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5話 未成熟

 「…私のことですか?」


 ヴァイオレットは震える声を隠しながら尋ねた。今までランドルフに嫌われているかもしれないなんて深く考えなかった。いや、考えようとしなかったという方が正しいだろう。


 でも、腑に落ちてしまう部分もあった。ランドルフはヴァイオレットに触れない。手を握ってもくれないし、頭を撫でることもしない。どうしても必要な時、彼はいつも手袋をしている。


 「どうだろうな」


 ランドルフはどこか遠い目をしていた。揶揄っているというより、本人にもわからないのだろう。ヴァイオレットは今、ランドルフが別の誰か──アルビノの女を考えたのだとわかった。


 ぎゅっと唇を噛み締める。錆びた鉄の味がした。ランドルフの心を別の誰かに占められていると考えると、身を焦がすほどの熱さに包まれた。血が沸騰しているような感覚がする。


 この人に自分のことを好きになって欲しいと切に願うのに、こうやって心に居座ることができるのなら、いっそのこと大嫌いになって欲しい。


 煌々と輝く月が二人を照らしていた。第二課のオフィスに戻るまで、二人の間に会話はなかった。それでもランドルフはヴァイオレットを置いていくようなことはせずに一緒に帰ってくれた。


 もしかしたら本当に置いて行こうとしたけど、ヴァイオレットが早足でランドルフの歩調に合わせてついていっただけなのかもしれない。ランドルフはわざわざヴァイオレットの歩調に合わせてエスコートしてやるなんてことはしなかったから。


 ランドルフに言われた通りに貴族令嬢のようにしずしず歩きながらも、ヴァイオレットはランドルフが置いて行こうと先を歩くなら、ずっとついて行こうと思った。


 オフィスにはエイドリアンが無線をいじりながら待っていた。


 「お楽しみ中に悪かったな。伝えておきたいことがある」


 革のソファに腰を下ろしたエイドリアンの目の前に、ランドルフはコートを脱ぎながら座る。ヴァイオレットは部屋のドアに鍵をかけ、一応盗聴器がないか調べた。オフィスにはずっとエイドリアンがいたので可能性は低かったが、自分が安心するために何度も執拗に調べた。


 「開戦を支持している極右テロ組織が属国の独立派を引き入れたそうだ。奴らは女王陛下の暗殺を狙っているが、まずは手始めとして王位継承権を持っている傍系の貴族令嬢を誘拐して交渉しようとしていると、信頼している情報筋から垂れ込みがあった」


 現在クィニアルタ連合王国は停戦状態にある。そして現女王は「国と結婚した」と公言する処女王の異名を持ち、配偶者もましてや後継となる子供もいなかった。


 たとえ女王の直系だとしてもアルビノが遺伝していなければ王位継承権はなく、傍系のアルビノが優先される。


 「俺も馴染みの娼婦から似たような話を聞いた。奴らが狙う家の有力候補は、フィッツジェラルド家かカートレット家だ」


 女王の遠縁であるその二つの家にはどちらもアルビノの女性がいた。ランドルフとエイドリアンは継承順位と年齢を鑑みて、テロリストが狙うのは妙齢のアルビノの令嬢がいるフィッツジェラルド家が第一候補だろうと結論づけた。


 この国は女王がアルビノということで、アルビノは生きやすいとされている。だが、それは日光に当たらなくてもいい貴族階級に限った話で、労働者階級に突如発現してしまったアルビノは差別を受けることも珍しくなかった。


 ヴァイオレットもストリートチルドレンの頃は、白くて気味が悪い、化け物、など石を投げられたりした。だから一番目立つ白い髪を帽子で隠し、目を見られないように俯いていた。


 同じアルビノなのにどうして差がつくのだろう。一方は生まれながらの令嬢で、もう一方は孤児で令嬢の真似事をしている。


 「ヴァイオレットが使えるんじゃないかと思うんだ」


 エイドリアンが腕を組みながら、ヴァイオレットを見た。ランドルフも同意するように頷いた。


 「フィッツジェラルド家の令嬢は確か今年で二十一か。ヴァイオレットに化粧をさせて胸を詰めれば、それくらいに見えないこともない。身代わりとして使える」


 ランドルフの言葉にヴァイオレットは胸の辺りにあるブラウスのリボンタイを握りしめた。なぜか頭の中にはアンジェリカのたわわな胸元が浮かんでいた。まるで頬を叩かれたかのようにじんじんと熱さに囚われる。


 窓の外から課長の車のエンジン音が聞こえた。エイドリアンは煙草を吸っていたのを誤魔化すように慌てて窓を開けて換気した。




***


 


 フィッツジェラルド公爵家の邸宅タウンハウスは物々しい雰囲気に包まれていた。軍服姿の男たちが出入りしている。


 「まぁ、陸軍省からも護衛として兵士を派遣してくださるなんて。こんな不安定な情勢ですものね。ありがたいですわ」


 アルビノの令嬢、ソフィア・フィッツジェラルドは不安そうに眉を下げながら屋敷の厳戒態勢の雰囲気に押されそうになりながらも、白鳥の踊りのような柔らかいカーテシーをした。


 「身の回りの護衛は女のヴァイオレットが担当します。何かあれば彼女に言ってください」


 ランドルフはヴァイオレットに目配せをするので、ヴァイオレットは敬礼した。いつもは難なくできる敬礼が、ソフィアの上品なカーテシーを見たあとだと、何だか無骨に見えて恥ずかしかった。


 「ランドルフ様、お気遣いありがとう。そういえばお仕事でお会いするのは初めてでしたわね。アスター子爵の夜会以来でしょうか」


 ソフィアは親しげにランドルフに微笑みかける。ヴァイオレットはこの人こそがランドルフの心を占める「嫌いなアルビノの女」なのではないかと心配していた。


 「失礼、今は職務中ですので」


 「あら、私ったら。ごめんなさい」


 ソフィアは口元を押さえて、おしゃべりな自分を恥じたのか頬は薔薇色に染まった。いつもならランドルフがそっけない態度を他の女性にとると、ヴァイオレットは安心していたが、ランドルフがアルビノの女嫌いと知ってしまったから安心できなかった。


 親しげにされるのもそれはそれで心に波風が立つが、そっけなくしていても不安に苛まれる。ソフィアがアルビノでさえなければ、ヴァイオレットがここまで心を掻き乱されることはないのに。


 「ヴァイオレットさん。私のために、よろしくお願いします」


 ソフィアは優しく微笑んだ。そこで初めて彼女が青と琥珀のオッドアイであり、笑うと笑窪が出来ることに気づいた。アルビノなど鏡で見慣れていたと思ったが、ソフィアはアルビノであることを差し引いても神秘的な美しさがあった。


 「あなたもアルビノなのね。私、女王陛下やその親族の方以外ではアルビノの方を見たのは初めてよ」


 ソフィアはヴァイオレットに対して友好的に接しようとしてくる。貴族令嬢であるのに、孤児のヴァイオレットに声をかけるのだからこの人は優しい人なのだろう。それは嬉しいことのはずなのに、ヴァイオレットはソフィアがもっと嫌なやつならよかったと思った。


 「いざとなればヴァイオレットがあなたの影武者になります」


 ランドルフの説明にソフィアは申し訳なさを感じているような視線を向けた。ランドルフは犯人の目的は誘拐だろうが、油断せずに窓際には立たず狙撃に警戒するように念を押して部屋を出た。


 ソフィアの私室にはソフィアとヴァイオレットが残された。ヴァイオレットはカーテンを閉めて、狙撃を警戒する。


 「とりあえず、座って。ずっと立っていては疲れてしまうわ」


 そう言ってソフィアはカウチに座った。ソフィアの部屋には男性が狩りの獲物を剥製にして飾るように、鳥籠が沢山飾ってある。応接間のような空間の奥にはシノワズリ趣味の衝立で仕切られた寝室が続いている。


 「…失礼します」


 ヴァイオレットは軍服のジャケットの下のホルスターに隠した拳銃の感触と、ガーターベルトのナイフの感触を確かめてから、ソフィアの向かいに座った。身体の薄いヴァイオレットには拳銃が身体を抉るように主張して、皮膚にずれた痕ができる。


 「ヴァイオレットさんは、どの家のご出身なの? 女王陛下のように軍務に就かれてご立派だわ」


 女王はこの国の軍の最高司令官でもあり、若い頃は一般の兵士に紛れて士官学校に通い、軍事教練を受け軍務についていた。


 「私は孤児ですので」


 ヴァイオレットはそう答える時、なぜだか胸が締め付けられた。ソフィアは「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」と慌てて謝っていたが、ヴァイオレットはまっすぐ彼女の目を見られなかった。同情されたくなかった。

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