後日談 部下がわたくしの可愛い娘に劣情を抱いているのがなんか嫌だ
今日は可愛い娘と久々にゆっくりお茶をする機会を得れた。最近は公務で地方に行っていたエグランタインは久々の王宮に安堵していた。
自身が庭師と共に丹念に育てている庭にガーデンパーティーの準備をさせる。今日は趣向を変えてみてピクニックのようにしてみた。
「ねぇ、ジョージ。ヴァイオレットは喜んでくれるかしら」
いつもそばに控えている執事に尋ねる。この老齢の執事はエグランタインが王女の頃から世話をしてくれていて、いつもは立場をわきまえているものの祖父と孫のように互いに思っていた。
「エグランタイン様が手作りなされたサンドイッチをヴァイオレット様もきっとお喜びになるでしょう」
バスケットに詰められたサンドイッチはキュウリやハム、卵が挟まっている。フルーツを挟んだものには水切りヨーグルトにクリームチーズを使用していた。
エグランタインも母の味というものを知らないが、精一杯母親らしいことをしようと、慣れない料理を頑張った。シェフたちにも協力してもらいサンドイッチはなんとか形になった。使用人たちはエグランタインが包丁で指を切らないかひやひやしていただろう。
サンドイッチの他にもシナモンが効いたカスタードクリーム入りのアップルパイを焼いた。スコーンにドライフルーツのケーキなどたくさん用意している。
ミルクティーの保温ポットの中身の茶葉は、エグランタインが育てたハーブが入っている。
「うふふ。楽しみだわ。親子水入らずの時間って大事よね」
ヴァイオレットは現在、王宮にて王女教育を受けている真っ最中だ。あの忌々しいランドルフ・グレイが頻繁にヴァイオレットに面会要請しているというのが気に食わない。
婚約者として認めたが、親として納得できないことだらけだ。ヴァイオレットが幸せそうだから、飲み込んでいるだけだ。
「女王陛下…いえ、お母様。お待たせしました」
青いサッシュを巻いた柔らかい素材のドレスに、麦わら素材のボンネットを被ったヴァイオレットが庭に出てきた。最近のヴァイオレットはエグランタインのお願いを聞いてくれて、必要な場面でなければ軍服ではなく少女らしい私物を着てくれている。
「ヴァイオレット、来てくれて嬉しいわ。そのドレスもとぉっても似合ってるわ。可愛いわたくしの娘!」
エグランタインが言葉を惜しまずに褒めるとヴァイオレットは照れたように髪を指に巻きつけた。
「ランドルフ様が贈ってくださったんです」
はにかみながらも嬉しそうに語るヴァイオレットを見てエグランタインは固まった。
「あの男のセンスは悔しいけど本物ね。本当に、悔しいけれど! ヴァイオレットを見る目はあるじゃない」
「エグランタイン様、お心が漏れています」
エグランタインのしかめ面に執事は冷静に返した。ヴァイオレットが近寄って来て、エグランタインの隣に座る。広げられた敷布越しでも芝生の柔らかい感触がする。
風に乗ってふわりと香った。
「…。ヴァイオレット、もう少し近くに寄りなさい」
エグランタインはヴァイオレットに顔を近づけ鼻をひくひくと動かし匂いを嗅いだ。エグランタインの中でヴァイオレットの匂いのイメージは甘いミルクの、赤ん坊の匂いだった。
「………くっさ! なにこれ、くっさ!!」
「エグランタイン様、お言葉が乱れております」
エグランタインはヴァイオレットから香る匂いに思わず顔を顰め、女王らしい言葉遣いなどかなぐり捨ててしまった。慌てたように執事が止めに入る。
「いやぁぁぁ! どうしてわたくしの可愛いヴァイオレットから、男物の香水ときつい銘柄の煙草の臭いがするのよ!」
エグランタインは涙を浮かべながら頭を抱えた。
「ランドルフ様が出かける前に、まーきんぐ? と仰って吹きかけてくださいました」
ヴァイオレットは頬を染め、うっとりしている。
「いやぁぁぁ! あの男の顔がちらついてきつい!」
ランドルフのしたり顔がヴァイオレットの背後に浮かんでいる気がして、エグランタインは空想上のランドルフを殴りたくなった。
「あなたたち、婚姻前に一線を越えていないでしょうね!? 男が服を贈るなんて、脱がせるためじゃない!」
「どうして、せっかく着せた服を脱がすのですか? お母様」
ヴァイオレットの瞳は純真なままである。この子は軍人として最前線で任務についてきたのに、知識はちぐはぐだ。銃の分解は素早くできるのに、恋についてはまだ未熟だ。
王女教育の一環として貴族の令嬢たちが学ぶ閨に関する教育本は、エグランタインが教育係の侯爵夫人と打ち合わせしてまだヴァイオレットには見せていない。これからおいおい教育していくつもりだ。
「…そのうちわかるわ。それより、ヴァイオレット。あなたもお茶会を主催してみないかしら。ソフィア以外にもお友達ができるかもしれないわ」
エグランタインはランドルフの話題から逸らそうと、お茶会の話題を振った。これは以前から計画していたことだ。ヴァイオレットが王宮での暮らしに慣れたら、お茶会を主催して令嬢たちのお友達を作ってあげようと。
聞いた話によると、ヴァイオレットの周りには軍人の大人たちしかいないようだし。女の知り合いはいないかと尋ねれば娼婦の名前が返ってきて、エグランタインは目眩がしそうだった。
「お友達ができたら、少しずつ他の男の子たちにも会ってみない?」
エグランタインは微笑みながらヴァイオレットの表情を伺った。
「ランドルフ様が心配なさるでしょうから、あまり男の人には会いたくありません。ランドルフ様は私がいないと死にそうですから」
「勝手に死なせとけばいいのよ」
「エグランタイン様、本音が!」
ヴァイオレットは嬉しそうにランドルフを語る。自分の匂いをヴァイオレットにつけるなんて独占欲の強さの現れだ。エグランタインの胸の中は複雑だった。
「ジョージさん。どうしてお母様がここまで慌てられるのか、わからないのですが」
ヴァイオレットが助けを求めるように執事を見る。
「…エグランタイン様は孫の顔を楽しみにしていると仰りたいのです」
「違うわよ!?」
とりあえず、ランドルフをもう一発くらい殴ることが決定した。




