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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
西浜防衛戦

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第7話 重い報告

 もう血は止まっていると修治(しゅうじ)は言ったけれど、出血しすぎたというのは放っておいても大丈夫なんだろうか?


 麻乃(あさの)の顔色は青白くて、手を伸ばして触れてみた頬も、心なしか冷たい気がする。いつもなら、こんなふうに触れることなど考えもしないのに、今は麻乃が壊れ物のように思えて仕方がない。


(まさか麻乃……このまま死んじまうなんてことはないよな……?)


 胸の奥で嫌な考えばかりが浮かんでくる。もう何年も前からずっとそうだ。麻乃のことになると、鴇汰(ときた)は普通ではいられなくなる。

 エンジンの単調なリズムが不安を余計にあおり、少しだけスピードを上げて走った。


 西医療所は、先に運ばれてきた隊員たちの処置で混乱して騒々しい。麻乃を抱えたまま、近くを通った看護係を呼び止めると、今は医師の手が足りていないと言われた。


 岱胡の隊員たちが、中央の医療所へ医師を迎えに行っているらしい。麻乃を空いているベッドに寝かせて待っていると、傷を見に来た看護係が処置を始めたので、鴇汰はそっと部屋を出た。


 玄関先で医師を待ちながら待機している隊員たちを集めて、改めて様子を聞いた。医療所に運ばれたのは、火傷や切り傷が多く、命に関わる怪我を負った隊員はいなかった。

 川上も、腕の処置に時間はかかっているが、どうやら無事でいるらしい。ただ、毒矢を受けているから、しばらくは楽観できないということだった。


 比較的、怪我の軽かった隊員は、岱胡(だいご)の隊員たちとともに、ほかの地区の医療所へ向かったという。残っているのは動かせない怪我を負った者たちだけか。そうしているあいだに、麻乃が治療室へ運ばれていった。


 鴇汰は待っていることしかできず、もどかしさに苛立つだけだった。廊下の壁に背を預けて腕を組み、処置室の扉を眺める。中からは何も聞こえてこない。それがかえって不安だった。


 しばらくして、後処理を終えた修治たちが医療所へ着いた。一緒に来た隊員たちも、軽い怪我や火傷を負っていて、看護係に簡単な手当てをしてもらっている。


穂高(ほだか)たちは?」


「ああ、ひと足先に軍部へ向かった。麻乃はどうだ?」


「さっき処置室に入った。そのときは意識もまだ戻ってなかった」


 長椅子に座ったままそう言うと、修治も心配そうに処置室を見つめている。


「そうか……この後、すぐに報告を兼ねた緊急会議を始めるそうだ。車も用意した。急いで向かうぞ」


「俺は麻乃の様子を見てから戻る」


「馬鹿なことを言うな。そんなわけにはいかないだろう」


「麻乃一人を置いていけるかよ!」


「先生や看護の方々がいるだろう。一人じゃない。おまえも今日は北浜に出ているんだ。報告の義務があるはずだ」


 ある程度の長い付き合いで、蓮華の奴らそれぞれの性格がわかっていても、修治のこういう冷めたところを、鴇汰はどうしても好きになれない。いや、普段なら修治の冷静さを頼もしく思うことだってある。けれど、こと麻乃に関してとなると、どうしてもその合理的な判断が冷たく感じられてしまう。自分でもおかしいと思いながらも、感情がうまくコントロールできない。


「……わかった。行くよ」


 修治を睨むと、わざと大きくため息をついて立ち上がった。


 島の中央に位置する街には軍本部があり、施設内にはいくつかの会議室と戦士たちの控え所や食堂、宿舎などのさまざまな設備が整えられている。


 軍の上層部は、王族のほかに引退した元蓮華や戦士たちで構成され、昔からの伝統や経験が、世代が変わるたびに受け継がれている。

 戦闘以外の細やかな情報処理や収集、諜報部や監視隊も、戦士たちと構成は違えど軍部に管理されていた。


 鴇汰と修治が軍部に着いたときには、大会議室にほかの蓮華たちや上層部が集まっていて、全員が難しい顔をしていた。

 早々に始まった会議では、鴇汰と岱胡の出た北浜は特に問題なく報告が済んだ。


 西浜のロマジェリカ戦について修治の報告が始まると、上層部たちはそろって眉をひそめていた。

 戦果は上げたものの、実情は二部隊の援護投入。一部隊においては、約二十年ぶりになる砲撃の使用。そして最大の問題は、部隊の崩壊だった。


 五十人編成のうち、修治の部隊は三十二人、麻乃の部隊は三十九人もの戦士を失っていた。その数の多さに、鴇汰だけでなくほかの蓮華たちも何も言えずにいる。


「補充は予備部隊と訓練生からの引き上げですぐにできるとはいえ、経験不足までは補えない」


「今度のようなことが起きても、すぐに前線には出られないだろう」


 上層部の意見は全員が同じだ。

 言葉尻は柔らかであっても冷ややかな目が、修治を責めているように見える。


 麻乃と修治の部隊はともに、これまで欠員が出ることは滅多になかった。長く一緒に戦ってきたが故の阿吽の呼吸ができていたから、半数以上の入れ替えとなると、動き一つにも何らかの支障が出るだろう。


 二人の部隊は当分のあいだ、出撃の差し控え、早急な隊員補充とその訓練をすること、という名目で謹慎が言い渡された。


 修治の報告にあったロマジェリカの奇妙な兵については、ロマジェリカの徴兵状況を含む大陸の各国の様子を、諜報部によって再調査されることになった。


 上層部が出ていった後、会議室には蓮華の七人が残っている。


「まったく……現役を退くと途端に現場に厳しくなりやがる。大砲なんざ、使ってなんぼだろうに。置いてあるだけじゃ、宝の持ち腐れだ」


「ねえ、麻乃の様子はどうなの? 斬られたっていうじゃない」


 徳丸(とくまる)が憤慨してつぶやき、麻乃と同じ女隊長である第六部隊隊長の中村巧(なかむらたくみ)が、椅子に腰を下ろすと、心配そうに修治に問いかけた。鴇汰もそこは気になっていて、つい聞き耳を立ててしまう。


「左肩をやられていた。出血が多かったからか、敵が撤退した後砂浜で倒れていた。それ以外は問題なさそうだ」


 修治が答えると巧は、よかった、と小さくつぶやき、両手で顔を撫でた。


「まあ、麻乃のことだから、すぐに回復するだろうさ。これまでのほとんどを無傷でやってきたんだ。たまにはゆっくりするのもいいだろう」


 徳丸の言葉に巧や穂高が頷いている。

 命に関わる怪我ではないとわかっていても、仲間が一人でも欠けることで気持ちが沈む。それが麻乃だと、鴇汰にとってはことさらだった。


 麻乃が倒れている姿が頭から離れず、あの青白い顔が脳裏に焼き付いて仕方がない。何年も前からずっと、麻乃のことが好きだ。だからこそ、こうして誰かに言えないまま、ひとりで抱えてきた。


「でもさっきは、まだ意識が戻ってなかったんだぜ。もしかしたら今も……」


 勢いよく立ち上がった鴇汰は、修治に詰め寄るとその胸ぐらを掴んだ。


「大体、なんだってあんなことになったんだよ! あんた、一緒に出ていたんじゃないのか? あんたが付いていながら、なんで麻乃があんな怪我……どうして守ってやらなかったんだ! あんた一体何をしてたんだよ!」


 鴇汰の勢いに全員が驚いて押し黙り、会議室が静まり返った。

 空気が張り詰めているのが、鴇汰自身にもわかる。

 修治は軽くため息をつき、落ち着いた手つきで胸元を掴む鴇汰の手を払いのけ、静かに口を開いた。


「おまえ、何か勘違いしてないか? 確かに俺は一緒に出ていたがな、それは麻乃を守るためじゃない。だいいち、麻乃はあれでも蓮華の一人なんだぞ」


「そんなことはわかってるよ!」


「それに忘れているのかもしれないが、剣術の腕前なら五指に入る手練れだ。それを俺は戦闘のたびに庇い立てして戦わなきゃならないのか?」


 頭では修治の言うことが正しいとわかっている。でも、理性と感情が真っ向から対立して、どうしようもない苛立ちが込み上げてくる。麻乃が傷ついたことへの怒りなのか、それとも自分が何もできなかったことへの憤りなのか、もはや区別がつかない。ただ、誰かを責めずにはいられない衝動に駆られていた。


「それは……」


「俺たちは蓮華の印を授かったときから、国を守るために命を落とすかもしれないってのを、覚悟の上で戦ってるんじゃないのか?」


「そんなこと、俺だってわかって――」


「修治の言っていることが正論だな。鴇汰、おまえ今、冷静じゃねえな? 今日はもういいから、帰って寝てろ」


 まるで子どもに言い聞かせるような口調で徳丸に言われ、ぐっと言葉に詰まった。

 修治の言うことがもっともだと、鴇汰も頭では理解している。それでも、この胸の奥がうんともすんとも言うことを聞かない。


「だけど、あんな傷……あいつ女なのに……嫁のもらい手がなくなったりでもしたら……」


 思わず口をついて出た言葉にハッとした。修治以外の全員が、唖然とした顔で鴇汰を見ている。しまった、と思った瞬間、顔が熱くなるのを感じた。自分でも何を言っているのかわからない。麻乃のことを思うあまり、とんでもない言葉が勝手に出てしまった。


 嫁のもらい手?

 こんなときになぜそんなことを?


 混乱する頭で必死に言い訳を探そうとするが、周りの視線が痛くて思考がまとまらない。椅子に座ったまま頬づえをついていた巧が、呆れた顔で鴇汰を睨んできた。


「あんたねえ、こんなときに一体何を言ってんのさ?」


「いや、違う! 俺が言いたいのはそんなことじゃなくて!」


 慌ててほかの言葉を探したけれど、焦りで思考が追いついていかない。

 ポン、と肩を叩かれて振り返ると、岱胡が意味深な笑みを浮かべ、頷きながら言った。


「鴇汰さん、言いたいこと、っつーか、気持ちはわかりますけどね、浮気は駄目っスよ、浮気は」


「はぁ? 浮気? 何を言ってんだおまえ――」


「――まあまあ、みなまで言わずとも、わかってますって」


 岱胡はさらにポンポンと、鴇汰の肩を叩く。岱胡にまでわけのわからないことを言われ、益々頭に血がのぼる。

 周囲を見ると、梁瀬(やなせ)はニヤついた顔で、巧と穂高は相変わらず呆気に取られた表情だ。

 修治の冷ややかな視線が妙に痛い。


「だから――!」


「鴇汰! いいから今日は帰れ!」


 徳丸が今度はきつい口調で言い放った。

 それ以上、返す言葉が見つけられず、鴇汰はジレンマに押し潰されそうになりながら、ぐっと拳を握りしめた。


「……わかりました。今日は帰って寝ます」


 会議室の扉を開け、出ていこうとした背中を、修治の声が追ってきた。


「鴇汰。あいつが行き遅れたら、そのときは俺が責任を取る。それで文句はないだろう? このことでは、もう口を挟むな。大きなお世話だ」


「そんなら文句はねーよ! 大きな世話を焼いて悪かったな!」


 カッとして振り返り、修治を睨んで怒鳴ると、後ろ手に思い切り、扉を閉めた。

 廊下へ出ると、ワーッと頭を掻きむしり、それでも気が収まらずに壁を蹴りつけた。痛みが足先に走ったが、それくらいがちょうどよかった。


挿絵(By みてみん)

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は鴇汰のイメージイラストを入れています。

これもAIで作成したものです。

本当なら、自分で描けるのが一番いいのでしょうが……なかなか……。

引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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