18話 後継者
毒の後遺症のようなものは残らなかった。痺れなどもなく、ヴァイオレットは体が鈍らないように、すぐにベッドから起き上がり体を動かした。
女王暗殺を防いだことにより、情報部と険悪だった近衛兵たちは認識を改めたようだった。
そしてエグランタインは自分が狙われているという危機感をヴァイオレットが倒れたことにより強くしたのか、自身の「後継者を指名する」ために記者会見を開くことになった。
漠然と継承順位と若さの観点からソフィア・フィッツジェラルドが次期女王になると思われていた。ソフィアより上の順位のアルビノ女性たちは、エグランタインが崩御した場合、女王位を担えるほど若くはないからだ。
きっとエグランタインは会見で、ソフィアを正式に養子にすることを発表するだろう。会見会場には各社の記者たちが詰めかけ、ボックスカメラを構えていた。
もちろんヴァイオレットたちも会場の警備に当たった。エグランタイン直々の「私のそばにいて」という願いから、ヴァイオレットはエグランタインのもっとも近い位置で護衛することになった。
毒針の一件が彼女に深い傷を与えているのか、もうエグランタインはヴァイオレットを着飾るようなことはせず、軍服のまま護衛することを許可した。
「みなさま、本日はお集まりいただき感謝いたします」
エグランタインが一言喋るたびに、カメラのシャッター音が鳴り響く。ヴァイオレットは眩しさのあまり目を細めた。日差しだったり眩しいものはアルビノの天敵だ。それなのにエグランタインは真っ直ぐ前を見つめていた。
「この場で、わたくしの後継者を指名したいと考えております」
記者たちも予想はしていただろうが、いよいよかとどよめいた。今まで正式な女王の後継者は宙に浮いていた。ソフィアが有力視されていたものの、正式には決まっていなかった。
「ついに王太女の指名か」
「やはりフィッツジェラルド家の令嬢か」
記者たちは手帳を開き、またはレコーダーで録音を開始し始める。会場は熱気に浮かされながらも、奇妙な沈黙が訪れていた。緊張が漂う。
「その前にみなさまにはお伝えしなければならないことがあります」
それは予定にはない発言だった。エグランタインは手元にある紙を無視している。そちらに視線を下すことはなかった。まるで、何を話すのか考えるまでもなくわかっているように。
「わたくしは十八年前、秘密裏に出産しました」
衝撃の発言だった。今までエグランタインは処女王の異名が轟くほど潔癖で、熱愛報道が出たことも一度もなく、周囲から結婚を勧められたとしても「すでに国と結婚している」「国民すべてがわたくしの子供」と言って断っていたのだから。
ヴァイオレットには十八年前のことなど、わからなかったが、記者の中には心当たりがあるものもいるようで「ご病気でご静養なされた時…!」と驚いていた。
「今日まで我が子の存在を秘匿し続けたのは、娘の身の安全のためです」
エグランタインの口から発せられる言葉の全てが、国家機密のように重くのしかかる。記者たちも現実だと信じられないのか、メモを記す手が止まっている者も散見された。
「ご息女を後継者に指名なされるということでしょうか」
皆が驚いて言葉を紡げない中、一人の記者が意を決したように質問をした。突如として現れた女王の娘の存在は今まで次期継承者にソフィア・フィッツジェラルドを推していた派閥との争いは避けられないだろう。
「はい。わたくしは我が娘に王位を継承させます」
エグランタインは「継承させたい」や「継承させるつもり」ではなく「させます」と断言した。その迫力は皆が息を呑むほどだった。
「隠された王女殿下は、いったいどちらに…!」
また別の記者が質問した。最初に質問をしたファーストペンギンのおかげで、記者たちは勢いづいているようだった。
エグランタインは優雅に立ち上がるとヴァイオレットの元まで歩いてきた。エグランタインの紫の瞳と目が合うと彼女は微笑んだ。そしてエグランタインはヴァイオレットの腕に自分の腕を絡ませ、カメラの前まで引き出した。
「我が娘、ヴァイオレットです」
ヴァイオレットの登場でシャッター音は鳴り止まなかった。ヴァイオレットは眩しさのあまり手を顔の前に翳してしまう。
「女王陛下、ご冗談を…!」
ヴァイオレットは訳が分からず混乱していた。エグランタインはアルビノなら誰でも女王になれると考えているのだろうか。
「冗談ではないわ。わたくし、あなたに明かしたでしょう。あなたはわたくしの娘だと」
確かにエグランタインは「あなたはわたくしの娘。娘を盾にする親がどこにいるのですか」と言った。しかしそれは「全ての国民はわたくしの子供」という思想からヴァイオレットを娘も同然に思っているという意味ではないのか。
「王女殿下、後継者として一言、コメントを!」
「軍属であられるのは、若き日のお母様のお姿に憧れたからですか?」
「女王陛下! ご本人も驚いていらっしゃいますが、王太女指名のお話は事前にされたでしょうか」
記者たちがヴァイオレットの周りを取り囲み、マイクが向けられる。ヴァイオレットは今何が起きているのか正確に把握できなかった。いきなりエグランタインがヴァイオレットを娘だと言って、それから訳が分からない。ヴァイオレットは自分がエグランタインの娘だとは信じられなかった。
エグランタインが秘密裏に出産したのがヴァイオレットということなのだろうか。何らかの理由があり、王女としては育てられず、捨てられて孤児になったのだろうか。そして偶然にも再会してしまった。
「会見を中止しろ!」
警備の軍人たちがヴァイオレットを囲もうとする記者たちを押さえる。
「ヴァイオレット、裏に下がれ」
何が何だかわからないままヴァイオレットはランドルフに肩を抱かれ、会見の場を後にしていた。
「もう、めちゃくちゃだよ! 中止だ、中止!」
エイドリアンは発狂する寸前のように頭を抱えたいのを抑えて記者たちが近づけないように他の軍人たちと人の盾になっていた。
「ヴァイオレット」
ランドルフのエメラルドの瞳が心配そうにヴァイオレットを捉えた。
「ランドルフ様、私、わかりません! ランドルフ様が一番、わかっていますよね。私を拾ったんですから!」
ヴァイオレットは混乱して気持ちが焦って言葉があちこちに飛んだ。だが、ランドルフがヴァイオレットはただの孤児で王女なんて大層なものではないと保証してくれるような気がした。
「ヴァイオレット、女王陛下のドレスを着たお前は女王陛下とそっくりだった。母娘だと思うほどに」
ランドルフがドレス姿のヴァイオレットを見て、何か信じられないものを見たように動揺したことを思い出した。あの時からランドルフはヴァイオレットとエグランタインが何か関係があるのではないかと気づいていたのかもしれなかった。
表ではまだエグランタインが記者の相手をしている声が聞こえてきた。
「枢密院にあの子を承認させました。彼女が私の正統なる後継者です」
頭がぐらぐらと揺れた。エグランタインが何かしらの理由でソフィアに後を譲りたくなくて、適当なアルビノの孤児であるヴァイオレットを王女に仕立て上げたと言われた方がまだ納得できた。
しかし、エグランタインはソフィアを可愛がっていたようなので後を継がせたくない何かしらの理由がヴァイオレットはすぐには思いつかなかった。
「どうやら、あの女はまったくの正気らしいな」
ランドルフは何か途方もない巨大なものを目にしたように呆れを滲ませた声でつぶやいた。ヴァイオレットも、急にエグランタインが正気を失って、ヴァイオレットが自分の娘で王女であると言っているのかもしれないと信じたかった。
しかしヴァイオレットはエグランタインの目を見てしまっている。あれが気が狂った人間の目ではないことを知っている。仕事柄、尋問で気が狂った人間も薬物中毒者も腐るほど見てきているから。




