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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 修復

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第69話 二人だけの調理場

 麻乃(あさの)は、しょぼくれた様子の琴子(ことこ)たちを励ましながら、ぼんやり稽古を眺めていた。


「そういえば今日、(あきら)はどうしたの?」


「ずいぶん前に塚本(つかもと)先生に呼ばれて中に入ったよ」


「ふうん……」


 道場の入り口に目を向けると、十五歳組の子どもたちが、中を覗き込んで熱心に見入っている。

 耕太(こうた)たちもそれに気づき、十六歳組の注意力が散漫になった。


「なんだろう? なにかやってるの?」


 琴子に問いかけると知らないと言う。


「洸が型か演武でもやってるのかも。麻乃ちゃん、ちょっと見てきていい?」


「駄目だよ、あんたたち、まだ稽古中……」


 言い終わらないうちに琴子を先頭にして、耕太たちまで入り口に駆けていってしまった。


「ったく……しょうがないな」


 中を覗いている子どもたちの中でも、女の子たちが妙に浮足立っているように見えるのが気になり、麻乃も琴子のあとを追った。

 女の子たちの表情には、いつもとは違う興奮が見て取れる。稽古中にそんな雰囲気になることなど、これまでなかったけれど……。


「誰? あれ。新しい先生かな? ちょっとカッコイイよね」


「洸ってば、大剣に持ち替えるのかな?」


 ヒソヒソと女の子たちの話し声が聞こえてくる。


「麻乃ちゃん、なにか聞いてる?」


 琴子が振り返って問いかけてきた。


「あたしが知る訳ないでしょ」


 そう答えたものの、なんとなく嫌な予感がする。


(大剣に……新しい先生?)


 子どもたちの背中に隠れるようにして、中を覗いた。

 洸がやけに真剣に大剣を振るっている。その横で動きを注意している大きな姿。


(やっぱり……鴇汰(ときた)だ)


 洸がそれに対して、妙に素直にいうことを聞いているように見えるのが腹立たしい。


(あたしのいうことには、ろくに耳も貸さない癖に)


 慣れていないからか、力で振り回そうとしているのが麻乃にもわかった。

 次の瞬間、洸の大剣を鴇汰が蹴って弾き、その体を確かめている。

 洸に向かってなにかを言うと、その頭を思いきり引っ叩いた。


(馬鹿なやつ……あんなことをしたら、洸は絶対に反発してくるのに)


 麻乃がそう思ったのに反して、洸は神妙な顔つきで黙って鴇汰のいうことを聞いている。


(嘘! どうしてあんなに素直なの?)


「こいつ、筋力と基礎、今のうちに取り戻さないと、印を受けても役に立たなくなりますよ」


 鴇汰が大剣を抱え、高田(たかだ)に向かって言ったのが聞こえた。


「筋力と基礎? あいつなにを言ってんの?」


 そう呟いた麻乃の隣で、正次郎(しょうじろう)が答える。


「洸のやつ、このごろ技の稽古ばかりで、基礎をサボってたんだよ」


「あんたたち、それを黙って見てたの?」


「だって、あいつ、絶対バレないから、って言うし」


「馬鹿だね! バレないわけがないじゃないか! 技なんかより、今のあんたたちには基礎が重要なんだよ!」


 思わず怒鳴りそうになったのを堪え、麻乃は声を潜めて怒った。


「俺たちに言うなよ、こっちはちゃんとやってるんだからさ」


 耕太が口を尖らせた。

 洸はすっかり小さくなって、高田に小言を食らっている。


 麻乃は鴇汰に目を向けた。

 このあいだ、中央で自分がしたことを思い出し、胸がぎゅっと痛む。


 塚本と話しながら洸に向けていた鴇汰の視線が、こちらを向いた。

 麻乃と目が合った瞬間、鴇汰の表情がこわばったことに、また胸が痛む。


(あたしのこと、避けようとしてる……それも当然か……)


「お話中に申し訳ありません、俺、そろそろ失礼します」


 鴇汰はすぐに視線を逸らすと、高田の前まで行き、洸の隣で座礼をしてそう言った。

 高田はなぜか、それを渋っているように見える。


 そもそも、鴇汰がどうしてこの道場に高田と一緒にいるのか。

 鴇汰を引き止めようとしている高田の後ろから、道場に入ることなど滅多にない多香子(たかこ)が、顔を出した。


「父さん、私、なんだか具合が……少し横になりたいんだけど、食事……どうしようかしら?」


「そうか……弱ったな。このあとは明日の準備に手がかかるから、人手はないぞ。それにあれだけの量を作れるほどの者もいないしな。まさか抜くわけにもいかんだろうし……」


 困り果てた高田の顔と多香子の青ざめた表情を見た鴇汰は、立ち上がりかけたまま止まった。


「あの……俺がやりましょうか?」


「しかし食事の支度だぞ? それに、ここにいる全員の分だから、かなりの量になる」


「別に大したことないですよ。俺、そういうの得意ですから」


 鴇汰は驚いた高田にそう言うと、立ち上がって多香子に向き直った。


「具合の悪いところを申し訳ないんですけど、なにがどこにあるのか、それだけ教えてもらえますか?」


 そう言って多香子について、調理場へ向かっていった。



 鴇汰が出ていったあと、塚本と市原(いちはら)が、入り口に固まっていた子どもたちを追い払いにきた。

 子どもたちは不満そうにして表に出ながら、口々に二人に問いかけている。


「先生、今の人、誰ですか?」


「新しい先生?」


「そんなわけがないだろう。彼は高田先生の客人で、しかも蓮華の一人だぞ」


 塚本の答えに、子どもたちが一斉に麻乃を振り返った。


「な……なによ?」


「麻乃ちゃん知ってるんじゃん」


「ここに来てるなんて知らなかったよ」


 琴子が頬を膨らませて言うのに、視線を逸らして答える。


「そんなことより、あんたたちも今のうちにしっかり稽古しなよ。夜は移動なんだし、明日は体を休ませなきゃいけないでしょ」


 腕組みをして子どもたちを促す。


「麻乃ちゃん、ちょっといいかしら?」


 道場の裏手から多香子が手招きをしている。

 なんだろう?

 そう思いながら駆け寄った。


「具合、大丈夫? 寝てなくていいの?」


「ごめんね、なんだか気分が悪くて……横にならせてもらうわね。それで麻乃ちゃんに頼んでおきたいんだけど、長田くんの手伝いをしてあげてちょうだい」


 麻乃は驚きで一瞬、言葉に詰まった。


「無理無理、無理だよあたし。市原先生か塚本先生でいいじゃない」


「駄目よ。二人は明日の準備で忙しいんだし、なにより知らない人と一緒じゃ、長田くんも困るでしょ?」


「だって……料理なんかできないもん……」


 なんとか言い訳を探して逃れようとしていると、ふっと多香子が屈み込んでしまった。


「ちょっと……やだ! 多香子姉さん、大丈夫?」


 その腕を取って体を支える。


「お昼の支度はほとんど終わってるのよ。ただ、今日は夕飯もここでしょ? そっちはまだ、なにも手をつけてないから……ね? お願い」


 触れた腕の感じでは、熱はなさそうだけれど、辛いだろうことは見てわかった。

 仕方なく頷く。


「うん。わかった。ちゃんと手伝ってくるから、多香子姉さんはもう部屋で休んでよ」


 麻乃は多香子を立ち上がらせると、部屋まで送り、いったん、表へ出てから調理場を手伝う旨を塚本に伝えた。

 料理の腕前を知っている塚本は、苦笑いを浮かべていたけれど、人手がないしな、と諦めた表情で大きな溜息をついた。


 廊下を重い足取りで調理場へ向かう。

 中からがたごとと物音が聞こえてくる。

 胸の中にモヤモヤが燻っていて、声をかけづらかった。けれど、多香子と約束してしまった以上、手伝わないわけにもいかない。


 ふーっと一息つくと、麻乃は意を決して中へ入った。


「……なにか手伝うこと、ある?」


 突然声をかけたせいで驚いたのか、鴇汰の肩が揺れた。

 その拍子に指を切ったようで、いてっ、とつぶやいて指先を口に持っていくのが見えた。


 慌ててそばに寄ると、後ろから鴇汰の腕を取って引き寄せた。

 指先からぽたりと血が落ちたのを見て、全身の血が引いていく気がした。


「ちょっと大丈夫? ごめん、急に声なんかかけたから……深く切っちゃった? どうしよう……医療所……」


 オロオロとしながら、どうしたらいいのか考えていると、腕を掴んでいた手を引き離された。


「なにを焦ってんだよ。こんな切り傷で医療所なんか行くわけないだろ。それより絆創膏くれよ」


「えっ? あ……うん、ちょっと待ってて」


 勝手口の近くにある棚の中から救急箱を取り、中から絆創膏を出した。

 麻乃は黙ったまま鴇汰の手を引き寄せると、指先に巻いた。

 すぐに、じわりと血が染みるのを見て、また寒気がする。


「止まんないじゃん! やっぱり医りょ……」


 言いかけた麻乃の頭に、手刀がぽこりと振りおろされて、思わず顔をしかめて鴇汰を見上げた。


「焦るなって。麻乃は斬られてもすぐに血が止まるのかよ? 少しの間くらい止まらないのは当たり前だろ。こんな小さい傷なんだから、大丈夫だっつってんだろーが」


 頭をさすりながら冷静に考えてみると、確かに鴇汰のいうとおりだ。

 真っ赤に染まった絆創膏を外し、新しく巻き直してやる。


(こんなに近くにいるのに……なんだか気まずい)


 麻乃は小さく溜息をついた。


「それより手伝ってくれんだろ? 昼の支度はほとんど済んでるって言うし、夕飯の献立も聞いてあるから、簡単な準備だけ手を貸してくれよ」


「あ……うん」


「そんなら、そこの玉ねぎの皮、剥いといて」


 周りを見回した。

 調理台にも流しにも玉ねぎは見当たらない。


「そこってどこ?」


「そこだよ」


 鴇汰が指さした流しの横に大きな段ボールが二箱あった。

 麻乃はその量を見て、思わず息を呑んだ。

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