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  聖女と純潔には深い繋がりがあるらしいという噂はどこからやって来た噂なのだろうか。

  確かに聖女になるには無垢で純潔であることが条件とされる可能性がある。

  たくさんの殿方と体の関係を持ってしまっているルチアを見る限り、聖女になってしまえば、あまり関係のないことなのかもしれないけれど。だから神殿側はある程度、ルチアの浅はかな行動を黙認して来たのだろうか?

 ──そういえば、かつてユリウス様がルチア様の純潔について気にされていたような……。

  火の無いところに煙は立たない。

  もしも、聖女になる為に純潔であることが求められるならば。


  惚けてしまったアーネストにもう一度告げる。

「繰り返します。……今夜、私を抱いて頂けませんか?」


  言ってしまった。顔が熱くて仕方ないけれど、動揺を悟られるのは癪である。


  神殿側が次に擁立しようとしている聖女。

  つまりは傀儡──王家との交渉材料へと使うからルチアよりも役割の多い特注だ。

  アリスを聖女にしようと企んでいる可能性があった。

  断罪者に選ばれ、2体の竜の化身を連れていたことが決定打になってしまった可能性がある。

  もしくはマティアスの仕込みにより、民衆の間でアリスが話題になっていたのを、そのまま利用するつもりなのか。

  とりあえず王家の者を引き入れてしまえば、今後かなり楽になるに違いない。

  偽の聖女により神殿側の発言力が低下していても、アリス自身が少し目立ち過ぎていた。

  そのアリスが立つならば、民衆たちの支持も得られる。

  つまりは、アリスは都合の良い駒だ。

  ならば話は簡単で。使える駒を使えなくしてしまえば済む話なのだ。


  自分が貴族であり、駒として使われることなどは昔から受け入れてはいたけれど、それはこちらも納得した上でのことで、神殿から一方的に駒扱いされるのは我慢ならない。

 ──使えると思っていた駒が使えないと分かったら、どんな顔をするのかしら?


「……えっと?」

「説明をさせて頂きますと……」

  なるべくアーネストの顔を見ようとするが、なかなか目が合わない。アリスも目を逸らしているが、恐らく彼も目が泳いでいる。

「うん。どうしてその発言に至ったのか何となく分かるんだけれども」

  さすが殿下である。察してくれるのはありがたかった。

「……ええと。その……なるべく証拠を作らなければなりませんね?」

 ──私は何を言っているのかしら。

  だんだん何を言っているのか分からなくなってきた。

「とりあえず、その話は馬車でしようか」

「ええ……。私としたことが」

  少し急ぎ過ぎただろうし、きっとここで話をすることでもなかった。

 ──で、でも勢いに任せて言わないと、多分私は永遠に言えない……。

  自分の性質はよく分かっていた。

  いそいそと馬車に戻り、アーネストが最初に発した言葉はと言うと。


「却下!」

「……な、何故ですか?」

  思わず上擦った声で問えば、動揺頻った婚約者の声。声も潜めて、何やらゴニョゴニョと言い出した。

「そういう……男女の関係を持つ時は……、両想い且つお互いに好意を伝え合っているべきで……。そもそも、アリスを政治上の理由で抱くなんて……抵抗が……」

「殿下って、乙女なところありますわね」

「好きな子のことは大事にしたい」

  さり気なく自然に言われた『好き』の一言に心の内が甘く満たされ、じわじわと喜びが湧き上がってくる感覚。

  緩みそうになる頬を引き締めながらぎゅっと手のひらを握る。

「どちらにしろ結婚はするのに……」

「まあ、確かに1番都合の良い収まり方をするのも事実だけど」

  アーネストは王太子としての立場と自分の思いにより板挟みになっているように見える。

  この話の流れであれば今夜、その瞬間が来るのだろうか?


  それから先、王宮に戻ってからはお互いに悲惨だった。

  アリスが悶々と過ごしているのと同じように、アーネストも時折アリスを見ては動揺しているようで、どうやら意識させてしまったらしい。

  王宮の中を取り仕切る王妃の手伝いで、何度かアーネストが詰めている執務室に出向けば、彼はその度に常に分かりやすい反応をしてくれている。


  その日の夜、アーネストの寝室へと赴き、護衛の者に取り次いでもらっている間は、アリスの心臓も破裂しそうだった。

  どうするにせよ、話し合いをしなければ。

  その内容が内容だけにアリスも恥ずかしくて仕方ない。

 ──思い返せば……大胆なことを言ってしまったような気がするわ……。

  アーネストには引かれなかっただろうかと不安になってくる。

  神殿に良いように使われるのは嫌だったが、己の婚約者にはしたないと思われるのも嫌だ。


「アリス。こんばんは」

「ええ、ごきげんよう……」

「……」

「……」

  とりあえずベッドに腰を掛けてみたけれど、会話が続かない。

  薄い夜着は少し肌寒くて、アリスはふるりと身を震わせる。

  やはりアリスの方から言い出したのが、良くなかったのかもしれない。

  数時間前の私を止めに行きたいと切実に思い悩んでいたら、緊張した面持ちのアーネストが声を掛けてきた。

「あれから数時間。色々考えたけど、僕の覚悟は決まったよ」

「は、はい。私もとっくの昔に」

  何を言っているのだろうとアリスは自問する。


「酷いことはしないから」

「は、はい……」

  肩を優しく掴まれたと思えば、今度は彼に抱擁されている。すりすりと頬を胸元に押し付けていれば、ふっと笑う気配。

「今日もアリスは可愛い」

「またそういうことを……」

  背中に回る手が優しくて、この後にそういうことが起こるとはどうしても思えないくらいだった。

  抱き締められて間近で視線が絡み合い、すぐそこにある彼の目が「良い?」とアリスに許可を求めている。

  コクンと小さく頷けば、ゆっくりとお互いの顔が近付いた。

  アリスが目をそっと伏せたら、迷うような吐息の後、ちゅっと小さな音を立てながら躊躇いがちに唇同士が触れ合った。

「んっ……」

  アリスの声が少し漏れただけでもアーネストはビクリと身を固まらせる。

  まるで怒られた子どものように。刹那の間、硬直しつつも、少し経てばおずおずと口付けが再開される。

  どうやらこちらを気遣っているようだけれど、そこまで意識されると、なんだか逆に恥ずかしい気もする。

 ──唇同士のキスは久しぶりかもしれない……。

「っ……、平気?」

  呼気が唇に触れる距離、僅かに離された唇の隙間から彼が甘く掠れた声で問う。

「は、はい……」

「そう……」

  彼は少しだけ安心して笑った。

  再び唇が柔らかく重なって、それからゆっくりと口付けが深められていく。

  腰に回ったアーネストの手が付近を妖しく這っていって、思わず身を捩らせる。

「んっ…ふぁ……ん…ぅ」

  キスをされながらも優しく体を撫でられ、その無骨な指先に、アリスの意識はとろりと溶かされてしまう。

  アーネストの背中に手を回して縋りつく。

 ──いつもと違う。

  アリスの中の欲を呼び覚ますような官能的な触れ方。

  それこそ、前にあった未遂の時以来。


  とさっ……と背中に柔らかな布の感触を感じるのと、目の前の青年が覆い被さってきたと認識したのは同時だった。

  これから何をされるのか知っているからこそ、余計に頬が熱くなるのだろう。


  もしも無知で居られたとしたら。

「あっ……! …んっ」

  アリスが一瞬覚えた緊張を解すように軽く口付けられる。


  思わず擦り寄せた膝に割り入るようにして、彼の膝が押し付けられて、アリスはびくんと体を震わせた。


  アリスはぎゅっと目を瞑って、目の前の青年の服を掴んだ。

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