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蓮華 ― 鬼神の血を継ぐ戦士は護るために戦う ―  作者: 釜瑪秋摩
第一章 離反

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第55話 秘密を知る者

「あいつ……俺に向かって殺気を放ちやがった……あいつが俺に殺気を……」


 麻乃(あさの)が出ていったドアを見つめ、修治(しゅうじ)は呆然としたまま呟いている。


「シュウちゃん、麻乃は少し気が立ってただけよ。常任なんて初めてのことなんだし、きっと、いつものように気負ってるだけ――」


 (たくみ)が修治の肩に手を掛けながらそういうと、修治は黙ったままその手を引き離し、大股で鴇汰(ときた)の前に歩み寄った。


「おまえ、あいつに一体なにを言った!」


 今の出来事に驚いて、放心したままになっていた鴇汰の肩口を掴み、立ち上がらせて怒鳴りつけた。


「なんで俺が……」


「あいつはおまえと医療所でやり合った後から、ずっと様子がおかしいんだよ! 一体、なにを言いやがったんだ!」


「そんなの俺が知るかよ! あんたが麻乃を甘やかし過ぎたせいじゃねーのかよ!」


「――おまえ!」


 振り上げられた修治の腕を、徳丸(とくまる)が掴んで引き寄せ、修治の頬を張った。


「らしくねぇぞ修治。鴇汰を責めるのは筋違いだろうが」


 応戦しようと身構えた鴇汰を、穂高(ほだか)梁瀬(やなせ)が腕を取って押さえつけている。唇を噛み締めていた修治は、もう一度、鴇汰に向き直り、二人は睨み合った。


「もしも、あいつに……なにかあったときには……俺はおまえを絶対に許さない」


 押し殺した声で呟くと、修治はそのまま会議室を出ていってしまった。鴇汰は押さえている穂高と梁瀬の腕を乱暴に振りほどき、興奮したまま(そば)にあった椅子を蹴った。


「なんだよあいつ! 見当違いなことを言いやがって!」


「本当に見当違いかな? 麻乃が鴇汰の言葉を意識してるのは間違いないんだぞ」


 穂高にそう言われた鴇汰は、鋭い目つきで振り返った。


「穂高も俺のせいだっていうのかよ?」


「少なくとも麻乃は、鴇汰の言葉を受けて、顔を合わせないようにするつもりでいるよ」


 途端に鴇汰の表情が険しくなる。

 いつもの穂高らしくない言い方に、巧は驚いて穂高を見つめた。


「西区常任なんてことになったから、もう、ここへは来ないかもしれないな」


 ため息をついて椅子に腰を下ろした穂高は、追い打ちをかけるように鴇汰に言うと、頬杖をついて目を閉じた。


「持ち回りで西区にならない限り、ちゃんと姿を見るのは、さっきが最後だったかも……」


 鴇汰は机の上に放り出された資料を掴むと弾かれたように会議室を飛び出していった。

 開かれたままのドアを閉め、巧はドアにもたれ、小さく息を吐く。


「なにがあったのか知らないけどさ、ずいぶんと面倒なことになったのは確かなようね」


「このあいだ、麻乃が怪我をしたときに、鴇汰が酷いことを言ってね。そのせいで、二人とも(かたく)なになっちゃって」


 穂高が医療所での鴇汰と麻乃のやり取りを、簡単にみんなに説明してくれた。


「あの馬鹿、そんなことを言いやがったのか」


「そりゃあ麻乃も頑なになるわよ、あの子の肝じゃないの。多分シュウちゃんがさっき言ったとおり、離れるために自分から常任を申し入れたのね。麻乃の考えそうなことじゃないの」


 ドアにもたれたまま、巧は指先を頬に滑らせて全員の顔を見た。


「普通に独り立ちするのなら、それは良いことだと思うんだけど、最近の麻乃さんはちょっと不安定過ぎるし、今、修治さんから離れるのは危ないんじゃないかなぁ? 逃げ場がなくなっちゃうでしょ?」


「それに、確かに腹の立つことだったんだろうが、鴇汰の言葉に反応し過ぎじゃねぇか? 修治に殺気を放つなんざ尋常じゃねぇだろう」


 梁瀬も徳丸も、麻乃の態度に不安を抱いているのか、表情が渋い。


「誰かしら西に詰めるから、まるっきり一人になるわけじゃないけれど、修治さんだけじゃなく俺たちからも離れるつもりかもしれないよ」


 穂高も、鴇汰にはああ言ったものの、気になるのかため息ばかり漏らしている。


「とりあえず、これから持ち回りで西に入る私とトクちゃんで、気をつけて様子を見ておくしかないでしょ。余計なことを言えば麻乃のことだもの、もっと殻に籠っちゃうわ」


 巧は、相槌を打つ徳丸と梁瀬へ目配せをして、視線を窓の外へ移した。二人の視線が窓に向いたあと、互いに目を見交わし、巧へと向き直って静かに頷いた。


「麻乃のほうはともかく、鴇汰も困ったものよね。あの二人、最近どうも落ち着きがないわよね。変に憤ったり落ち込んだりさ」


「そういえば鴇汰のやつ、最近、感情の起伏が激しくて落ち着かないって、自分でも言っていたよ」


 穂高がそう言うと、梁瀬が苦笑している。


「笑いごとじゃないけど、鴇汰さんも変に意固地なところがあるから。子どものように好きな子には意地悪しちゃうんだろうね」


「それなんだけど、鴇汰が自分に気持ちを向けてるってことを、麻乃ははっきりと否定するんだよね」


 穂高が机を指でこつこつと叩いた。


「そりゃあねぇだろ? やつの態度を見てりゃ、麻乃に惚れてるってことくらい俺でもわかる」


 徳丸の言葉に梁瀬も同意している。


「どうも麻乃は否定するだけの理由を持ってるようなんだけど、聞くと口を閉ざすんだよね。本当に知らないのか、って、麻乃に聞かれたんだけど……なんのことだかさっぱりで」


 ため息交じりに話す穂高から、巧はゆっくり視線を移し、岱胡を見つめた。


「そういえばもう一人、いるじゃない? 鴇汰の麻乃に対する思いに否定的なやつがさ」


「そう言われてみると、確かにそうだねぇ」


 梁瀬がそっと立ち上がって窓の前に立つ。徳丸はそれを見てわずかに頷き、腰を上げると、もう一つの窓の前に腕を組んで立った。


「私はね、そいつがなにかを知っているんじゃないかと思うんだけど……どうなのかしら。ねぇ、岱胡?」


「……えっ? 俺?」


 我関せずとばかりに自分の銃を熱心に磨いていた岱胡は、突然、話を振られたことに驚いて顔を上げた。


「いや、俺、なにも知らないっスよ?」


 慌てて手を振って否定しながら、サッと周りを見渡している。出入り口は、巧と梁瀬、徳丸が立ち塞いでいるから逃げようがないはずだ。


「あんた。時々、やけに意味深なことを言うわよね? 鴇汰が麻乃を気にかけるようなことを言うと、浮気だなんだってさ」


「えー? ……俺、そんなこと、言いましたっけ?」


 岱胡は視線を泳がせると、徳丸と梁瀬の間にある小さめの出窓に視線を向けた。


「いやあ……記憶にないっスね」


 銃を腰に納めた岱胡は、椅子に浅く腰掛け直し、頭を掻いている。


「麻乃がなにか隠しているのは、さっきの穂高の話でわかるけど」


「まぁ、麻乃さんのことだから、聞いたところで僕らに話してはくれないだろうしね」


「あいつを相手にするよりは、おまえの口を割らせるほうが、いくぶんか楽だ」


 巧に合わせて、梁瀬も徳丸も半歩前に出た。


「ホントに、なにも知りませんってば……穂高さん~」


 一斉に飛びかかられたら、さすがに逃げ切れないと思ったのか、岱胡は、頬杖をついたまま黙っている穂高に向かい、助けを求めて情けない声を出した。


「もうみんな、いい加減にしろよ。寄ってたかって大人げない……岱胡も困ってるじゃないか」


 穂高はひどく重そうに腰を上げると、巧に向かってそう言いながら、ほっと息を吐いた岱胡の肩を軽く叩いた。


「……と、まぁ、いつもならそう言って止めるところなんだけど、岱胡が隠していることを話してくれれば、俺の知りたいことがわかると踏んだ。悪いけど今回ばかりは巧さんのほうにつかせてもらうよ」


 出窓の前まで歩いた穂高が、逃げ道を塞ぐように足を止め、岱胡を振り返った。唖然としている岱胡に向かい、巧はさらに一歩詰め寄る。


「残念だったねぇ。穂高もこう言ってることだしさ、あんたの知ってること、全部お言いよ」


「そうはいってもですね、こればかりはホントに言えないっスよ……マジで勘弁してくださいって!」


 逃げ場のなくなった岱胡は椅子の上で胡坐をかき、頭を抱えて唸った。


「なんなのよ? そんなに重要なことだっていうの?」


「重要っていうか……ホントにみんな、なにも知らないんスか? 穂高さん、ホントは知ってるんでしょ?」


 四人で顔を見合わせると、互いに首を振った。


「知っているかどうかは、聞いてみりゃわかることだ」


「まぁ、そうだね。岱胡さん、僕ら全員相手にここから逃げられると思う? 素直に話したほうが身のためだと思うよ」


 徳丸がぽきぽきと指を鳴らし、梁瀬は杖を握り、また一歩、岱胡に近づく。


「だって――これがバレたら俺、麻乃さんに斬られちまいますよ!」


「へぇ、そう。それなら聞くけど、今ここで私に斬られるのと、どっちがいい?」


 龍牙刀を抜き放ち、岱胡に数歩近寄った。


「やめてくださいよ……冗談きついっスよ……」


「――お言いよ」


 顔色を変えた岱胡の鼻先に切っ先を突きつけると、目を見据えたままにやりと笑った。


「あ……あんたたちはホントに……他人事(ひとごと)だと思って! これでもし麻乃さんにバレて斬られそうになったら、あんたたち、みんな俺の盾になってもらいますからね!」


 岱胡はわーっと頭を掻きむしると、観念したように足を投げ出して椅子の背に寄りかかり、腕組みをして口を尖らせた。その頭を徳丸がわしわしと撫でて豪快に笑っている。


「男は潔さが肝心だ。男っぷりが上がって、よかったじゃねぇか」


「そういう問題じゃないっスよ! もう!」

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