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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 修復

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第71話 静かな想い

「今のなに? 今のなに? えっ? あの人って彼女なんじゃないの? 鴇汰(ときた)の叔父さん? 鴇汰の叔父さんって、お……おクマさんと同じ人種?」


 たった今、女性の立っていた場所と、鳥の飛び去っていった方角に目を向け、麻乃(あさの)は早口で鴇汰に問いかけた。


「どれに答えりゃいいんだよ……あれは式神って言ったろ? 彼女のわけねーだろうが。おクマさんみたいなのとも違うよ」


「式神……」


「本物の叔父貴は大陸にいるのよ。ああやって式神を使って、時々、俺の様子を見に来たり新しいレシピを持ってきたりするんだよ。そんなことをするくらいなら、泉翔(せんしょう)で一緒に暮らしてりゃいいのによ」


 うまくごまかされている気がする。

 麻乃は術が使えないから良くわからないけれど、人型の式神を見たのは初めてだ。

 以前、梁瀬(やなせ)が出して見せてくれたのは大鷲だった。


 疑わしい目つきをしていたのか、鴇汰は麻乃を見てからため息をつき、車に寄りかかった。


「だいたい、あれが人だとして、大陸からここまでたった一人で、しかも監視隊にも見つからずに渡ってくるなんて、無理に決まってると思わねーか?」


「そうかもしれないけど……」


「誰にも……穂高(ほだか)にさえ言ってなかったからな。まぁ信じないってんならしょうがねーよな……俺は自分の言葉に嘘はないって、はっきり言いきれるから、それでいいよ」


 もう何年も思い込んでいたことが、突然、まったく違うんだと言われても、なかなか飲み込むことができない。

 それでも女性から発せられたどう聞いても男性の声と、麻乃の目の前で人から鳥に姿が変わったのは事実だ。

 鴇汰は車に寄りかかった体を起こし、勝手口に向かった。


「あっ、そうだ……あのね、みんながカレー、おいしいって」


 そもそも、なぜここへ来たのかを思い出し、鴇汰の後から調理場へ入ると、そう言った。


「そうか。そりゃあ良かった。で、麻乃はどうだったのよ?」


「ん……うん、おいしかった、と思う……かな」


 焦って掻き込んでよく味わってないせいもあって、味を覚えていないうえにまだ空腹感が残っている。


「かな、って……なんだよそれ」


「みんながおいしいって言ってるのが、なんだか嬉しくって、それを伝えようと思ったら、鴇汰の姿がなくて……探しに行こうと思って焦って食べたんだよね」


 あの時の自分の行動を振り返ると、我ながら慌てすぎたな、と思う。


「それでここに来たのか」


「まだ残ってるか見てこようかな。あ、鴇汰は食べたの?」


「俺、自分のぶんはこっちに取っておいたから」


 調理台の上に、一人分が置いてある。


「向こうでみんなと一緒に食べればいいのに」


「だって知らないやつがいたら、みんな気になるだろ? それに注目されるのもちょっとな……」


 確かに、女の子たちが稽古場の中をのぞいていたときの様子を思えば、注目はされるだろうと思う。


「飯、残ってないかもしれないだろ、いいものやるから、ちょっと待ってろよ」


 お櫃に残ったご飯で、小さめの塩むすびを五つ握り、さっき多香子(たかこ)に出していたスープを調理台の上に出してくれた。


「変な組み合わせだけど、それでも食っとけよ」


「うん、ありがとう。実はまだ少し、物足りない気がしてたんだ」


 麻乃は照れ隠しに笑ってみせ、手を洗って早速、口へ運んだ。

 たかが塩むすびなのに、妙においしく感じるのはどうしてなんだろう? 鴇汰が握ってくれたからだろうか。麻乃の頬が熱くなる。


 多香子が感心していただけあって、スープも本当においしい。

 得した気分になって、つい、表情が緩んでしまう。


「もう少ししたら、昼の片づけを始めて、夕飯の準備に取りかからねーとな」


「じゃあ、あたしは食堂から鍋とかお櫃、下げてくればいい?」


「ああ。そうだ、食器はどうなってんのよ?」


「片づけも個々でするから、それも大丈夫」


「そっか。こんだけの量、作るのなんて久しぶりだけど、なんつーか……やっぱ面白いわ」


 鴇汰は流し台に寄りかかり、自分の分を食べ始めた。


 調理場の中は、また沈黙が続いた。

 入り口の向こうからは、食堂のざわめきが響いてくる。


 考えないようにしようと思っても、さっきの女性を思い出し、叔父だという鴇汰の言葉が麻乃の頭を巡る。

 それが本当なんだとしたら、いると思っていた彼女の存在はないということか。


 視線が何度も鴇汰に向いてしまい、ほっとしていることに気づく。

 当の本人は、呑気に流し台に寄りかかって食事中だ。


(待てよ……? だとしたら、柳堀(やなぎぼり)で聞いたことは……)


 ガキのころから一緒になるなら、と決めてた相手がいると、鴇汰は言った。

 麻乃が鴇汰と初めて顔を合わせたのは鴇汰が十五の時で、ガキという年齢かどうかと考えると、首をひねるところだ。


 それでも、真っすぐに麻乃の目を見て『麻乃じゃないと駄目なんだよ』と言った。


(あのときは、確かおクマさんのチョコレートケーキを食べてて、段々、味がしなくなって、蝋を食べてるみたいで……)


 あれが本当のことだとしたら――。

 聞かなかったように何も答えないままの麻乃に対して、腹が立つのも当たり前だろう。そのうえ、言い争いまでして悪態をつき、殴ったうえに斬りつけようとして……最悪だ。


(でも……好きだって言われたわけじゃないし……)


 いろいろと考えていたせいで、飲み込んだものがおかしなところに入り、思いっきりむせて口の中のものを吹き出してしまった。


「なんだよ? どうしたんだよ急に。大丈夫かよ?」


 鴇汰が驚いて食器を置き、台拭きを持ってきた。

 麻乃は咳き込みながらそれを制し、飛んだご飯粒を棚に置いてあったティッシュで拭き取った。


「大丈夫、ちょっと変なところに入っただけ……」


「ホントかよ。相当むせたろ? 顔が赤いじゃねーの」


 不意に頬に触れられ、目眩がする。

 体の力が抜けていくような感覚に、麻乃は膝が笑って座り込んだ。


「どうしたってんだよ! 貧血か? 本当に大丈夫かよ? 片づけはやるから少し座って休んでろよ」


「ううん、平気」


 心配そうにのぞき込む鴇汰の視線を避けながら、膝をたたいて立ちあがる。


「傷、残りそうだな」


 もうかさぶたになった頬の傷に、鴇汰の指先が触れた。

 絆創膏の感触がする。


「これは油断してたから……」


 それ以上、言葉が出なかった。

 顔をあげると視線が合いそうで、目を伏せたままで答えた。

 頭の上を鴇汰のため息が通り過ぎる。


「あのとき……医療所のことさ、ホントにごめんな」


 突然の謝罪に、麻乃の胸がぎゅっと締め付けられる。


「あれは別に……言われても仕方のないことだって思うから――」


「――いや、あれは俺の八つ当たりだった。麻乃の口から修治の名前が出ると、なんかすげームカついてさ。あのときも、やたら腹が立って……つい、あんなことを言っちまって、ずっと後悔していた」


 麻乃は驚いて顔をあげそうになったが、うつむいたままでいた。


「修治はあたしが生まれたときからずっと一緒で、あたしにとっては大切な家族で、だから手放しで頼ってたんだと思う。鴇汰の言うとおり、甘えていたな……って……」


 麻乃は調理台に寄りかかり、うつむいて鴇汰のつま先に視線を落とした。

 言葉を選ぶのに時間がかかる。


 鴇汰も隣に並んで立ち、同じように調理台に寄りかかった。

 腕を組んで、急かすわけでもなく黙って聞いている。


「当たり前過ぎて、自分では気づかなかったけど……今はそれじゃ駄目だと思うから、一人でなんでもできるようにしようと思っているんだけど、それも思うようにいかないし……」


 麻乃は指先で爪を弾いて落ち着かない感情をごまかしていた。


「些細なことでもイラつくし、すぐカッとなってみんなに当たって、自分が駄目なのが情けなくて……」


 自分の至らなさを口にするたびに、麻乃の声は小さくなっていく。


「麻乃は、なにも駄目じゃねーよ。俺がくだらないことを言ったせいで、迷わせちまったよな」


 鴇汰の深いため息が聞こえた。


「もうすぐ豊穣(ほうじょう)だし、あんな組み合わせになっちまって……それに、みんな麻乃のこと、本当に心配してるんだぜ」


「それは、ちゃんとわかってるよ」


「ロマジェリカは俺の故郷だけど、奉納場所は行ったことがねーし、でも、しっかり済ませないとマズイしさ、俺のことが気に入らないのはわかってるんだけど、ちょっとのあいだ、我慢してくれよ」


「気に入らないなんてことは……鴇汰のほうが、あたしのことを気に入らないんでしょ。昔からずっと……」


 いろいろと思い出すことがある。

 医療所でのことも思い返すたびに切なくてたまらなくなる。


「俺がおまえのこと、気に入らないわけがねーだろ」


 とても静かに、ゆっくりとはっきりした口調で鴇汰が言った。

 麻乃の心臓が大きく跳ねる。それでも、視線を上げることができなかった。

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