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普通のことが一番

何事も、普通で良いんです。たとえ他の人より優れていなくても。



「失礼します」

俺は下でほのこと別れ、ここに来た。

 おばさんからの返事は無いが、かまわず入る。

 おばさんの顔が見える位置まで移動する。

「おばさん、俺一人だからおきても大丈夫ですよ?」

「………」

おばさんは動かない。普通に見てるだけなら、おきてるなんて思えない。安らかな顔だ。

 でも―――

「もうとっくに起きていることも分ってますよ?眉間に不自然にしわが寄ってますし―――ぶはっ?」

ほのこが持ってきた見舞い品のひとつであるりんごが顔面に飛んできた。

「まあ、ばれてたの?」

おばさんは明るい声を発しながら、起き上がる。

 笑顔のはずなのに、何故かとても怖かった。

「まあじゃないっすよ!何するんですか!?」

「あらいけないわ、手が滑ってしまったわ」

今更のように自分の手を確認する。

「どうやって手を滑らせたら、一瞬で見舞い品のりんごに手を伸ばし、俺の顔面に投げつけるなんてことが可能なんですか?あれですか?家族そろってば―――」」

「あらいけないわまた手が滑ってしまいそうね」

言うや否やまたりんごに手を伸ばしていた。

「はあ」

俺は溜息を漏らす。

「あいつの母親もこんなんなのか?イメージとぜんぜん違ったな!もっとお淑やかでがんばっているイメージだと思ってたのに何で俺と関係を持った人間はこうなんだああ―――!!!ぶべら!!!???」

おばさんの手に取っていたりんごは俺の顔面にスパーキングされていた。

「病人の前で騒ぐものではないわよ?」

おばさんは、相変わらず笑顔だった。

「人にりんごをぶつけるような人を病人とは言わない!ドエスという!」

「………本物のドエスというのがどういうものか教えてあげましょうか?」

「何でそこだけそんな反応!?」

真のドエスとは、肉体的苦痛を与えるものではない。精神的苦痛だけでも、相手の精神を破壊できるもののことを言う。


俺の精神は次の瞬間、どこかに消し飛んでしまった。


「それで、何の用?それにしてもよく分ったわね。今まであの子三回ほどお見舞いに来てくれたけど、まったくばれなかったのに」

おばさんは心底不思議そうに言う。

「当たり前ですよ。あいつあんたの顔、一度もまともに見てないんですから」

俺がそう答えると、しばらくしてからおばさんは、苦笑の表情を浮かべる。

「うふふ、しょうがないわね。………あの子がここに連れて来たという事は、あなたは全部知ってるのかしら?」

「うーん、だいたいのことは聞きましたけど」

それでも全部じゃないですねと付け加える。考えてみれば、あいつに聞かされたものも断片的なものでしかないと、再度認識する。

「そう、良かったわ。最近のあのこの声は昔に比べてずいぶん明るくなったから。あなたのおかげなのかもしれないわね」

おばさんは胸をなでおろすように、息を吐く。

あいつの話を聞いていて、いつもとは少し違って気持ちのほうは沈んでるのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。

「へえ、そうなんですか」

なら何で、あいつは笑わなかったんだろう。そんな疑問が頭に浮かんだが、それは隅のほうに置いておくことにする。

おばさんにそう返した俺は、どう聞いたものかと迷いながら聞く。

「あの、どうしてずっと意識不明なんて嘘ついてるんですか?」

するとおばさんは目を伏せ俯く。

「あなたはあの子から聞いてるんじゃないかしら?私たちの関係」

先ほどまでの明るい声とは明らかに違う。その声色からは、何も出来なかったという無力感が込められてるとわかる。

 俺はその声にはいと応える。

「あの子が虐められてることを知ったのはあの子が中学二年生のときの三者懇談。ちょうどその前にあのこの父親が無くなって、本当に笑顔が、あの子から消えてしまった。小学校の頃には友達もいっぱいいたから、多少の悲しいことがあってもすぐにいつものように明るく振舞う子だったのに、何でだろうって思ってた矢先のことでね。私もあの子を養うだけのお金を稼いであまり家にいることが出来なくて、あのこの悩みのことを気付くことができなかった。私はあの子に笑ってほしくて……あのこのお父さんもお友達も私にはどうしてあげることも出来ないから………私は、あの子が笑ってくれるようにいっぱいお金を稼いだ。でも、あの子はまったく笑ってくれなかった。それからも私は一生懸命働いてお金を稼いだ。だけど、あの子は笑ってくれない。ただの一度も、笑ってくれなくて………あのこの笑顔がもう一度見たくて、私はお金を稼いだ。そして気付いたとき、私はここにいた―――」

おばさんはあいつと同じように、目に涙を湛えていた。

「それからは分らない。けれど、また私が目を覚ましたとき、あの子は泣いていたわ。それからも、寝ている私にあの子はいろいろな話をしてくれたわ。私が寝ていれば、あの子は話してくれる。私はどうしても知りたいの、あの子がどうしたら笑ってくれるのか」

――――俺は人間てのは愚かだと思った。あいつが近くにいるからかもしれないが、少なくともここの場では俺はそう思った。

 確かに、あいつがここに来たとき、笑うことは無かった。ただ下を向いて、話しかけているだけだった。

 けれど、俺たちは知っている。あいつが笑う顔を。俺たちはあいつに特別な何かを、(俺以外)したわけではない。そこにお金が絡んだわけでもない。



 ただ、普通に接し、普通に過ごしただけ―――。



 それだけで、あいつは俺たちに笑顔を見せた。

「………俺は、あなた方の過去をあまり知りません。だから、はっきり言うことはできませんが、そんなに難しく考えなくたっていいと思います」

俺はあいつのことだってほとんど知らない。

 だけど、これだけは言える―――


 あいつが望んでいたのは、お金なんかじゃなかった。


「あいつは、あなたが普通に母親のようにすごして接していくだけで、きっと笑ってくれます」

俺がそういうとおばさんは目を見開いて俺を凝視する。しかし、すぐにまた目を伏せた。

「でも、私にはどういうことをした良いのか、分らない………母親らしい行動が、どういうものか……分らない」

今まで必死にあいつを笑わせようとがんばってきた。でも、そのすべてがあいつの笑顔を取り戻すにいたらなかった。そのときの苦しみが悲しみが、踏み出そうとしている二人の関係にしがみついていた。

 だけど、そんな難しいことじゃない。だって、俺は知ってる。

「簡単ですよ―――」

そう、本当に簡単なことで良い。


「あいつが帰ってきたら、ただいまって言ってやってください。あいつにあんたが作った美味いもんを、いっぱい食べさせてやってください。母親がやることなんて、それだけで良いと思いますよ」


俺の話を聞いていたおばさんは、湛えていた涙で、頬を濡らす。

「本当に、それだけでいいのかな?」

何かに脅えるような声。でも俺は、大丈夫と言い聞かせながら、おばさんに続ける。

「いいんですよ。たったそれだけで」

するとおばさんも、かすかな笑みを浮かべた。

 だけど―――

「そっ、か………本当に……それだけで……よ、かったのかな……」

その笑みは途中で、苦しい表情に変わり、荒い息継ぎをしながら、ベットに倒れこんだ。

「――――!あばさん!?」



 

 私が家に帰ると、リビングにある電話がけたたましくなっていた。

 私は玄関にかばんを置いたまま、急ぎ足で受話器をとる。

「―――もしもし?」

「すみません、ビ・ダイタル病院ですが、お母様が――――」

私は受話器を戻すことなく、わき目も振らず飛び出した。


 ぶらぶらと宙吊りになっている受話器が、ほのこの背中を見送っていた。



次回、いよいよアホコン回ラスト!!

感想などなどお待ちしてます。

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