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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 離反

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第56話 見えない距離

「で? なんで鴇汰(ときた)麻乃(あさの)にちょっかいを出すと、浮気になるってのよ?」


 刀を鞘に納めながら、(たくみ)は早速、聞いてみた。


「……まさかあんたたち、そういう関係?」


「馬鹿じゃないッスか! んな訳ないでしょ!」


 突拍子もないセリフに、岱胡(だいご)は間髪を入れずに否定する。


「じゃあ、なんだっていうのよ?」


「だってあの人、彼女いるじゃないですか」


「彼女? 鴇汰に?」


 驚いて穂高(ほだか)に目を向けると、穂高は首を横に振り、顔を曇らせた。


「いや……俺はなにも聞いてないよ」


「ホントに知らなかったんッスか? 誰も?」


 徳丸(とくまる)梁瀬(やなせ)も、首をひねっている。巧は困惑して仲間たちを見回した。


「私も聞いたことがないわね。あんた、そんな話どこで聞いてきたのよ」


「聞くもなにも、何度も一緒のところを見てますもん」


「何度も?」


 巧の声が上ずる。岱胡の表情は真剣そのものだった。


「俺が蓮華(れんげ)になりたてのころなんスけど。麻乃さんの部隊と南詰所で持ち回りが一緒のとき、飯を食いに行った帰り、浜に続く道を鴇汰さんが女の人と人目を避けるように歩いているのを見たんスよ」


「麻乃も見たの?」


「そうなんスよ。麻乃さんはそれより前から知ってたみたいで……鴇汰さんがみんなにも話さないで隠してるようだから、今日見たことは誰にも言うな、って。もし喋ったことがわかったら斬る、って言われたんですよ」


 梁瀬も椅子に腰をかけ、岱胡に尋ねた。


「麻乃さんが前から知ってたって、どうしてわかったの?」


「女の人を見たときに『あぁ、あの人か』って言ったんです。それって少なくとも一度は見てるってことでしょ?」


「それ、どんな女の人だったんだい?」


 身を乗り出した穂高が、岱胡に聞いた。

 巧もそれが気になる。この状況で最も重要な情報だろう。


「腰まである銀髪で背がスラッと高い、プロポーションのいい人でしたよ。あれ、泉翔(せんしょう)の人間じゃないッスね」


「泉翔人じゃない?」


「だって、あんな美人で銀髪なんて目立つから、島内にいたら噂になってるはずですもん」


「だったらどこの女だって言うのよ?」


「大陸じゃないッスかね? どこで知り合ったのか知らないですけど、大陸からわざわざ会いに来るくらいなんだから、彼女に間違いないッスよ」


岱胡はきっぱりと言い切った。


「親戚ってことは?」


「鴇汰の身内には叔父さんが一人いるだけだよ」


 梁瀬の問いかけに穂高はそう言う。


「じゃあ見間違いとか錯覚じゃないの?」


 眉をひそめて巧が言うと、岱胡は呆れた顔をした。


「だから言ったでしょ、何度も見てるって。それに最初の時は麻乃さんも一緒だったし、あの人だって絶対に何度も見てますよ」


「それで鴇汰の気持ちに対して、否定的なのか……」


 穂高が呟くように言った。麻乃の(かたく)なな態度にも合点がいく。


「みんなホントに見たことないんスか? 俺たちは何度も見てるのに。絶対にみんなも知ってると思ってましたよ」


 巧をはじめ、誰も言葉が出なかった。


「なのに、みんなで鴇汰さんをけしかけるようなことを言ったり焚きつけたりしてるから、酷いことするもんだ、って、ずっと思っていたんスよね」


 岱胡は腕を組んで顔をしかめた。その言葉には、仲間への失望も(にじ)んでいる。バツが悪そうに徳丸が頭を掻いて言う。


「鴇汰のやつに、そんな相手がいようとは思ってなかったからな。麻乃は修治とはとっくに終わってて、今は一人なわけだし」


「それより相手がこの国の女じゃないとしたら問題じゃないの。あんた、どうしてこんな重要なことを黙ってたのよ」


 巧の声が厳しくなる。


「だって黙ってろって言われて……」


「馬鹿だね、その女が大陸の諜報だったりしたらどうするのさ!」


 岱胡の頭を思い切り引っぱたいた。突然のことに避けきれなかった岱胡は、痛みに頭をさすっている。


「まさか……それに鴇汰さんに限って、情報を流すような馬鹿なことはしないッスよ」


「何気ない話でも、実は向こうの欲しい情報かもしれないじゃないの。本人が気づかないうちに、実は重要なことを話してる、なんてのはよくあることだわ。それに監視隊の目を盗んで島に入り込むなんて、簡単にできることじゃないでしょ」


「麻乃さんのときだって、地理情報をやられてるしね」


 黙って聞いていた穂高が、静かに口を開いた。


「そうだね、もしかしたら凄く重要な問題かもしれない。その女性のことは俺が直接、鴇汰に聞いてみるよ」


「そうね、みんなで責めると逆効果だもんねぇ。穂高、うまく聞いてみてよ」


「麻乃と鴇汰がどうなるか、そいつは二人次第だが、このまま険悪な状態が続くと、豊穣にも差し支えるかもしれん。それは避けたいな」


「このところ、シタラさまの占筮(せんぜい)がおかしい気もするし、このままで、もしも鴇汰さんと修治さんが組むことになったら、厳しいかもしれないね」


 巧は、確かに梁瀬の言うとおりだと感じ、黙って頷いた。



---



 飛び出しては来たものの、どこへ向かえばいいのか鴇汰は迷った。

 とりあえず、ここから一番近い軍部に向かい、麻乃の部屋のドアを勢いよく開けた。中は変に閑散としていて、人の気配はない。


「いねーか……」


 大きく深呼吸をして息を整えると、今度は宿舎に向かって駆け出した。階段を上る途中で息が切れ、踊り場でもう一度、深呼吸をしてからまた走る。


 麻乃の部屋がある三階の廊下へ出た。ちょうどドアが開いていて近づいてみると、突然、中から見知らぬ女の人が出てきて驚いた。


「あれっ? ここ……麻……藤川(ふじかわ)の部屋じゃ……?」


 鴇汰は息が整わないまま、部屋から出てきた女の人に問いかけた。


「あぁ、藤川さんはここを引き払われたんですよ。今日は掃除と備品の交換に入っているんです」


「引き払った……? わかった。ありがとう」


 お礼を言って今度は階段を駆け降りた。

 胸の奥がぎゅっと痛む。まさか、もう部屋を引き払ったなんて。


 不意に穂高の言った言葉を思い出した。


(もうここへは来ないかもしれない。ちゃんと姿を見るのはさっきが最後かも)


 シタラの組み合わせでは、今回は持ち回りに西区はない。

 それどころか、修治と二度も一緒だ。

 会議でしか顔を合わせることがないって言うのに、その会議にさえ、本当に来ないんだとしたら――。


 宿舎を出て中庭を突っ切り、もう一度、軍部を通り抜けて入り口に立ったとき、鴇汰はようやく、車に乗り込もうとしている麻乃を見つけた。


「麻乃!」


 階段の上から思い切り叫ぶ。

 ドアに手をかけていた麻乃の動きが止まった。

 近づこうと思うのに、近寄りがたい麻乃の雰囲気に、階段の途中で足が止まる。


 ずっと駆け回って呼吸がままならない。言いたいことが言葉にできず、喉の奥に詰まっているようだ。


「なに?」


 振り向きもせずに麻乃が答えた。その声は、いつもの温かさを失って冷たく響く。


「あ……俺、あのさ……」


 なにか言わなければと思うほど、言葉が出ない。なによりもまず、あの日に医療所で言ってしまったことを謝らなければいけないのに。今更なにを言えるというのだろう。


「俺、このあいだは――」


「――ねえ。なにか急ぎの用事?」


 言葉を遮ってわずかに顔がこちらに向いた。それでもこの場所からは、髪に隠れて顔の輪郭も見えないくらいだ。


「えっ? あ、いや、急ぎってわけじゃねーけど……」


「悪いけど、向こうにみんなを待たせているんだ。急ぎじゃないなら、また今度にしてくれないか」


 いつもと違う口調に戸惑って、鴇汰が返事もできないでいると、麻乃はそのまま車に乗り込んでしまった。それを確認した杉山(すぎやま)が鴇汰に向かって軽く会釈をしてから運転席に乗り、車が走り去る。


 門を出て見えなくなるまで鴇汰は立ち尽くしていた。止めることさえできなかった。


(いつでもあいつのあとをくっついて、甘ったれてるそんなおまえの姿、見てるこっちが恥ずかしくなる。いらいらすんだよ。付き合ってるんだかなんだか知らねーけどよ、やりにくいったらねーよ)


 思い返すほど、ひどいセリフだと今は本当にそう思う。

 切なくて刺すように鴇汰の胸が痛む。


 走り回ったせいで心臓が激しく鼓動する痛みとは、明らかに違った。その場に座り込み、膝の上で腕を組むと、鴇汰は顔を伏せて溜め息をついた。


 あの日、あんなことにならなければ、今ごろは買い出しにでも出かけて夕飯を作り、一緒に食事をしていたかもしれない。

 今、隣に麻乃がいたかもしれない。二人で他愛もない話をして、笑い合っていたかもしれない。


(そこには絶対に違う時間があったのに……)


 昔に比べたらだいぶ近づいたと思ったのに、また一気に遠くなってしまった。いや、遠くなったどころではない。もう手の届かないところまで行ってしまったように感じる。


(なにをやってんだ俺は……一人で苛ついて憤って、麻乃を傷つけてるだけなんて。自分の感情に振り回されてどうするんだよ)


 力なく立ち上がりジーンズの埃を払うと、重い足取りで宿舎に向かった。


 部屋に戻ると、すぐにシャワーを浴びて横になった。

 眠かったわけではなく、単になにもする気になれないだけで、食事をするのも煩わしい。


 次の持ち回りの荷作りだけはしてあったから、このまま寝てしまったとしてもなんの問題もない。問題なのは明日からだ。麻乃と同じ任務に就くことはもうないのだろうか。それとも、顔を合わせても完全に他人として扱われるのだろうか。


 考えるのも面倒で、鴇汰はただぼんやりと、開け放した窓の外を眺めていた。夜風が頬を撫でていくが、胸の奥の重苦しさは消えない。

 ノックが聞こえた気がして時計に目をやると、いつの間にかもう深夜一時を回っている。気のせいだと思い、頭から布団を被ると、今度ははっきりとドアを叩く音が聞こえた。


(こんな時間に誰だよ……)


 仕方なしに起きあがり、ドアを開けると穂高が立っていた。


「遅い時間にごめん。少し話があるんだ」

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