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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 再来

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第62話 もう一人の鬼神

 麻乃(あさの)たちが去った岩場で、高田(たかだ)は大きなため息をつき、海へ目を向けている。

 敵艦が少しずつ近づいてくる。


「先生、このあとはどうされますか? 道場へ戻りますか?」


 修治(しゅうじ)は高田のそばへ歩み寄って尋ねた。


「うむ、本当なら戻らなければならないのだろうが……修治、戦場が見えるいい場所はないか? 不謹慎だが、麻乃の戦いぶりを見てみたいと思うのだが」


「そう言うだろうと思っていました」


 苦笑して答えると、高田とともに車に乗り、堤防に程近い場所の岩場まで移動した。


「ここなら高台ですから敵兵からも見え難いし、戦場も見渡せます」


 大きめの岩陰から海岸を見下ろしたちょうどそのとき、敵艦から兵が砂浜に雪崩れ込み、麻乃と巧の部隊が堤防を駆け下りた。


「青いのは麻乃の部隊か? あれはまた、ずいぶんと懐かしい姿だな」


「麻乃が最近、よくまとっているのは知っていましたが、部隊全員というのは初めて見ましたよ」


「あれは私がまだ現役だったころ、戦士たちが好んで着ていたのと同じものだろう。隆紀と麻美も着ていたな」


 高田が懐かしそうに目を細めた。

 戦場の混乱の中でも、濃紺に赤茶の髪が映えてすぐに麻乃だとわかる。


「思ったよりもよく動くな。この部隊では初陣だったか?」


「はい。ほとんどが新人ですが、連携もしっかり取れているようですね」


 問いかけに答えてから、修治は再度、砂浜全体を見回した。こうして高所から戦場を俯瞰するのは初めての経験だった。ただ、今こうして見渡してみると――。


「俺もこうやって見るのは初めてですが……それにしても……」


 全体が見渡せるからか、なにかおかしいと気づいた。

 敵兵がやけに麻乃の周囲に集まっているように見える。明らかに意図的な動きだった。


「先生……」


「ああ、どうやら狙われているな」


 敵艦に目を向けてはっとした。赤髪の女がいる。

 高田の腕に触れ、指をさした。


「あれを見てください」


 修治の指したほうへ目を向けた高田は、驚きもせず感心したように大きくうなずいた。


「ほう、偽物が現れるとはな。なかなか面白い真似をしてくれるじゃあないか」


「偽物と思われますか? 諜報の情報では自ら鬼神(きしん)を名乗っていると言いますが」


「なんだ、おまえはあれが本物だと思うか?」


 そう問われて考え込んだ。いくら考えてみても、本物か偽物かの区別など、どうつけたらいいのかわからない。


「あれが本物なら、あんなところでぼんやり突っ立ってなどいられない。先陣切って戦場へ飛び出すだろう。血がそうさせるのだよ」


「麻乃のように、ですか?」


「そうだ。どこから漏れたのか、以前おまえが言ったとおり、大陸に鬼神の情報が流れたようだな」


 やっぱり、あのときの諜報のやつか。

 けれど、姿を似せて名乗りを上げたからと言って、なんの得になると言うのか。修治の頭の中で疑問が渦巻いた。

 麻乃を手に入れようというのなら、偽物の存在は必要ないだろう。それとも、なにか別の目的があるのか――。


「む……少しばかりまずいようだな」


 高田の言葉に戦場を見た。

 麻乃は群がっていた敵兵から抜け出していて、新たな隊と打ち合っている。その動きが妙に鈍い。普段の麻乃らしからぬ、迷いのあるような剣筋だった。

 思わず立ち上がり、修治は月影(つきかげ)の柄を握り締めた。


「――しばらく離れます」


「間に合うか?」


「間に合わせてみせます」


 高田がうなずいたのと同時に、修治は岩場を飛び降りた。

 戦場まではまだ距離がある。砂浜に降り立つと、全力で走った。足音が砂を蹴り、心臓が激しく鼓動する。麻乃の顔が頭をよぎった。


 喧騒がだんだんと近づいてくる。麻乃のいる場所へ向かって、混乱の中へ飛び込んだ。


 (たくみ)の部隊の隊員たちは経験が多い分、見ていても問題はなさそうだ。

 戦場を走りながら、時折、気押され気味になっている麻乃の隊の新人たちをかばった。彼らの動きには確かに連携は取れているが、実戦の重圧に押し潰されそうになっているのが見て取れる。

 敵兵が固まっている辺りに近づく。


「シュウちゃん!」


 同じ場所を目指して駆けてきた巧とかち合った。


「麻乃が――」


「見ていた。俺が向かう。あんたは隊員たちと周囲の敵を散らしてくれ!」


 巧はすぐさま敵兵の集団に斬りつけた。

 倒れ伏していく隙間から、少し離れた場所に麻乃の姿が確認できる。

 あとを巧に任せて突き進む。修治の視界には麻乃しか映っていなかった。


 麻乃はひどく動揺しているように見える。敵兵を斬り倒した瞬間、夜光(やこう)を落とし立ちすくみ、悲鳴を上げるとそのまま倒れた。


(なんだ! なにがあった!)


 倒れた麻乃に近づいた男が剣を振り上げ、戦艦を一度振り返っている。

 思い切り踏み込んで駆け寄った。


 男が間を置かなければ間に合わなかっただろう。修治は麻乃の前で片膝をつき、振り下ろされた剣を辛うじて受けた。金属同士がぶつかり合う鋭い音が響く。


 押し込んできた剣を流して弾き、バランスを崩してよろけた敵兵の顔に、修治ははっとした。


「おまえ……あのときの!」


 かつて諜報で入り込んできたリュとかいう男だ。

 続けざまに打ち込んでくるリュの攻撃をかわしているうち、背後から麻乃に迫った敵兵に気づいた。


(まずい! 向こうを受け切れない!)


 そう思ったとき、背後の敵兵と麻乃の間に濃紺の影が飛び込んできた。

 顔は確認できなくとも、上着で麻乃の隊員だとわかる。


安倍(あべ)隊長、どうしてここに!」


小坂(こさか)か! 説明はあとだ、何人かで周りを固めて敵を散らしてくれ!」


「わかりました!」


 倒れた麻乃の姿を見た隊員たちの士気が上がったのを感じた。背後で次々に敵兵が倒れていく気配を感じる。

 修治は立ち上がり、月影を構え直してリュを睨み据えた。


「よくもまた、この国に足を踏み入れることができたもんだな。おまえ、こいつになにをしやがった」


「思い出深い島だからね、昔はなかなか楽しませてもらったけれど、今日は後片付けに来ただけだ」


 薄ら笑いを浮かべたリュが答えるのと同時に斬りかかった。


「おまえごときに、こいつが片づけられるかよ」


「あと少しじゃないか」


 肩口から突きかかってきた剣を、右の月影で弾き返すと、左でもう一刀の紫炎(しえん)を抜き様に右へ流して斬り上げる。修治の動きに無駄がない。長年の鍛錬が体に染み付いている。

 リュの脇腹をかすめ、修治から飛び退いた足元に血が滴った。

 リュの顔に焦りの表情が浮かんだ。


「きさま……」


「この国から持ち帰った情報をもとにしたってのに、ずいぶんとお粗末な偽物を連れてきやがって、おまえだけは黙って帰すわけにはいかないな」


「ジェさまを愚弄するのはやめてもらおうか!」


 剣を構えたリュの肩を白い影が引き戻した。

 いつの間に戦艦を降りてきたのかジェが目の前に立っている。


「いつまでかかってるんだよ、あんたはさっさとことを済ませてしまいな。こいつは私が相手をしようじゃないの」


 リュを突き飛ばして修治の前に出てくる。

 片手には剣を下げ、長い髪と白いドレスが風に揺れた。

 間近で見ると、妙な威圧感が漂っているが、修治には作り物めいた薄っぺらさしか感じられなかった。


 月影を鞘に納めて紫炎を構えると、勢いだけで振りかざしてきた剣を逸らす。

 ジェが左側を執拗に攻撃してくるのを、修治は様子を見るために受け流し続けた。


(腕前はたかが知れているな)


 そう思い応戦すると、逃げるのはうまい。

 けれど、ただそれだけで基本も型もなく、闇雲に向かってくるだけだ。


 基礎からみっちりこの体にたたき込まれ、実戦で何年も経験を積んできた修治には、ただのこけおどしにしか映らない。容易に倒せると踏んで、力を込めてジェの剣をたたき落とした。


 驚いた顔を修治に向けたあと、不敵な笑いを浮かべて修治を舐め回すように見つめてくると、甘ったるい声を出した。


「あんた、やるじゃない。私と一緒に来ない? あんな役にも立たない女のところにいるより、よっぽどいいわよ」


(この女……イカレてるのか? この俺に来いだと? 麻乃が役に立たないだって?)


 怒りが頂点に達した。


 紫炎を握り直してからジェに斬りつけた。

 下から掬い上げた一振り目が、余裕を見せるように軽く後ろへ飛び退いたジェのドレスの裾を裂き、そのまま斜めに切り下げた刃先が額を斬った。


 赤髪がひと房落ちる。

 息を飲んで額を押さえたジェの指の隙間から血がにじみ出た。


「偽物風情が! くだらないことを言いやがる。これしきの攻撃もよけられずに、よくも麻乃を役立たず呼ばわりできたもんだな。浅いんだよ、なにもかもが!」


 ギリギリと歯噛みしながら、修治を睨み据えてくるジェの全身から殺気を感じる。

 それも先だって麻乃が放った殺気に比べれば、微塵も恐怖など感じない。


「私の顔に傷を……本物がなんだっていうんだい! この世から消えてしまえば、私こそが本物だ!」


「戯言を——!」


 もう一度踏み込もうとして、いつの間にか麻乃のそばから離れてしまっていることに気づいた。修治の心臓が跳ね上がる。

 振り返ると、リュが今まさに麻乃に剣を突き立てようとしていた。

 周囲にはそれに気づいているものはいないようだ。


(しまった!)


 修治の血の気が引いた。


 ジェの高笑いが響く中、咄嗟に小柄を投げようとしたとき、リュの手から剣が弾け飛び、その体が大きく仰け反って倒れた。


「なんだ! なにが起きた!」


 修治はすばやく周囲に視線を巡らせた。

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