《深海の夜明け》⑤
海の底から、七枚の札が浮かび上がった。
シオンの指は、選ぶ場所を迷わない。自分の手札から沈めていた位置を、順に拾っていく。
裏向きの中身を覗いているわけではない。
知っている札を、回収している。
「七枚を手札へ。残る八枚を、すべてアクティブにするよ」
さっきまで横を向いていた札が、次々に起きた。
水面のずっと下に、青い光が筋を引く。
残っていた一枚に、海底から七枚が加わった。手札は八枚、アクティブのファクターも八枚になった。
(……手札補充して、アクティブをまとめて取り戻す。コントロールデッキはこれだからよぉ!)
十三枚のファクターのうち、十二枚はまだ起きている。俺は手札を見た。
王子、コサージュ、糸、戻されたヴェール。
今の応酬に使える札は、もうない。
対してシオンは、拾ったばかりの一枚をそのまま差し出した。
「2コスト。二枚目の《ネレヴァスの潮流》を、仕立ての上に」
レッカが息を呑んだ。
ヴェールは、まだ手札にある。
今のエラには、身代わりになる衣装がない。
「……通しますわ」
シオンが、起きている裏向きファクター一枚を表へ返した。
海面が持ち上がった。
エラの硝子の靴が、一度だけ水を踏みしめる。箒を握り直した少女の背後で、波が高い壁になった。
対象にならない。そういう能力があっても、彼女だけが波の中へ残れるわけではなかった。
「主人公の移動を置き換えますわ。エラは、除外領域へ」
俺が告げると、少女の姿が光へほどけた。
胸元の薔薇が散る。
三つのブローチが、腰のリボンが、星を織った白いドレスが、順に輝きを失っていく。
残っていたリンク十一枚が、墓地へ落ちた。
盤面から消えたのは、ユニット一体だ。
だが、俺はそれを一枚分の損失とは、とても数えられなかった。
魔法使いに引かせた服。世話役に用意させた支払い。小さな連中が身体を張って守ったターン。
全部を着込んでいた少女が、今は山札の隣に小さく浮いている。
最初と同じ、煤けた服と古い箒で。
「では、《仕立ての魔法》を解決いたしますわ。一枚、ドロー」
声は、ちゃんと出た。
引いたのは、レッカとの戦いでは引き込めなかった《妖精の帳》。
仕立ては1枚引いたあと、手札のリンクをつけてもよい。今は衣装を出さず、そのまま解決を終える。
シオンはさらに下で待っていた、一枚目の潮流を解決した。
ファクターは一枚も表に返さなかった。
戻すべき攻撃ユニットも、もういなかった。
戦闘ダメージはない。
回復もない。
俺のライフは82のままだった。
手札の五枚を、扇の形に広げる。
王子。コサージュ。糸。ヴェール。そして、妖精の帳。
エクシードはまだ使わない。
「第二ビルドは何もせず。ターンエンドですわ」
シオンが、ゆっくり頷く。
その顔には、攻撃をしのいだ安堵より、次の手順を確かめるような静けさがあった。
「あれ、まだ出し直せるんだろ? エラなら、もう一度やれんじゃねえか!」
横からレッカの声がする。
出せる。
除外からの追加コストを払っても、今のファクターなら足りる。王子を出すことだってできる。
リツが、除外領域に浮かぶエラへ目を向けた。
「シオンさんは今、必要なカードを七枚も手札に戻したところだ。仕掛けるには、まだ早い。それに、エラを手札ではなく除外へ戻した。王子で迎え直せることは、シオンさんも分かっているはずだよ」
そう、シオンは手札もアクティブなファクターも取り戻した。
そのうえ、シオンはまだ本命のユニットを見せていない。
ターンを迎えたシオンは、二枚引き、ファクターを一枚置いてから巨獣の札を抜いた。これで足場は十四枚。表向きと裏向きが、七枚ずつ並んでいる。
「軽減して0コスト。《封海の巨獣、ネヴロス》。そして三枚目の《深海に潜むもの》」
厚い甲殻が水を割り、パワー7の獣が這い出した。
裏向きのファクターが6枚以上あれば、支払いは0。相手のユニットをデッキの底へ送る能力まで抱えた7/7だ。
ウツボのほうも、7枚の裏向きファクターがあれば無料で出てくる。
それでも、シオンの手は止まらない。
「続けて4コスト」
シオンの宣言に、水面そのものが白く凍った。
「波は眠り、潮は止まり、海は永遠の静寂に沈む。その吐息に命は凍てつき、その羽ばたきに時すら凍る」
氷の輪郭へ、海底から青い灯が吸い上げられていく。
「今ここに、冬が来る——《永久凍土、グラシエル》」
「裏向きのファクターは七枚。グラシエルは、+1/+1カウンターを七個持って登場するよ」
薄氷に亀裂が走り、その向こうから巨大な影が立ち上がった。
白き竜が吠え、フィールドを吹雪が覆う。
氷の巨体に、13/15の表示が浮かんだ。
「カウンター七個も乗んのかよ!? デケェ!」
レッカの声が裏返った。
海底には、七枚の裏向きの札が並んだままだ。
その上を白い竜が覆っている。大きな身体と、次の札を使うための十四枚の足場。どちらも、シオンの前に残った。
「メイは自分のユニットを七体選んで。スリープさせて、次のスタートでも起きなくするよ」
「世話役を選びますわ。今のわたくしのユニットは、この一体だけですもの」
盆を持つ男の足元が凍りつき、その場に縫い留められた。
グラシエルの能力は、こちらが選ぶ。潮流と同様、エラの対象耐性で防ぐことはできない。
だから、前のターンには出し直さなかった。
シオンが登場時の処理を終え、視線を上げた。
「バトルフェイズ。攻撃できる四体でアタック」
十六点の深海魚。七点の《深海に潜むもの》が二体に、三点の巫女。
今出たネヴロス、三体目のウツボ、グラシエルはまだ攻撃できない。それでも、合計三十三点だ。
こちらの世話役は、氷の中にいる。
「……対応はありません。そのまま受けますわ!」
巨体が、青い灯が、槍が、次々と俺の前を突き抜けた。
82あったライフが、49へ落ちる。
一度に減った数字を見て、遅れて息が詰まった。
まだ49。開始時より九点も多い。
なのに、手札の縁を押さえる指が冷たかった。
エンドフェイズ。シオンは《ネレヴァス》で眠った表向きの一枚を破棄し、引いた札を確かめてから手札を海底へ沈めた。王国でも一枚引き、もう一枚を伏せる。
巫女が眠った裏向きの二枚を起こした。
裏向きは九枚。魚のパワーが18になる。
ファクターは十五枚、そのうち六枚が起きている。山札には五枚が残った。
「確かにグラシエルはでけえけど、メイのターンが回ってくりゃ――」
「そうだね。回ってくれば、だけど」
「でも、シオンさんはもうターンを終えましたよね?」
「そうだよ。でも、シオンさんにはまだ、続きがある」
コハルへ答えたリツの視線は、シオンの場から動かなかった。
「グラシエルが登場したとき、裏向きのファクターが七枚あった。追加効果が発動するよ」
シオンが静かに告げる。
吹雪が一段と強くなり、その姿さえも白く霞んだ。
「白竜のもたらす冬に、終わりはない。永久の氷が時を縛り、春の目覚めを許さない。テイク、エクストラターン!」
グラシエルが雄叫びを上げた。
俺のホルダーの表示を白い霜が覆い、色を奪っていく。
ターンプレイヤーを示す光は、再びシオンの側に灯った。
「追加ターンだと!?」
「そうだよ。しかも、シオンさんの場にはライフを削り取るのに十分な打点がある。メイさんは、あの攻撃を凌がなければならない」
《深海の夜明け》
ネレヴァス/エクシード
あなたの裏向きのファクターを好きな枚数選び、手札に加える。その後、あなたの裏向きのファクターをすべてアクティブにする。
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忘れられた日々が浮かび上がり、暗い海を朝の色に染めてゆく。
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《永久凍土、グラシエル》青・7ファクター/4コスト
ネレヴァス/レジェンド・ユニット[グラシエル]/ドラゴン
"飛翔"
"守護(X)":Xはあなたの裏向きのファクターの枚数に3を足した数に等しい。
このユニットがフィールドに出るに際し、このユニットはあなたの裏向きのファクターの枚数に等しい数の+1/+1カウンターを得た状態でフィールドに出る。
このユニットがフィールドに出たとき、相手は自分のユニットをこのユニットの上にある+1/+1カウンターの数だけスリープにする。それらは、それぞれのコントローラーの次のスタートフェイズにアクティブにならない。
このカードがフィールドに出たとき、あなたの裏向きのファクターが7枚以上あるならば、あなたはこのターンの後に追加の1ターンを得る。
6/8
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水平線を覆う翼、海を閉ざす吐息、時さえ凍てつく羽ばたき。それを人々は、「冬」と呼んだ。
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