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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 中央から南へ

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第93話 誰よりも強い人

 支度を済ませた麻乃(あさの)に声をかけられ、部屋に戻った。


「あ、岱胡(だいご)、戻ってたんだ?」


「戻ってたんだ、って……麻乃さんが起きてきたとき、俺、いたじゃないッスか!」


「そうだったね。ごめん、起き抜けでボケててさ」


 ぽんぽんと岱胡の背中をたたいた麻乃は、もう朝食に向かっている。


「もう! みんなホントに、俺の扱いひどくないッスか? 目の前にいたってのに。まぁ、一人しか目に入らないってんなら仕方ないッスけどね」


 少しからかうような言い方をして麻乃を見ると、食べ始めた手が止まり、真っ赤になった。


(おっと、こっちの反応もこれか……)


 岱胡がそう思った瞬間、鴇汰(ときた)の平手が飛んできて慌てて避ける。


「ホラ、それ! それも本当に勘弁してくださいよ! (たくみ)さんたちといい、あんたといい、人の頭をポンポンと……」


「あ、それはわかる。あたしもやたらと頭をなでられて、不愉快になるもん。縮む、ってのよね」


「でしょー! 麻乃さんなら、そこんトコ絶対にわかってくれると思いましたよ」


 鴇汰は避けられて行き場をなくした手を腰に当て、ポットからコーヒーを注いだ。


「んなこといったって、麻乃の頭はちょうどいい位置にあるし、おまえの頭は叩きやすいんだよ。ひと言、多いしな。それに麻乃がおまえの頭を叩かないのは届かないからだろ?」


「またそんなひどいことを……もう呆れますね。ホントにいいんですか? こんな人で」


 麻乃の向かい側に腰をかけ、親指で鴇汰を指してそう聞いてみた。


「……いいも悪いも……別にあたしは……」


 麻乃はまたうつむいて真っ赤になり、目の前の食事を一気に平らげてしまった。

 物凄い目つきで岱胡を睨んだ鴇汰も、その食べるスピードに呆れた表情をみせている。

 麻乃の胸もとにちらりと黒玉(こくぎょく)が見えて、岱胡は驚いた。


「麻乃さん、それ……身につけてるんスか?」


「うん、だってこうしてないと、失くなっちゃいそうだから」


 鴇汰を見ると、渋い顔をして小さくうなずく。

 どうやら鴇汰も岱胡と同じで、身につけていないらしい。


「俺も梁瀬(やなせ)さんも、豊穣(ほうじょう)に持っていくかばんに入れましたよ。そのほうが失くさないでしょ? 鴇汰さんも、そうしますよね?」


「まぁな。紐が切れて落としちまうかもしんねーし」


「そうか……あたしもかばんにしまおうかな」


 胸もとの黒玉に触れた麻乃は、二、三度小さく首をひねると、立ちあがって濃紺の上着を手にした。


 裾を翻して着込む姿が、すっかり様になっている。

 濃紺に赤茶の髪が本当によく映えて目を惹く。

 これで刀を帯びると颯爽として見え、普段とのギャップに、部隊のやつらが目を見張るのも納得できる。


「あれっ? 麻乃さん、丸腰ッスか?」


「うん、この間の庸儀(ようぎ)戦で使ったから、直しに出してるんだけどさ、まだ戻ってこないんだよね」


「だってもう時間ないッスよ? どうするんスか?」


 麻乃は襟を正してこちらを振り返った。


「大丈夫だよ、紅華炎(こうかえん)があるから」


「もう一刀あったろ? それは使えねーの?」


 鴇汰の問いかけに、麻乃はあからさまに困った表情を見せている。


「あれは……あたしの力量じゃ扱えなくて、先生に禁じられてるんだよね。もし帯びてるところを見られたら、あたし殺されるかも」


「そんな大袈裟な……」


「いや……あの人なら、ないとは言いきれねーよな」


「鴇汰さん、会ったことあるんスか?」


「前に道場に行ったときに、ちょっとな」


 泉翔(せんしょう)でも上位の腕前の麻乃が、殺されると言うほどの相手を、どうにも想像できない。


「うちの先生、元蓮華だから」


 麻乃が苦笑いでそう言う。

 そして腕時計に目をやりあわててドアに手をかけてこちらを振り返った。


「まずい、遅れる。じゃ、あたしもう行くね。今日は多分遅くなるから。鴇汰、中央に帰るなら、運転には十分に気をつけてよね。岱胡、なにかあったら道場へ連絡をちょうだい」


「あ、麻乃、おまえの姉さん、まだ具合が良くないようなら、こいつ持ってけ。それなら絶対、食えるから」


「あぁ、ありがとう」


 鴇汰が投げた水筒を引っつかむと、飛び出していった。


「……って言ってますけど、鴇汰さん、どうするんスか?」


 鴇汰は残った料理を冷蔵庫にしまい、洗い物と片づけを始めた。


「だって明日は収穫祭だろ? 道も混むだろうし、もう面倒だから会議までこっちに残るよ」


「まぁ、それが無難スよね」


 麻乃の部屋をあとにして、それぞれの部屋に戻った。

 さすがに起きている時間が長すぎたせいで、死にそうに眠い。


 けれど今日は、珍しいものを見たせいで、誰かに言いたくて口がむずむずする。

 といっても、迂闊に話すと、修治(しゅうじ)の怒りを買いそうで怖い。


(黙ってるのが得策か……)


 ベッドに倒れ込むと、そのまま目を閉じた。




 夜になって談話室で、鴇汰とともに隊員たちと騒いでいると、麻乃が駆け込んできた。


「鴇汰、いる?」


「なんだよ? やけに早いじゃんか」


「うん、またすぐ戻るんだけど……姉さんが、ありがとうって言っておいて、って言うから」


 二人は入り口に近い椅子に腰をかけた。


「あぁ、やっぱ食えた? そんなら良かった」


「まだお姉さんの具合、良くないんスか?」


 鴇汰の隣に腰かけて、そう聞くと麻乃が答える。


「うん、あんまり食欲がないって言うし、貧血なのか、立ってるのが辛そうで。なんだか熱っぽいし」


 鴇汰が考え込むようにうつむいてから、真面目な顔で麻乃に問いかけた。


「あの人って、もう結婚してんのか?」


「まだだけど。なんで?」


「……ヤバいんじゃねーかな? あの親父さんだろ?」


「だからなにがよ?」


 麻乃が苛立った様子で足を揺らした。

 ことによってはまた言い合いになるんじゃないかと、思わず岱胡は身構える。


「はっきりとは言えねーけどさ、あの人……妊娠してねーか?」


 なにかを言いかけたまま、麻乃の動きが止まった。

 いきなりそんなことを言われれば、そりゃあ、そうなるだろう。


「ちゃんとはわかんねーぞ? 俺、医者じゃねーし。たださ、巧のときがあんな感じだったな、と思って。俺が蓮華になったばっかの年に、食えるもんをいろいろ作ってやったのよ。もし当たりだったら、まだ結婚してないんじゃ、相手の男、ヤバいんじゃねーかな、って……」


「……あ、いや、実は今、婚約中でさ、もうすぐ祝言も挙げるからそれは大丈夫だろうけど」


 麻乃はそう言って真っ赤になった。

 鴇汰が悪いわけではないのに、あまりの麻乃の驚きように、申し訳なさそうな表情だ。


「そんなら大丈夫か? まぁ、違ってるかもしんねーしな。向こうからなにか言ってくるまでは、滅多なことを言わないほうがいいぞ」


「そっか、うん、そうだよね。わかった」


 そう答えながらも、麻乃は浮足立って遠くを見るような目をしている。


「もしそれが本当だったら、あたしに姪っ子か甥っ子が……あたし、もっと腕を上げなきゃ。どこに攻め込まれても、絶対にこの地を踏ませないほどにね」


「はぁ~? それ以上、強くなってどうするんスか?」


 岱胡が呆れて言うと、麻乃はキツイ視線で睨みつけてくる。


「だって、このところ、倒れたり怪我ばかりで全然役に立ってないもん。そんなことがないくらい、誰よりも強くならなきゃ……」


 恐ろしいほど強い視線の麻乃に、返す言葉もなく、思わず鴇汰と二人、顔を見合せてため息をついた。


「とりあえず、鴇汰、ありがとうね。じゃ、あたし戻るから」


 来たときと同様、駆けて出ていく後ろ姿に鴇汰が大声をあげた。


「あ! おい! 地区別の結果は?」


「優勝!」


 玄関口に麻乃の声が響き渡る。


「いや~、あわただしいッスね」


 出ていった入り口を見つめた。

 ほかの隊員たちも半ば唖然とした様子で、麻乃が出ていったほうを見ているのに気づき、岱胡は苦笑いした。


「優勝じゃ、今日はもう、こっちには戻ってこねーな。今ごろ、向こうで大騒ぎだろうし」


「今年は北区が強いらしい、って噂でしたけどね」


 頬づえをついて、急に退屈そうな様子になった鴇汰は、だるそうに立ちあがった。


「もう、することもねーし、俺、寝るわ」


「まだ早いっしょ? せっかくだから軽く飲みにでも行きましょうよ」


 部屋に戻ろうとする鴇汰をあわてて引き止めた。

 暇を持てあまして一人でいるよりは、誰かと一緒にいたほうがいいときもある。


柳堀(やなぎぼり)だろ? 松恵(まつえ)姐さんやおクマさんに見つかっても面倒だからな。俺はいいから、おまえらだけで行ってこいよ」


「大丈夫ッスよ、そっちには行かないですから。俺だって松恵姐さんのところに行ったのがバレたら、彼女に殺されますもん。ほかに行くやつ、いる~?」


 談話室の隊員たちに声をかけると、何人か立ちあがったので、鴇汰の背を押し、連れ立って出かけることにした。

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