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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 下準備

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第67話 師の思惑

 耳鳴りがして、部屋中の空気が固まった気がしたのと同時に、(たくみ)は体が動かなくなった。

 声も出せない。

 みんなも同じなのか動く気配をまったく感じない。


 ちょうど梁瀬(やなせ)のほうを向いていたおかげで、その表情がよく見えた。眉をひそめた梁瀬は、一点を見つめている。


「なんスか? どうかしました?」


 岱胡(だいご)の声が聞こえ、気配が動くのを感じた。


(動けるのは岱胡だけ? どうして……?)


 そう思った一拍後に、もう一つの気配が動いた。


「なに? みんなどうかしたの? あたし、本当に急いでるからもう行くね」


麻乃(あさの)の声だ! 麻乃も動けるの?)


 扉が開き、閉じる音が部屋に響いた。

 麻乃と岱胡の声が遠ざかっていく。


「あれっ?」


 裏返った声をあげた梁瀬の表情に焦りが見える。

 二人が出ていった後、梁瀬ががっかりした様子で机を打つと、体が解き放たれてがくんと揺れた。


「あんた、いきなり何をやってくれているんだ! 追いつけなくなっちまったじゃないか!」


 修治(しゅうじ)が掴みかからんばかりの勢いで、梁瀬に詰め寄る。


「いや、ごめん……もしかして麻乃さん、術が効きやすくなってるのかな~、って思って、ちょっと金縛りを……」


「ヤッちゃんが昨日、試してみようか、って言ったのはこれのこと?」


 慌てて言い訳を始めた梁瀬に、巧はそう問いかけた。


「うん、この部屋に有効にかけたんだけどね、一瞬、止まったから……かかったのかと思ったんだけど、やっぱり動いてたね」


 梁瀬は苦笑いを浮かべ、頭を掻いている。


「やるならやるで、先に一声かけてくれ。俺はこんなに驚いたのは久々だ」


「本当だよ、俺も術をかけられるなんて久しぶりで驚いたよ」


 凝りをほぐすように首を動かした徳丸(とくまる)がぼやき、穂高(ほだか)も、ほっと息をついて椅子に腰を下ろした。


「ごめん。本当にごめんね。すごく気になってたからさ……でも、やっぱり、かからないのははっきりしたよね?」


 梁瀬は巧の顔を見てそう言った。

 修治も納得したようにうなずいている。


(でも……だったら庸儀(ようぎ)との交戦で麻乃が見たものは、一体、なんだっていうのかしら……?)


 巧が考えにふけっていると、梁瀬の後ろを無表情のまま鴇汰(ときた)が通り過ぎていったのが見えて慌てて呼び止めた。


「なんだよ」


 振り返った鴇汰の目の前に、巧は手紙を一通、差し出した。


「あんた、明日は休みよね? 悪いんだけど、この手紙を届けてほしいのよ」


「別に構わないけど、どこに届けるのよ?」


「麻乃の道場、あんたも知っているわよね? そこの師範の高田たかださんに渡してもらいたいの」


 鴇汰が手紙を受け取ろうとした手を、さっと引っ込め、巧を睨む。


「そんなの、麻乃に頼めばいいじゃねーの」


「そうしようと思っていたんだけど、帰ってしまったじゃない。少しばかり返事を急ぐから、明日の昼には届いてないと困るのよ」


「だったら、あんたが自分で行けよ」


「そうしたいけど、私は明日から北詰所でまた中央から離れるから、今日は家に戻るって子どもたちと約束してるのよね」


 鴇汰はぐっと言葉を詰まらせると、大きなため息をひとつつき、手紙を乱暴に奪い取った。


「いいよ。わかった。届けるよ」


「ありがとう。助かるわ」


 会議室を出ていく鴇汰の後ろ姿にお礼を言った。


(まずは一つ、うまくいった。あとは明日か……)



-----



 中央から戻った麻乃を、高田は朝早くに道場へ呼び出した。


「今夜から留守にするが、市原(いちはら)の手助けを頼んだぞ」


「はい」


「今日は準備で少々慌ただしくてな、時間があるなら今日も手を貸してやってくれ」


「わかりました……」


「深夜に出発するが、多香子(たかこ)も一人で心細いだろう、おまえ、ここへ泊まっていけ」


 麻乃は昨夜のうちに山で数頭の獣を狩り、中央で食材の調達は済ませてきたと言う。明日はそれらをここへ持ってくるだけだろう。

 泊まっていったところで、なんの問題もないだろうことはわかる。


 麻乃のほうも、深夜に人けのない道場に、多香子だけが残ることに不安を覚えたようで、素直にうなずいた。


「一度、詰所に戻って、隊員たちに明日のことなどを指示してきます」


「そうだな、それがいい。それから、耕太(こうた)正次郎(しょうじろう)雅人(まさと)琴子(ことこ)の四人が緊張しているようでな。気にかけてやってくれ」


「緊張? あの子たちでも緊張なんてするんですか?」


 麻乃が驚いた様子で高田に問いかけてくる。

 その姿に昔の修治と麻乃を思い出し、苦笑した。


「馬鹿者。誰でも少なからず緊張はする。(あきら)でさえも落ち着きがないほどだ。演習前に嬉々としていたのは、おまえと修治(しゅうじ)くらいだ」


「なんだか意外です。あたしのことは軽んじて見て、舐めてかかってきたのに」


 高田は初めて麻乃が子どもたちと顔を合わせた日に、相当舐められていたという塚本の話を思い出し、つい大声で笑った。

 麻乃はバツの悪そうな顔をしている。


「やつらにはこれが最後だからな。その後の洗礼を思うとことさらなのだろう」


「そうですね。じゃあ、とりあえず詰所へ行ってきます。すぐに戻りますので」


 立ち上がって道場を出ると、馬を走らせて詰所へ戻っていく麻乃を見送った。

 高田はすぐに、塚本(つかもと)と市原を部屋へ呼んだ。


「おまえたち、今日は少し面白いものが見られるかもしれないぞ。洸のやつがよく動けるように、体を温めておいてやってくれ」


「わかりました」


「洸のことは麻乃には内緒にしろ。それと二人とも、麻乃の様子をよく見ておいてくれ」


 麻乃が駆けていったほうへ目を向けたまま、この後のことを考えた。

 塚本も市原も、まったく意味がわからない様子で、首をひねりながらも言われたとおり洸に体をほぐしておくようにと、指示を出しに戻っていった。


 一度、机に向かって手紙をしたため、それを笠原(かさはら)の道場へ預けに出かけた。

 挨拶を交わし、宛先を知らせて頼むと、快く受けてくれた。そういえば、ここの子息も蓮華(れんげ)の一人であることを思い出す。


 実際に会ったことはないけれど、どうやらいい使い手で人柄もよく、既に両親以上の力を備えているという噂を聞いている。そろそろ麻乃も戻る頃だろうと思い、礼をして笠原の道場を後にした。


 高田は戻ると、まず洸の様子を見た。

 塚本に指導されながらも言われていることが耳に入っていないようで、集中しきれていない。塚本も市原も他の師範たちも、最近の洸には手を焼かされている。


 麻乃と演習をさせて以来、なにかこだわりを持ったらしいことはわかったけれど、どうも方向性を間違えているようだ。

 蓮華の中村(なかむら)から今日の申し出があったときに、これはちょうどよい機会かもしれないと思い、高田は洸の訓練もそこへ組み入れてみることにした。

 道場の片隅で見守っている塚本に声をかけた。


「洸はどうだ?」


「ええ、相変わらずこちらの言うことを聞いたふりです。まったく……なにを考えているのやら……」


「そうか……あれも思慮がまだまだ浅い。が、それも今日までのことになる」


 断言した高田に、塚本は不思議そうな顔をして問いかけてきた。


「一応、今のところは基礎をさせて体をほぐしてありますが、今日は一体、なにを……?」


「まぁ待て。すぐにわかる」


 そう答えてにやりと笑うと、また自分の部屋へと戻った。



----



 詰所で隊員たちに指示を出してから道場へ戻ってくると、まず高田に挨拶をした。中央で買ってきた野菜類を多香子に預け、麻乃は耕太たちのところへ向かった。


「あ、麻乃ちゃん、久しぶりじゃん」


 琴子が気づいて声をかけてくる。

 洸や耕太や他の子どもたちは姓で呼ぶのに、琴子だけは名前にちゃん付けで呼びかけてくる。


「ねぇ、その呼び方さぁ、やめにしない? あたし、これでも一応、立場ってもんがあるわけよ」


「立場だなんて格好つけちゃって。私より大きくなったら、藤川さんとか麻乃さんとか呼んであげてもいいけどね」


 ふふん、と琴子は鼻で笑って麻乃を見下ろしてくる。

 憎らしいことに、八歳も年の離れた琴子のほうが麻乃よりも大きい。


 こうやって比べることがあると、つくづく泉翔人(せんしょうじん)は誰もが大きいと実感してしまう。耕太や洸など、もう穂高たちとそう変わらない上背だ。


「そんなことを言っていられるのも、あと少しだよ。洗礼を受けて印をもらったら、否応なくあたしの立場や存在を思い知らされる。軽口なんてたたいていられないからね」


 腕を組んで琴子たちを見上げると、思い知らせるように、にやりと笑ってそう言った。琴子の顔色がさっと変わり、その後ろの耕太や正次郎まではっとした表情で振り返った。


「なに? あんたたちみんな、本当に緊張してるんだ?」


 反応の速さに驚いて問いかけると、いつもなら食ってかかってくるほどに元気なのが黙りこくったままだ。


「ふうん。ビビってるんだ?」


「ビビってるんじゃねぇよ」


 雅人がうつむいたままつぶやいた。

 こちらも思った以上に元気がない。


「あんたたちの腕前だったら、少しくらい腕の立つ相手でもいい線いくでしょ? 相手が強いほど燃えてこない? 自分の腕がどこまで通用するか、とかさ」


「今までは、そう思っていたけど……なぁ?」


 耕太が同意を求めるように言うと、全員がうなずいている。

 本当に覇気のない姿だった。どうやら思っていた以上に、これからのことに重みを感じているらしい。


「別にさ、最後の演習の結果が洗礼に影響するわけでもないんだから、あんたたちは思い切りやればいいんだよ」


「そんなことはわかってるよ」


「それならしっかりしなよ。そんな覇気のない姿、らしくないよ。勢いがいいのが取り柄なのに消沈してたんじゃ、実力の半分も力が出なくなる」


 麻乃は腰に手を当て、みんなを見回す。


「それとも戦士より、なりたいものでもある? 本当は印を受けたくない、とか?」


「そんな訳ないだろ! 俺たちは戦士になることだけを目指してきてるんだ!」


「だったら、シャンとしなよ。あんたたちなら絶対に大丈夫だから」


 そう言いながら琴子の背中を思い切りたたいた。

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