第64話 解決への糸口
「ちゃんと確認していたのに、刀を振るうたびに倒れていくのは大石や巧さんの隊員で……あたし、頭がおかしくなりそうで……」
「そんな馬鹿な……あんたが倒したのは間違いなく全部が敵兵だったわよ」
それで目が覚めた瞬間、麻乃はあんなに動揺していたのか。
敵兵を倒したつもりが自分の隊員を斬っていたなんて、気が触れそうになるのも当然だろう。巧は麻乃の震える肩を見つめながら、胸が締めつけられるような思いに駆られた。
「安心しなさいよ。本当にみんな、無事だからね」
麻乃がひどく小さく見えて、その背中をもう一度さすってやる。
「あたし、この頃、全然役に立ってないよね。なんでこんなにみんなの足手まといにしかならないんだろう。自分がこんなに役立たずだとは思わなかった」
「馬鹿を言うんじゃないわよ、たまたまおかしなことが続いたからって。あんたはこれまで十分過ぎるほど動いてきているのよ? あんたが役立たずだったら私らなんて、戦士としてやっていられないわよ」
「だって……」
「変なことばかり考えないの。今夜は七番の子たちを連れて、花丘にでも行っておいしいものをたっぷり食べてきなさい」
カップに口をつけてコーヒーを飲んだ。
やけに苦くて、巧は思わず顔をしかめた。きっと全部のコーヒーを、麻乃の好みに合わせて淹れたんだろう。
「報告書は次の会議に間に合えばいいんだから、この後は食べるものを食べて、ゆっくり休みなさい」
「でもあたし、今夜は道場に行かないと」
「それも明日にしなさい。私が行って、ちゃんと伝えてきてあげるから」
あの厳格そうな師匠も、きっと麻乃のことを心配しているに違いない。巧の言葉に麻乃の顔がほっとしたように緩んだ。高田のことを思い出し、巧もつい口元が緩む。それを隠すように小坂を振り返り、手招きをした。
「小坂。そういうことだから、みんなを集めてよ。これのお守りもしっかり頼むわよ」
「わかりました」
立ち上がって隊員たちを呼びに行ったのを確認してから、麻乃を立ち上がらせてその腰をたたき、しゃんとさせた。
全員が車に乗り込み、走り出していくのを見送った巧は、最後に車を出そうとしている小坂を呼び止めた。
「麻乃だけどね、しっかり見ていてやってちょうだいよ」
「わかっています。あの人、近頃どうも様子がおかしいですからね」
「やっぱり気づいてた?」
「当たり前ですよ。これでもあの人が蓮華として部隊を持ってから、ずっと一緒にやってきていますので」
「そういえばそうだったわね。じゃ、よろしく頼むわね」
小坂の肩をたたき、踵を返すと宿舎に戻った。巧は一人になってから、深いため息をついた。なにか大きな問題を抱えているのは明らかだけれど、本人が話したがらない以上、無理に聞き出すわけにもいかなかった。
出かけるための身支度を整えると、西区出身の隊員を呼んで麻乃の通った道場へ案内をさせた。
辺りは暗くなり始め、道場にはもう門弟の姿はなく、ひっそりと静まり返っていた。
裏手に回ると、勝手口から声をかける。
一人の女性が顔を出し、巧は中へ通された。
「失礼します」
案内された部屋へ入ると、修治の姿もあった。
「ああ。あなたでしたか。今日はお忙しいのにお手間を取らせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「いえ。こちらこそ慌ただしくしてしまって……」
「本当でしたら、私の方からご挨拶に伺わなければならなかったのですが、今日はこの後、少々予定がございましてね」
「それなんですが、麻乃の様子がおかしかったものですから、隊の者たちと花丘へ出しました。それで今日は、こちらに来られないということを伝えに参った次第です」
「そうでしたか」
「余計な真似かとは思ったのですが……明日には私が責任を持って、こちらへ寄越しますので」
深々と頭を下げたのを制され、顔を上げると高田の表情は笑みを湛えている。
「まったく、あれの周りには本当に人柄の良い方が多くて驚かされます」
案内をしてくれた女性が巧と高田、修治の前にお茶を出してくれながら、その言葉に小さく頷いている。
「今度のことでも、クマや松恵、これ……娘からも、きつく言うなと散々念を押されましてね」
手伝いの女性かと思ったら娘さんだったとは。
娘さんが部屋を出ていくときに、修治と視線を交わしたのを横目で見た。
「まあ、そう構えずに来るようにと、伝えてやってください」
「わかりました」
委縮した麻乃の姿を思い出し、くすりと笑って返事をした。
「巧、麻乃のやつから、なにか話は聞けたのか?」
修治の頭には、そのことしかなかったらしい。
とりあえず出されたお茶をいただいて喉を潤した。温かいお茶が、緊張していた体にじんわりと染み渡る。
「今日の敵襲ですが、ずっとご覧になられていましたか?」
問いかけに高田は腕組みをしたまま、頷いた。
「あれが狙われているようだったのも、様子がおかしかったのも見て取れました。これが出るというので行かせましたが……」
高田は修治にちらりと視線を向けてから、巧に向き直った。
「おかげで助かりました。あれほど集中されると私たちだけでは手が回らなかったと思います」
あらためて頭を下げてから、膝を正した。
「様子がおかしかったことですが、対峙していた敵兵に攻撃が当たらずに焦れていたからのようです」
「確かに、避けるのは上手いやつらだったな」
組んだ指先を見つめながら、修治が呟いた。
「それに……どうやら麻乃には、倒した相手が隊員たちに見えていたようです」
「自分の隊員たちを斬ったと思っていた、ってことか?」
修治の問いかけに巧は頷く。
「目が覚めたときはかなり怯えていました。私のことも死んだと思い込んでいたようで……」
「敵兵に術でもかけられていたのだろうか?」
「それはないと思います」
お茶をすすりながら言った高田に、修治は拳を握って口もとへ持っていき、一瞬、難しい顔を見せてから、きっぱりと言い切った。
「どうして?」
「前に梁瀬から聞いたんだが、麻乃には術が効きにくいらしい。かけるつもりなら、相応の準備期間が必要だと言っていた」
「ふむ……確かにその類の話があるのは聞いたことがある。となると、あの混乱した中で打ち合いながら、術中に嵌めるのは難しいか?」
「そう思います」
「でも、そうしたら麻乃の言っていたことはなんなの? もしかしたら体質の問題とかがあるんじゃないかしら?」
修治が苛立った様子でため息をついた。
「前に穂高も似たようなことを言っていたが、体質云々ってのなら、これまでにも同じようなことがあったはずだ」
「覚醒しかけていて、変わったりするんじゃない?」
「それも、より強固になるならわかるが、緩くなるとは思えないだろう?」
そう言われると、確かに修治の言う通りかも知れない。巧も眉をひそめた。麻乃の状態は、単純な術の影響では説明がつかない。
「今日はたまたま俺がいた。けれど次に同じことになったときにも出られるとは限らない。戦いの最中、また意識を失われたら終わりだ。だからといって全員があいつを気にして防衛がおろそかになるんじゃ話にならないだろう? 俺はそれが怖い」
「シュウちゃん……」
「俺は避けられているしな。表立って手出しもできない」
自嘲気味に笑った修治の肩に、巧は手をかけた。
「これまでのことを踏まえて考えると、やはり、あれをなんとか覚醒させるしかないのだろうな」
それまで黙って聞いていた高田は、思い詰めた表情で、手にした湯飲みを見つめている。
「ただ、どうもなにか引っかかるものがあるようで、それを取り除いてやらないことには、どうにもならないのです。理由についても一向に話そうとしない」
「麻乃の性格から言って、無理に聞き出そうとしても逃げる一方でしょうね」
高田が大きく頷いた。
「大陸で鬼神の偽物が現れ、今日のようなことがあった以上、あれを不安定なままで大陸へ渡すわけには……聞けばこれに対してだけではなく、あなた方からも離れようとしているようですね」
「みんな大嫌い、だそうですから」
中央で、麻乃が勇んで叫んだ言葉を思い出し、くすりと笑って返した。
「豊穣まであと二週間ほどです。せめて、あなた方との関係が以前のようであれば、誰と組んでも添って行動するのでしょうが、反発心を持ってしまったら、あの広い大陸で、なにか起きたときの対処が難しくなります」
「例年通りなら、俺と麻乃は一緒になるんだろうが、今のままじゃあ奉納さえうまく済ませることができるかわからない」
重苦しい雰囲気が部屋を包む。巧は湯飲みを両手で包み込むようにして持った。
「不安な要素が多いのですが、私は一つがうまくいけば、半分……いえ、もしかするとそのほとんどを、解消できるんじゃないかと思っています」
「ほう、それは一体?」
巧の言葉に高田が驚いて身を乗り出してきた。
「シュウちゃんもわかっているでしょ。麻乃の癇に触れた原因を、どうにかすればいいのよ」
「どうにか……ったって、あれは横槍を入れたら余計に拗れるだろう? 下手をすればこの間の二の舞だ」
「私に少しばかり考えがあります。それにはこちらで、お嬢さんを含め、手を貸していただくことになりますが」
「多香子にも? あんた一体、なにをする気だ?」
身を乗り出して立ち上がりかけた修治を、高田が制した。
「今は、いい方へ向かう可能性が少しでもあるなら、それを試してみようじゃあないか」
その言葉に、巧はお礼を言って深々と頭を下げた。
「どちらかが落ち着いてくれればいいのだが……」
ぽつりと呟いた高田の言葉を巧は聞き逃さなかった。




