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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 情報収集

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第77話 式神の真実

 昼前に、麻乃(あさの)はロマジェリカの地図に書き込みを済ませ、ヘイトの地図にはメモ書きを残して岱胡(だいご)に預けた。


「もし、あたしが夜に来れなくて、梁瀬(やなせ)さんが来た時にはこれを渡してよ」


「わかりました」


 地図上でのルートは頭に入っても、イメージがつかめない分、しっくりこない。

 麻乃は椅子の背に寄りかかり、ため息をついた。いつもは修治(しゅうじ)が先に準備を整えてくれていて、なんの心配も感じなかった。


「このあと、どうします? 飯でも食いに行きます?」


「食いに行くって言っても……あたし柳堀を出禁になってるからねぇ。道場に戻るよ。向こうでみんなが待ってるしさ」


「出禁!? 何やらかしたんッスか!」


 徳丸(とくまる)も修治も(たくみ)も、ほかのみんなには出禁の話をしていないようだ。

 岱胡の驚きぶりに、麻乃は苦笑いで返す。


「ちょっとね、揉め事があったんだよね。ま、気にするほどのことでもないよ」


「なにか要るものがあったら買ってきますよ」


「いや、今のところは大丈夫」


 立ち上がりかけた時、外から鳥の囀りが聞こえてきて、麻乃はふと思い出した。


「岱胡さ、あんた人型の式神って見たことある?」


「人型ッスか? ない……と思うんスけど」


 顎に触れ、二、三度、首をかしげた岱胡は、自信なさげにそう言った。


「だよね、人型って言ったってさ、見た目ですぐそれとわかるのか、それとも本物と寸分違わないのか、って疑問じゃない?」


「う~ん……そこは、それを出した奴の力量次第じゃないんスかね?」


 岱胡は近くにあったメモを手にして文字を書き込むと、ぽつりとなにかを呟いた。

 手のひらに乗せていたメモを、ぐっと握ってから開くと、テントウ虫が手のひらを伝って指先に移り、飛び立った。


「俺のはこんな程度ですけど、偽物には見えないっしょ?」


 目の前の出来事に唖然として、麻乃は立ち上がって、壁に止まったテントウ虫を見つめた。確かに、どこから見ても本物のテントウ虫にしか見えない。触ったら温かみもあるのだろうか。岱胡はこちらの様子を見て、満足そうに笑っている。


「梁瀬さんは当たり前のようにいろいろ出して凄いッスけど、穂高(ほだか)さんもあれで結構大物を出しますよ。もちろん本物と寸分違わないですしね」


「岱胡も穂高も術が使えたの?」


「まぁ、それなりに勉強しましたからね」


 ふっと鼻で笑って麻乃に視線を移した岱胡は、ちょっと得意気に胸を反らせてみせる。


「修治さんも確か鳥か何か出しますよ。徳丸さんと巧さんは、簡単な回復術を使うし……まったく何も使えないのは、麻乃さんと鴇汰さんだけじゃないッスか?」


「本当に? 修治も? 初耳なんだけど」


「修治さんはあまり得意じゃないみたいですもん。それを出さなきゃどうにもならない、って時以外は使わないんじゃないッスか?」


 人には隠し事がどうこうという癖に、修治だってこんな大事なことを言わないで黙っていたんじゃないか。

 そう思うと、麻乃はだんだんとムカムカしてきた。


 岱胡も、それなりに勉強したって言うけれど、麻乃はそれなりどころじゃない。相当、真面目に取り組んだ。毎日毎日、教本を読み返し、基礎の基礎から何度も練習を重ねた。他の人の何倍も努力したはずなのに、なにも得られなかった。だから仕方なく諦めて、腕を磨くことだけに専念してきたんだ。


 じわじわと広がってくる苛立ちを収めようと、指先で机を叩いた。


「それで、その人型がどうかしたんッスか?」


 広げた地図を一枚一枚、丁寧に丸めて机の端に並べながら、岱胡が聞いてきた。麻乃は指先を止めて手を組んだ。


「うん、あのさ……」


 会議室のドアがちゃんと閉まっているか振り返って確認すると、机に肘をついて窓の外を見た。


「岱胡、昔さ……銀髪の女の人、見たことを覚えてる?」


 あの美しい銀髪と優雅な立ち居振る舞い、そして鴇汰(ときた)と一緒にいる時の幸せそうな表情。それらすべてが偽りだったのかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。

 つい声のトーンが落ちる。


「あぁ、あのあとも何度か見ましたからね。目立つ容姿だし」


「そっか……」


「その人がどうかしたんッスか?」


「あの人、式神だったみたいなんだよね」


 ぴたっと固まったように動きを止めた岱胡を、横目で見ながら麻乃は続けた。


「鴇汰の叔父さんの式神らしいんだよね」


「えっ? だってあの人って鴇汰さんの彼女じゃ……」


「やっぱりそう思ってたよね? あたしもそうだもん。はいそうですか、とは信じられないよね。人にしか見えなかったしさ」


 あれだけリアルで、感情豊かに見えた存在が、本当に術で作られたものなのだろうか。

 岱胡はおもむろにドアを開けると大声で、誰かコーヒー二つちょうだい、と叫んだ。

 机を挟んで麻乃の向かい側に座り、膝を揺らしながらなにか考え込んでいる。


「でも……そう考えると、辻褄が合うことが多くないッスか?」


「辻褄って?」


「この国で見かけなかったのがなぜなのかも、監視隊にも見つからずに海を渡ってこれたのは、なんでかってこともですよ」


 壁を伝っていたテントウ虫が羽根を広げて飛び立ち、岱胡の指先に戻ってきて、ひらりと紙に姿を変えた。

 岱胡はそれを握りつぶしてゴミ箱へ放り投げ、腕を組んだ。


「その話、どこで聞いてきたんッスか?」


「聞いてきたって言うか、昨日、見たんだよ」


 そう答えて、簡単に道場の裏で見たこと、聞いたことを話した。鴇汰の困惑した表情や、叔父の説明を思い出しながら話すうちに、麻乃の中でもあの出来事が整理されていく。

 真顔で黙って聞いていた岱胡は、最後に大きくうなずく。


「なるほど、そんならそれ、本当の話ですよ、きっと」


 と言った。


「どうしてそう思うのさ?」


「だって、鴇汰さんは、そういうことじゃ嘘はつかない人ですからね」


 岱胡がそう言ったちょうどその時、ノックが響いて岱胡の隊の女の子が、コーヒーを持ってきてくれた。

 受け取ってお礼を言うと、彼女は麻乃を観察するように見つめてきたあと、黙ったまま頭を下げ、そそくさと出て行ってしまった。

 ドアが閉まると、カップに口をつけながら岱胡がにやりと笑った。


「緊張してやがる」


「なに? 今の子、あんたの彼女?」


「んなわけがないっしょ。ほかにちゃんといますから。だいいち、自分の部隊の子に手ぇ出してどうするんッスか」


「だって凄い目であたしのことを見たよ? やきもち焼かれたかな? これ、飲んで大丈夫?」


 急に持ってきてくれたコーヒーを飲むのが怖くなって、思わず岱胡に聞いてみた。


「俺が飲んで大丈夫なんッスから平気ですよ。あいつ、麻乃さんのファンですから」


「……は?」


「今回、珍しく持ち回りが一緒なのに、ずっと詰所にいないってぼやいてましたよ」


 かっと顔が熱くなった。

 小柄なせいで見下されることは多い。

 舐められても、腕前で黙らせる自信があるから、さして気にもとめていなかった。

 慕ってくれるのは自分の隊員たちくらいだと思っていたし、麻乃自身、別にそれで構わないと思っている。


 それが、ファンって――。


 認められているという実感が、じんわりと心に染み渡っていく。


「結構、いるんですよ。知らなかったんスか?」


「知らないよ。舐められることの方が多いもん」


「見た目と腕の差が激しいですからねぇ。でも、麻乃さんや巧さんを見て戦士を目指してる女の子って多いッスよ。男どもだって、最初は舐めてても腕前見て豹変しますからね」


 気恥ずかしさで変な汗をかいてる気がして、一口でコーヒーを飲みきった。


「まぁ、いつも修治さんがそばにいるから、そいつらの淡い思いも儚く散るだけなんッスけどね」


「馬鹿なことを……修治とは、なんの関係もないよ」


「そんなことはわかってますけど、お目付け役として君臨してるじゃないッスか。並の奴らじゃ越えられない壁ッスよね」


「確かにありがたい存在ではあるけどさ……ま、いいや、おなかも空いたし、とりあえず、いったん帰るよ」


 麻乃は立ち上がって上着を正すと、岱胡を残して会議室を出た。廊下を歩きながら、今日知ったいくつものことが頭の中でぐるぐると回っている。麻乃は少し足を速めた。

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