第68話 大剣の指導
西区までの道のりを、重い気分で車を走らせた。
何度となく通っている山道が、鴇汰にとってはいつもより遠く感じる。
カーブに差しかかったところで不意に、以前、森の中でシタラの姿を見かけたことを思い出した。思い返しても、あのとき、なんだって演習場にいたんだか、訳がわからないままだ。
近ごろのシタラは、なにかおかしい。
毎回の持ち回りにしても、今度の豊穣の組み合わせにしても、占筮で『いい卦が出てる』とか言ってるけど、鴇汰が修治と組んでなにがいい卦なんだか、さっぱり理解できない。
(あの婆さま、もういい年だし、もしかしてボケてきてるんじゃねーのか?)
ほんの少し腹が立ってきて、つい運転が荒くなる。ハンドルを握る手にも、自然と力が入ってしまった。分かれ道まできたところで、このまま道場へ向かうか、詰所に寄ってみるか悩んで車を止めた。
詰所に麻乃がいるなら、道場へ行っても顔を合わせることはないだろう。できるなら遠目でいいから顔を見たい。そんな気持ちが胸の奥でくすぶっている。
(少しばかり返事を急ぐから、明日の昼には届いてないと困るのよ)
巧の言葉を思い出し、時計を見るともう十時を回っている。
仕方なく先に手紙を届けることにして、道場への道を急いだ。
道場の表を通ると、外では小さな子どもたちが基礎訓練をしている。
裏手に回り車を止めると、勝手口から声をかけた。
「どなた?」
中から綺麗で優しげな女性が出てきて、鴇汰はちょっと戸惑った。
「蓮華の長田と申します。今日は中村から、高田師範に宛てた手紙をあずかって参りました」
「あぁ、先日の……少しだけ待っていていただけます? 今、父を呼んで参りますから」
「いや、あの、渡していただければ……」
言い終わらないうちに、女性は中へ戻っていってしまった。
(――父、ってことは、ここの娘さんなんだ)
一人取り残された勝手口で、鴇汰は居心地の悪さを感じながら立ち尽くした。
数分待つと、体格のいい年配の男性が現れ、思わず身構えた。
「お待たせしました。私が高田ですが」
「蓮華の長田と申します。うちの中村から、手紙をあずかって参りました」
「ほう、キミが長田くんか……」
(俺のことを知ってる?)
麻乃か修治がなにか噂でもしたんだろうか。
それともどこかで会ったことがあるんだろうか。
肩に提げた鞄から封筒を取り出して手渡すと、高田はその場で開封し、中の便箋を広げた。急な行動に帰るタイミングを逃してしまい、所在なさげにしていると、高田の視線が鴇汰に向いた。
「手間をかけさせてすまなかったね。今日は休みなのかね?」
「ええ、まぁ……」
懐かしそうな顔でしげしげと見つめられ、背中がむず痒くなった。
「キミは確か、大剣を扱うんだったね? どうだろう、少し稽古をのぞいていかないか?」
断ろうと鴇汰が口を開いた瞬間、高田は、そうかしこまるなと言い、大きく笑って鴇汰の肩を引き寄せた。背中を押され、有無を言わさず勝手口に押し込まれた。豪快さと強引さに、徳丸を思い出す。
(この人もトクさんと同じタイプなのか……)
「実はこの道場は刀や剣、槍、斧を扱うものは多いんだが、大剣は扱っていなくてね。私が使えるくらいなのだが、今は少しばかり体が利かず、見せることもままならない」
「はぁ、そうですか……」
高田の後ろを歩きながら、どう返していいのかわからず、鴇汰は間の抜けた返事をしてしまった。廊下の奥から聞こえる子どもたちの声が、だんだん近づいてくる。
「今年、洗礼で恐らく印を受けるであろう門弟が何人かいるのだが、その一人が大剣を使わせたら面白いのではないかと思ってね」
廊下の奥の稽古場から、子どもたちの声と打ち合う鋼の音が響いてくる。その音が鴇汰の胸を微かに高鳴らせた。
「良かったら軽く、基礎稽古をつけてやってもらえないだろうか?」
「えっ? 俺がですか? でも今日は大剣を持っていません。それに俺は指導するような柄じゃ……」
(人に教えるなんて、そんな大それたこと……)
「うちの門弟を相手に、アドバイスをしてやってほしいのだよ。ここに置いてある得物では扱いづらいかね」
「そんなことはないと思いますけど……」
弱ったな、と前髪を掻き上げてから頭を掻いた。
高田が稽古場への扉を開けた途端、中からピリッとした空気が伝わってきた。
高田のあとを追って中へ入り、一礼すると、高田の斜め後ろに正座した。
道場中から視線を感じ、馴染みのない雰囲気に緊張してうつむいたままでいた。
「洸、ちょっと来なさい」
高田に呼ばれた少年は、前まで歩み出て膝を正して座ると、こちらに向けて座礼をした。まっすぐな眼差しが印象的だ。
「これがさっき話したやつでしてね、洸と言います。洸、こちらは蓮華の長田くんだ。彼は大剣を扱うんだが、おまえ、どうだ? 大剣の稽古をつけてもらう気はないか?」
互いを紹介し、高田は洸に問いかけた。
「是非、お願いします」
観察するような視線で鴇汰を見ていた洸は、大きくうなずいてから、そう答えた。
ちらりと高田の顔を見ると、洸の答えを予想していたのか頭をさげてくる。
「私からもぜひ頼みます」
「……わかりました。使うのは今日が初めてでしたよね?」
(こうなったら、やるしかないか……)
鴇汰は心の中で小さく腹を決めた。
「はい!」
高田にたずねると、その返事より先に洸が答えた。
真っすぐに見返してくる目に、なんだか好感が持てる。素直な子なのだろう。
「それなら、本当に基礎の基礎を……構えや振り方でいいよな?」
洸がまた、大きくうなずく。
「塚本、大剣を二振り頼む」
高田は手を叩いて近くにいた師範を呼ぶと、指示をして準備をさせた。
差し出された大剣を受け取ると、洸と向き合った。大剣の重みが、手に心地よく伝わる。
まだ十六歳の癖に結構デカい。
穂高と大して変わらない背丈じゃないだろうか?
これからもっと伸びるとなると、確かに大剣を使ったら面白いかもしれないと、鴇汰も思う。
「基本的には、刀とそんなに変わんねーのよ。握りも振りも」
中段に構えてから、鴇汰は横流しに振ってみせた。
「ただ、厚みや重みが全然違うから、振り一つでも腕の持っていかれ方が違う」
空を斬る音が刀のそれと違うことに驚いたのか、洸が目を見張っている。
なにか理由があるのか、単に興味や好みなのかはわからないが、洸は熱心に鴇汰の言葉に耳を傾けていた。
飲み込みも早いようで、あっという間に板についてみえる。
ただ、腕力に自信があるからなのか、どうも腰の据わりが悪い。
「腕だけで振り回そうとしても駄目なのよ。腰を入れないと、簡単に弾かれたり落とされたりする。最悪、体を痛めることにもなる」
そう話しながらも、鴇汰はやっぱり人になにかを教えるのが苦手で、ちゃんと伝わっているのか不安になった。
とりあえず型どおりに構えさせ、安定しない部分や位置、バランスの悪いところを直してやった。
「続けていけば動きは自然に身につくけど、それだけじゃ追いつかないところも出てくる。腕力はありそうだからいいとして、足腰をしっかり鍛えろよ」
そう言って鴇汰も大剣を握ると、今度は打ち込みをさせながら受け方を教えた。
慣れない重みに疲労しているのが見て分かる。体の割に、スタミナが足りないのだろうか。それとも……。
踏み込んできた瞬間、腕だけで回そうとしていることに気づいた。受けずに流し、大剣が下がったところで刀身を蹴り飛ばした。洸の手から大剣が弾かれて、大きな音を立てて床に落ちる。
肩で息をして驚いた顔を向けてきた洸に近づくと、鴇汰も大剣を床に置き、洸の腕を取った。肩から二の腕、腰、太腿とふくらはぎを順番に、握るように触れてみる。
「なんですか?」
不審に思ったのかされるままになりながらも、洸が疑問を投げかけてきた。ふくらはぎの感触を確かめてから、鴇汰は屈んだまま、洸を見上げて睨んだ。
「おまえ、最近ダレてたろ?」
ぴくっと洸の体が震える。図星だったようだ。
「技術だけ上げてどうにかなるなんて勘違いしてる年齢じゃねーだろ? こんだけの道場にいて基礎がなってないはずがねーもんな。どんだけサボったんだよ、おまえ」
立ち上がってため息をつくと、平手で洸の頭を引っぱたいた。
「刀を振るってるうちは、これまでの経験やらでごまかせたかもしれないけどな。大剣じゃそうはいかねーぞ」
二本の大剣を拾い上げると、肩に担ぎ、高田のほうを振り返った。
「こいつ、筋力と基礎、今のうちに取り戻さないと、印を受けても役に立たなくなりますよ」
そばにいた師範の男が二人、感心したように鴇汰を見つめている。
高田は大きくため息をついた。
「洸、わかったか? 私たちのことも、ごまかせていると思ったのかもしれないが、技だけをいくら磨いたところで、見るものが見ればすぐにわかるのだよ」
洸の体が小さく見えるほど萎縮している。鴇汰の言葉も堪えただろうけれど、高田たちに見透かされていたのがわかったからか。
「まぁ、今からでもしっかり鍛えとけよ。印を受けて訓練所に入ったときにきつくなるからな。そのときにまだ、大剣を使ってみようと思うんなら、また教えてやるから」
ぱっと顔を上げて振り向いた表情は、まだ続きをやる気でいるらしい。
洸の背中を軽くたたいてから、鴇汰は近くにいた師範に大剣を返した。
「さすが蓮華だな、動きだけでよく気づいてくれたよ。あれには最近、手を焼いててな」
苦笑いで受け取ってくれ、洸のほうへ視線を向けている。
「いえ、俺にも昔、あんな時期がありましたから……もっとも俺は当時、あいつよりガキだったので、取り戻す時間は十分ありましたけど」
高田に懇々と諭されている洸の姿は、さらに小さくなっているように見える。
不意に視線を感じて入り口に目を向けると、いつからいたのか、洸と同じ年ごろの子どもたちが大勢覗いていた。
その中に麻乃の姿が見えて、心臓が大きく鳴った。




