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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 中央から南へ

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第88話 南への道

 (たくみ)は今朝、早くから起きて朝食の準備をし、久しぶりに家族揃って食事を済ませた。

 昨日は上の娘が演武で、なかなかの動きを見せてくれたのが、少しだけ誇らしかった。

 十歳で今年の最年少でありながら、数十人参加した中で、腕前は中の上といったところだろう。


 演習は十四歳から全員参加だけれど、演武はある程度の腕を認められないと参加できない。

 巧は十五歳のときに一度参加しただけだった。


 ふと、麻乃(あさの)修治(しゅうじ)を思い出す。

 二人とも、まだ十歳に満たないうちから演武に参加し、それからは毎年必ず出ていたようだ。


 蓮華(れんげ)になった年、部隊を組むうえでの選別で、地区別演習を見に出かけたとき、巧は初めて麻乃を見た。

 八歳という年齢にしては小柄でありながら、大胆な太刀捌きをする姿に目を奪われた。


 絶対に印を受けるだろうと見込んで、自分の隊に引き入れようと目をつけ、何年も首を長くして待っていたのに、洗礼で麻乃が受けたのは蓮華の印だった。

 さすが、と思いながらも、ひどくがっかりしたことを、巧は覚えている。


 花丘にほど近い自宅から宿舎までの道程を、巧はスピードをあげて車を走らせた。

 視界の端を、ちらちらと黒い影が動いていることに気づき、窓の外に目を向けると車に並行してツバメが一羽、飛んでいた。

 慌ててブレーキを踏み込む。


 車からおりて手を差し延べると、頭上を旋回して指先にとまり、その姿をメモに変えた。


「誰……? ヤッちゃん?」


 メモを開いて中を確認してから小さく畳み、パンツのポケットに捻じ込んだ。車へ戻ると宿舎に向かい走り出した。

 宿舎には誰も訪ねてきていないことを確認すると、巧は軍部の部屋へ向かった。


 地図をまとめて束ね、荷物と一緒に積み込もうと車の前まできたところで、シタラを乗せた車が敷地に入ってきた。


(――来た。思ったより早かったわね)


 わざとなにも知らないふうを装って、そのままドアを開けて荷物を積んだ。

 こちらへ向かってくるシタラの姿に、今、気づいたかのように挨拶をかわす。


 二言三言、話をしたあと、守りとして持つように、と言われ、差し出された黒玉(こくぎょく)を受け取ると、おもむろにシタラがたずねてきた。


「麻乃はここへ来てはいないか?」


「麻乃……ですか? 常任になって以来、ずっと西に詰めているはずですが?」


「詰所にはいなかった。道場では中央に来ていると言っておった」


 瞬間、なにかおかしいと思った。

 梁瀬(やなせ)のメモでは麻乃は西詰所にいるようだ。

 道場の師範がそれを知らないわけがない。


(それが中央にいると言ったって?)


 それを言ったのは誰だ……?

 巧は、会ったことのある師範の顔を思い出しながら考えた。


(誰だかはわからないけれど、麻乃とシタラ様を会わせたくないようね……)


「私は昨日から自宅へ戻っておりました。ここへ来たのはつい今しがたなので、顔を合わせていません。はっきりとは言いきれませんが、もしかすると、東の地区別演習へ行っているのかもしれません」


「東……?」


「ええ、あちらには麻乃の道場からも参加がありますし、師範の方々の多くも向こうへ行っております」


 推し量るような目でじっと見つめてくるシタラの視線が、妙に冷たく感じる。

 小さく呟いた言葉尻が耳に届いてきた。


「……行きようがない」


 東区に詰所はない。

 蓮華に用があるというシタラには、行く必要のない場所だ。


 もしも東へ向かったとしても、向こうには高田(たかだ)がいる。

 たらい回しにされているシタラを見て、なにか感じ取ってくれるだろう。


「私はこれから豊穣(ほうじょう)()の件で南詰所へ向かいますが、野本(のもと)安倍(あべ)のぶんをおあずかりしていきましょうか?」


 シタラは無表情で巧を見ると目を細めた。


「よろしければ、北にいる上田(うえだ)笠原(かさはら)のぶんもおあずかりしますけれど……」


「笠原には西で会うた。時間はかかるが北へも南へも足を運ぼうと思う」


「そうですか……」


 巧は礼をすると、車へ乗るシタラを見つめた。


 車が出ていった方角から考えると、次はどうやら北へ向かったようだ。

 梁瀬は西にいるのだから、北には穂高(ほだか)だけだ。


(でもきっと、ヤッちゃんの式神が行ってるわね)


 だとすれば来ることをわかって待ち構えているだろう。

 麻乃のことにしても、尋ねられたところで北にはいないし、なんの情報もなければ巧と同じで、西にいると答えるはずだ。


 黒玉をかばんに入れると、巧は急いで車を出した。

 気は急いたけれど、余計なスピードや運転の荒さで、事故を起こしては困ると思い、できるかぎり丁寧にハンドルを捌いた。


 南に入ったときには、午後一時を回ってしまった。

 詰所に着くと、巧は取り急ぎ近くにいた隊員を捕まえ、徳丸(とくまる)を呼び出した。

 あわてた様子で出てきた徳丸は、巧の顔を見るなり腰に手を当てうな垂れ、深いため息をついた。


「なんだ、おまえか……」


「ちょっとなによ? ずいぶんなあいさつじゃないのさ。そう身構えてるってことは、ヤッちゃんから来たのね?」


「ああ。おまえのところもか?」


「自宅から宿舎に向かう途中にね。ここへ来る支度をしてるときに、シタラさまがいらしたわ」


 かばんから黒玉を出してみせた。

 じっと目を細めてそれを見た徳丸は、しみじみと言った。


「思ったより、でかいな……こんなもん、よく八つも見つけたもんだ」


「そうね、それに今回に限ってじゃない? 巫女さまたちの祈りが捧げてあるって言うから、悪い感じはしないけど……まるでこの組み合わせになにか不安要素でもあるようで嫌よね」


「口に出さねぇだけで、みんなも思うところがあるんだろうよ、このところは特にな」


 うながされて徳丸が使っている個室へ入った。

 椅子をすすめられて腰をかけると、タイミングを計っていたかのように、隊員の一人がお茶を持ってきてくれた。


「それでもとりあえずは、おまえのお陰で麻乃も落ち着いたようだし、一番不安な部分が解消されて良かったじゃねぇか」


「それなんだけどさ……どういうわけか、シタラさまは麻乃を探してるようなのよ。自分の目で確かめたいのか、今は北に行ってるけど、そのあとここへも必ず来るわ」


「探してるって、あいつは今は西だろうが?」


「どうも西ではヤッちゃんにしろ、道場のほうにしろ、麻乃に会わせないように居場所を隠したようなのよね」


 梁瀬のメモを受け取ってから、シタラと別れるまでに起きたことを説明した。

 徳丸は首をひねってブツブツとつぶやいたあと、巧を見た。


「それで梁瀬のあのメモか……? とすると向こうでなにかあったか?」


「それはわからないけどさ、なんの用があるのか知らないけど、ずいぶんと執拗に見えない?」


「ああ。そうまでして、一体なにをしようってんだかな」


「それに最近のシタラさまは、なんだか少し……ねぇ?」


「こいつは修治(しゅうじ)には黙っておこう。あの野郎、今朝がたに受け取ったメモのことで、麻乃になにかあったんじゃねぇかと勘繰ってやがった」


「駄目よ。黙っていたって、シタラさまがここへ来ればわかることじゃない。あの子なら今はおかしな行動には出ないわ。知らせてここでの対処を決めたほうが絶対にいい」


「そうか……そうだな、なにかあったかもしれないってのは、あくまで俺たちの憶測か」


 低く唸った徳丸は数秒考え込んだあと、ドアを開けて通りかかった隊員に、修治を呼ぶように指示をした。

 やってきた修治をまじえ、シタラが来たときの対応と様子を三人でしっかりと見ることにしたうえで、梁瀬と連絡を取る旨を話し合った。


 修治は西のことが気になって仕方ないのか落ち着かない様子で、部屋を行ったり来たりしている。そのくせ、行きたいとも言わず、振り切って飛び出すこともしない。


(これが鴇汰なら止める間もなく飛び出していっただろうに……)




 南区の繁華街、銀杏坂(いちょうざか)へ出て、夕飯を食べてから戻ってくると、詰所の入り口にある階段に、座っている人影が見えた。


「も~。遅いッスよ!」


 こちらに気づいた人影が立ちあがって叫ぶ。


「なんだ。岱胡(だいご)じゃねぇか。どうしたんだ?」


「梁瀬さんを北に送ったついでに寄ったんスよ」


 徳丸の問いかけに、岱胡は待ちくたびれたのか、拗ねた子どものように答えた。


「梁瀬のやつは北に戻ってるのか」


「昼過ぎに西を出てきたんス。北に入る手前で、修治さんの式神が来ました」


「そうか、ちゃんと届いたか」


 ホッとため息をついた修治がそう言うと、徳丸から視線を移した岱胡が続けた。


「よくできてる、って梁瀬さん褒めてましたよ」


 修治はスッと顔を背けた。出すのは苦手だと言っていた式神を褒められて、きっと照れているんだろう。


「ここへも来たんでしょう? てか、結局全部、一人で回ったんスね」


「そうね。……それよりあんた、ここになにしに来たのよ?」


「やっぱり西でなにかあったのか!」


 徳丸も気になっていたのか岱胡に詰め寄った。


「なにしに……ってひどい言いかたッスね……俺だって豊穣行くんですからね、修治さんとも話したいじゃないッスか」


 唖然とした表情でこちらを眺めて、呆れたように岱胡は言う。

 あまりにも尤もな答えに、巧も苦笑してしまった。


「そうよね。ごめんごめん、悪気はなかったのよ」


 笑いながら、巧は岱胡の頭を軽く叩き、入り口の階段をあがった。

 そのあとを徳丸も同じように岱胡の頭をたたいてから上がってくる。


「ちょっとぉ! その、頭を叩くの、いい加減やめてくれません?」


 頭をさすりながら、岱胡が文句を言っている。


「あぁ、なんかね、麻乃の頭を見るとなで回したくなるんだけどさ、あんたの頭を見ると、つい叩きたくなるのよ」


「なんスか、その変な癖はー! まったく、俺も麻乃さんもいい迷惑ッスよ」


「それより岱胡。おまえ、地図もなにも持たずに来たのか?」


「まさか。待ってる間に会議室に置いてきました」


 修治に問われ、途端に真面目な表情に変わってそう答えた。


「そうか。それなら早速やっちまおう。ちょうど巧もいるんだ。気になることがあるならよく聞いておけ」


 二人が会議室へ入ったのを徳丸が慌てて追いかけていき、地図を広げている岱胡に早口で問いかけた。


「おい、それより西でなにか変わったことでもあったのか?」


「変わったこと……っていうか、麻乃さんがちょっと夢でうなされたんですよね」


「夢?」


 徳丸も修治も、声を合わせたように言い、揃って岱胡を睨んでいる。


「ええ。なんだかシタラさまに自分の左腕を斬られたとかで、ひどく怯えてましたよ。ソファから転げ落ちてましたからね」


「腕を? 婆さまにか?」


 修治が掴みかかりそうな勢いで岱胡に寄り、驚いた岱胡が徳丸の背に隠れるようにあとずさりをした。


「なんでも、あのロマジェリカ戦のあとくらいから時々見るんだ、って言ってました。いつもは逃げるか戦うけど、今日は斬られたって……」


「それで? あいつの様子は?」


「大丈夫ッス、落ち着いてますよ。シタラさまが来たときも、ちょうど寝ていたから会わせずに済みましたし」


 それを聞いて安心したのか、修治が深いため息をついている。


「梁瀬さんが、そんな夢を見た直後にシタラさまが来るなんて、タイミングが良過ぎるってひどく気にしてたんスよね」


「それであの式神か」


「そう……確かにそうね。おまけになんだか麻乃を探してるみたいだし」


「また不安定にならずに済んだならそれでいいさ。豊穣に出ちまえば、シタラさまとも当分は会わずに済むんだ」


 そう話している傍らで、修治は一人、なにかを思い詰めた顔をしていた。

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