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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 暴挙

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第59話 絆と葛藤

 夕方になってから、麻乃(あさの)は詰所に戻ってきた。

 走り回ってクタクタのまま、小坂(こさか)を呼んで隊員全員を会議室に集めた。


「もう話を聞いてると思うんだけど、おとといの揉めごとが原因で、うちの部隊は当分の間、柳堀(やなぎぼり)を出入り禁止になった」


 誰もなんの反応もしない。


「悪いことをしたとは思ってないけど、軽率だったのは確かだ。本当に迷惑ばかりでごめん。それで、これからのことなんだけど……」


 黙ったままでいる隊員たちを、麻乃はぐるりと見回す。


「正直、あそこを出禁になると、まず飯の問題が出てくるんだよね。トクさんのところに頼んで、ある程度の食材は調達してもらえても、十分な量ってなると難しいと思う」


「自炊は特に負担にはなりませんよ」


 即座に小坂が返す。


「うん、でも、買い出しも生ものは大変だし。だからあんたたち、しばらく中央に戻って……」


「あっちはもう全員、引き上げてきちまいましたよ」


 矢萩(やはぎ)が言う。


「あ……そっか。それじゃあ……」


 腕組みをしてどうするか考え込むと、新人の島田(しまだ)が問いかけてきた。


「仮に俺たちが中央に戻ったとして、隊長はどうするんですか?」


「あたし一人ぐらい、自分でどうにでもできるよ。山も海も、川だってあるんだし」


 麻乃は真面目に考えているのに、隊員たちにどっと笑われ、むっとした。


「なにがおかしいってのさ?」


「まず、大きな問題が三つ、ありますよね?」


 笑いをこらえながら、杉山(すぎやま)がそう言って指を三本立てた。


「一つ目は、俺たちはもう、ここが拠点だから動けない。二つ目は、ここを離れちまったら、なにかあっても迅速に対応できない、ってことです」


 ほかの隊員たちもうなずいている。


「三つ目。これが最大って言うか、重要な問題ですよ。あんた一人を、野放しにしておくわけにはいかないんです」


「野放しって……なんて言い草だよ。子どもじゃあるまいし、そんなになんどもばかな真似はしないよ!」


 かっとしてつい大声になる。


「そんなら聞きますけど、野菜とか保存食とかはともかくとして、肉でも魚でも、手に入ったらどうするつもりなんです?」


「そりゃあ、ちゃんと調理とかいろいろ……」


「馬鹿言っちゃいけませんよ。隊長に料理なんか、無理に決まってるじゃないですか」


 杉山の後ろで豊浦(とようら)が呆れ顔をして肩をすくめた。


「変なもん食って、当たって寝込まれでもしたら困るんですよ。俺たちが」


「そうそう、あの家を見せられちゃねぇ、どんなもんを作るってのか、容易に想像できますよ」


 新人たちにまで言われ、麻乃は返す言葉もなく顔が赤くなる。


「ここに来る前に言いましたよね? ついて行く気でここに立っている、って。隊長は方向だけ決めて、こうするからついてこいって、そう言えばいいんです」


「俺たちだけをどうにかしようなんて、考える必要はないんですよ」


「絶対に自分だけでどうにかするんだろうって思ってましたよ。隊長の考えそうなことですからね」


 新人の西上(にしうえ)富井(とみい)蓮見(はすみ)もそう言って笑った。


「あああっ! もう! だったら一体、どうしろってのさ!」


 机をたたいて叫ぶと、小坂がきっぱりと言いきった。


「俺たち、二手に分かれます。あんたが中心で一組は食材調達、もう一組が調理担当、これで決まりでしょう? なにか問題でも?」


「大ありでしょうが! 五十一人分だよ? どうすんの、そんなに……毎食分も……」


 ざっと計算しただけでも、一日分を調達することを考えると、気が遠くなりそうになる。麻乃は軽く目眩がした。


「別に一日三食の必要もないでしょ。買い出しにも行くんだし不足するってことにはならないですよ」


「いいじゃないですか、演習の延長みたいで」


 岡山(おかやま)高尾(たかお)がまるで危機感のない様子で、気楽に言っている。


(――まったく、どいつもこいつも、ああ言えばこう言う)


 多勢に無勢でなにを言っても無駄なら仕方ない。

 それに確かに、みんなが言うことも最もだと思う部分が多々ある。


「わかった。それならみんな、ここに残ってもらう。食材調達も、あたし一人のつもりでどこで獲るか決めてきたけど、乱獲をしないようにもう一度考え直すから、もうさっさと班を決めちゃってよ」


 椅子にどっかり腰をかけて机に頬づえをつき、麻乃は不貞腐れてみせた。


 ――数日後。


(あたしは……なんでここに座っているんだろう……)


 今回の会議は絶対にサボるつもりでいた。

 前回、気まずい空気を作ったままだったからだ。誰かと顔を合わせるのが億劫で、できることなら一人でいたかった。それなのに、結局はこうして会議に出席し、蓮華(れんげ)の皆と向き合っている。


 徳丸(とくまる)は西詰所で一緒になっても変わらずいつもどおりに接してくれた。柳堀でもめごとを起こしたときも、叱られはしたけれど変に問い詰めてはこなかった。

 だから麻乃もそれを受け止めた上で、意思を伝えたつもりだ。


 ただ、柳堀のことがあってからずっと、高田(たかだ)の呼び出しからも修治(しゅうじ)の家族からも、おクマや松恵(まつえ)からさえも顔を合わせないように逃げ続けている。修治の耳にもすべてが伝わっているだろう。修治がどう思っているのか、考えるだけで胸が苦しくなる。


 放っておいてくれるといいのだけれど、また詰め寄られたらかっとしてしまうかもしれない。憤りがどうにも抑えきれず気づいたら刀に手をかけていることもしばしばだ。だから麻乃は余計に人に会いたくなかった。


 徳丸もそんな思いを察してくれているのか、無理に連れ出そうとはしないで、ちゃんと来るんだぞ、と一言だけ残して先に中央へ戻っていったのに。


「隊長、明日なんですけど、俺たち食材や日用品の買い出しに行きたいんですよね」


「車二台、用意できたんで、中央まで付き合ってもらってもいいですか?」


 矢萩と里子(さとこ)にそう言われ、仕方なくうなずいた。

 そして今日、買い出しに付き合ってそのまま帰るつもりが、まず軍部で降ろされた。


「じゃ、買い出しを済ませて、会議が終わったころに迎えに来ますから」


 と、置いてきぼりを食らってしまった。

 呆然と立ち尽くしているところを梁瀬(やなせ)穂高(ほだか)に見つかって捕まり、会議室へ連れられてきた。隊員たちに騙されたような気分だったが、今思えば、彼らなりの気遣いだったのかもしれない。


(報告することなんか、なにもありやしないのに……)


 どの浜も報告がないのは同じだったけれど、収穫祭まで残り一月を切っていて、そのあとの豊穣(ほうじょう)の儀を含めた準備についてが話し合われた。


 シタラからはまだ知らせはない。

 組み合わせも行き先も、これまでほとんど変わることがなかったのを考えると、例年通り麻乃は修治と一緒にヘイトだろう。


 再度、大陸へ渡った諜報員たちの連絡も、届くのはまだ先の話だ。

 麻乃は一分でも一秒でも早く、西区に戻りたかった。視線を感じてもうつむいて誰とも顔を合わせないようにしていた。


 椅子がガタガタと動く音が響き、はっと我にかえると、上層部が立ち上がり出ていくところだ。麻乃は荷物を引っつかむとあわてて上着を羽織り、誰よりも早く会議室を出た。


 廊下へ出た麻乃は不意に腕を取られ、バランスを崩して誰かの体にぶつかった。

 ほんのわずかな痛みが、一瞬で苛立ちに変わり、相手の姿も確認しないまま、みぞおちあたりを殴りつけた。


 麻乃の足もとに跪いたのが鴇汰(ときた)で驚く。

 

「いきなり……かよ! なにすんだよ!」


「それはこっちのセリフだよ! 鴇汰がいきなり腕をつかむから、そういうことになる」


 つい言い返し、掴まれたままの腕を力任せに振りほどいた。

 会議室のドアからほかのみんなが顔を出している。


「俺はただ、医療所で言ったことを謝ろうと思っただけなんだぜ? 言い過ぎて悪かったって、ずっと思ってたから……」


「言い過ぎたと思っても間違ったことを言ったとは思ってないんでしょ。そんなの謝られても困る。だいいち見たくないって言うから顔を合わせないようにしてるんだ。それでいいじゃないか!」


 鴇汰の謝罪の言葉が、かえって麻乃の怒りを煽った。


「いいわけがないだろ! ほかにも話があるんだよ、とにかく聞けよ!」


 もう一度触れようと伸ばしてきた鴇汰の手を、麻乃は思い切り払いのけた。


「そんな必要はないね。あたしは話なんかなにもない」


 鴇汰の顔が険しくなったのを見て、麻乃は自分の手が鬼灯の柄を握っていることに気づいた。


「なにやってんだよ! 二人とも本当にいい加減にしろって! 麻乃も柄を離すんだ」


 穂高もそれに気づいたのか、あわてた様子で割って入り、鴇汰の体を押さえた。

 麻乃の中で弾けた感情が抑え切れず、低くつぶやく。


「――また触れようとしたら、次は斬る」


「じょ……上等じゃねーか! だったら今抜けよ!」


 穂高の手を振りほどこうとした鴇汰を、岱胡(だいご)も押さえにかかった。


「もう、あたしに構わないでよ! 放っておいて! あんたたちみんな大っ嫌い!」


 麻乃は窓枠に飛び乗ると、そのままそこから飛び降りた。



-----



「あれは相当重傷みたいね。このところ、難しい顔ばかりして笑いもしないじゃないのよ」


 修治の隣で様子を見ていた(たくみ)が、深刻な表情でつぶやいている。


「触れられることでなにかのスイッチでも入るのか? このあいだ、俺が触れかけたときも飛んで逃げたぞ」


「問答無用で手が出ていたしねぇ、不安定云々っていうか、ちょっと危ない感じかも」


 徳丸と梁瀬もただ見守っていた。


「――似ているな」


 巧の横でドアにもたれ、修治は腕を組んだまま眉をひそめた。


「似ているって、なにがよ?」


「あいつら……麻乃と鴇汰だよ。感情の幅っていうか、動きが似ている」


 巧の問いかけに答えながら、修治は握った拳を口もとへ当てた。


「いや……違うな。似ているってより、憤りを増幅し合ってる感じだ」


「増幅ねぇ……確かにかなりヒートアップしてるねぇ」


 修治の言葉に梁瀬が答えたとき、麻乃の叫び声が響いた。


「もう、あたしに構わないでよ! 放っておいて! あんたたちみんな大っ嫌い!」


 あっ!

 と思った瞬間には、もう麻乃は窓から飛び降りていた。


「ちょっと……これは問題大ありね。また抜刀しようとするなんて」


「みんな大っ嫌いだとよ」


 廊下では鴇汰と穂高が窓から外を見下ろしている。

 苦笑している徳丸をたしなめるように睨んだ巧が、鴇汰に歩み寄った。


「あんた馬鹿ね。追い詰めてどうするのよ」


「俺はただ、話をしようと思っただけだよ! なのにいきなりパンチ食らって、揚げ句、抜刀されそうに……」


「麻乃の性格をもっと考えてごらんよ。タイミングを見計らわなきゃ逃げられる一方じゃないの」


 鴇汰はまた窓の外に目を向けた。

 その視線の先には、建物の向こう側に消える麻乃の姿がある。


「このあいだから、麻乃が尋常じゃないのは見てわかってるでしょ? あんたの気持もわかるけど、今はそっとしておいておやりよ」


「あんたに俺のなにがわかるってんだよ!」


 巧に食ってかかった鴇汰の頬を、修治は平手打ちした。


「おまえまであいつと一緒になって、かっかしてどうする。本気で麻乃を相手にするつもりなら、もっと冷静にあいつを見てやれ。以前のおまえなら、それができたはずだ」


 頬を押さえて悔しそうにしている鴇汰を、修治はじっと見つめた。


「おまえのことは気に入らないが嫌いじゃない。麻乃は俺にとって大切な妹だ。生半可なやつに預けるつもりはない。それだけは覚えておけ」


「…………」


 修治の顔を見ようともしない鴇汰は、黙ったままだ。

 その後ろにいる穂高も岱胡も、今の修治の言葉を意外だと言いたそうな顔で見ているのに、なにも言わない。

 このまま待ったところで、あれほど興奮していた鴇汰に、今は修治が望む答えを出すことはできないだろう。


「どうしても麻乃を構いたいっていうなら、俺を納得させるだけの度量を持てよ」


 そう言ってその場を離れた。

 歩き出した修治の後ろで、鴇汰を慰めるような巧の言葉が聞こえてくる。


「今は様子を見て、気が落ち着くのを待ってあげなさいよ。あんたにそのつもりがあるならね」


 それにしても、麻乃の態度はおかしい。

 修治に殺気を向けたこともそうだけれど、まさか鴇汰にまで、あんなにも怒りの感情を剥き出しにするとは思わなかった。


 医療所で、鴇汰に勘違いされていると泣きながら修治に訴えてきたときには、怒りより悲しみのほうが先立って見えたのだけれど……。


(あの後……麻乃にまた、なにかあったのだろうか?)


 ろくに口を聞きもしない、目も合わせようとしない麻乃から、なにかを聞き出すことは不可能に近い。しかも今は、高田の呼び出しからも逃げているらしいし、両親が訪ねていっても毎回、留守にしていると言う。


 廊下の角を曲がるとき、修治がふと視線を向けた窓の外に、トラックが二台停まっているのが見えた。建物の裏手から走り出てきた麻乃が、その荷台に乗り込むのを見て、修治はため息をもらすことしかできなかった。

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