表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 下準備

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/101

第68話 大剣の指導

 西区までの道のりを、重い気分で車を走らせた。

 何度となく通っている山道が、鴇汰(ときた)にとってはいつもより遠く感じる。


 カーブに差しかかったところで不意に、以前、森の中でシタラの姿を見かけたことを思い出した。思い返しても、あのとき、なんだって演習場にいたんだか、訳がわからないままだ。


 近ごろのシタラは、なにかおかしい。


 毎回の持ち回りにしても、今度の豊穣(ほうじょう)の組み合わせにしても、占筮(せんぜい)で『いい()が出てる』とか言ってるけど、鴇汰が修治(しゅうじ)と組んでなにがいい卦なんだか、さっぱり理解できない。


(あの婆さま、もういい年だし、もしかしてボケてきてるんじゃねーのか?)


 ほんの少し腹が立ってきて、つい運転が荒くなる。ハンドルを握る手にも、自然と力が入ってしまった。分かれ道まできたところで、このまま道場へ向かうか、詰所に寄ってみるか悩んで車を止めた。


 詰所に麻乃(あさの)がいるなら、道場へ行っても顔を合わせることはないだろう。できるなら遠目でいいから顔を見たい。そんな気持ちが胸の奥でくすぶっている。


(少しばかり返事を急ぐから、明日の昼には届いてないと困るのよ)


 巧の言葉を思い出し、時計を見るともう十時を回っている。

 仕方なく先に手紙を届けることにして、道場への道を急いだ。


 道場の表を通ると、外では小さな子どもたちが基礎訓練をしている。

 裏手に回り車を止めると、勝手口から声をかけた。


「どなた?」


 中から綺麗で優しげな女性が出てきて、鴇汰はちょっと戸惑った。


蓮華(れんげ)長田(おさだ)と申します。今日は中村(なかむら)から、高田(たかだ)師範に宛てた手紙をあずかって参りました」


「あぁ、先日の……少しだけ待っていていただけます? 今、父を呼んで参りますから」


「いや、あの、渡していただければ……」


 言い終わらないうちに、女性は中へ戻っていってしまった。


(――父、ってことは、ここの娘さんなんだ)


 一人取り残された勝手口で、鴇汰は居心地の悪さを感じながら立ち尽くした。


 数分待つと、体格のいい年配の男性が現れ、思わず身構えた。


「お待たせしました。私が高田ですが」


「蓮華の長田と申します。うちの中村から、手紙をあずかって参りました」


「ほう、キミが長田くんか……」


(俺のことを知ってる?)


 麻乃か修治がなにか噂でもしたんだろうか。

 それともどこかで会ったことがあるんだろうか。


 肩に提げた鞄から封筒を取り出して手渡すと、高田はその場で開封し、中の便箋を広げた。急な行動に帰るタイミングを逃してしまい、所在なさげにしていると、高田の視線が鴇汰に向いた。


「手間をかけさせてすまなかったね。今日は休みなのかね?」


「ええ、まぁ……」


 懐かしそうな顔でしげしげと見つめられ、背中がむず痒くなった。


「キミは確か、大剣を扱うんだったね? どうだろう、少し稽古をのぞいていかないか?」


 断ろうと鴇汰が口を開いた瞬間、高田は、そうかしこまるなと言い、大きく笑って鴇汰の肩を引き寄せた。背中を押され、有無を言わさず勝手口に押し込まれた。豪快さと強引さに、徳丸(とくまる)を思い出す。


(この人もトクさんと同じタイプなのか……)


「実はこの道場は刀や剣、槍、斧を扱うものは多いんだが、大剣は扱っていなくてね。私が使えるくらいなのだが、今は少しばかり体が利かず、見せることもままならない」


「はぁ、そうですか……」


 高田の後ろを歩きながら、どう返していいのかわからず、鴇汰は間の抜けた返事をしてしまった。廊下の奥から聞こえる子どもたちの声が、だんだん近づいてくる。


「今年、洗礼で恐らく印を受けるであろう門弟が何人かいるのだが、その一人が大剣を使わせたら面白いのではないかと思ってね」


 廊下の奥の稽古場から、子どもたちの声と打ち合う鋼の音が響いてくる。その音が鴇汰の胸を微かに高鳴らせた。


「良かったら軽く、基礎稽古をつけてやってもらえないだろうか?」


「えっ? 俺がですか? でも今日は大剣を持っていません。それに俺は指導するような柄じゃ……」


(人に教えるなんて、そんな大それたこと……)


「うちの門弟を相手に、アドバイスをしてやってほしいのだよ。ここに置いてある得物では扱いづらいかね」


「そんなことはないと思いますけど……」


 弱ったな、と前髪を掻き上げてから頭を掻いた。

 高田が稽古場への扉を開けた途端、中からピリッとした空気が伝わってきた。


 高田のあとを追って中へ入り、一礼すると、高田の斜め後ろに正座した。

 道場中から視線を感じ、馴染みのない雰囲気に緊張してうつむいたままでいた。


(あきら)、ちょっと来なさい」


 高田に呼ばれた少年は、前まで歩み出て膝を正して座ると、こちらに向けて座礼をした。まっすぐな眼差しが印象的だ。


「これがさっき話したやつでしてね、洸と言います。洸、こちらは蓮華の長田くんだ。彼は大剣を扱うんだが、おまえ、どうだ? 大剣の稽古をつけてもらう気はないか?」


 互いを紹介し、高田は洸に問いかけた。


「是非、お願いします」


 観察するような視線で鴇汰を見ていた洸は、大きくうなずいてから、そう答えた。

 ちらりと高田の顔を見ると、洸の答えを予想していたのか頭をさげてくる。


「私からもぜひ頼みます」


「……わかりました。使うのは今日が初めてでしたよね?」


(こうなったら、やるしかないか……)


 鴇汰は心の中で小さく腹を決めた。


「はい!」


 高田にたずねると、その返事より先に洸が答えた。

 真っすぐに見返してくる目に、なんだか好感が持てる。素直な子なのだろう。


「それなら、本当に基礎の基礎を……構えや振り方でいいよな?」


 洸がまた、大きくうなずく。


塚本(つかもと)、大剣を二振り頼む」


 高田は手を叩いて近くにいた師範を呼ぶと、指示をして準備をさせた。

 差し出された大剣を受け取ると、洸と向き合った。大剣の重みが、手に心地よく伝わる。


 まだ十六歳の癖に結構デカい。

 穂高(ほだか)と大して変わらない背丈じゃないだろうか?

 これからもっと伸びるとなると、確かに大剣を使ったら面白いかもしれないと、鴇汰も思う。


「基本的には、刀とそんなに変わんねーのよ。握りも振りも」


 中段に構えてから、鴇汰は横流しに振ってみせた。


「ただ、厚みや重みが全然違うから、振り一つでも腕の持っていかれ方が違う」


 空を斬る音が刀のそれと違うことに驚いたのか、洸が目を見張っている。

 なにか理由があるのか、単に興味や好みなのかはわからないが、洸は熱心に鴇汰の言葉に耳を傾けていた。


 飲み込みも早いようで、あっという間に板についてみえる。

 ただ、腕力に自信があるからなのか、どうも腰の据わりが悪い。


「腕だけで振り回そうとしても駄目なのよ。腰を入れないと、簡単に弾かれたり落とされたりする。最悪、体を痛めることにもなる」


 そう話しながらも、鴇汰はやっぱり人になにかを教えるのが苦手で、ちゃんと伝わっているのか不安になった。

 とりあえず型どおりに構えさせ、安定しない部分や位置、バランスの悪いところを直してやった。


「続けていけば動きは自然に身につくけど、それだけじゃ追いつかないところも出てくる。腕力はありそうだからいいとして、足腰をしっかり鍛えろよ」


 そう言って鴇汰も大剣を握ると、今度は打ち込みをさせながら受け方を教えた。

 慣れない重みに疲労しているのが見て分かる。体の割に、スタミナが足りないのだろうか。それとも……。


 踏み込んできた瞬間、腕だけで回そうとしていることに気づいた。受けずに流し、大剣が下がったところで刀身を蹴り飛ばした。洸の手から大剣が弾かれて、大きな音を立てて床に落ちる。


 肩で息をして驚いた顔を向けてきた洸に近づくと、鴇汰も大剣を床に置き、洸の腕を取った。肩から二の腕、腰、太腿とふくらはぎを順番に、握るように触れてみる。


「なんですか?」


 不審に思ったのかされるままになりながらも、洸が疑問を投げかけてきた。ふくらはぎの感触を確かめてから、鴇汰は屈んだまま、洸を見上げて睨んだ。


「おまえ、最近ダレてたろ?」


 ぴくっと洸の体が震える。図星だったようだ。


「技術だけ上げてどうにかなるなんて勘違いしてる年齢じゃねーだろ? こんだけの道場にいて基礎がなってないはずがねーもんな。どんだけサボったんだよ、おまえ」


 立ち上がってため息をつくと、平手で洸の頭を引っぱたいた。


「刀を振るってるうちは、これまでの経験やらでごまかせたかもしれないけどな。大剣じゃそうはいかねーぞ」


 二本の大剣を拾い上げると、肩に担ぎ、高田のほうを振り返った。


「こいつ、筋力と基礎、今のうちに取り戻さないと、印を受けても役に立たなくなりますよ」


 そばにいた師範の男が二人、感心したように鴇汰を見つめている。

 高田は大きくため息をついた。


「洸、わかったか? 私たちのことも、ごまかせていると思ったのかもしれないが、技だけをいくら磨いたところで、見るものが見ればすぐにわかるのだよ」


 洸の体が小さく見えるほど萎縮している。鴇汰の言葉も堪えただろうけれど、高田たちに見透かされていたのがわかったからか。


「まぁ、今からでもしっかり鍛えとけよ。印を受けて訓練所に入ったときにきつくなるからな。そのときにまだ、大剣を使ってみようと思うんなら、また教えてやるから」


 ぱっと顔を上げて振り向いた表情は、まだ続きをやる気でいるらしい。

 洸の背中を軽くたたいてから、鴇汰は近くにいた師範に大剣を返した。


「さすが蓮華だな、動きだけでよく気づいてくれたよ。あれには最近、手を焼いててな」


 苦笑いで受け取ってくれ、洸のほうへ視線を向けている。


「いえ、俺にも昔、あんな時期がありましたから……もっとも俺は当時、あいつよりガキだったので、取り戻す時間は十分ありましたけど」


 高田に懇々と諭されている洸の姿は、さらに小さくなっているように見える。

 不意に視線を感じて入り口に目を向けると、いつからいたのか、洸と同じ年ごろの子どもたちが大勢覗いていた。

 その中に麻乃の姿が見えて、心臓が大きく鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ