アベコベな私と、突然の告白¿
私は東雲夕。今日から高校一年生。真新しい制服、新しい教室、新しいクラスメイト。誰もが期待と不安を抱えながら迎える、そんな季節。もちろん、私だって不安はある。でも、それ以上に楽しみだった。友達を作って、放課後には制服のまま寄り道をして、文化祭で盛り上がって、キラキラした高校生活を送って…。
―けれど、私には少しだけ面倒な“秘密”がある。
それはーー
“言葉の呪い”
口に出そうとした言葉と、実際に口から出る言葉の意味が、なぜか逆になってしまう呪い。
「ありがとう」と言いたいのに「ごめんなさい」。
「大丈夫」と言いたいのに「助けて」。
こんなふうに、私の言葉は時々、私の意思とは反対の意味ーー“アベコベ”な意味を持ってしまう。
最初は混乱したけれど、今ではもう慣れたものだ。…多分。
……ん? なんでそんな呪いにかかったのかって?もちろん理由はある。でもその話をし始めると長くなるので、今はひとまず「言おうとした言葉、実際に言う言葉がアベコベになる変な女子高生がいるんだな」くらいに思っていてほしい。
だから、入学式の日に私は一つ決意した。
「この呪いで誰も傷つけないように気をつけよう」と。
他人を傷つけないように。そして、自分も傷つかないように。焦らず、冷静に、慎重に言葉を選ぶ。
もちろん、友達だって作りたいし、高校生活も楽しみたい。ただ、必要以上に誰かと関わるのは少しだけ危険だ。だからこそ、しっかり言いたいことの逆の意味になる言葉を組み立てて話そう。それさえ気をつければ、きっと平和でみんなと変わらないキラキラした高校生活を送れる。
―そう思っていた
この日までは―。
ーー入学して一週間後の放課後。
少しずつクラスの空気に慣れ始めた頃。窓の外の校庭の桜が春風に揺れていた。教室にはまだ何人か残っていて、部活動へ向かう生徒の声が遠くから聞こえてくる。私は窓側の一番後ろの席で、帰り支度のために机の上に散らばったプリントをまとめていた。
「東雲さん」
不意に名前を呼ばれ、私はプリントをまとめていた手を止めた。声のした方へ顔を上げると、そこには瀬戸内晴希くんがいた。どうやら私を呼んだのは彼らしい。瀬戸内くんも帰る支度の途中だったのか、机の上には開いたままのペンケースが置かれ、床には半分だけチャックの閉まったリュックが置かれている。
瀬戸内くんとは、入学した日に隣同士で軽く自己紹介をしたくらい。名前も顔も知っている。
でも、それだけ。
そんな彼が、私を呼んだはずがなぜか頬杖をつきながら、無言でじっとこちらを見つめていた。
(……え?めっちゃ見られてる…?)
さっきから全然目を逸らさない。何か言いたいことがあるのかな。いや、あるから呼んだんだよね…?それとも名前の聞き間違い…?
そんなことを思い周りを見渡しても、私以外に東雲さんって人はクラスにいなかったはずだし、似たような名前の人もいない…。
(あ、!もしかして、顔になんかついてる!?)
慌てて頬に手を当てる。でも、何もない。髪も変じゃない。制服もちゃんとしている。
(え、じゃあ何!?)
そんな私の様子を見て、瀬戸内くんは少し不思議そうな顔をした。耐えきれず、私は口を開く。
「……どうしたの?」
そう聞いた瞬間。教室の空気が、少しだけ変わった気がした。窓から入っていた春の風が、ふっと止まる。
瀬戸内くんは何かを考えるように、少しだけ目を細めた。
ほんの数秒。なのに、なぜか妙に長く感じた。
すると、
「……俺、東雲さんのこと好きかも。」
「……え?」
さらっと、とんでもないことを言われた。頭が一瞬、真っ白になる。
好きかも?今、好きかもって言った?
(え、いや、待って待って!これって……告白!?いや、でも「好きです」じゃなくて「好きかも」って何!?いたずら?軽いノリ?というか、そもそも私たち、ほとんど話したことないはずだけど??)
「…」
(そういえば、さっきの「どうしたの?」も、「え?」も咄嗟に口に出しちゃったけど、意味が逆になってない、?…ということは、疑問の言葉とか、ただの確認みたいな言葉は逆にならないのかも?というか疑問の言葉の逆ってたしかにないかも…。)
……って、
(今そんなこと考えてる場合じゃない!!)
頭が追いつかない。でも、とりあえずこの状況をなんとかしなければ。
瀬戸内くんはあんな突拍子もないこと言ったはずなのに、表情を一切変えず、他に何か言いたそうにする様子もなく、ただ机に頬杖をついて、相変わらずじっと私を見つめている。
「……」
教室の時計の針の音がはっきり聞こえる。ただただ沈黙だけが過ぎていく。
(ここはごめんなさいって言うべき…?いや急に好きって言われても困るしここは断らないとだよね。)
そう思った瞬間、私は固まった。
(……あれ?「ごめんなさい」の逆って……「ありがとう」?)
ん?
(ありがとうって……)
(なんか、ありがとうって私も嬉しい!好き!って思ってるみたいじゃん!?というかそう思わないと断れないじゃん!?)
いや、違う、違うから!!
別に瀬戸内くんのこと好きとか、そういう意味じゃなくて。
ただ、その、気持ちを伝えてくれたことに対してなら、「ありがとう」って思うのは普通で…!
恋愛なんて、今までろくに経験したことがない。
好きとか、付き合うとか、そういう話になるだけで頭の中がぐちゃぐちゃになる。
(落ち着け私!!)
そしてこの時私は気づいてしまった。
この呪い、恋愛との相性、最悪すぎる。
私は恋愛耐性も経験も皆無、それに加わりアベコベになる呪い。最悪に最悪が重なってしまっている。
告白を断るにしても、その逆ー、まるで相手を好きみたいに心の中では言葉を組み立てなければならない。
「………」
どう言えばいいんだこれ。
「東雲さん?」
瀬戸内くんの声で、私ははっと顔を上げた。気づけば彼は少し身を乗り出して、顔を覗き込むようにこちらを見ていた。
「大丈夫?」
その瞬間。私の頭の中は完全に限界を迎えた。
(無理無理無理!!ここはとりあえず…!!)
「ご、ごめんなさい〜〜!!」 (あ、ありがとう〜〜!!)
私は勢いよく立ち上がると、鞄を掴んで、そのまま教室を飛び出した。廊下を走りながら、私は頭を抱える。
(いやいやいや、待って!?今の、絶対変だったよね!?てかごめんなさいって返すので合ってるっけ!?)
(ていうか、あの人何!?急に好きかもとか言って、顔覗き込んできて……!)
(告白なの!?いたずらなの!?軽いノリなの!?)
そして最後に出た感想は。
(……人たらしか!!)
家までの坂道を下りながら、私は大きく息を吐いた。
(今度、好きとか言われても絶対、振り回されないんだから!!)
――その時の私は、本気でそう思っていた。
しかし…まさか翌日から瀬戸内くんの回りくどい質問や意味深な言葉に、散々振り回されることになるなんて、知る由もなかった。
こうして、言葉がアベコベになる私と、妙に人を翻弄する男子の、少し不思議な高校生活が始まるのであったー。




