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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 北から西へ

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第78話 急ぐ心、焦る想い

 鴇汰(ときた)が宿舎に戻ってきたのは明け方近くだった。

 体は疲れているのに目が冴えて眠れそうもなく、シャワーを浴びたあと、ぼんやりと横になっていた。


 向かうときは、あんなに気が重かったのに、戻ってくるときは名残惜しくて仕方なかった。

 麻乃(あさの)の言葉尻に苛つかされたりもしたけれど、言い争いにはならずに済んでほっとした。結果的には、あの時間を過ごせて本当に良かったと心から思える。


 あんなふうに話をしたのは、凄く久しぶりのような気がする。


 途中、なんの前触れもなく叔父が式神を寄越したことには、腹が立って仕方なかった。

 けれど変なタイミングで麻乃が顔を出したおかげで言い訳がましく説明をしなくて済んだし、誤解も解けたようで逆に助かったと思えた。


 じんとした痛みを感じて、鴇汰は指先に目をやった。

 巻かれた絆創膏を見て焦った麻乃の表情を思い出す。心配そうに眉を寄せて、手当てをしてくれた時の温かい手の感触まで蘇ってくる。

 こんな小さな傷でなにをあんなに焦ってたんだか。


(どうしよう、医療所……)


「って、馬鹿なやつ。行くかっつーの」


 そう言いながらも、口もとが緩むのを抑えられない。

 今夜か明日には、穂高(ほだか)から情報をもらって西区に行くと約束した。でも、約束を待っている時間がもどかしくて仕方ない。


 鴇汰は勢いよく起きあがると急いで着替えをし、手近の荷物をまとめて軍部に向かった。

 自分の部屋から大陸の地図を掻き集めた。確認も整理もせずに脇に抱え、そのまま北区へ向かうことにした。


(明日までなんて待ってられるか)


 今から出ても北区に着くのは多分、八時過ぎだ。

 穂高だって起きているだろう。


 車の後部座席に地図を投げ込み、ドアを思いきり閉めると、最初からスピードを出して走らせた。

 途中で空腹を覚えたけれど、なにか食べに寄り道をする時間が惜しくて、そのまま北区に入った。

 詰所の前までくると、入り口に一番近いところへ車をとめて時計を見る。


「八時前か……」


 地図を抱え込むと詰所へ入って会議室に投げ入れ、通りかかった隊員を捕まえた。


「穂高は?」


上田(うえだ)隊長ならまだ食堂にいると思います」


「そっか。ありがとうな」


 お礼を言って食堂へ走った。この時間なら朝食の最中だろう。

 わいわいとにぎやかな声が響いている食堂のドアを開け、中を見回すと、穂高のほうが先に鴇汰を見つけて声をかけてきた。


「鴇汰? こんな早くにどうしたんだよ?」


「ああ、ロマジェリカの地理情報を聞きに来たんだよ」


 穂高の向かい側の席を空けてもらって腰をおろすと、穂高は少し背を逸らせ、鴇汰をじっと見つめてきた。その視線に、なにか見透かされているような気がして、鴇汰は居心地の悪さを感じる。


「今は休みで中央だろう? 一体、向こうを何時に出てきたんだよ? まさか、また寝てないんじゃないだろうね? それに……」


「寝てねーけど問題ねーよ。それに、なによ?」


 鴇汰は足を組んで前髪を掻きあげた。穂高の探るような視線から逃れるように、わざと軽い調子で答える。

 穂高はまだ鴇汰を見つめたままだ。


「なに?」


「いや……ちょっと待って。急いで食事を済ませちゃうから」


 穂高はそう言ってやっと視線を外し、食事に集中した。


(顔に出てるっていうよりさ、最近はもう全身に出てる感じだよ)


 不意に以前、そう言われたことを思い出し、焦りで急に体が熱くなった。

 耳まで熱を持っているようで、頬づえをつく振りをして耳を隠し、鴇汰はそっぽを向いた。


 ここに来てからなにか不自然な態度を取っただろうか?

 いつもとなんら変わってないと思っているけれど……。

 そう思った瞬間、腹の虫が思いきり鳴った。恥ずかしさに輪をかけるように、お腹の音が食堂に響く。


「なんだよ? もしかして食事もまだなのか?」


「時間がなかったんだよ。食ってる時間がさ」


 呆れた顔で穂高が問いかけてきたのにそう答えると、賄いのおばさんに頼んで、一緒に食べることにした。

 食事の時間さえも惜しい気がして黙々と口に運ぶ。

 穂高が怪訝そうに見ているのに気づき、早く済ませるように促した。


 片づけまで済ませると、追い立てるように穂高を急かし、さっき荷物を放り込んだ会議室へ向かった。


「なんだってそんなに慌ててるんだよ? 別に逃げやしないし、地図がなくなるわけでもあるまいし」


「時間がないんだって。地理情報だけでも頭にたたき込んでおかないとマズイだろ?」


 不機嫌そうにしている穂高を座らせると、その目の前に地図を広げた。


「それに俺があっちにいたのなんて、うんとガキのころのことだし、もうほとんど覚えちゃいねーもん」


「そうだろうけどさ」


「情報集めたらいろいろと決めなきゃなんねーし、俺、岱胡(だいご)にジャセンベルの地理情報を教えなきゃなマズイしな」


「それもわかるけど、焦って詰め込んだって、頭に入るわけがないじゃないか。まあ、出発まで日がないのは事実だから仕方ないんだけど」


 差し出した赤ペンを受け取りながら、穂高が少し怒ったように言う。


「とりあえず、ここが上陸ポイントなんだけど」


 海沿いの地図では窪みになっている辺りに丸印をつけた。


「意外と距離があるんだ。しかも緑がとても少ない。いくつかルートがあるんだけど、よく使うのはここと……ここ」


 そう言ってポイントから二本の線を引いた。

 どちらも川に沿って奉納場所まで続いている。


「川沿いなら、それなりに緑もあるんだろ?」


「いや。そうでもないんだよ。まったくないわけじゃないけど、ほとんどが枯れ木だからね」


「枯れ木……?」


 地図をのぞき込んで鴇汰が呟くと、穂高は黙ってうなずいた。


「奉納場所は山の中腹にあるんだけど、周囲の森は枯れ木ばかりだ。それに……ここ」


 また、赤ペンで丸印をつけた。そこには城のマークが描かれている。


「他の国に比べて、城が近い」


「だって枯れ木ばかりなんだろ? もしかして見つかりやすいんじゃねーか?」


「そうだね、俺たちは、もう何度も行ってるから慣れているけど、それでも一度、見つかってるからね」


「マジかよ……」


 鴇汰の表情が強ばる。


「川沿いを選んでるのは、そのせいもあるんだ。飛び込めばいい。尤も、見つかったときは、岱胡に突き落とされたようなものだったけどね」


 そのときのことを思い出したのか、穂高は苦笑いを浮かべている。


「飛び込めば……って」


「だって、まずは逃げることが優先だろう?」


「確かにそうだろうけど――」


 もう一度地図を見た。

 ほかに使えそうなルートのどれを取っても、城をかすめるようだ。

 それを考えると、一番城から遠いこの二つのルートのどちらかを使うしかないんだろう。故郷とはいえ、今では敵地同然の場所だ。


「嫌な場所に城があるな。自分の故郷ながらも本当に嫌な国だ」


「まぁ、俺たちにしてみれば、ね。でも泉翔(せんしょう)での泉の森と城の立ち位置を考えると、これは適切な位置なのかもしれないよ」


「うちの国と、こんな国を一緒にするなよ……」


 鴇汰はルートを指で追いながら、思わず穂高を睨んだ。


「そう悲観するなよ。来たときと違っていきなり意気消沈した感じだ」


「えっ? なにがよ?」


「だって鴇汰、ここへ来たときは変に清々しいっていうか、明るい顔しちゃってさ」


 やっぱり見透かされていた――。

 そう思った途端に鼓動が速くなり、顔が熱くなる。


「まぁ、だいたいなにがあったのかは想像がつくけどね。さっきもだけど、今も、耳まで赤い」


 そう言われて、鴇汰はさらに心臓が高鳴った気がした。

 背中と手のひらに嫌な汗をかいている。


「あれだけ晴ればれした顔をしてたんだ。誤解が解けた、ってところだろう? こんなに焦って情報を集めようとしてるのもそれが原因かい?」


 肘を机につくと鴇汰は両手で顔を覆った。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。


「おまえ、本当にやだ。俺がここに来たときから、見透かしたような目で見てきてさ」


「だから、わかりやすいんだって言ったろう? で、なにがあったんだよ?」


 巧から手紙を預かって麻乃の道場まで行ったこと、そこであったことを正直に話した。麻乃との会話の一つ一つ、あの時の彼女の表情、そして最後に交わした約束まで、包み隠さず語った。

 穂高に隠しごとは、できるかぎりしたくなかった。


 聞かれるまで言わないことはあるけれど、聞かれれば隠さずに答えてきた。ずっとそうしてきたし、これからもそうするつもりだ。

 言葉もなく、ただ時折うなずいたり眉をひそめたりしながら、穂高は聞いていた。最後まで聞き終わると、穂高は深いため息をついた。


「よかったじゃないか。本当に。一時は麻乃が抜刀までしようとしたから、どうなることかと思ったけど……本当に良かったな」


 穂高はそう言って、静かに微笑んでいる。その顔を見て、鴇汰も少し力が抜けた。


「確かに今は、豊穣(ほうじょう)のことを優先に考えなきゃいけないときだし、俺たち、初めての土地だから気を抜けないじゃんか。それでも、それが全部済んだら、ちゃんと考えるって言ってくれたのよ」


「うん」


「そりゃあ、駄目なほうが確率高いのはわかってるけど、あの麻乃がそう言ってくれたのがすげー嬉しくて」


 へへっと子どものような照れ笑いをしてしまう。

 それを見た穂高が苦笑した。


「舞いあがり過ぎだろう? とりあえず落ち着いて、情報ちゃんと持って帰れよ」


 そう言いながら手もとに丸めておいてあった地図で、鴇汰の頭を叩いてきた。

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