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20話 お茶会

 「軍に問い合わせが殺到してる」


 エイドリアンは深いため息を吐いて、煙草を咥えようとしたが、ここが王宮であることを思い出したのか、ポケットにしまった。


 ヴァイオレットは職員用の客室ではなく貴賓が滞在する用の客室に移されていた。護衛としてエイドリアンが配属されている。ランドルフは上層部に呼び出しを食らっていて、不在だった。


 ヴァイオレットが軍に所属していることは、王族の責務を果たすため身分を隠していたと説明された。軍の上層部も大混乱であることは容易に想像がついた。


 きっと今頃は、ランドルフへの事情聴取と並行してヴァイオレットにどのような名誉職を与えるか議論しているだろう。王女を諜報任務の最前線に配置していたとばれるのは大問題だ。


 「ヴァイオレット…いや、殿下? 本当に知らなかったんですか。自分が王女であることを」


 「下剋上じゃん…」とエイドリアンも急な展開に戸惑っているようだった。今まで部下だと思っていたのに、いきなり格上の王女だったことを知ってどう扱えばいいのかわからないのだろう。


 「…私も知りませんでした。イーグル少佐も、私がランドルフ様に拾われたって知ってますよね」


 ランドルフはただの孤児だと思ってヴァイオレットを拾った。しかし上層部はランドルフが王女であることを隠して養育したのではないかと疑い、王室側から王女誘拐の嫌疑をかけられるのではないかと恐れているようだ。


 だが、王室側もまさか王女が路上の孤児だったと明かしたくはないだろう。エグランタインの発言と整合性をとるために、「身の安全のため存在を秘匿された王女を、セシル侯爵家が王室の意向で養育した」とするだろう。


 軍上層部も、ヴァイオレットが汚れ仕事を請け負っていたことを全力で隠蔽している最中だろう。


 「確かお前が十二歳くらいの時にランドルフが拾ったんだよな。お前をランドルフが第二課のオフィスに連れて来た時のこと、はっきり覚えてる」

 

 それまでヴァイオレットは名無しだった。誰にも認識されない背景だった。ランドルフがヴァイオレットと呼んでくれるとここに居ていいんだと許された気がする。ランドルフのそばだけが、天国のように暖かく、息ができる。


 「ランドルフ様は、私が王女であることを隠していたと思うでしょうか」


 「お前が…あ、いや、殿下が何も知らないのをランドルフが一番わかってるでしょう」


 エイドリアンは失言をしたというように思わず口を押さえていた。ヴァイオレットはそれを咎める気は起きなかった。自分が王女だとまだ信じられないのに、王女らしく振る舞うことなどできない。


 それに、本当に王女になってしまっても敬称をつけて呼ばせたいなど思わなかった。エイドリアンにとって長くヴァイオレットは部下だったのだから。


 部屋のドアがノックされる。ヴァイオレットが出ようとしたがエイドリアンが手をあげて制止し、エイドリアンがドアを開けた。いつまで経っても護衛気分が抜けていなかった。


 ドアの前に立ったいたのはエグランタインのそばに仕える老齢の執事だった。この人はヴァイオレットが着せ替え人形にされている間、エグランタインを止めもせず、あろうことがエグランタインを煽るように様々な衣装を取り寄せ、エグランタインの命令に頷き続けた。ちょっと八つ当たりしたい気分だった。


 「女王陛下がお茶を共に召し上がりたいそうです」


 ずっと部屋に待機しているように言われていたから、外の情報に飢えていた。ヴァイオレットとしてはエグランタインに説明を求めたかった。


 「わかりました」


 ヴァイオレットに付けられた侍女たちが「お召しもののお着替えを…」と提案してくるが、ヴァイオレットは軍服のまま行くことにした。自分が今まで成して来たことは無駄ではない、名誉職のようなお飾りのものではないという小さな抵抗だった。


 女王とのお茶会に着飾らず、無骨な軍服で挑むことに侍女たちは戸惑っているようだった。しかし、王女という称号の前に自分は軍人だという意識があった。


 むせかえるような芳香を放つ大輪の薔薇に囲まれた庭園の中に佇むガゼボにお茶の用意がされていた。スコーンにはクロテッドクリームと木苺のジャム、紅茶はハーブのような爽やかな香りがした。


 「ここはわたくしのお庭なのよ。ハーブも木苺もわたくしが育てたの」


 向かいに座るエグランタインは優雅に微笑んでいた。エグランタインの装いは軽やかな素材のミントグリーンのドレスに髪には小さな花をいくつも着けていた。見るたびに服装や髪型が違うので、一日に何度も着替えているのだろう。ヴァイオレットを着せ替え人形にした片鱗が覗いていた。


 ヴァイオレットはスコーンにジャムをさきにつけるか、クロテッドクリームを先につけるかで悩みながら、ランドルフに仕込まれたテーブルマナーを思い出しながら対応した。


 「私が、女王陛下の娘だという理由を説明してくれませんか」


 「あなたにはずいぶん驚かせてしまったかしらね」


 エグランタインはくすりと自嘲するように笑ったが、その後からぽつりと過去を喋り出した。秘密の恋人がいたこと、彼の子を産むと決め、しかし当時の国家という圧力に押しつぶされて、ヴァイオレットを手放さざるおえなかったことを。


 「何の弁明のしようもないわ。わたくしがどれだけ仕方がなかったと言っても、あなたに辛く寂しい思いをさせたことには変わらないのですもの」


 エグランタインは悲痛な面持ちをしていた。一言一言が血を吐くようであり、悲鳴であった。


 「お誕生日プレゼントを…もらったことはある?」


 エグランタインは話にも出て来た毎年贈っていたプレゼントの行方を尋ねた。ヴァイオレットがある家庭に引き取られて、捨てられるまでわずかな期間ではあるが、エグランタインは最初のプレゼントを贈っていたはずである。


 「いえ。私は自分の誕生日すら知りませんでした」


 誕生日がわからなかったからランドルフに拾われた日を誕生日として祝うということをしなかった。ランドルフは誕生日も降誕祭クリスマスも祝うような人ではなかったから。


 エグランタインはヴァイオレットの答えに悲しそうに眉を下げると、侍従に頼んでリボンで飾られた包みを持って来させた。


 「これからはママがいっぱいあなたを愛するからね」


 そう言って渡された包みのヴァイオレットはリボンを解いて中身を確かめる。可愛らしい顔立ちをしたビスクドールだった。白髪に紫眼であり、ヴァイオレットの容姿に似せて特注した品だろう。


 ドールの首にはヴァイオレットの瞳の色と同じ紫のリボンが巻かれており、そこについているメッセージカードには「生まれて来てくれてありがとう 愛を込めて エグランタイン」とある。


 「女王陛下、私はもうこのようなもので遊ぶ年齢ではないのですが…」


 ヴァイオレットが困惑しながら、答えるとエグランタインは今にも泣きそうな顔になった。エグランタインの周りにいる使用人たちの顔が驚愕で固り、場の温度が冷えていく。


 彼女なりに手探りで、失った時間を埋めようとしたようだが、エグランタインにとってヴァイオレットは自分の手から離れた赤子のままなのかもしれない。


 「……いえ、ありがたくいただきます。常々、ランドルフ様からもう少し可愛らしいものを欲しがったらどうだと言われておりましたから」


 ヴァイオレットは大袈裟にビスクドールを抱きしめて、ふわふわな毛に頬を寄せた。その様子を見てエグランタインは小さく安堵の息を吐いた。


 「ふふ、よかったわ。これからはあなたの好みを聞くわね。ヴァイオレット、あなたは何が好き? 乗馬とか、ピアノとか…」


 エグランタインの言葉にヴァイオレットは自分に趣味嗜好などあったかと思い返す。乗馬は、軍馬の訓練をしたくらいで、ピアノは付け焼き刃程度だ。休日には射撃場に篭って訓練ばかりしている。アイスクリームを買った日だけが、異例だったのだ。


 「銃の手入れをすると落ち着きます。…そうですね、銃の手入れが好きかもしれません」


 ヴァイオレットが考えながらそう答えると、エグランタインのカップを握る手が僅かに震えた。気がつけば周囲の使用人たちの顔は冷えたように硬直している。


 「じゃ…じゃあ、狩猟などが趣味になるかもしれないわね。殿方が狩猟に赴く時、淑女は刺繍したハンカチなどを贈るものよ。無事の帰還と、大物を捕らえることを願って」


 以前、ランドルフが闘犬を見たとき、巣穴から追い出した狐を追うのは高貴ノーブルで、危険な闘犬は残酷クルーエルだとはさっぱりわからないと言っていたのを思い出した。


 「私を連れて行ってくださったら大物を捕獲してご覧にいれますし、無事帰還できるようお守りできますが」


 ヴァイオレットは淑女みたいにハンカチを渡すだけで帰還をただ待つということを理解できなかった。無事に帰って来て欲しいのなら、ただ祈るだけではなく自分で行動したらいい。


 「ヴァイオレット、あなたのデビュタントはどのようなドレスが着たい? ママが立派なお婿さんを探してあげるから、心配はいらないわ」


 エグランタインは話題を変えるように手を叩いた。


 「私はランドルフ様がいれば、他は何もいりません」


 その言葉にエグランタインは目を見開き、周囲の使用人たちの空気は氷点下まで冷え、後ろに控えていたエイドリアンは「ごほっ」と堪えていた息を咳のように吹き出した。

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