24話 鉄の軍靴で踊る
煌びやかに飾られたダンスホールにヴァイオレットが現われると、招待客たちはざわめいた。今日は、ヴァイオレットのデビュタントの日だった。
この日のためにエグランタインが張り切りすぎて、エイドリアンは影で「あの親バカ陛下を誰か止めて差し上げろよ」と言っていた。
通常、デビュタントでは白いドレスを身に纏う。しかし、ヴァイオレットは軍の礼服姿で現れた。足元はハイヒールではなく、軍靴だ。ただ頭上に輝くのは軍帽ではなく、エグランタインの懇願もあり、王女にのみつけられることが許されたティアラだ。
軍服にティアラとちぐはぐではあるが、ヴァイオレットはこれが自分らしいと思っていた。軍人であることも王女であることもヴァイオレットから切り離せない要素である。
隣にはエスコートしてくれるランドルフがいる。彼も軍の礼服姿だ。ヴァイオレットは狂犬に首輪をつけることに成功したのだろう。しかし、自分の首輪もまたランドルフにつけられている。互いを首輪で縛ることが二人の愛だ。
癒着した火傷のように痛みを発し、健全な関係ではないのだろう。しかし、それでも愛しているのだから離れられない。
「足元に気をつけて。俺の王女殿下」
「ランドルフ様。今日はハイヒールじゃないから、転びませんよ」
ランドルフから心配されてヴァイオレットは微笑んだ。もうランドルフは上官ではなく、ヴァイオレットは王女で立場が上になったのに、いまだに「ランドルフ様」呼びも敬語も抜けない。
でもランドルフの言葉は優しく甘くなったように思う。恋人らしい甘い響きはヴァイオレットの胸を振るわせた。
「王女殿下、ご婚約おめでとうございます」
カーテシーをして挨拶してくれたのはソフィア・フィッツジェラルドだ。彼女視点から見ると、今まで女王の後継者として教育を受けてきたのに、いきなり現れたヴァイオレットに王位も婚約者も奪われたことになる。
「ソフィアさん…」
ヴァイオレットはどう言葉をかけたらいいかわからなかった。
「王女殿下、大変申し訳ありません」
するとソフィアがいきなり謝った。カーテシーをした時に頭を下げたままずっと動かなかった。
「どうして、ソフィアさんが謝るんですか」
「だって私は本来、王女殿下が受けるはずだった女王陛下からの愛や後継者としての地位をずっと奪っていたのですもの。謝っても、許されることではありません」
ソフィアの声にはだんだん涙が混じっていった。ソフィアに悪意があるわけじゃない。ヴァイオレットの存在なんて知らなかったんだから、彼女は何も悪くない。責める気は起きなかった。
「顔をあげてください、ソフィアさん。今までお母様を支えてくださり、ありがとうございました」
ソフィアはヴァイオレットから奪ったと思っている。しかし、ヴァイオレットもまたソフィアから奪ってしまったのではないかと思っていた。
「これからも、女王陛下の臣民として治世を支えてください」
ヴァイオレットが穏やかに話しかけると、ソフィアは許されたのかと顔をあげて涙を流しながら微笑んだ。
「ありがとうございます…王女殿下…」
ソフィアはすっかり安心したようで、先程の申し訳なさから潰れてしまいそうなほど儚い姿はもうなかった。
女王への道、そして女王になった後の道は険しい茨の道だろう。国の繁栄のためには必要とあらば戦争をするだろう。エグランタインのように、国民の息子たちを戦場に駆り出し、ランドルフのように壊れた人たちを大量に作る。
以前も考えたことだった。しかし、その時から決意は全く変わっていなかった。ヴァイオレットは自分は恋で国家簒奪をしたような気がした。
優雅な演奏が始まり、弦楽器の音色とピアノの軽やかな音色が合わさりる。今日の主役はヴァイオレットだから、ヴァイオレットが最初に中央に出てワルツを踊り始めなくてはならない。
「踊ってくれますか」
ランドルフが手を差し出した。フィッツジェラルド家の仮面舞踏会のときは、仮面の下がランドルフだったらいいのにと思っていたが、まさか本当に踊ることになるとは。ヴァイオレットは胸が高鳴った。
「喜んで」
ヴァイオレットはランドルフの手を取り、ホールの中央に躍り出た。踊るたびにふわりと広がる白いドレスはないけれど、軍靴の足音が心地よかった。
まるで焼けた鉄の靴で踊っているような心地がした。ヴァイオレットとランドルフは女王、軍人と立場は違えど国家の犬であることには代わりなかった。
「俺と踊っているのに、考えごとか」
ランドルフが腰を引き寄せて、ヴァイオレットの顔を近づける。吐息がかかるほど近くなった。
「賢い犬には褒美をやれ。さもないとここでキスしてお前に邪な目を向ける奴らに見せつける」
ヴァイオレットは周りから注目されているとは思わなかったが、ランドルフからすれば若い令息たちがたとえ婚約者が別にいたとしても王女の恋人になれないかと、虎視眈々と狙っているように見えただろう。
エグランタインは娘がくたびれた三十路の男から早く目を覚さないか、悪あがきをしてヴァイオレットと同年代の青年たちを多く招待している。
「わたしはあなたしか見ていないですよ」
ヴァイオレットは満たされたように笑った。
太陽の沈まぬ国、クィニアルタの神聖王権の聖女王となったヴァイオレットはのちに鉄の女として歴史に名を残すことになる。大戦を経験し、母と同じく軍の最高司令官として軍を率いて「紳士諸君、いつまでわたくしの後ろに隠れているつもりですか」と兵士たち鼓舞し、国を繁栄に導く。
折れること勿れ、錆びつくこと勿れと自分を律し続け激動の時代を生き抜いた鉄の女王、その傍にはいつも夫である狂犬ランドルフ・グレイがいた。




