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表と裏の願い事

ーー入学式の一週間前。


 春休みも終わりに近づき、私は新しい高校生活がうまくいくよう祈願をするため、とある神社を訪れていた。


 (あと数日もすれば、私も高校生か…。友達いっぱい作って、三年間目一杯青春したいな、!)


 そんなことを考えながら石段を上っていると、鳥居が見えてきた。鳥居の向こうには、古めかしい赤茶色の屋根をした拝殿、その手前には大きな賽銭箱が置かれ、風が吹くたび、鈴の緒がかすかに揺れている。

 鳥居をくぐるとひんやりとした風が頬を撫で、思わず肩をすくめた。

 

(今日は思ったより涼しいかも…)


 境内には桜の木があり、ぽつぽつと淡いピンク色の花を咲かせ始め、春の匂いがほんのりと漂っている。

 参拝客の姿はちらほら見えるものの、騒がしいというほどではない。小さな子どもを連れた家族がゆっくりと参道を歩き、少し離れた場所では、お守りを手にした学生らしき二人組が何やら楽しそうに話していた。

 そんな穏やかな空気の中を歩いていると、参道の脇にずらりと吊るされた絵馬が目に入った。

 「好きな人と結ばれますように!」「第一志望校合格!!」「良いご縁に恵まれて、仕事が順調に進みますように。」と、木の板いっぱいに、誰かの願いが書き込まれている。


(いろいろあるんだな…)


 私は特に気に留めることなくその前を通り過ぎ、手水舎へ向かった。柄杓で汲んだ水で手を清める。それから拝殿へ向かい、賽銭箱の前で立ち止まる。財布から五円玉を取り出し、鈴緒を引くと、「からんころん」と澄んだ鈴の音が境内に響き渡った。二礼二拍手。ぎゅっと目を閉じる。


(高校生活がうまくいきますように)


 放課後に寄り道をしたり、文化祭で盛り上がったり、高校生でしかできない青春っぽいことをたくさんしたい。

 そう願い顔を上げると、ふと、さっき見かけた絵馬のことを思い出す。


ーー「好きな人と結ばれますように!」

 

「好きな人かぁ…」


 高校生になったら、好きな人とかできたりするんだろうか。一緒に帰ったり、休日に遊びに行ったり…。


「…いやいやいや。」


 いや、ま、まあ、そういうのに憧れがないと言えば嘘になるけれど…。好きとか、付き合う…ってだけで頭パンクしそうになるし……。


(……まあ、好きな人なんてできなくたって、寂しくないでしょ、!)


 そう心の中で呟いた、その瞬間。


 ――からん。


「…?」


 目の前の鈴緒が不自然に動き、鈴の音が境内に響いた…気がした。境内にはただ穏やかな空気が流れているだけで、特に変わった様子はない。振り返っても誰もいないし…。


 (今のなんだったんだろう…?)

 

 日が落ち、辺りも暗くなってきたので、とりあえず一礼をし私はその場を後にしたー。


 ◇◆◇◆◇◆


 翌朝。いつものようにベッドから起き、欠伸をしながらリビングへ向かう。お母さんがキッチンで朝ごはんの支度をしているのが見えた。


「おはよう」


 そう言うつもりだった。


「おやすみ」 (おはよう)


 自分の口から出た言葉に、思わず足を止める。キッチンにいたお母さんは目を丸くした後、呆れたようにくすくすと笑った。


「何寝ぼけてるの〜、朝だよ?」


「うん、今のは…… !」 (いや、今のは…!)


(いやいや、「うん、」って何肯定しちゃってるの!?)

思わず自分に突っ込んでしまった。


「…」


「寝ぼけてないで、ほら、早く朝ごはん食べちゃいなさい」


「……」


……寝ぼけていただけ。うん、きっとそうだ。そう思っていたのに、おかしなことはその後も続いた。


「ごちそうさま!」 (いただきまーす!)


 違う。


「はい、お茶」


「ごめん!」 (ありがと!)


 これも違う。今言おうとしたのは、「ありがとう」なのに…!


「高校で必要な持ち物はもう確認した?」


「いや、助けて!」 (うん、大丈夫!)


「…ゆうちゃんほんとに大丈夫?」


 お母さんは私が冗談ではなく、本当にいつもと違う様子に気がついたのか心配そうに聞く。

 いや、大丈夫じゃない。むしろ全然大丈夫じゃない。


 (一体、何が起こってるの!?)

 

 昨日は神社行っただけだし……いや、まさかね…。

 私は急いで自分の部屋へ駆け込んだ。ベッドの上に座り込み、昨日訪れた神社の名前をスマホで検索する。…確か、「陰陽神社」(いんようじんじゃ)だっけ。

 観光サイトや口コミを調べていると、古い掲示板に載っていたとある記事を見つけた。


 「この神社には、表と裏を司る神が祀られている」

 

 (……え?表と裏?)


 いや、何それ。表と裏を司る神ってなんじゃそれ。

 半信半疑のまま画面をスクロールすると、その下に、こんな文章が書かれていた。

 

「本音と建前が食い違った願い事をすると、呪いにかかってしまう。」


 …よく分からない。というか、説明がふわっとしすぎている。結局、何がどうなるっていうのか。そう思いながら、昨日の出来事を思い返す。


 ーー高校生活がうまくいきますように。

 

 それは間違いない。でも、そのあと。


 ーーまあ、好きな人なんてできなくたって、寂しくないでしょ、!


 確かに、私はそう思った。


(……いや、待って)


 スマホを持つ手に力が入る。


ーー高校生になったら、好きな人とかできるのかな。一緒に帰ったり、休日に遊びに行ったり…


 そんなことを考えていたのも事実だ。


(いや、確かに少しくらい憧れてたけど……)


 頭の中が一気にごちゃごちゃし始める。好きな人なんていなくても平気。恋愛なんて別に興味ない。そう思っていた…いや、そう思うことにしていただけで、本当は、恋愛に憧れていたから…。本音と建前が……。


「…あー……。」


 思わず枕に顔を埋める。

 無理無理無理。考えるだけで頭がパンクしそうなんだけど。…いや、落ち着け…!今はそこじゃない。問題はもっと別のところ。


(もし、本当にあの言い伝えのせいだとしたら……)


 おはようとおやすみ。

 ありがとうとごめん。

 大丈夫と助けて。


 (…あっ!)


 振り返ってみると、言おうとしたことと実際に言った言葉の意味が逆になってることに気がついた。


 表と裏…本音と建前…頭を必死にフル回転させる。


 てことはー。


(…私、呪われちゃった?)

(言おうとした言葉と、実際に言う言葉の意味がアベコベになる呪い…?)


 そこまで考えて、私は天井を見上げた。


(いや、呪いの内容重すぎるでしょ…!)

(私の高校生活どうなっちゃうのー!!!)


こうして私は、とんでもなく面倒な呪いにかかってしまったのだったー。


◇◆◇◆◇◆


 ――とまあ、私が“アベコベ”な呪いにかかってしまったのには、こんな経緯がある。


 ……それはそうと。


(何この状況!?!?)


 朝の通学路。見慣れた住宅街。…ここまでは普通。…そして私は隣を歩く男子高生をちらりと見上げる。ーうん、これはやっぱりおかしいよね…。私は今、昨日爆弾発言をしてきた張本人ー、瀬戸内くんと登校している。


 いや、本当に、なんで?


 平然と前を向いて歩く瀬戸内くんを見て、私は朝から何度目か分からないため息をついた。

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