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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
島国の戦士

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第8話 術師の見解

鴇汰(ときた)のやつ、やけに興奮してやがったな。馬鹿なことを言いやがって……ガキでもあるまいし」


 蓮華(れんげ)の中で一番年上の徳丸(とくまる)がため息をつき、閉じられた扉を眺めながら言った。

 徳丸に近い年齢の(たくみ)梁瀬(やなせ)もそれにうなずいた。


「鴇汰が心配する気持ちもわかるけどねぇ。シュウちゃんに当たっても仕方ないのに」


「いやぁ、それより僕は、修治(しゅうじ)さんのセリフに驚いたよ」


 梁瀬がそう言うと、巧の表情がパッと変わって修治に向いた。その目は興味津々といった色を含んで見える。


「そうそう! 責任を取る、だなんてカッコイイこと言っちゃって。なによ? シュウちゃんてば、やっぱり今も麻乃(あさの)()()()()()()なの?」


「やっぱり今も、ってなんだよ。俺はおまえらの暇つぶしの材料になる気はないぞ」


 修治は椅子の背にもたれると、肘掛けに頬づえをついてふっと鼻で笑い、窓の外へ視線を移した。

 どうやら話がおかしなほうへ向かいそうだ。こういうときの仲間たちの食いつきぶりは、修治も長い付き合いでよく知っている。一度興味を持たれると、しつこく追及されるのが常だった。


「だってねぇ、なかなか言えないじゃないのよ、あんなセリフ」


「しかも、あの状況で修治さんの口からでたから驚きッスよね」


「うん、俺も本当に驚いたよ。あんなにキッパリと言いきるんだもんね」


 岱胡(だいご)穂高(ほだか)までもが、巧にならって興味を向けてくる。

 さすがに何人もに問われると、逃げ道がなくなってなにを言わされるかわからない。


 修治は内心で苦笑いを浮かべながら、追いやるように手を振って四人を遠ざけた。こんなふうに囲まれると、いつも逃げ場を失ってしまう。特に巧が加わると、話は必要以上に大げさになり、収拾がつかなくなるのが目に見えていた。


 今はまだ、自分のことを話す気はない。

 時期がくれば話さなければならないのは承知している。ただ、それをいつにするかは自分で決めたい。少なくとも、こんな軽い調子で茶化されながら話すような内容ではない。色々なことを考えて、悩みながら決めたのだから。


「おまえら、うるさいんだよ。こんな話になると食いついてきやがって。トクさん、そろそろ引きあげよう。それと梁瀬、ちょっといいか?」


 まだなにか言いたげな巧の視線をさけて軽く笑いながら徳丸をうながすと、小声で梁瀬に耳打ちをして会議室を出た。


 梁瀬は不思議そうな顔をしながらも、なにも聞かずにあとを追ってきてくれた。

 ほかの誰もついてきていないことを確認すると、修治は梁瀬を自分の個室へといざなった。


 軍部には、蓮華にそれぞれ個室が与えられている。

 こんなときにそれがあると、本当に便利だ。

 梁瀬に椅子をすすめ、修治も腰をおろした。


「今日のやつらのことなんだが……」


「ああ、僕はチラッと見ただけですぐに砲台に向かったんだけど」


「穂高に聞いた。それより、術をかけられているように見えたって?」


「うーん……最初はね、そう思った。傀儡(くぐつ)でも使ってるのかな、って」


 うなずいた梁瀬が顎をなでながら、しばらく考え込んでいる。


「でもねぇ、僕はあの国に、あんな術をつかえるほどの術師がいるって、聞いたことがないんだよ」


「そうか……」


「そんなにすごいやつがいたら、僕ら術師のあいだで話題にあがらないはずがないんだよね。どんなに頑張ったって、四、五体が限界だから」


「四、五体が限界?」


 修治に向かってうなずいてみせた梁瀬は、慎重な口調で続けた。


「何人もの術師が動かしていた可能性もあるけど、そうなると動きにバラつきも出るだろうし、一万の兵に対して術師が約二千人じゃ、どう考えても効率が悪すぎるよね?」


 そう問いかけられると、もっともだと思う。

 修治は組んだ手に額をおいて考えた。


 しばらくして視線をあげると、目が合うのを待っていたかのような顔で、梁瀬が修治を見ていた。


「全員が限界までの人数を動かせるとは思えないし、浜辺まで距離もだいぶあったから動かせなくなる兵も当然でてくる。それに、あれは生きた人間だったよね」


「ああ。けどやつら、確実に仕留めたのに動いていやがった」


「もしかして洗脳かとも思ったんだけど、それでも、あんなに多くの人間を動かせるほどの術を使えるものがいるなんて、やっぱり僕は聞いたことがない」


「仮に強力な術師がいたとして、洗脳だけで死んだやつを動かせるものなのか?」


 修治の問いかけに、梁瀬も身をのりだして答えてくれた。


「そう、そこなんだよね。いくらうまく洗脳したって、死んだらそこで終わり。ゾンビでもあるまいし、また起きあがってくるなんてことはあり得ない。死体を使った傀儡だとも考えられるけど、あれだけきれいな状態で、あんなにも集めるのは相当難しいと思う」


「大陸じゃあ戦争にでもなれば、死体は山ほどでるだろうが、きっと一目見て、それとわかる状態だろうからな」


 敵兵と向き合ったときのことを思い出す。武器は古びていたけれど、体に欠損や傷のあった兵は絶対にいなかった。それは修治自身の目で見てはっきりわかっている。

 梁瀬は表情を曇らせ、肩をすくめて天井を見あげた。


「うん。あれが死体だとすると、あんな数を今日のためだけに集めたのか、だとしたらどうやって集めたのか、考えるだけでゾッとするね」


「そうだな。きれいなままの大人ばかりの死体を国中から集めたって、一日やそこらじゃ……保管しているわけもないだろうし、傷つかないやり方で殺したってことか……」


「手間がかかっているようにみえる割に、目的が見えてこないんだよね。まさか術師の訓練ってこともないだろうし。そんなことなら、わざわざ海を渡らなくても大陸でやれるんだし」


 確かに梁瀬のいうとおりだ。

 本気でこの国に攻め入ろうと思ったら、なぜ火を放ったすぐあとに次の部隊がなだれ込んでこなかったのか。


 もしも直後に、いつもの部隊がでてきていたら、援軍も間に合わず堤防を突破されていただろう。


 仮に先陣が捨て駒だったとしても、あれだけの数をつかって泉翔の戦士数十人を減らしただけでは、ロマジェリカにとってはお粗末な結果だったんじゃないだろうか?


「目的か……」


 心当たりはある。ダメージは受けた。

 多分相当な痛手だろう。

 けれどそれは個人のレベルでの話だ。


 今回のことで一番キツイ思いをしたのは、麻乃。そして必ずあとに引きずるとハッキリわかる。


(そう、俺にとっても麻乃と同等に――)


 修治の胸に、重い塊のような感情が沈んでいく。ずっと抱えている違和感と罪悪感。それは麻乃だけの問題ではなく、自分自身の問題でもあった。責任を取ると宣言したのは、半分は麻乃のためだった。けれど、もう半分は、修治自身の心を落ち着かせるためだったのかもしれない。いや、自分のためのほうが大きかったのかもしれない。そんな身勝手さが、修治をさらに苦しめていた。


 修治は立ちあがると棚を開け、酒瓶とグラスを二つ出した。


「このあとはなにも予定はないよな? 少しくらいならいいだろう?」


 酒を注ぎ、梁瀬の前に置くと、そのまま一気に飲み干した。空になったグラスに、今度は梁瀬が酒を注いでくれた。


 これまで黙っていたことを、今ここで話してもいいものか迷う。けれど、自分の中だけで処理するには、今日の出来事が大きすぎた。隊員のほとんどを失ってしまったこともそうだ。彼らの死に顔が、脳裏に次々と浮かんでは消えていく。


 修治は心のどこかで、話せる相手を探していたのかもしれない。たまたま聞きたいことがあって梁瀬を呼んだけれど、修治の思いを聞いてもらうには、梁瀬は十分すぎるほど信頼できる相手だ。


 それをわかっていても、どうしても踏みきることができない。修治は自分の弱さを痛感していた。こんなにも信頼できる相手が目の前にいるのに、なぜ素直に話すことができないのか。プライドなのか、それとも単なる臆病なのか。


 言葉が継げず、ただ黙ったままでうつむいていると、梁瀬のほうから水を向けてきた。


「で……? 本当はなにを話したかった? 術のことだけじゃないでしょ。僕が思うに、話のメインは麻乃さんのこと」


「さすが、鋭いな」


 ためらいを見透かしているかのように、梁瀬はやわらかな口調で淡々と話す。どこかで言い訳を探していた修治にとっては、ありがたい問いかけだった。


(やっぱりもう、知ってもらわなければいけない時期がきたのかもしれない……)


 椅子の背に体をあずけ、大きくため息をついた。心の奥で長い間封印してきた記憶が、今日の出来事をきっかけに蘇ってきている。麻乃の両親のこと、あの日の演習のこと、そして自分が犯した過ちのこと。それらすべてが、今の麻乃の不安定さと深く関わっているのだ。


「あんた、麻乃をどう見る?」


「どう、って……あの人は鬼だよ。戦いにおいては、ね。同じ女でも巧さんとはまるで違う。ほかの部分じゃ、ぼんやりしてるし打たれ弱いし、変に不安定だったりするけど」


 梁瀬はそう言いながら、クスリと笑った。

 同じように修治もつい、口元がゆるむ。


 麻乃は本当に、剣術のこと以外となると、まるで駄目になる。

 ただ、問題なのは行動よりも、その中身だ。


「そうなんだ。不安定なんだよ。梁瀬は俺たちと同じ西区出身だから、知っているかもしれないが、あいつの親のこと……」


「詳しいことは知らないけれど、堤防を抜けた敵兵を追って亡くなったって聞いているよ」


「あれは俺と麻乃……いや、俺のせいなんだよ」


 うなだれてそうつぶやき、窓の外に目を向けると、静かに話し始めた。過去の傷口が再び開かれていくような痛みを感じながら、修治は重い口を開いた。


「――あの日、西区は各道場の合同演習だったんだ」

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