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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 中央から南へ

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第87話 朝の式神

 今朝はいつも起きる時間より、少しだけ早く目が覚めた。

 もう外は明るくなり始めている。


 豊穣(ほうじょう)()まであと五日だと思うと、徳丸(とくまる)はどうも気が落ち着かなく、窓辺に腰をおろし、少しずつ明るくなる空を見あげていた。


 詰所の門に、ランニングから帰ってきた修治(しゅうじ)が見えた。

 昔からずっと、特別なことでもないかぎり、修治はいつも、ああして体力をつけ、素振りだ型だと自らを鍛えているのを徳丸は知っている。


 どれを取っても地味な鍛練ではある。

 けれど、その小さな積み重ねが、確実に修治の糧になっているのだろう。


 徳丸の目からみて、もう既にその年齢にしては十分過ぎるほどの腕前だと思うのだけれど、修治自身は納得してはいないようだ。


 貪欲に強さを追い求めるのはなぜなのかを、修治が蓮華になりたてのころ、一度だけ聞いてみたことがある。


 スカした顔でわずかに笑ってみせただけで、なにも答えなかったけれど、麻乃(あさの)蓮華(れんげ)としてあがってきたときに、なんとなくわかった気がした。


 麻乃もまた、大した腕前でありながら、己の腕を磨くことには余念がない。

 麻乃の事情を知ったとき、徳丸は確信した。

 詰まるところ、追いつかれては困るのだろう。そこまでわかれば、それ以上は聞くまいと思った。


 歩きながらの修治の視線が徳丸に向いた。

 汗を拭き、軽く手をあげたその顔が、わずかに照れ臭そうに見えて、徳丸もつい表情が緩む。


「相変わらず毎日、続けているのか? おまえも本当によくやるな」


 窓を開けて声をかける。


「単に習慣になってるだけで、大したことはしていないですよ。トクさんこそ、今日はやけに早いじゃないですか」


 体を伸縮させてほぐしながら、修治はそう答えた。

 中央で鴇汰(ときた)に突っかかっていったのを、叩いて窘めたとき以来、落ち着いたように見える。

 とはいえ、実際はその内面で抱えているなにかが、あるのかもしれないが……。


 今度の組み合わせでも、一番納得をしていないのは修治だろう。

 それを思うと、徳丸もかけてやる言葉が見つからない。

 もう空はすっかり明るくなったのに、なんだかやけに空気が冷たい。


「修治、体を冷やすとよくねぇぞ。中に入って早く汗を流しとけ。今、体調を崩したら厄介だからな」


「ええ、そうですね」


 修治は気になることでもあるのか、持っていたタオルで額を拭いながら、門のほうを振り返っている。


「どうした?」


「いや、なんでも……」


 修治が宿舎の入り口に入ったのを確認してから、窓を閉めた。

 時計に目をやると、もうすぐ六時になる。

 そろそろ食堂が開くだろうと思い、部屋を出た。

 階段ですれ違った修治と、二言三言、話をすると、そのまま詰所の個室へ向かった。


(朝食を済ませたら、ヘイトの情報をまとめないとな……)


 梁瀬(やなせ)とも話をしたいけれど、どうやら梁瀬は麻乃のところへ向かったようだ。

 あさっては収穫祭で、どの区もごった返し、移動に時間がかかるだろう。

 収穫祭の翌日にある会議で、顔を合わせたときに時間を作るしかないか。


 この時期は、地区別演習だ収穫祭だと、なにかと人の集まる行事が多くて忙しい。

 例年通りの持ち回りなら、そう準備に時間を割く必要もなかったのだが……。

 あと五日しかないことが、余計に焦りを感じさせる。

 無事に奉納を済ませて帰ってくることだけに、重点を置くしかなかった。


 ヘイトの奉納場所は、小さな国だけに上陸ポイントからそう遠くないそうだ。

 緑も比較的多く、城も離れているから国民と会うことはあっても、敵兵に遭遇することはまずないと、修治は言った。


 うっそうとした森の中にある泉というよりは沼に近い場所らしい。

 まるでイメージは湧かないが、ほかのやつらと違って、一緒に行動するのがこれまでと同じ梁瀬だということで、徳丸は少しだけ気が楽だった。


 修治のほうも、ジャセンベルは三度目だからか、(たくみ)から簡単にこの数年の状況を聞いただけにとどまっている。

 丸っきりすべてがおかしいというわけでもないが、それでも不審な思いが拭い切れない。

 書類と地図を一つにまとめたところで、詰める気分になれず、腰をあげて食堂へ向かうことにした。


 食堂では、早く起きてきた隊員たちが、もう食事をはじめている。

 特に意識をして集めたわけではないけれど、徳丸の部隊は自分と同じ北区出身で体が大きく、力の強い隊員が多い。

 そのせいもあってか食べる量も半端じゃない。


 賄いの女性たちは、まだ来て間もないのに既に汗をかいて忙しなく動いている。

 それを目の当たりにすると、いつも少しだけ申し訳なく思う。

 窓際に席を取って食べ始めたころ、修治が入ってきたのが見えて、徳丸は声をかけた。


「相変わらず凄い量ですね」


 御膳に目を向けた修治は呆れた顔を見せた。


「そうか? これはまだ少ないほうだぞ?」


 徳丸が近くにいた隊員のほうへ箸を向けてみせると、向かいの席に腰をおろした修治は、そちらに視線を移して唖然としていた。


「うちの隊にいる北区のやつらも飯の量が凄いですけど、トクさんのところと比べると、やつらが小食にみえますよ」


「まぁ、ほかの区のやつからみたら、多いのかもな。俺らにしてみりゃあ、ガキのころから当たり前に食っている量なんだがな」


 つい笑う声も大きくなる。修治もふっと鼻で笑ってから食べ始めた。


「そういやぁ、おまえ、ジャセンベルは今年で何度目だって?」


「俺が初めて蓮華になった年と、七年前に出産で休んでいた巧の代わりに渡ってるので、三度目ですね」


「それなら多少は気が楽だろう?」


 ぴたっと食べていた動きが止まり、修治はおもむろに箸を置いた。


「そうでもないですよ。なにしろ、大陸は状況が大きく変わってるじゃないですか」


「あぁ、同盟だなんだ、とな」


「ジャセンベルの奉納場所は、ヘイトの国境にほど近い……小競り合いが続いているようなら、場合によっては相当近くまで敵兵が出ているかもしれない。両軍どちらに遭遇してもおかしくないんですから」


 修治の表情が曇る。


「そうか。おまえ、やけに落ち着いてやがるから、そう心配したもんでもないのかと思っていたがな」


「あの国じゃ、巧がこだわりを持って続けていることがあるもんだから、少しばかり手間もかかるんですよ」


「植林か?」


 徳丸が言うと、修治はうなずいた。


「あれは巧が蓮華にあがる前から続いてるからな……あいつ自身も、実は楽しんでるふうなところもある。なんでも引き揚げたあとに世話をしてくれるジャセンベル人がいるらしいじゃねぇか」


「ええ。俺は会ったことがないんですけど、麻乃はそいつに会ったみたいですよ。植物に詳しいようで、ずいぶんと育っているから驚きました」


「そうやってくれる相手がいるなら、こんな状態だ。今年は休んでもいいんじゃねぇのか?」


 修治は背筋を正すと、しっかりと徳丸の目を見つめてきた。


「そんなわけにはいかないでしょう? 今年、休んだがために、すべてが無駄になるかもしれないんですから」


 律儀なやつだ――。

 そう思いながら徳丸は箸を止め、いつの間にか話に引き込まれてしまっていた。


「本当なら、岱胡(だいご)にもちゃんと話した上で、細かな情報を詰めていきたいんですけどね」


「話しに行ってくりゃあいいじゃねぇか、この所は襲撃もない、幸い今は予備隊も詰めている。一日、二日外しても問題ねぇぞ?」


「いや……岱胡は今、西ですから。俺が顔を出すことで、なにかがこじれても面倒なだけです」


 修治はそう言って苦笑いをした。

 そういえば西は常任で麻乃が詰めている。

 顔を合わせて些細なことで揉めないとも限らないか……。

 やっと落着きを取り戻したらしいのに、また不安定になったら今度は手を打つ暇もない。


「まぁ、会議もありますし、そのときにでも岱胡にはあらためて話しますよ。それからでも間に合うでしょう。向こうへ渡ったら岱胡のことは責任を持ってカバーするつもりですしね」


 そう呟きながら箸を手に食事を始めた。


 麻乃と一緒になって感情を昂らせていた鴇汰に、冷静になれ、などと言ってたしなめていた割に、実は修治も同じように憤ったり落ち込んだりしている。


 普段は感情をあまりおもてに出さないぶん、そうなるとひどく目立つうえに、徳丸にしてみると、珍しいものを見た気分になる。


 要するに修治も鴇汰も、芯の部分は似ているのだ。

 互いのおもての部分が真逆だから、自分に出せない部分を晒し出している相手が、鼻について仕方ないんだろう。


 尤も二人の麻乃に対する感情は、まったく違うもののようだけれど……。


 徳丸にも数年前に嫁いだ妹がいるから、修治の麻乃に対する思いも、鴇汰のことが気に入らないのも十分過ぎるほど良くわかる。


(おまえのことは気に入らないが嫌いじゃない)


 そう。

 嫌いじゃないが、気に入らない。

 徳丸自身、妹の亭主に対してそんな思いを抱いていた。


 大事にしていた妹を持っていった相手だ。どんなにいいやつだろうが、どこか納得いかなくて、常に牽制していた気がする。

 今でこそ、そんな思いも薄れてはいるが……。

 消沈したままで、ちっとも箸が進んでいない修治を見つめ、つい含み笑いが漏れた。


「なにがおかしいんです?」


 眉間にシワを寄せた修治が、徳丸を軽く睨んでいる。


「いや……」


 咳払いをしてごまかすと、あらためて箸を進めた。

 コツコツと窓をたたく音が聞こえ、ふと視線を移すと、ツバメが一羽その嘴でガラスを突いていた。


「なんだ?」


 訝し気な顔の修治が窓を開けると、食堂へ入り込んで中を一周し、目の前におりてきてその姿をメモに変えた。


「式神じゃねぇか……梁瀬か?」


 メモを開くと、西区に突然シタラさまがやって来た、と書かれている。


『要件は黒玉のペンダントを蓮華それぞれに渡すこと。お守りとして身につけろと言われた。それぞれの詰所にシタラさま、あるいはほかの巫女が回ってくる可能性がある。どんな順番はわからないけれど、時間から考えて西区に一番初めに来たと思われる。麻乃さんは眠っていたから会わせなかった。南区には、誰が何時ごろに来たのかを知りたい』


 走り書きで、それだけが記されている。

 腕時計に目をやると七時半を回ったところだ。

 ざっと目を通して修治にメモを渡した。


「……なんなんですか、これは?」


「さてな? よほど、あわてて書いたんだろう。どうにも要領を得ないな」


「西からここまでじゃ、婆さまを乗せてる車じゃ、七時間弱ってところですかね」


「北を回るとなると、ここへ来るのは夕方以降だな」


 もう一度、時計を見てからメモを読み返した。

 ほかの巫女が来る可能性があるというが、この時間に誰も訪ねてこないということは、シタラが一人で回っているのかもしれない。


 麻乃が眠っていたから会わせなかったってのは、一体どういうことなんだ?


 どうせ三日後には全員が中央に集まるというのに、一人でこんなにも手間をかけて回るのはなぜなのだろう?

 黒玉が価値のあるものだとわかっていても、たかが石だ。

 鮮度があるわけでもない。

 たった三日が待てない理由がなんなのか、徳丸はそれを知りたいと思った。


「梁瀬のやつ、なんだってこんなことを知りたがってるんだ?」


 なにか思うところがあるのか、修治の顔色が変わった。


「西から回ったことに問題でもあるんですかね? まさか、西に……麻乃になにかあったんじゃ……」


「なにかあったなら、直接そのことを書いてくるだろうよ。梁瀬はとぼけた野郎だが、こんなときには意外としっかりしてやがるぞ」


「そうか……それもそうですよね」


「とりあえず、まずは飯を片づけちまおう。体を空けておかないと、すぐに動けねぇからな」


 修治をうながして、残りの食事を急いで平らげた。

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