、そのあと王国で引いた一枚だね」
「ったく、土壇場で間に合わせやがった。やるじゃねえか!」
俺は次の札を差し出す。
「もう一枚のティアラから1コスト。《姫を探す王子》! 主役のお迎えですわ!」
「《浮上の阻止》。1コストで、その登場を打ち消す」
王子が、足元へ落ちた。
シオンは、起きている裏向きの一枚を支払いに使っていた。
だが、そこを通らなければ勝てないわけでもない。
「では、もう一度1コスト。《姫を探す王子》! エスコートはまだまだ続きましてよ!」
「手札は?」
「六枚ですわ」
シオンがしばし長考する。ウィンドウからこちらのファクターと墓地をしっかり確認した後、手札を切る。
「……駄目だね。もう一枚の、《浮上の阻止》で止めるよ」
今度も、裏向きの一枚が横を向いた。三度の打ち消しで、起きているファクターは最後の一枚になった。
手札は、残り二枚。
まだ何かを握っている。それでも、ここで手を止める理由はなかった。
「まだ続きますわ! 眠らせたティアラを破棄して1コスト、《夜会支度の魔法使い》!」
「……通すよ」
丸い帽子と、小さな杖。
その姿が、青い海へ沈まずに残った。
俺は隣の札を抜き、魔法使いの横へ並べる。
「それではもう一枚のティアラも破棄して、1コスト! 三人目の《姫を探す王子》ですわ!」
エラがまだ場にいた頃には、手札から落とした。その王子が、今は最後の迎えになる。
シオンの指が、手札からネヴロスへ移った。
「王子が出る前に、ネヴロスの能力。眠った裏向きのファクター二枚を破棄して、魔法使いをデッキの一番下に」
青い光が伸び、帽子の魔法使いを包んだ。
王子を通しても、衣装を手札へ変える役まで残すつもりはないらしい。
だから、この一枚を待っていた。
「そうはさせませんわ! 《仕立ての魔法》! 一枚引いて、《真夜中のヴェール》を魔法使いにリンク!」
引いたのは、《硝子の靴》。
それを手札へ収め、薄い布を魔法使いへ掛ける。リンクが出たことで、さらに一枚。リボンが手札へ加わった。
俺は残りの山札を確かめ、下で待つ能力の解決を告げた。
「身代わりはヴェールに! 魔法使いは、ここに残りますわ!」
青い光に布だけが引かれ、細かく裂けた。
魔法使いは、杖を握ったままそこに残る。
ネヴロスの能力は1ターンに1回。今の能力を続けて使うことはできない。
俺は墓地へ落ちたヴェールを見届け、王子の札へ指を戻した。
「さあ、お待たせしましたわ。王子様のご登場です!」
青年が、白い上着の裾を払って現れた。
場に立った彼は、まず周囲を見回す。広い海に、探している少女の姿はない。
俺はデッキを手に取った。
「登場時能力で、《硝子の靴》を探しますが、残念ながら山札にはございません」
先ほど引いた靴が、最後の一枚だ。それでも、残った山札を確かめる。
見えていなかった二枚目の《願いを紡ぐ糸》と、リボンで下に送った《舞踏会の静寂》、《カボチャの馬車》、《誓約の執行者》。一番下に《運命を結ぶリボン》。
五枚を切り直し、元の場所へ伏せた。
「そして、除外されている主人公をフィールドへ! お戻りなさい、エラ。あなたの舞台は、ここからですわ!」
王子が顔を上げる。
山札の横に浮かんでいた小さな光へ、手が差し伸べられた。
エラがその手を見る。
箒を片手へ持ち直し、空いたほうの手を、そっと重ねた。
煤けた服の少女が、再び海面へ降り立つ。
「さらに、リンクを三枚! まずは墓地の《運命を結ぶリボン》。続けて、ファクターから墓地へ送った《星屑のティアラ》ですわ!」
腰にリボンが結ばれ、小さな冠が少女の髪へ収まる。
これで、二枚。
「最後に、墓地から《星織りの舞踏服》をお着せいたしますわ」
既にリボンとティアラがあるから、ドレスを着ける条件も満たしている。
先ほど海の中へ失われたはずのドレスが、再びエラを包んだ。
星の光が裾まで満ち、少女が背筋を伸ばす。
16/16。
前のエラよりは小さい。だが、カード一枚から出てきていい大きさではない。
そして、まだ仕事は残っている。
「王子の能力は、これで解決ですわ。魔法使いとリボンの誘発。まずは、リボンから!」
残る山札は五枚。すべてを手に取り、俺は指先で順番を変えた。
この中に、リボンで拾えるフェイブルーンのユニットはいない。執行者はコンコルディアの札だ。
手札へは加えず、五枚を好きな順番で山札の下へ戻す。
糸、執行者、馬車。そのあとに静寂、最後にリボン。
山札が五枚しかなければ、下へ戻す順番が、そのまま次に引く順番になる。
「続いて、魔法使いの誘発を三回! 三枚ドローですわ!」
糸。執行者。そして、三枚目の馬車。
糸は、仕掛ける前のターンに引いた一枚と合わせて二枚になった。
残る山札は二枚。静寂とリボンも、次に何を着ければ引けるか分かっている。
山札をようやく掘りきった。
入るであろう打ち消しはすべて見えている。今はまだ手元へ残し、先に衣装を揃える。最後の返しを封じる役は、馬車に任せる。
「……対応はないよ。そのまま続けて」
「では、最後のお支度ですわ! 1コスト、《願いを紡ぐ糸》。墓地の《星織りの舞踏服》を二枚、手札へ!」
途中、手札から捨てた二着だ。
馬車を探すために空けた場所から、今度は最後の打点を取り戻す。
「もう1コスト。二枚目の《願いを紡ぐ糸》で、《星屑のティアラ》を二枚!」
一つは、途中で捨てた冠。
もう一つは、たった今、王子を呼ぶ支払いに使ったものだ。
俺は二つの冠を手札へ戻した。
「1コスト、《硝子の靴》をエラに。魔法使いで、一枚ドローですわ!」
足元に硝子の光が宿る。
引いた静寂を手札へ収め、その隣から薔薇の札を抜いた。
「続けて1コスト、《薔薇のコサージュ》!」
胸元へ薔薇を留め、ファクターを二枚起こす。
コサージュでの追加ドローは見送った。最後の一枚を引くのは、もう少し先だ。
「さらに2コストずつ。回収した舞踏服を、二枚ともリンクいたします!」
白い衣へ、星を織った光が重なる。
これでリンクは七枚。十一枚のファクターのうち、起きているのは四枚になった。
凍った世話役は動かない。だが、支払いはまだ作れる。
「2コスト、《星屑のティアラ》。もう一枚も、2コストで!」
四枚のファクターを、二枚ずつ眠らせる。
少女の周囲に、三重の星の輪が浮かぶ。
手札から捨てた衣装も、支払いのために燃やした冠も、全部ここへ戻ってきた。
起きたファクターは、もうない。
「眠った一枚を破棄して1コスト。《運命を結ぶリボン》ですわ!」
魔法使いが運んできた一枚を、エラへ結ぶ。
リボンの能力で見る山札は、残り一枚。同じリボンだから手札へは加えず、そのまま戻す。
そのあとで、魔法使いの誘発を解決した。
「最後の一枚、ドロー! もう1コストは、眠ったファクターから。三枚目の《運命を結ぶリボン》ですわ!」
新たな結び目が、少女の腰へ重なる。
空の山札からは何も拾えない。魔法使いの追加ドローも、もう選ばない。
リンクは十一枚。ファクターは九枚、すべて眠っている。
最後を締めくくる一枚のため、俺はさらに一枚を燃やした。
「静寂も執行者もありますけれど、幕引きはこちらにお任せですわ! 1コスト、《カボチャの馬車》!」
シオンが、手札から一枚を抜く。
「その前に、2コスト。《海溝の門番》」
残していた表向きの一枚を眠らせ、もう1コストは、眠った表向きの札を一枚破棄して払った。
海獣の隣へ、槍を構えた番人が立つ。4/5。山札からの配置は見送り、最後の一枚を残した。
シオンはもう一枚の手札を伏せたまま、俺を見る。
「馬車は、通るよ」
金色の車輪が、水面へ降りた。
二度、形になる前に沈められた馬車が、ようやく扉を開く。
「エラにリンクが3枚以上ついていれば、わたくしのターン中、シオンさんはカードをプレイできません。これで、お支度は完了ですわ!」
十一枚の衣装をまとった少女が、馬車の前へ歩み出た。
シオンには、十四枚のファクターが残っている。表向き六枚、裏向き八枚。
すべて眠っているが、表向きを二枚燃やせば潮流の2コストは払える。必要な5ファクターも、表へ返す裏向きの札も十分にある。
こちらにも、八枚のファクターが残った。手札には静寂と執行者。
最後に選んだ馬車が、シオンの返しへ扉を閉めた。
「で、エラは今いくつかな」
「足し算なさいませ。あら、シオンさんには難しかったかしら?」
「この……」
「冗談ですわ。ティアラ以外の修整が+25。エラ自身の能力が+17。そして、十一枚のリンクを数えるティアラが三つで+33。元のパワー1を合わせて――76ですわ!」
エラの足元に、76/77の表示が輝いた。
シオンが手札を閉じた。
俺は盤面をもう一度見渡す。
横を向く深海魚と巨獣、三体のウツボ。氷の身体を休めるグラシエル。
その前に、鎖を引く海獣と、槍を構える門番。
海獣の能力では、相手の効果の対象にならないエラを眠らせられない。
さらに奥には、十四枚のファクターと、一枚の手札。
エラは、硝子の靴を履いている。
戻ってきたばかりでも、走れる。
「バトルフェイズ! 今度こそ、踊り切りますわ!」
「どうぞ」
シオンが頷いた。
こちらの心臓も、まだ速い。
「エラ、アタック! ハッピーエンドを、掴みなさい!」
シオンの指は、手札から動かなかった。
馬車の扉は、もう閉じている。あの馬車が通った時点で、シオンは手札のカードをプレイできなくなっていた。
「海獣と門番。二体でブロック」
エラが、硝子の靴で海面を蹴った。
王子の横を抜け、凍った世話役の前を走り、長いリボンを後ろへ流す。
海獣が鎖を引き絞り、門番が槍を持ち上げる。
エラは白い裾を翻し、二体の間へ踏み込んだ。
「海獣へ六点、門番へ五点! 残る六十五点を、貫通でシオンさんへ!」
加速の一撃が、鎖を断ち、槍を折った。
二体の輪郭が砕けるより先に、白い光が海の向こうまで走る。
シオンは、目を逸らさなかった。
20から、−45。
同時に、俺のライフが七十六点ぶん跳ね上がる。
5から、81へ。
表示を見ても、すぐには息を吐けなかった。
シオンのエクシードへ、視線が動く。
あの《深海の夜明け》は、もう使われている。
新しい札が開かれることはなかった。
水面の上へ、勝敗を告げる表示が浮かんだ。
「……私の負けだね」
シオンがそう言って、肩から力を抜いた。
海が薄れていく。
深海魚の青い灯も、王国も、ひとつずつ店の明かりへ溶けていった。
エラは少し離れた場所で立ち止まり、こちらへ振り返った。
白いドレスの裾を持ち、ぎこちなく一礼する。
その姿が消えて、ようやく俺は長い息を吐いた。
「っだー! 五点からひっくり返しやがった! すげえじゃねえか!」
レッカが声を上げた。
リツは小さく息をつき、それから俺の墓地を見た。
「最初の魔法使いで七点を止めて、二人目を仕立てで守った。どちらも欠かせなかったね」
「ええ。お支度係にも、身体を張っていただきましたわ。あとでたっぷり、お礼をしなくては」
冗談を返しても、指先はまだ少し熱かった。
勝った。
何度も止められ、エラごと流され、魔法使いまで盾にして、ようやくだ。
88まで増やしたライフを、5まで削られた。魔法使いの小さな身体ひとつぶんが、最後まで勝敗を分けていた。
シオンが、最後の手札を表にした。
《ネレヴァスの潮流》。
俺は、その青い絵と、止まった馬車を見比べた。
ファクターも、表に返す札も残っている。それでも、馬車がこのターンのプレイを封じた。あの一枚を使う隙は、最後まで開かなかった。
「あと一手、足りなかったね」
シオンが、山札の最後の一枚をめくる。
二枚目のグラシエル。シオンも最良の引きをしていたという訳だ。
「ええ。その一手の先、踊り切らせていただきましたわ!」
「うん。ちゃんと、届いたね」
シオンが笑う。
俺も笑って、膝に両手をつきかけた。
危ない。お嬢様がそんなだらしない格好をするものではない。
背筋を戻し、手札に残った静寂を伏せる。
「ありがとうございました。大変、勉強になりましたわ」
「こちらこそ。帳を拾い直されて、そのあとに王子が三人来るとはね」
褒められて、口元が緩みそうになる。
いや、もう緩んでいたと思う。
相手が止める場所を選び、こちらも通す順番を選ぶ。生き残るための帳と、次のターンの静寂と王子。祈りで拾った三枚を使い、最後に馬車まで辿り着いた。
怖かったし、腹も立った。
それでも、楽しかった。
俺はエラについているティアラを一枚、拾い上げた。
最後には勝ちに届く一着になった札。
その隣へ、残る二枚を重ねる。
三つの小さな冠を揃え、エラのカードの上へそっと置いた。
《星織りの舞踏服》白・3F/2C
フェイブルーン/リンク
あなたのユニット1体にリンクする。ただし、このカード以外のリンクが2枚以上ついているユニットにしかリンクできない。
リンク先のユニットは+4/+4の修整を受け、"加速"と"回復"を持つ。
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夜空から星を借りて、最後のひと針を。今夜、誰より輝くあなたのために。
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《カボチャの馬車》緑・3F/1C
フェイブルーン/レリック
あなたの[エラ]にリンクが3枚以上リンクされているなら、あなたのターン中相手はカードをプレイできない。
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「お乗りなさい。お邪魔な声は、ここに置いていきましょう。」
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